十八話 旅立ち
時は正午過ぎ、マイア改めリンカの旅立ちの時が迫る。
「マーシャさん、くれぐれも道中は気をつけて」
「いえ、フェイト陛下。こんな立派な馬車に護衛まで用意して頂いて本当にありがとうございます」
深々と頭を下げるマーシャさん。
まあ、マーシャさんは俺の妻、エレーナの母親の様な人なのだから、これくらいはさせて欲しい。
「トビーも道中の護衛、よろしくな」
「はっ! 殿。この命に代えましても守り抜いてみせます」
仰々しく頭を下げるトビー。
……できれば『いのちだいじに』でお願いしたいんですが……むりな相談か。
ちなみにトビーには身体強化と、超振動効果を付与した二振りの剣を持たせている。それにトビー自信もBランクの冒険者だ。余程のことがない限り、やられることはないだろう。
ちなみに今日レーニアに発つのは、マーシャさんにトビー、リンカ、シルヴィアだ。
フィリップは今後のレーニアの統治と王都との連携について、ハルベルトと何やらごちゃごちゃやっているみたいで、後一週間ほどは王都に滞在するらしい。
レティシアはさっさとお帰りになればいいのに……とボヤいていたが、仕事なんだから仕方ない。
帰る時はエヴァ夫人と一緒だそうだ。
やはりハルベルトとは仲がよろしく無いみたいだが、あまり他人の夫婦関係に首を突っ込むつもりはない。俺はそこまで野暮じゃない。
「さて、リンカ、シルヴィア、それとマーシャさん。これでお別れだな。と言ってもこれからレーニアに寄る機会もあるだろうし、その時は孤児院に顔を出すよ」
「ああ、分かったフェイト殿。しばしの別れだな」
「はい、その時は何もないですが、ぜひおもてなしさせて頂きます」
シルヴィア、マーシャさんがそれぞれ別れの言葉を返す。ところが、リンカはうつむいたまま俺の方を見ようとしない。
ん? ……もしかして土壇場になって怖気づいたのか?
しばしの沈黙の後、リンカは顔を上げ、俺の方に向かって歩いてきた。
ん? なんのつもりだ、こいつ。
「あのね。ちょっと耳貸して」
はぁ、なんか他のやつに聞かれるとまずい事でもあるのか? と、俺は不用意にリンカに向かって身を屈めてしまった。
次の瞬間。俺の頬に触れる柔らかい感触……まさか、これって……。
俺は反射的に頬を抑えながら身を起こす。するとそこには、若干頬を赤く染めたリンカが佇んでいた……。
「「「…………」」」
いやはや慣れとは恐ろしいものだ。俺の妻三人は以前なら驚き、抗議の声を上げていたのだろうが、今では無言で俺を睨むに留まっている。
《慣れというか、ただ単に呆れてものが言えなくなってるだけですよ。ほら、見てくださいよ。みんなの顔に『またか……』とか『やっぱりか』って書かれてるでしょ》
まったく……俺がせっかく現実逃避してんのに邪魔すんなよこの堕女神が。
俺はこのビミョーな空気を振り払うが如く、わざとらしく大きな咳払いをして。
「それじゃまた。あっちでも元気でな」
「うん。今までありがとうフェイト」
リンカは花が咲いたような笑みを見せ、馬車の方に駆けていく。うう……背中に突き刺さる視線が痛いよ。
それにしてもリンカのやつ、もしかしてこれが本当の姿だったりするのだろうか……。
王女という肩書きが彼女の本当の性格を押し潰していたのかもしれない。その証拠に王族の呪縛から解き放たれた今の彼女は、屈託の無い笑顔を周りに振りまいている。
以前の作られたような機械的な笑みではない。実に自然な笑顔だ。まるで憑き物でも落ちたのかと思えるくらいに。
しかし、これで禊が済んだわけではない。大変なのはこれからだぞリンカ。
《ちなみに響介さんの禊も灌がれたわけではありませんので、あしからず》
《え? そ、そうなん?》
たしかに背中に突き刺さる視線は、一向にその矛を収める気配はない。多分、後でレティシアあたりから小一時間程、小言を聞かされることになるんだろうな。
トホホ……
でもな。自分からモーションかけてたんだったら責められるのは仕方ないけど、向こうから勝手にやられるのは仕方なくね?
俺にどうしろってんだよ。
《勝手に……って本気でそう思ってるんですか?》
《え? 違うの?》
《はぁ……これだから響介さんは……。ディアナちゃんたちもこれから苦労しそうですね》
なんか、やれやれみたいな感じでため息をついているアストレイア。
なに? 今の俺が悪いの? また無自覚に何かやらかした?
俺が釈然としないまま悶々と思い悩んでいる間に、四人はすでに馬車に乗り込んでいよいよ出発の時となった。
「それじゃフェイト。レーニアで待ってるから」
「お、おう……。それじゃ気をつけてな」
にやりと笑みを浮かべながら手を振るリンカ。こいつ、からかってんのか本気なのかさっぱり分からん。
「エレーナ、ソフィもしっかりと務めを果たすのですよ」
「うん。マーシャ分かってる」
「あ、はい。頑張ります!」
いつものようにマイペースに答えるエレーナと、パニクるソフィ。
「ケイティとアイリスもお城の人に迷惑はかけないようにね」
「うん、任せて」
「玉の輿バッチリ」
……玉の輿のターゲットは俺じゃないことを祈る。
「殿、それでは行ってまいります」
「ああ、途中何かあれば連絡するように」
「はっ。畏まりました」
トビーには何かあった時の連絡用に、例の量産型通信機を持たせている。
やがて馬車は走り出し、王城の門を抜けて街道の方に消えていった。
……さて。
「見送りも済んだし、お城に戻りましょっかねー。書類も溜まってるし、さぁ大変だー」
俺は何食わぬ顔で城への入り口に向かおうとしたのだが……。
「フェイト様、ちょっとお話があるのですが」
やはりというか、レティシアが見逃してくれるはずもなく……。俺はあえなく捕まってしまった。
この後、俺はレティシアとディアナから軽く尋問を受けることとなる。ただ俺はリンカに対して良かれと思ってやったことだと必死に説明したところ……二人はため息をついて
「まあ、フェイトだから仕方ないね」
みたいな感じで納得されてしまった。何が仕方ないのだろうか? よくわからないが、これで開放されたみたいだし、良しとしよう。
で、話は変わるが、今日はもう一組の見送りイベントがあるんだった。
例の聖女ちゃん、エステル=ノルダールである。今日の午後に聖教国に立つと言っていた。
相変わらずこの子のアストレイアに対する誤解は解けていないのだが、その根っこには邪神の使徒がある可能性が高い。だからこのまま泳がせ、情報を探るつもりでいる。
「ドミニク、頼んだぞ。特に聖教国に邪神の影がないかどうか探りを入れてくれ。何か気になる事があれば逐次報告するように」
「はい、了解しました」
「ただし、くれぐれも無理はするなよ。邪神に見つかって危険を感じたら構わず逃げろ。命だけは大切にするんだ」
「分かりました。肝に銘じます」
ドミニクにもトビーと同等の武器は持たせているから大丈夫だと思うが、相手が相手だからな。とにかく無事に帰ってきて欲しい。
聖女ちゃんとの別れは、リンカの時と違って非常に淡白なものだった。
お互い社交辞令的な挨拶を交わして終わり。聖女ちゃんは終始俺を睨んでいた。偽物の女神の使徒だから……ということなのだろうか。
まあ、別にこの子にどう思われようが一向にかまわない。俺の目的はあくまで、邪神を倒すことと、守護竜の開放なんだし。
《美少女に蔑まされるのって、響介さんにとってはご褒美ですからね》
《あのな、俺はそんな性癖持ってないからな……》
次回の更新は12/27(水)を予定しています。
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