四話 マイアの処遇
部屋の扉の前に立った俺は、扉を軽くノックする。
「俺だ、フェイトだ。中に入ってもいいか?」
「フェ、フェイト殿か? すぐ鍵を開けるから待ってくれ」
中からバタバタと足音が聞こえたあと、ガチャリという鍵が開く音と共に、この部屋の住人の一人が顔を覗かせる。
「そんなに毎日来て頂く必要は無いのだが……」
「でもまあ、こうなってしまったのは俺のせいでもあるし……。で、様子はどうだ?」
「ふむ……昨日と変わりはない。食事は食べてくれるのだが、言葉を交わすことはない。ずっと窓から外の景色を眺めているだけだな」
「そうか……とりあえず中に入れてくれるか? シルヴィア」
「ん? そ、そうだな。失礼した。入ってくれ」
俺はシルヴィアに案内され、部屋の中に入る。その部屋にはイスに腰掛け、青いふわっとしたウェーブがかかった長い髪を風になびかせながらぼーっと窓の外を眺めている元女王、マイアの姿が見える。
……マイアの処遇についてはかなり揉めた。
官僚達の間でのマイアの評判は想像以上に悪く、恨みや殺意まで抱いている者もいたのだ。自分に意見する者をことごとく処分していたのだから無理もない。
当然極刑を求める声が大きかったのだが、俺はそれを断固として拒否した。シルヴィアと約束したからな、マイアのことをよろしく頼むと。俺は一度した約束は決して違えない主義なのだ。
《正確に言うと『女の子との約束』は……ですよね?》
《うっさいわ》
当然それでは官僚達は納得しない。だからこの王城の外れにある尖塔で軟禁し、自由を制限するという事で手を打ったというわけだ。それでも官僚達の説得は大変だったけどな。マイアのやつどれだけ好き放題やっていたのか……。
俺が部屋の中央まで歩を進めると、さすがにマイアも俺の存在に気付いたようだ。こちらに視線を向けてくる。
「…………」
「そう睨むなよ。俺はただ単に様子を見に来ただけだ」
シルヴィアの話では、ダンテを倒した後、マイアは己のしてきたことの過ちに気付き、ひどく後悔して泣きじゃくったそうだ。そしてひとしきり泣いたあと眠りに落ち、再び目が覚めると全く言葉を発さなくなったらしい。
あれだけのことがあったのだ。精神的にショックを受けていても仕方がないのかもしれない。
まあ……打算的な狙いがあって精神疾患を装っているという可能性も否定はできないが……。
マイアはしばらく俺の方を見ていたが、再び窓の外に視線を移した。その表情からは何を考えているのか窺い知ることはできない。
……もしかしたら俺を恨んでいるのかもしれないな。マイアから見れば俺は王位簒奪者だ。
いくら女神の神託があったとしてもな。
「今はまだゆっくりと心を休めるしかないみたいだな」
「ああ、そうだな。静かに回復を待つしかないだろう」
医学の進んだ地球でも精神的な病の完治は困難だ。俺の魔法で治せれば良いのだが、魔力で脳を、精神を弄るのは失敗すれば取り返しのつかない事になる恐れがある。
そう考えると、怖くてできない。
「では、また様子を見に来るよ。……あ、そうだ。シルヴィア、なにか不都合な事はないか? すべての要望に応えられるわけではないが、なるべく善処するから」
「え? ああ……そうだな。要望があるとすれば……この部屋の中だけで過ごすのはさすがに息が詰まる。贅沢は言わないが、せめて散歩くらいは許可をして欲しい」
「まあ、確かにな。マイアにも気晴らしが必要だし、身体も動かさないと健康に良くない。とりあえず官僚どもを説得してみるか……。まあ、監視役を付けるという条件がつくかもしれないけど」
監視役というよりも、護衛役と言った方が近いかもしれないな。城内にはマイアに良い感情を持っていない者が多くいるし。アリスンさんに頼んでみよう。
「何から何までご配慮痛み入る」
「いや、問題ない。俺にはこれくらいしかできないからな」
「でも……良いのか?」
「何がだ?」
本当に申し訳無さそうな顔をしながらシルヴィアが問いかけてくる。
「ここまでマイア様を庇い、連日のようにここに通っていると、その……変な噂が立つのではないか? 少なくとも良い印象は持たれないだろう」
「まあ……そうかもな」
実際にそんな噂は耳にしている。マイアを囲って良からぬことをしているのではないかという下衆い勘ぐりだ。まあ、言いたいやつには言わせておけばいい。
「では。なぜ?」
「んー、それがな……自分でも良く分からない」
「……理由も良く分からないのに、自身の評判を落としてまでマイア様を助ける。私には理解できない。それともこれは女神様の御慈悲というものだろうか」
慈悲ね。それは違うな。
「強いて言えば自己満足、偽善、気まぐれと言ったところだろうか。慈悲とかそんな崇高な理由で助けようとしているのではないと思う」
「自己満足……なのか?」
「ああ。まあ、今だから言うけど、俺のマイアに対する第一印象は最悪だったぞ。なんて高慢ちきな女なんだって思ってたし、それに自分の目的を果たすために、腹心の部下であるシルヴィアを俺に差し向けるとか。最悪の性悪姫だと思ってた」
俺の一番嫌いなタイプの女だと思う。
「お、おい。フェイト殿……」
「でも、マイアがダンテの甘言に騙されて、操られていた事が分かった時、ふと思ったんだ。マイアはただ単に可哀想な女なのかもしれないなと。王族に生まれたばっかりに、幼少の頃から王族してのあり方を叩き込まれ、いろんな権力闘争を見て育ったのだろう。性格が歪んでしまわないわけがないし、それを諌め修正できるような立場の人間もいない」
俺の言葉を聞き、視線を床に落すシルヴィア。自分が諌めるべきだったと思っているのかもしれないが、それはさすがに無理があると思う。
「実際に兄のアレックスの性格も歪んでいたし、あの性格は育った環境のせいだと思う。で、ダンテにその歪みに付け込まれた。そう考えるとなんか、哀れに思えてきたんだよな。あの後泣いて反省したんだろ? この挫折の経験が彼女を変えるかもしれない。更生できる可能性があるかもしれないと考えたら、処罰できなくなってしまったんだ」
ほとんど言い訳だなこれ。ただ単に非情になれなかっただけだ。
《かわいい女の子にはホント甘いですよねー》
《さっきからうるさいな。クヴァンも見逃してやっただろ? 女の子だけじゃないよ?》
「その気持は本当にありがたいのだが……この際はっきり言わせてもらおう、それは甘すぎるのではないか? その甘さが将来、フェイト殿に災いをもたらすような気がしてならない」
「ああ、その通りだ。俺は甘ちゃんだよ」
俺の答えにふっと笑い返すシルヴィア。
災いか……この選択が将来凶と出るか吉と出るかまだ分からないけど、なんかあっても力でねじ伏せてしまえばいい話だ。
「結局フェイト殿は、マイア様をどうするつもりなのだ?」
「んー。分からん。何も考えてない」
「は? 分からないだと? 少々言葉が悪いが、マイア様を何かに利用したいからこうして匿っているのではないのか?」
「いや、マイアの将来については本人に決めさせる。本人が進みたい道に進めばいいと思う。何かに利用しようなんてことは考えてない」
俺はピクリとマイアの手が反応したのを見逃さなかった。やはり俺とシルヴィアの会話に聞き耳を立てているな。
「それが本当ならありがたい話だが、そんなことができるのか?」
「もちろんすぐには無理だろう。ま、本人の頑張り次第だけど、正直マイア一人では厳しい。シルヴィアのサポートが必要だ。マイアを支えられるのは長年寄り添っていたお前しかいない」
俺はわざとマイアに聞こえるくらいの声でそう答え、席を立つ。
「すっかり話し込んでしまったな。もうそろそろ帰るよ」
「ん? ああ、そうだな……なあ、これは私の勘なんだが……フェイト殿は素晴らしい王になると思うぞ」
ニッコリと微笑みながらそう告げたシルヴィアに不覚にもちょっとドキッとしてしまった。
「当然だ。俺を誰だと思っている。俺は女神の使徒だぞ」
俺はその内心の動揺を隠すように、おどけた口調でそう言いながら、俺はマイアとシルヴィアに別れを告げ、部屋を出た。
《確かにマイアちゃんは可哀想だと思うんですけど、あんな事言っちゃって大丈夫なんですか?》
《んー、考え様によっては、ここで処刑しなかった方が、ある意味残酷なのかもしれないぞ》
《そういうもんなんですかね》
《ああ、国民の批判の目を浴びながら生きていくのは、死ぬより辛いんじゃないかな?》
《そうですよねぇ……心が折れなければいいんですが》
《ある程度落ち着いたら、マーシャさんの所に預けてみようと思っている》
《マーシャさんって、孤児院ですか?》
《王都を離れ、教会でシスターとしての修行を積みながら、孤児達の世話をする。その経験を通して何かやりたい事を見つけられればいいんじゃないだろうか》
《そうなればいいんですけど……》
《まあ、マーシャさんなら大丈夫だろ》
マーシャさんの愛、母性に触れれば、マイアも変われるんじゃないかなと思うんだけど。
次回の更新は11/25(土)を予定しています。
よろしくお願いします。




