十九話 魔王フェイト爆誕
「この俺が魔王だと?」
怒気をはらんだ俺の声が、会議の間に響き渡る。
年が明け、冬も終わりに差し掛かった3月の某日。聖教国からやってきた使者が、挨拶もそこそこにいきなり俺を魔王だと言ってきたのだ。俺が怒るのも当然だろう。
臨席した王国の役人たちも、「魔王」というキーワードと俺の迫力に驚き、動揺している。
「あ、ああ……。そうだ、聖女様がこの目で確認したのだ。偽物の女神を崇める邪悪なる王……貴様は魔王に相違ない!」
使者は俺の威圧に多少気圧されながらも、なんとか言葉を返す。
それにしても聖教国め。外交の使者は外務大臣のマティアス氏だと思っていたのだが、こんな名前も知らない木端役人をよこすとはな……。
かわいそうに、こいつたぶん捨て石だな。
「その様子だと、同盟の話もないと考えていいんだな」
「当然だ! 魔王の治める国と同盟など結べるわけがないだろう!」
口角泡を飛ばすとはこういうことを指すのかな。使者は俺の威圧に抗い、大声で喚く。しかし、俺はその使者の喚き声になんら動じる事無く、椅子からゆっくりと立ち上がり使者を見下ろした。
「つまり、貴国は我々に敵対するということだな」
「そうだ! 魔王フェイト! 貴様に宣戦布告する。これが聖教国の返答だ」
その使者の返答に、俺は腕組みをし、大げさな芝居かかった笑みを浮かべ。
「よろしい……ならば戦争だ」
《響介さーん》
《すまん。このセリフ言ってみたかったんだ》
というか、元より聖教国とドンパチやるのは決定事項だったんだ。聖教国に潜伏していたドミニクから正確な情報が送られてきていたので、あちらの考えはすべて筒抜けだったし。
ほんとにドミニクはいい拾い物だったよ。最初チンピラなんて言っちゃってごめんね。
というわけで、準備万端の状態で使者の到着を首をなが~くして待っていたというわけだ。あっちから宣戦布告し、攻めてきたという体にしておきたかったからな。
こっちから理由もなく攻めたんじゃ、まんま魔王だし。
「な! 聖教国を敵に回して無事に済むとでも思っているのか!」
女神に逆らえば神罰を受けるぞと言いたいのだろうが、あいにくその本物の女神とやらはこちらにいるからな。恐れる事は何もない。
……まあ、女神は女神でも、堕女神なんだけど。
《響介さーん。一言多いです!》
《一言多いのはお互い様だろ》
「は? それが何か?」
俺は右手の小指で耳をほじほじしながらそう答える。
そしてその小指を口の前に立て、使者に向かってふっと息を吹きかけた。
「その王にあるまじき態度! やはり貴様は魔王だ! 貴様は必ず勇者様に討ち滅ぼされることになるだろう」
俺に耳垢を吹きかけられた使者は怒りに身を任せ、怒鳴り散らす。それにしても、また不穏なキーワードが出てきたな。
「勇者様……ね」
これもドミニクの報告にあった。なんでも聖女ちゃんが女神の力を借りて、異世界から勇者様を召喚したんだそうだ。
そしてその勇者の力は聖教国最強の聖騎士を凌ぐほどの実力を持っているらしい。
こうやって聖教国が強気に出れたのも、この勇者の存在があるからなのだろう。
「謝るなら今のうちだぞ。今謝ればこれまでの発言は聞かなかった事にしてやろう」
勇者というキーワードに俺が怖気づいたと勘違いしたのか、使者の表情に余裕が戻る。
「ふん。勇者が何者かしらんが、この俺に勝てるとでも思っているのか?」
ちなみに勇者についての情報も入手済みである。ドミニクまじ有能。
名前はユーヤ=サトー。うん、これ間違いなく日本人だな。それに、転生ではなく転移だと思われる。
だが、俺の前世にユーヤ=サトーなんて人物の記憶はない。顔見知りとかだったらどうしようかと思っていたが、全然関係のない赤の他人なら好都合。
ぶっ潰すことになんのためらいもない。
まだ転移間もない後輩君に、俺が遅れを取る事はないと思われる。
「……その強がりいつまでもつかな? さて、我々も伝えることはすべて伝えた。もう煮るなり焼くなり好きにしろ」
その使者と、従者数名が覚悟を決めたかのような表情を見せる。やはりこいつらは捨て石。殺されるつもりで来たんだろうな。だが、俺はこいつらの思惑にホイホイ乗ってやるようなお人好しではない。
「ん? やだよ。煮て焼いても美味そうにないし。用件が済んだのならさっさと帰るんだな。まあ、2~3日くらいなら滞在していってもいいが」
俺の言葉がよほど意外だったのか、目を大きく見開き、唖然とした表情を見せる使者たち一行。
殺さず、しかも拘束もしないと言っているのだ。感謝してほしいところなんだけどな。
まあ、おそらく。使者を手打ちにする冷酷非道な魔王。
聖教国はこの口実が欲しかったのだろう。これがあれば兵士たちは怒りに奮い立つだろうし。自分たちの主張の正当性を強調できる。
そしてこいつらは犠牲の代わりに死後、聖籍に名を連ねられるとか、残された家族が聖職者になれるとか、そんな見返りがあったんだろうな。
聖教国も前王国同様、腐敗臭がしていそうだ。
まあ、見返りがある事を差し引いても、こいつらの忠誠心は大したものだと思うが、この俺が分かっててそんな手に乗ると思うか?
まあ、これもドミニク情報だったりするんだけど。
「魔王のくせに聖人振るな!」
「何をわけの分からないことを言っている。魔王だというのはそちらの一方的な言いがかりだろ? それに仮に魔王だとして、なぜお前たちを殺さねばならないんだ。勝手にそちらの魔王象を押し付けんなよ」
俺は、もう話はこれで終わりだと言わんばかりに手を打ち、使用人を呼ぶ。
「さあ、使者殿がお帰りだ。丁重にお見送りするように」
「はっ。畏まりました」
「ま、待て。話はまだ終わってない!」
このままおめおめと本国に帰るわけにはいかないからな。こいつが焦るのもよく分かるけど。
「はぁ? さきほど話は終わったとあなた自らが仰っていたではありませんか」
「そ、それは……言葉の綾というか……」
「ふん。とりあえず俺はこれで失礼させてもらうぞ。貴国の宣戦布告、このフェイトがたしかに受け取ったと伝えてくれ」
俺は使者を一瞥後、さっそうと部屋を後にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「というわけで、正式に聖教国と事を構えることになった。みんなよろしく頼む」
「あのなフェイト。よろしくって言われてもな……」
俺は会議室を出て、いつものメンバーが控えている部屋に戻ってきた。
トリスタン、こいつには事前にこうなるよって説明していたはずなんだけどな。
「なんだ、トリスタン。嫌なのか?」
「嫌というか、戦争ってのがな」
「うん。私もちょっと抵抗あるかな……。多くの犠牲者が出るかもしれないし。他に方法はなかったのフェイト?」
ディアナの気持ちもわからないでもないが、対話で戦争を回避……は不可能だろう。相手は俺を魔王認定したわけだから、徹底抗戦の構えだ。というか、聖教国の背後には邪神の使徒や帝国が居るのだから、衝突は避けようがない。
「まあ、俺も馬鹿正直に正面から衝突しようとは考えてない。兵の犠牲も最小限に抑えるよう努力はする」
まだ後ろに帝国が控えてるのだ。聖教国と消耗戦をやるのは愚の骨頂。邪神の使徒の思う壺となる。
「うーん。正面からじゃないとしたら横からか?」
「横って言っても、聖教国との間には神山ガンバイアがある。だから聖教国へのルートは神山の麓を沿うように走る街道しかない。横には回り込めんぞ」
「じゃあ、海からか?」
「海はヤダ。酔うし、聖教国に着くのに時間がかかる」
「酔うって前な……でも、なんで時間がかかったらダメなんだ?」
「実はな、ホーエンツォレルン辺境伯。あれが聖教国と通じている事が分かった」
「え? それって本当なの?」
なにやら動きが怪しいんで、アリスンさんを張らせていたら、見事に聖教国側の人間が出入りしているのを発見してしまった。
本来ホーエンツォレルン辺境伯領は東の防壁としての役目を担っている。これが機能しないとなれば、王都オクスレイは丸裸にされたも同然ということだ。
王都には城壁が無いからな。
「ホーエンツォレルンはこの件が片付いたら締め上げる予定ではある」
「まあ、自業自得ですわね」
俺が慈悲の心でホーエンツォレルン辺境伯への処分を保留にしてやったのにな。それでも奴らは、俺がガルティモアで軍隊を壊滅させた事と、アーノルド将軍を失った恨みを捨てきれないでいるようだ。
我が国もまだ一枚岩ではないという事か。地盤を完全に固めるにはもう少し時間がかかりそうだ。やれやれだぜ。
「ん。で、結局どうするフェイト」
「んー、そうだな……」
エレーナの問いに腕を組み、何かを考えるような素振りをする俺。
「エレーナ、ディアナ、レティシア。これまで王国の仕事とかで忙しくて新婚旅行行けてなくて悪かったな」
「え……フェイト。いきなりどうしたの? 今はそんなこと言ってる場合じゃないと思うんだけど」
「今だからこそだよ。冬も終わってだんだん暖かくなってきた事だし、ここらで聖教国の聖都モンブロアに新婚旅行に行ってみようぜ。で、ついでに勇者様の顔でも拝んでやろう」
さて、聖教国に乗り込んで暴れまわってやるか。
次回の更新は12/30(土)を予定しています。
1話閑話を挟んで次の章に行く予定ですのでよろしくお願いしますm(_ _)m




