三話 神山バンガイア
「おお……すげぇ。本当に飛んでる」
「お城があんなに小さい……うう……ちょっと怖いな」
「これが連絡船として就航すれば……ものすごい経済効果が見込めますわね」
「さすがフェイト。あっぱれ」
「基本設計は師匠だけど、作ったのはほとんど私だからね」
あれから日付が変わって、今飛行船で優雅に優雅に空中散歩と洒落込んでいるところだ。このまま聖教国に向かう。
みんなが三者三様の感嘆の声をあげる中。
「ふーん、一応飛んでるけどこれなら私の方が速いわねぇ」
「ああ、そうだな我らには勝てるまい」
と、ドラゴンとしてのプライドがそうさせるのかどうかわからないが、腕組みして上から目線で飛行船を評論するドラゴニュートの二人。
だがな、そんな余裕ぶってられるのも今のうちだぜ。
「カレナリエン、ここらで高速モードに移ろうか」
「アイアイサー!」
威勢のいい掛け声と共に、操作盤上のボタンを押すカレナリエン。
「なに? 高速モードだと?」
「そそ、と言っても変形するわけではないがな」
地球の飛行船の最高速度はたしか、100キロちょっとだったと記憶している。飛行する乗り物としてはかなり遅い部類に入るわけだが、これには理由がある。
第一にでかい。浮力を得るためのバルーンの部分が大きいため、空気抵抗が大きくて速度がでない。
第二に材質。バルーン部分の素材が柔らかいため、速度を出すと変形、破損してしまう恐れがある。硬質な素材を使った飛行船も存在するが、その分重くなってしまうから限度がある。
だが、今回俺らが作ったアンゴルモア号(もう名前確定)は、風魔法で浮力を補助しているため、バルーン部分の小型化に成功しているし、材質についても高速飛行時に【プロテクション】をかけてしまえば問題ない。
まあ、要するに高速モードと銘打ってはいるが、ただ単に機体に【プロテクション】をかけただけの状態であったりする。
「【プロテクション】てんかーい!」
「よし出力上げるぞ」
「了解!」
【プロテクション】で機体を硬質化させた後、魔力を追加投入し、風魔法による推進力を引き上げる。そして、ついでに高度も上げる。高高度の方が空気が薄くて空気抵抗が少ないからだ。
これで多分、時速500~600キロくらいは出せると思う。
「む……これは、なかなかの速さだな」
「そ、そうねぇ。私も本気出せばこれくらいはいけるわよぉ」
本当かよ。まあ、こいつらの本気はまだ見てないからなんとも言えないけど。
「なあ、フェイト。本当にこれ速くなったのか?」
「ああ、普通の馬車の50倍くらいの速さは出てるはずだぞ」
「そうなんだ? でもそうは見えないよね」
トリスタンとディアナは窓から地上を見下ろしながらそうつぶやく。
たしかにな。飛行機に乗ったらわかると思うけど、空を飛んでる時って、見えてるものが非常に遠くにあるからそんなにスピードが出てるようには感じないんだよな。
窓を開ければスピードを実感できるかもだけど、この高度だと無茶苦茶寒いのでおすすめしない。
――ヴヴヴ……
っと、ここで通信機がバイブで通信の受信を知らせてきた。これはアリスンさんか。
「もしもし、アリスンさん。何かあった?」
『いえ、大した事ではないかもしれませんが、一応お耳に入れておいた方がよいかと思いまして。例の聖教国の使者ですが、今朝、宿泊先で自殺体で発見されたそうです』
「はー、そうか。それにしても、やつら徹底してるな」
見上げた忠誠心、信仰心というか……まあ、本国に帰っても秘密裏に処理されるだけだからな。俺だったら逃げるけど……でも、おそらく監視とかついてるんだろうな。だとすると本当に自殺なのかどうかも怪しい……あー、やだやだ。
『おそらく聖教国ではフェイト様が使者を惨殺したと触れ回ると思われます』
「アリスンさん報告ありがとう。まあ、ここまでは想定内だから問題はない。それよりも俺の留守の間、ホーエンツォレルンの動きから目を離さないようにお願いするよ」
『はい、それはもちろんです。……ですが、できれば、私もお供できればよかったのですが……」
「その気持はありがたいけど、アリスンさんは諜報部隊を指揮し、情報を集約する重要な役目があるから。情報戦で俺をサポートしてくれ」
『は、畏まりました』
ホーエンツォレルンについてはもう既に尻尾は掴んでいるからな。後はどのタイミングで料理するかだ。もしかしたらオスカーさんとオーランドさんの初仕事になるかもしれない。
まったく。内輪で揉めている場合じゃないんだけどな。だがしかし、不穏分子は早めにあぶり出しておかなければならない。ここぞという時に後ろから味方に撃たれるのが一番やばいからな。
『ところでフェイト。今どの辺りを飛んでるんだ?』
ん? この声はアリスンさんじゃないな。ハルベルトか。
「そうだな。ホーエンツォレルン領に差し掛かったところくらいかな」
『なに!? もうそんなところまで行っているのか。とんでもないなその飛行船とやらは』
まあ、俺の現代知識と魔導知識の粋を結集したものだからな。これくらい当然だ。
その後、通信機から「これが定期便として就航すれば……」というハルベルトのつぶやきが聞こえてくる。ああ、やっぱりなんだかんだ言ってても父娘なんだな。
似た者同士だから反発しあっているのかもしれない。
ちなみにハルベルトの俺に対する呼称は元の呼び捨てに戻った。ハルベルトに殿とか陛下とか呼ばれるのはむず痒いんで俺が直させた。
「このまま行けば、明日にはモンブロアに着くと思う」
『はぁー、なんてことだ。2ヶ月以上の道のりをたった1日に短縮してしまうとは……』
通信機なのでハルベルトの姿は確認できないが、多分頭抱えながら話しているんだろうな。言葉の端々から呆れのような感情が伝わってくる。
「というわけで、ちゃっちゃと用事を終わらせてくるから、そっちは頼んだぞハルベルト」
俺は近所のコンビニでも行ってくるわ、みたいな軽いノリでハルベルトに言葉を投げかける。
『あ、ああ。任されたよ。それと……レティシアもしっかりとな』
「言われなくても分かってますわお父様」
お互い普段は憎まれ口を叩き合っているが、本当は互いを信頼し認めあっている。そんな感情が伝わってきてなんか心温まる思いがする。
「他になにか報告は?」
『いや、もうない。健闘を祈る』
……ここで俺は通信機を切った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……暇だな」
「は? なんだよトリスタン。さっきまであんなにはしゃいでたじゃないか」
「そりゃ最初はな。でも空の上じゃ景色も変わり映えしないし、やることも無いし……これだとさすがに飽きるぜ」
「はぁ……ったく。お前は。そんなに変わった景色が見たければ右手を見てみろよ。神山バンガイアが見えるぞ」
「おお、あれがバンガイアか。でけぇな」
この世界。大陸の中央にそびえ立つ神山ガンバイア。標高は1万メートルくらいあるらしいが、まだ頂上までたどり着いた者は誰もいないとのことだ。
というか、普通に考えて酸素ボンベや登山用の器具が未熟なこの世界でエベレストよりも高い山に登頂するなんで不可能に近い。
魔法を使おうにも寒い山の上では詠唱が困難だろうからな。
「あの山の上には何があるんだろうな」
さっきまで暇だとぼやいていたトリスタンが、目を輝かせながらか山を食い入る様に眺めている。まったく現金なやつだ。
それにしても山の上ねぇ……。
「アストレイア。あの山って一体何なんだ? 神山って呼ばれているからには何かあるんだと思うんだけど」
「え? まだ話してませんでしたっけ? あの山には天界に通じる扉があって、そこをヴリトラちゃんが守ってるんですよ」
「え? ヴリトラちゃん? 始祖竜の?」
「そうですよ」
そんなの初耳だぞ。
「え? じゃあこの飛行船で神山に向かえばヴリトラを開放できるんじゃないか?」
「いやー、それが空からだと結界があるんで近づけないんですよ。ヴリトラちゃんの元に行くには山の麓にある入口から入っていかなきゃダメです」
え? なにそのラストダンジョン……。
「でも、お前この世界の創造神なんだろ? この結界どうにかできないのか?」
「えっと、それが……結界自体はヴリトラちゃんが張ってるので、私にはどうにも……この世界では私の力は完全ではないですし」
「え? マジかよ……。そのヴリトラには呼びかけてみたのか?」
「それが、私の呼びかけには答えてくれないんです」
「それはどういう事なんだ。まさか邪神に支配されているとか?」
「それはない……とは言い切れないですね。すみません響介さん、私の力が至らないばかりに……」
申し訳なさそうな表情で健気に頭を下げ、謝ってくるアストレイア。しかし、こんな殊勝な堕女神の姿は初めて見るな。
だが、ちょっとまて。この構図はちょっとばかりヤバくないか?
「フェイト? 虐めちゃかわいそうだよ」
やはり傍から見ると、幼女を虐める悪いお兄さんにしか見えないようだ。
ディアナはアストレイアを抱き寄せ「よしよし、怖かったねー」みたいなことを言いながら、頭をなでている。
く……これは俺が悪いのか? まあ、確かにちょっときつく言い過ぎたかもしれないけど。
周囲を見渡してみると……。
レティシアはもちろん、カレナリエンにドラゴニュートの二人、更にはトリスタンまで俺を責めるような目でみている。
「うう……悪かったアストレイア。とりあえずヴリトラの事については後で考えよう。まずは目の前の問題、聖教国を何とかするぞ」
「はい、ありがとうございます。響介さん」
ヴリトラについては後で対策を考えることにしよう。
次回の更新は1/8(月)の予定です。
よろしくお願いします。




