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六話 勇者の正体

「あ、あれが魔王……いや、川本響介か! まさかあいつ自ら乗り込んでくるとはな。それにしても、あの可憐な聖女様を辱めるとは万死に値する! 俺が成敗してくれる!」


 謁見の間の奥。幕の隙間からその様子を眺めていた一人の男が、怒りに歯噛みしながら響介に殺気をぶつける。


「まあ、怒りに燃えるのはいいんだけど、どう? 勝てそう?」


 男……いや勇者ユーヤの後ろに立っている妖艶な姿をした女が、ユーヤに声をかける。


「はい、女神様。必ずや響介を倒してみせます!」


(あいつを倒して異世界ハーレムライフを実現するんだ!)


 ユーヤはそのまま幕を開き、謁見の前に突入していった。


 一方で一人残った、ユーヤに女神と呼ばれた女性は……


「うーん。こいつ……頭のほとんどが煩悩でできてるのよね。それが不安なんだけど……あいにくフェイトに強い恨みの念を抱くこいつにしか、地球へのチャンネルを開けなかったのよね。これであのフェイトに勝てるかどうか……やってみるしかないわね」


 その邪神の使徒キンツェムと思われる女は盛大にため息をつく。


「……恨みとか、負の感情を力や魔力に変換する加護は与えたけど、煩悩はどうなのかしら。一応負の感情に入るのだと思うけど……。でも、こいつの脳からは既に地球の知識は吸い取ったから、やられちゃっても別に問題ないんだけどね」


 右手を自身の顎に当て、ブツブツと独り言を呟くキンツェム。


「それにしても……フェイトがこんなに早くモンブロアに来るなんて……しかも本人が直接乗り込んでくるとか……。完全に予想外だったわ。これじゃ聖教国を王国にぶつけて国力を削ぐ作戦が台無しじゃないの」


 腰に左手を当て、頭と右手を振りながら落胆した表情を見せるキンツェム。


(これは作戦を変更して、プランBに移行かな。私はケルソやダンテみたいな無駄死にはゴメンだからね)


 一転してニヤリと妖艶な笑みを浮かべたキンツェムは、踵を返しそのまま暗闇の中に消えていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おい! 魔王……いや、川本響介! これ以上聖女様を困らせるな!」


 ん? なんだ。先程から殺気を放っていたやつが出てきたかと思ったら、いきなり大声で怒鳴りつけてくる。


「ゆ、勇者様……」


 ああ……なるほど。

 あれが勇者ユーヤ=サトーか……たしかに体はがっしりしていて強そうではあるんだけど、それよりも。


「なあ、そこの勇者さんとやら。なんで俺の名前を知ってるんだ? 俺はお前なんか知らねーぞ」


 前世で『さとうゆうや』なる人物に心当たりはない。だとすると一方的に俺を知っているということか?


「ふ……お前が知らなくて当然だ」


 不敵な笑みを見せる勇者ユーヤ。


「クックック……フハハハハ……ハーッハッハッハ!!」


 そして見事な三段笑いを決める勇者様。なんというか、ローミオン以来だなこれ。もしかしてあいつと同じ暑苦しいやつなんだろうか……ちょっとお近づきにはなりたくないタイプなのかもしれない。トリスタンたちもポカーンとしている。


「フフフ……俺はこの16年間。貴様に会えることをどれだけ待ち望んでいたことか」


 え? 16年前って俺が異世界に転生した時期とかぶるじゃないか。そのタイミングでこんなヤバイやつに接点なんかあったかなぁ。


「川本響介! やっと貴様に復讐できるこの日をな!」

「は? 復讐? 俺は前世で誰かに恨みを買うようなことしてないぞ? 清く正しく生きてたし」


「清く正しく……ねぇ」

「……なんか文句ある?」


 それにしても、復讐とかいきなり不穏な言葉が出てきたけど。俺ほんとに心当たりないんだけど。


「お前は俺の人生を滅茶苦茶にしやがった。妻子には逃げられ。職も失った……」

「え? マジで? 俺そんなことやった覚えないんだけど……」


「忘れたとは言わさんぞ。あの日お前がフラフラと道路に出てこなければ……」


 ……ん? フラフラ? 道路? 16年前? それってもしかして……。


「まさかお前……あの時のトラックのドライバーか?」

「ああ、その通りだ! やっと思い出したか川本響介!」


 思い出したかじゃねーだろ。あれは即死だったんだから、どんなトラックに轢かれたかすら覚えてねーよ。


 でも……


「ちょっと待て。それはおかしい。だってお前転生じゃなくて転移だろ? あの事故があったのは16年以上前だから……お前一体何歳なんだよ? どう見ても20代じゃないか。計算合わねーぞ」


「フフフ……これはな。女神様の加護により若返ったのだ。どうだ素晴らしいだろう?」


 と言って、なにやらボディービルダーの様なポージングを始める勇者様。

 うむ、俺の予感は的中した。やっぱり暑苦しいやつだった。


「おっと。こんなことをしている場合ではなかったのだ。川本響介! あの16年前の恨み、ここで晴らさせてもらう!」

「え? ちょっと待て! 16年前ってあれはお前が加害者で、俺が被害者だろ? 俺はお前に殺されたんだからな」


 殺された俺があいつを恨むなら分かるんだが、なんであいつが俺を恨むことになるんだ? 逆恨みも甚だしい。わけが分からん。


「ふざけるな川本響介! 俺があの後どんな目にあったか……忘れたとは言わさんぞ!」


 あ、いや……俺即死だったんで、忘れたとかそれ以前の問題なんで。


 俺は仕方なしに勇者様の話を聞いてみると、あの後、俺を轢き殺したのはユーヤの前方不注意が原因とされ、刑事処分を受けてしまったらしい。


 いわゆる『業務上過失致死罪』というやつだ。


 その影響で努めていた会社はクビになり、奥さんと子供には逃げられてしまったそうだ……。


「あー、響介さんのせいで人生狂わされちゃったんですね。可哀想に」

「あのな? 被害者は俺なんだからな?」


 まあ、多少はボーっとしてフラフラ歩いていたかもしれないが、だからといって轢き殺した相手を憎むって、それは無いんじゃない?


「いや、だいたい状況は把握した。だがな、それで俺を恨むのは少々筋が違うんじゃないか?」

「なにぃぃ。俺の人生を滅茶苦茶にしたくせに、それに、そんなかわいい女の子を何人も侍らせやがってぇぇ!!」


 あれ? なんか怒りのベクトルが変な方向に……。それ勇者が言っていいセリフじゃないと思うんだけど。


「ちょっとまて。それ今の話と全然関係ないだろ」

「俺が地球で妻と子供と職を失い、絶望のどん底に突き落とされていたというのに……貴様は異世界でかわいい女の子といちゃいちゃと……」


「だから人の話を聞け~!!」


 あかん。こいつ人の話聞かないやつだ。


「おい、フェイト。こいつ何言ってるんだ。わけが分かんねーぞ」


 そりゃまあ、前世とか転生とかトラックとか、トリスタンたちには理解できない話だろうけど。


「悪いな。それを説明すると話が長くなっちまう。ひとまずここは、この怒りに狂える勇者様をなんとかしないとだな……」

「良く分からないけど、この勇者はフェイトを知ってて、なぜか恨みを持ってるってこと?」


 ああ……ディアナ、そんなに俺に近づいたら……。


「おのれ……見せつけやがって! 許さんぞぉぉ!!」


 ほら、勇者様の怒りの炎に油注いじゃったよ。腰の剣に手をかけて今にも抜き放たんかの勢いだ。


「ちょっと待て、ユーヤ! 殿中だ、殿中だって! 俺は逃げも隠れもしないから場所を考えろ。それに少しは落ち着け!」

「いや、我慢ならん! 今ここで切り捨ててやる!」


「ユーヤ! なりません! ここで戦うと国王様や教皇様に危害がおよびます!」


 ここで聖女エステルがユーヤの前に立ち、仲裁に入る。


「は、はい。聖女様……申し訳ありません」


 あれだけ怒りに震えていたユーヤがあっさりと引く。その表情もこころなしか緩んでいるような気がする。


 うむ……わかり易いな。


「わかり易いですわね……」

「ああ……あれは俺でもわかるぜ」

「デレデレ……気持ち悪い」

「あれはちょっと……私も引くかな」


 皆も同意見のようだ。勇者よ、気持ちはわからんでもないが、下心くらいは隠そうな。

次回の更新は1/15(月)を予定しています。

よろしくお願いします。

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