一話 勇者ユーヤ
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
――アステローペ聖教国 聖都モンブロア 時はエミリウス王国への使者が出発した直後に遡る。
「ユーヤお疲れ様。精が出ますね」
聖教国の聖女エステルが、城内の一角にある軍の訓練場で一心不乱に剣を振り、汗を流す一人の青年に声をかける。
この青年の名は佐藤友哉。地球の日本からこの異世界プライアスに勇者として召喚された人間である。
「あ、聖女様! わざわざお声かけ頂きありがとうございます!」
この佐藤という青年。年は25歳くらいだろうか、髪の色は日本人らしい黒で、顔はまあそれほど不細工ではないが平凡といったところ。背は175cm程。
召喚されてから剣術を仕込まれているためか、体ががっしりしているところを除けば、ごくごく平均的な日本人だと言える。
「ところで、さきほど王国に使者が出発したという事ですが……」
「ええ、そうですね。あの魔王フェイトの元に向かわれました」
聖女エステルはあの使者たちの使命について知らされていない。だから笑顔で旅の無事を祈り、見送ってきたばかりなのだ。
「ということは、いよいよ王国と……川本響介め、その首洗って待っていろよ」
「カワモトキョウスケ? ユーヤはたまに魔王フェイトの事をそのように呼んでいますが、それはなんですか? 魔王の別名かなにかでしょうか」
顎に指を当て、首をかしげる仕草をする聖女。
「いえ、これは俺が勝手にそう言っているだけで、別に意味はありません」
「……そうですか、変なユーヤさんですね」
ふふふ、と可愛らしく笑う聖女。その姿に見惚れ、思わず鼻の下を伸ばしてしまう佐藤。
「それにしてもユーヤには辛い役目を背負わせてしまいました。全く関係のないあなたをこんな異世界に呼び込んでしまって……申し訳なく思っています」
「いえ、そんなことはございません。それどころか、勇者としてこの国に迎え入れてくれて大変誇りに思っています」
(あの川本響介への復讐を果たす機会を与えてくれたのだからな……聖女、女神には感謝してもしきれない)
頭を下げて感謝の意を示す佐藤。だが、その顔は響介への恨みの念に醜く歪んでいた。それにしてもこの勇者、佐藤という男。一体響介にどんな恨みを持っているのだろうか。
「そうですか、それを聞いて安心しました。それではこの世界を頼みましたよユーヤ」
「はっ! おまかせください」
佐藤は快く返事をするものの、その心の中では……
(それに、あの憎き川本響介を殺せば、俺は英雄! 女もよりどりみどりだぜ。まあ、それはあの聖女を俺の女にした後でゆっくりと味わってやることにしよう。くくく……、それにしても異世界転移か、俺にもやっと運が巡ってきたぜ!)
と、かなり下衆なことを考えていた。
(そう言えば女神様が後で話があると言っていたな。面倒だが行ってやるか)
佐藤は日課となっている剣の鍛錬に見切りをつけ、女神と称する者が待っていると思われる神殿の方に足を運んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「勇者がなんぼのもんじゃ! 勇者が怖くて魔王やってられっか!」
場所は変わって魔王城……じゃなかった王城内のアストレイアの部屋。
使者の連中を見送った後、アストレイアたちと今後の事について話し合っているのだが。
「響介さん。魔王のところは認めるんですね……」
「うーん。まあ、この際だからあっちに合わせてやったらいいんじゃないか。このまま魔王のノリで聖教国に直接乗り込んでやろうかと思ってる」
もう、細かな駆け引きは前回のダンテの件で懲りた。もう単純に暴れてやる。なんせ本物の女神はこちらにあるんだからな。
正義は我にあり! だ。
でも……まさかアストレイアが偽物ってことはないよな?
「うーん。なんかヤケクソ感ありありですねー。それと私は正真正銘の女神ですからね。まったく響介さんは……」
「悪い悪い。でもな……元はと言えばこれ、お前のせいでもあるんだからな」
「う……それはそうかもしれませんが……」
邪神が絡んでいるっていうのもあるけど、アストレイアのやつが自分に似ても似つかない女神像を作ったのが悪い。
「ヤケクソになるならないはどうでもいいんだけど、それってアストレイア様が偽物だって認める事になっちゃわない?」
「まあ、裏で聖教国を操っている邪神の使徒を打ち倒せば嫌疑も晴れるのだろうがな……」
どうもこの三人は聖教国へ殴り込みをかけることについて否定的のようだ。しかたない。俺がここまで好戦的である理由を説明してやろう。
「この前のダンテとの戦いの教訓なんだけどな。あれ、邪神の使徒とやりあう時は受け身になったらダメだなと思った。どうしても後手後手になっちゃって、結局相手の思う壺になってしまう」
俺の発言に三人が頷く。
「だが、あの時は俺も准男爵ではあったけど、一人の冒険者でしかなかったし、やれることも多くなかった」
そりゃまぁ、王城に乗り込んで力の限り暴れてやれば、なんとかなったのかもしれないが、それだと後始末が面倒になる。
「でも、今の俺は一国の王だ。多少の無茶は通るし、金も潤沢。それに情報も制している。まあ、これはアリスンさんを始めとした諜報部と通信機のおかげだな」
「それで、今回はこちらから打って出た方が得策だと言いたいわけか」
「ああ、そうだ。前回は使徒が王都に潜んでいるという確証が持てなかったし、相手が国家権力だということで及び腰になっていた。だが今回は、偽の女神に、地球からの勇者召喚。明らかに人間ができる事の範疇を超えている。邪神が絡んでいるのは一目瞭然だ」
まあ、相手が国家というのは同じなんだけど、こちらも同格だからなんとかなる……と思う。
「それに、帝国の動きも気になる。さっさと聖教国を押さえなければ、帝国と聖教国、二国を同時に相手にしなければならなくなるかもしれない」
「そうですか、短期決戦が最善手ということですね」
「そうなるな」
ようやく納得した様子の三人。でも聖教国に乗り込む前に確認しておかなければならないことがある。
「アストレイア、前に邪神は地球には干渉できない、行くことはできないって言ってたよな?」
「はい、そうですね。たぶん今でも邪神はこの世界から出られないと思います」
「じゃあ、今回邪神はどうやってその勇者を地球から引っ張ってこれたんだろうな」
「うーん。それが謎なんですよね。どうやって地球にアクセスしたのか……もしかしたら響介さんと深いつながりがある人間が地球にいたらピンポイントでチャネルを開けられるかもしれないですけどね」
それって、俺を足がかりに、俺と関係の深い人物なら邪神共もコンタクト可能かもしれないってことか? でも……
「さっきも言ったが、ユーヤ=サトーなんて名前に心当たりはないぞ」
「みたいですね。でもひょっとすると、知らない間に恨みを買ってたりとか……響介さんなら有りえますね」
「あのな? 俺は前世で清く正しく生きてきたんだ。恨みを買うような事はしてないよ」
それでもアストレイアは俺への疑いの眼差しをやめようとしない。もうこれ以上相手にしても埒があかんな。無視しよう。
それにしても地球から人間を転移させた事も一大事なのだが、それよりも邪神側が地球の科学知識にアクセスできるようになったのかどうかが気になる。
俺の魔法が強力なのは、地球の最先端の科学、物理知識を魔法技術に応用しているからだから、もし邪神が俺と同じ知識を手に入れられるとしたら……
最悪、俺のアドバンテージが無くなってしまうかもしれない。ケルソとダンテを軽く屠れたのは現代知識のおかげだったのだが……。
「でも、どうやってモンブロアまで行くつもり? またあの時みたいに私達を足代わりになんて嫌よ」
俺が邪神対策にあれこれ悩んでいると、唐突にシグルーンが口を挟んでくる。
というかこの怠惰ドラゴンめ。少しはやる気を見せろってんだ。
「移動手段については既に確保している。問題はない」
「それって、もしかして、カレナリエンちゃんとコソコソ作ってるアレですか?」
さすがにアストレイアの目はごまかせないか。
「そうそう。地上から行くのはかったるいんで、飛行船を作ってみた」
「飛行船……それはどういうものなのだ響介殿」
地球の知識があるアストレイは飛行船について知っているだろうが、リディルとシグルーンは知らなくて当然だろう。
「簡単に説明すると、空気よりも軽い気体を風船みたいなものに入れて、それで浮かび上がる力を得る。後は、プロペラなんかで推力を与えてやれば飛んで移動する事ができる。そんな乗り物だな」
出来る限り噛み砕いて説明したつもりだったが、ダメだったようだ。リディルとシグルーンの頭の上にははてなマークがいくつも浮かんでいるように見える。
「はぁ? 何言ってるの響ちゃん。空気に重いも軽いもあるわけないじゃない」
「いや、それがなぁ。空気にも重さがあるんだよ。俺達は普段それを意識してないけど、空気を背負って生活してるんだよね」
何キロの空気を背負っているとか、細かい数字は忘れちゃったけどね。
「えーほんとに? そんなのが乗ってたら肩がこるじゃない」
「おいおい、ドラゴンにも肩こりってあるのか?」
「そりゃあるわよぉ」
「はー、さいですか。まあ、細かく説明するよりも、実際飛んで見せれば文句はないだろ」
「ああ、そうだな。見せてもらうぞ響介殿、その飛行船とやらをな」
次回の更新は1/3(水)を予定しています。
よろしくお願いします。




