十二話 光の天使
《シグルーンがあの指輪に?》
《ええ、おそらく。ダンテが指輪の力を開放した時に、少しだけシグルーンちゃんの気配を感じました》
《なるほどな。俺はてっきり竜を封印する場所って地下にある祭壇かなにかだと思ってた。あんな小さな指輪にも封印できるんだな》
《うう……それは私も盲点でした。道理で王都中を探しても見つからないはずです。たぶんあの指輪は邪神が作った魔道具か何かだと思いますね。シグルーンちゃんの力を邪気に変換しているのだと思います》
《まあ、今更それを悔やんでも仕方ない。今は目の前のこいつを倒すことに集中しないとな。指輪を奪ってシグルーンを開放する!》
「素晴らしい! さすがはこの世界を守護する竜の力。邪気が、邪気がみなぎる」
あらら……ダメージも癒えて、完全復活していますね。
「お、おい。なんかやばくないか? フェイト、大丈夫なのかよ」
「ああ、まあなんとかなるだろう。俺のことはいいからお前はさっさとオークキングとグリフォンを片付けろよ」
「お、おう。分かった」
「まあ、師匠なら大丈夫よね」
俺達のやり取りを見て、不敵な笑みを漏らすダンテ。そのツラで笑われるとちょっとキモいんでやめてもらいたい。
「クックック……強がりはよせフェイト。今の俺に勝てる者は神以外におるまい。完全に形勢逆転だ。命乞いをするのなら今のうちだぞ? 今なら俺の配下として働かせてやらんこともない」
俺は呆れ顔でため息をつき。
「御託はいいからさっさとかかってこいよ。格の違いってのを見せてやるよ」
「ふっ、その強がりがいつまで持つかな? いくぞっ【サイクロン】!」
ダンテは風系超級魔法【サイクロン】を放つ。嵐竜の力を受けているだけあって、風系がメインなのだろうか? 俺もすかさず【サイクロン】を放ち、ダンテの魔法を潰しにかかる。
二人の使徒が放った超級魔法のぶつかり合い。相殺しきれなかった魔法の余波が周辺に飛散し、地面を刳って、王城を破壊する。もはや王城は崩壊寸前。あとひと押しでもすれば崩れ落ちてしまいそうな状態だ。
「あ、あれが超級魔法……すごい威力ね」
「カレナリエン、あまり近づくな。巻き込まれるぞ」
「うん。分かってる。あれはもう人の戦いじゃないよね」
「まあな。フェイトは使徒なんだって改めて実感したぜ」
「ふん。なかなかやるな。だが、この程度でいい気になってもらっては困る……む? こ、これは……熱っ、ぐわああぁぁ!」
はぁ、俺がただの【サイクロン】だけで満足するわけないしょうに。【サイクロン】の風に紛れて過熱水蒸気魔法【ヘル◯オ】で生成した高温の過熱水蒸気を混ぜてみました。どうも邪気は普通の魔法攻撃を弾く力があるみたいだけど、物理的な現象に近いものは防ぎ難い様だ。物理的というよりも、俺のオリジナルの魔法に耐性が無いのかもしれないが。
「くっ、目が……。ぐほっ。肺にも入ったか……。だが、こんなものすぐに邪気で再生させる」
アホか、再生するまで待つわけないだろ。
「ほれよ【スタン】」
俺は雷系のオリジナル魔法の【スタン】を発動。この魔法は対象に電気ショックを与えて、筋肉を麻痺させたり、気絶させるのが本来の目的なのだが……。
「……おい、貴様俺を舐めているのか、こんな子供だましな電撃が俺に効くとでも?」
うん。当然効くとは思ってません。俺の狙いはお前に直接ダメージを与えるんじゃなくて、さっきの過熱水蒸気と、冷やされて液化、ミスト化した水を電気分解し、酸素と水素を生み出すことにある。純粋な水は電気を通さないが、魔力で無理やり通す。
「はい、点火~」
俺はおもむろに右手を上げて、指を鳴らし、ダンテの周りに小さな火種を発生させる。その刹那、巨大な轟音と共に、周辺を爆発の衝撃波が襲う。崩壊寸前だった王城はもう完全に崩れ落ちた。
純粋な水素爆発は炎は上がるが、煙は出ない。爆発の衝撃波をやり過ごした後、空を見上げると、四枚の羽をボロボロに焦がしたダンテが、フラフラと宙をさまよっている。だが、まだ邪気は健在。あの様子だとまたすぐ復活しそうだ。やっぱあれだな。小手先の技じゃなくて、きっちりと神気で攻撃し、ヤツの邪気を完全に散らさなければならないようだ。
「ぐぅ……いい気になるなよ貴様。嵐竜の力さえあれば、この様な傷など、すぐに……」
「いや、だから。お前が回復するまで律儀に待つわけないだろ? いい加減に学習してくれよ」
俺は風魔法を応用して空に飛び上がり、ダンテに肉薄。神気を纏った拳でダンテを殴りつける。
「ぐぉっ! 貴様ぁ……」
思った通り、結構邪気を散らせる事ができた。これが俺がこの一ヶ月で身につけた力だ。クヴァン達が邪気を身にまとっていたから、俺も神気を身に纏えるんじゃないかと思ってトレーニングしてたらできたんだ。拳だけじゃなくて、全身に神気を纏い、俺の身体能力をかなり引き上げることも可能だ。
「よっしゃぁ。神気解放!」
俺は神気を開放し、神気で全身を包む。そしてそのまま、ダンテを殴り続ける。
「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
《結局そのパターンですか……芸がないですねぇ》
《いいじゃないか。こいつの邪気を残らず散らし尽くすにはこれが一番なんだよ》
神気を身に纏い、ダンテを殴り続ける。そんな俺の姿を固唾をのんで見守るトリスタン達。
「お、おい。フェイトお前……光に包まれて、なんかこう……神々しいんだけど」
「すごい師匠。……まるで背中に光の翼が生えてるみたい」
「うむ……フェイト、あっぱれ」
神々しい光に包まれたフェイトが、禍々しい黒い瘴気を放つダンテを攻撃する。この光景を見ていたのは、その場にいたトリスタン達だけではなかった。王城でこれだけ派手に戦っていれば、嫌でも王都中の注目を浴びることになる。何事かと野次馬が集まり、王都中の人々がフェイトの戦う姿を目にする。
そして人々は口々にこう呟く。
「あれは……あの光の翼は女神様の使徒に違いない」
「おお、使徒様。なんて神々しいお姿なんだ」
「ママ~あれ見て、天使様だよ。かっこいー」
「そうね。きっとあの悪者をやっつけに来て下さったんだわ」
「使徒様、天使様。ありがたや、ありがたや……」
「アストレイア様万歳!」
「使徒様万歳!」
王都の人々は、突如現れた女神の使徒に歓喜した。その興奮の渦は、フェイトがダンテを追い詰めるたびに大きくうねりの様に肥大化していく。
やがて、その希望の感情は、ダンテがあらゆる手を用いて作り上げた王都の人々の負の感情のそのすべてを吹き飛ばしてしまうまでに大きくなってしまった。
こうなってしまっては、もはやダンテに勝つ可能性などあるはずもない。力の供給源を失ったダンテは、ただ為す術もなくフェイトに殴られ続けるのだった。
一方でこの光景を間近で眺めていたマイアは、
う、嘘よ……ダンテがあんなバケモノだったなんて。それにあの男が女神の使徒?
「うふふふ……ははは……。これは何かの間違いよ。夢、そうよ夢だよ。この悪夢から覚めればまたきっといつもの生活に――」
「マ、マイア様! ご無事でしたか!」
この声は……。私が声のした方を向くと、こちらに向かって真っ直ぐ駆けてくる見慣れた人物の姿があった。
「シ、シルヴィア! なんでここに? あなたは確か地下牢に……」
「フェイト殿の配下の者に助けて頂きました。それよりも、ここは危険です。もう少し離れましょう。戦いに巻き込まれてしまいます」
自分の事よりも、私を心配するシルヴィア。
「どうして? 私はシルヴィアを疑って地下に閉じ込めたのよ? 私を恨んでいないの?」
私の問いにシルヴィアは首を横に振りながらこう答える。
「恨むなど、とんでもありません。私はマイア様の従者です。主君に最後まで忠誠を尽くすのが私の使命ですから」
まっすぐな眼差しで私を見つめるシルヴィア。痛い……苦しい。そんな目で私を見ないで。自然と涙が溢れ出す。
「マイア様はあのバケモノに操られていたのです。ただそれだけなのですよ……」
「でも……私は……とんでもない事を……。あのバケモノが倒されたら女神様の使徒……フェイトはきっと私を……」
今更だけど自分の犯した罪、自分の置かれた立場に気付く。あの男は私を殺しに来ると思う。あれだけひどいことをしたのだから当然よ。もうおしまいね……女神の使徒から逃げられるとは思えないし……。
……私…‥私は死ぬの?
「大丈夫です。マイア様」
「え? シルヴィア。どういうこと?」
「地下牢でレティシア殿からフェイト殿について色々話を伺いました。フェイト殿はその様な事をされる方ではありません。マイア様はただ騙されて操られていただけです。それを正直に打ち明ければきっと許して下さるでしょう。私も一緒に謝りますから、どうかご安心ください」
「……シルヴィアごめん。ごめんなさい! 私……私……」
シルヴィアに抱きしめられ、その胸の中で泣きじゃくる私。
「もう大丈夫です。マイア様はこのシルヴィアが必ずお守り致します」
シルヴィア……こんなダメな私にここまで……ありがとう。
次の更新は11/8(水)です。
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