八話 いざ空中散歩へ
俺はアストレイアの部屋を出て、三人を引き連れ中庭を目指す。その途中、侍女や使用人とすれ違うのだが、皆一様に顔を青ざめその場にひれ伏してしまう。俺が「顔を上げていいよ」とか「そこまで畏まらなくても良い」と声をかけるのだが、皆「それはいけません!」と言って拒否する。
女神アストレイアの威光の凄まじさを改めて思い知った感じだ。……こんなちんちくりんなのにな。だから部屋に引き篭もってろって言ったのに。
「いやー。慣れですよ慣れ。普段から城の中徘徊してたらさすがにみんな慣れるんじゃないですか?」
徘徊って、お前な……。
「いや、あのな? この世界の創造神に慣れろってのはちょっとハードル高すぎませんかね?」
「うう……そんなぁ。でも、あんなパソコンもテレビもラノベも無い部屋に引き籠もるなんてやですよ」
あからさまに嫌そうな顔をし、抗議するアストレイア。
「そんな事言ってもなぁ。……でもな、今ふと思ったんだけど、常に顕現してる必要無くないか? 今まで通り天界(?)で過ごして、必要な時だけ顕現すれば良いじゃないか」
俺の問いに口を尖らせ、急にいじけモードになるアストレイア。
「それじゃ、つまんない」
「は?」
「だから、せっかく顕現できたのに、この世界をもっと満喫したいじゃないですか」
「おいおい、神がそんなんでいいのか?」
ガキかよこいつは……というか、見た目は確かにそうなんだけど。
「響介殿には分からぬかもしれぬが、普通神は地上に顕現することは叶わぬのだ。ところが今回、響介殿の魔力、神気を借りて初めて主殿は地上に降りる事ができた。どうか、主殿の気持ちを汲んでやってはくれぬか」
うーむ、なるほどな。何万年もの間叶わなかった願いが今実現しているわけなのか。そりゃ、あれこれしたくなってしまうわな。
「まあ、そういうことなら、なんか方法考えるよ。さすがに王国中の国民にアストレイアに対して畏まるなと触れを出すのは無理だけど、城内の者だけならなんとかなるだろう。後でハルベルトと相談する」
「響介さん。ありがとうございます」
まあ、こいつも色々と苦労していたのかもしれないな。何万年もの間一人で……、俺だったら多分発狂すると思う。
アストレイアが地球のサブカルチャーにハマってしまったのも分からんでもない。
それにしても……
「なんで俺はアストレイアを顕現させる力を持ってるんだろうな。おかしくないか? 俺はアストレイアの使徒なんだろ?」
俺は一体何者なんだろうか。
アストレイアも顎に手を当て、思案顔になる。
「うーん。それがよく分からないんですよね。シグルーンちゃんが開放された時に、なんか響介さんとの間にパスの様なモノが通った様な気がして、できると思ったんですよね」
「あれは、不思議な感覚だったわねぇ」
「うむ。あれは何だったのだろうな」
歩きながらだが、しみじみといった様子で頷き合う三人。
「それで、とっさにあの芝居を打ったってわけか」
「うむ。その通りだ。あの場を収めるには、響介殿に国王になってもらうのが良いと思った」
というかこいつらの思いつきで王になっちゃって良いのだろうか……。
まあ、創造神の決めたことだから異論は出ないんだろうけど。
「今更だが、俺の力って一体何なんだろうな。ダンテの目論見が外れたのも、俺の神気がアストレイア由来じゃなかったからだったんだけど……自力で神気を出せる俺って……」
もしかして俺は神の一種? ……いや、そんなバカな話、あるわけないよな。
「どうしても正体を知りたいとなれば、主神に伺うしかなくなるが……」
まさに神のみぞ知るですか……。でもそれって禁じ手だろ?
「リディルちゃん。それはダメですよ。主神に私の失態がバレたら……たぶん私は……」
「うむ。そうであったな」
俺達三人の話をこれまでぼーっと聞いていたシグルーンが、急に口を挟む。
「なんか良く分からないけど、響ちゃんには妙な力があるって事よね。でも別にそれで困るってワケじゃないんだからぁ、気にする必要はないんじゃない?」
「簡単に言ってくれるけど、得体の知れない力って気持ち悪くないか?」
「でも、このまま考えていれば答えは出るのかしら?」
「……答えが出てくる保障はないな……」
「なら、考えたって仕方ないじゃない。使えるものは有効活用しちゃいましょうよ」
……こいつ、俺を励ましてくれているのか?
「なんか、今のところはそれで良いのかもしれませんねー」
「もし、副作用があったとしてもぉ、影響があるのは響ちゃんだけだしぃー」
「「ねー」」
アストレイアとシグルーンは二人向かい合い、相槌を打つ。
前言撤回。こいつらうぜぇ。
「おい、こら。おまえら黙って聞いてれば他人事みたいに言いやがって。特にアストレイアは俺をこの世界に引っ張ってきた責任があるだろうが」
「あーあー、きこえなーい」
アストレイアは両手で耳を押さえ、俺の訴えを完全拒否する構えをとった。おいおい、一蓮托生じゃなかったのかよ!
「主殿も響介殿も戯れはそこまでにしてくれぬか、もう中庭に到着するぞ」
話しながら移動していたら、いつの間にか中庭に到着していたようだ。ちなみにこの中庭は、王城のど真ん中に王城をくり抜いた、ドーナッツ形で作っているのではなく、王城の裏に王城を凹の形に形成することで作っている。
なぜか? それはドラゴン達の離発着をやり易くするためだ。ドーナッツ形状だと、垂直に離発着しなければいけなくなるしね。まあ、つまりこの中庭は、ヘリポートならぬ、ドラゴンポートとして利用することを主な目的としているわけだ。
「とりあえず、最初リディル変身してくれるか? 帰りは二人に変身してもらう事になるけど」
「あい分かった」
リディルは一声発すると、眩しい光に包まれ、次の瞬間には巨大なレッドドラゴンが中庭に姿を現す。
うひょー。何度見ても迫力あるなぁ。王城に勤めている使用人たちも、今これを見てビビっている所だと思う。でも、申し訳ないがこればかりは慣れてもらうしかない。
よく見たら愛嬌あって可愛いよレッドドラゴン。
「リディル、背中に乗っても良いのか?」
《ああ、構わぬ。乗ってくれ》
リディル達守護竜は、ドラゴン形態の時、口が人間の言葉を発するのに適していないため、念話で意思を伝えてくる。この念話は複数の人間に対して同時に発する事が可能だが、ある程度距離が開くと届かないらしい。更に声は一方通行で、俺から念話で返信することはできない。
アストレイアの指輪とはちょっと性質が違う。守護龍の固有能力らしいが詳しい原理は良く分からないらしい。
「それじゃ、さっさと乗りますか」
「あ、ちょっと待って下さい響介さん」
「ん? なんだアストレイア」
「その……抱っこ」
頬を少し染め、抱っこと言いながら、両手を俺に差し出してくるアストレイア。その姿はまあ、かわいいっちゃかわいいんだけど、女神としての威厳ゼロですね。
んー、でもまあ、仕方ないよな。女神とはいえ、地上では普通の女の子と差はないのだから。
「仕方ないな、ほれっ」
「きゃっ、ちょっ……響介さん」
俺はアストレイアを抱き上げ、リディルの背に飛び乗る。その体勢はまあ、いわゆるお姫様抱っこだ。
「抱っこしろって言ったのはお前だろ?」
「確かに言いましたけど、やる前に一声かけてくださいよ。いきなりやられるとびっくりするじゃないですか」
俺に抱えられたまま、ふくれっ面で抗議するアストレイア。
すると、俺達に続いてリディアの背に飛び乗ったシグルーンが、
「アストレイア様ぁ。そうやっていちゃいちゃするのはいいんだけど、早く行きましょうよ」
そんなことを言ってくる。
「ちょ、シグルーンちゃん。なんてことを言うんですか! わ、私は、そんな……」
「響ちゃんの腕の中に収まったままそんなこと言われても、説得力に欠けるわねぇ」
今時分が置かれている状態に改めて気がついたのか、ボッと効果音が出そうなくらいの勢いで顔を真っ赤にするアストレイア。
「!? ちょ、ちょっと響介さん! 早く降ろしてください!」
「おい、ちょっと待て。そんな暴れるな。落ちたら危ないぞ」
俺はジタバタ暴れるアストレイアの腕を躱しながら、アストレイアの体を90度回転。脇に手を添えて体を支え、リディルの背にストンと着地させる。
「まったく。子供じゃないんだから、こんな幼稚な冷やかしくらいで動揺するなよ」
「え、だっていきなり言われたら……仕方ないじゃないですか!」
両手をジタバタさせて「ムキー!」とか叫んでるアストレイア。
《…………もう行っても良いか? 響介殿》
「あ、すまんリディル。行っちゃってくれ」
次回の更新は12/4(月)を予定しています。
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