九話 地下牢の罠
さて、派手にやってやろうか。俺はディアナ、トリスタン、エレーナ、そしてカレナリエンを連れて、王城の門を目指す。カガリとシオンを中心とした獣人部隊は、王城で働く侍女や関係者の避難誘導をお願いしている。今回正面から王城に乗り込むつもりだが、王城に務めている者全員が敵というわけではない。無駄な殺生は避けるべきだ。
《まあ、死にはしないかもしれませんが、王城潰したらその人達、職は失っちゃいますよね》
《ぐ……まあ、それはそうなんだけど。……んなことは後で考える! とりあえず使徒をどうにかしないことには話にならないし》
最悪俺が雇ってやるか。まあ、金には困ってないしな。
「フェイト。やっぱり王城に邪神の使徒がいるんだな」
「ああ、せっかく向こうがお膳立てしてくれたんだ。その誘いにのってやろうじゃないか」
「大丈夫かな? 罠とかないかな?」
「絶対に勝てるという自信があるからこそ俺をこうやっておびき出したんだ。100%何かあるんだろうが、そんな事関係ねーや。レティシアを人質に取るとか、そんな性根の腐ったやつ、何があろうと俺が力でねじ伏せてやる」
俺はあれから何もしていなかったわけではないしな。ガルティモアで見せた戦いが俺の全力だと思ってるんならその間違いを正してやるぜ、使徒さんよ。
「おう! その意気だぜフェイト。俺も力を貸すぜ」
「まあ、その気持は嬉しいが、お前では邪気を持つ使徒を相手にするのは厳しい。もし、ヤツに取り巻きがいたらその露払いを頼む。使徒は俺が叩きのめす」
「よっしゃぁ腕がなるぜ。ここのところ暴れて無かったからなぁ」
「暴れるのはいいんだけど、くれぐれも関係ないやつは巻き込むなよ?」
「そ、それはわかってるって」
ホントかなぁ。心配だな。
「じゃあ、歯向かうやつは殺っていい?」
「……うん。まあ、基本的にはそうなんだけど。邪神に操られているだけっぽい人は、戦闘不能になるくらいに留めた方が良いんじゃないかなぁ」
最近スナイパーに目覚めてきたのか、エレーナの物言いが物騒になった気がする。まあ、元々淡々とした子ではあったが。
「うん。分かった。腕とか飛ばすくらいにする」
「あ、ああ。お手柔らかにね」
それだったら回復魔法で再生できるからいいかな?
「ふふふ……使徒め、この新型レールガンの威力に恐れおののくがよい」
「お前も程々にね」
マッドな笑みを浮かべるカレナリエン。
「ところで、フェイト。いつ突入するの?」
「アリスンさんがレティシアを発見し、その安全を確保できたらかな。俺が正面で暴れれば脱出が容易になるだろうし」
「そうね。レティシアちゃん……無事だといいんだけど」
アリスンさんも無茶しなけりゃいいんだけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――アリスン視点――
レティシア様が囚えられている地下牢はここを曲がってもう少し行ったところのはず。フェイト様の突入のタイミングもありますし、急がないといけませんね。
角を曲がって……居ました! どうやらご無事の様ですが、もう一人、シルヴィア殿も捕まっていた様です。
「レティシア様。ご無事ですか?」
「!? アリスンさんの声が……どこなのです?」
私としたことが……スーツの迷彩効果を解除するのを忘れていました。
「こちらです。レティシア様」
「え! あ、ああ、アリスンさん。よく来てくださいました」
突然私が姿を見せたことで驚くレティシア様。うう……失敗してしまいました。
「よくこの地下牢まで忍び込めたものだな……私も助けてくれるのだろうか?」
「それはもちろんです。ですが、その前に片付けなければならないものがあるようですね」
「それはどういう……な!? あれは」
グルルル……という唸り声を上げて奥の通路から、大きな影が姿を現す。あれは、Sランクの魔物、アークデーモンですか。背中に持つ大きな翼、全身を覆う強固な鱗による鎧、そしてまさに悪魔と呼ぶにふさわしい程の禍々しい形相、口から覗く巨大な牙はすべての物を噛み砕いてしまいそうな迫力を持っています。武器は……手に持っている大きな鎌の様ですね。
「あれは! アークデーモンではないか! なんでこんな所にSランクの魔物が?」
「恐らくお二人に付けられていた番犬なのでしょう」
番犬にしてはたちが悪すぎですね。道理でこの一角に警備兵が居ないわけです。
「Sランクのバケモノが番犬だと? なぜ地下でこのようなモノが……この国は一体どうなっているのだ」
「シルヴィアさん。これが現実ですわ。今の王都は闇の者が支配しています。マイアさんを裏で操っているのもおそらくは同一。そしてそれがフェイト様の戦っておられる真の敵ですわ」
「なるほど、私の知らないところで、何かが起こっていたということか……」
そう言いながら、悔しさに拳を握りしめるシルヴィア。あなたはフェイト様と違って普通の人。知らなくて当然でしょう……。さて、この状況どうしましょうか。とりあえずフェイト様への状況報告ですね。
私は通信機のスイッチを入れる。
「フェイト様。レティシア様の無事を確認しました。ただ、厄介なことに目の前にアークデーモンがいますので、まずはこいつを何とかする必要があります」
『は? アークデーモン? 使徒のヤツ、そんなものを配置していたのか。……アリスンさん、応援は必要か?』
「いえ、大丈夫です。私一人でなんとかしてみます」
『本当に? 相手はSランクだぞ?』
「問題ありません。フェイト様は目の前の敵に集中して下さい」
『……しかしな。絶対に無理はするなよ。目的はあくまでレティシアの救出だ、アークデーモンを倒す必要はないからな?』
『フェイト。念のため私が行くよ』
「ディアナ様。お気遣いありがとうございます。でも……この程度の任務をこなせないようではフェイト様の配下を名乗る資格はありません!」
『そこまで言うのなら……でも、本当に無茶はするなよ。アリスンさんを信じて、俺達はこのまま突撃を始める』
「はい……ありがとうございます」
フェイト様が私を信じると仰ってくれた。それだけで私は戦えます。私はナイフと銃を構え、目の前のアークデーモンを見据える。
「カクゴは、デキタか?」
「ええ、準備はできました。律儀に待ってくれていたのですね。ありがとうございます」
「フム、ナラばエンリョはイランな。ワレも、コノテイドナドとアナドラレルワケにはイカぬ」
魔物とはいえ、Sランクともなると多少の知能を持ち合わせている様です。まさか会話ができるとは思いませんでしたが。
「アリスン参ります」
「イクぞ」
狭い地下通路での戦闘。強力な魔法は使えません。小回りの効くナイフが有利だと思いますが、相手の実力が分かりませんのでなんとも言えません。ここは銃で牽制し様子を見ます。私は銃をアークデーモンに向け、五発ほど引き金を引く。
アークデーモンはそれに反応し躱そうとしたが、二発の弾丸が左足を捉える。弾丸はアークデーモンの硬い鱗に弾かれることなく、足にめり込んだ。
「グ……コシャクな」
さすがフェイト様が開発した武器。威力を抑えたと言っていましたが、十分Sランクの魔物にも通用します。私は少し後ろに後退しながら、引き金を引き続ける。
距離を置いては不利。そう考えたのか、アークデーモンは私に向かって駆けてくる。これは……疾い。しかも迫る弾丸を避けようともしていません。多少のダメージを覚悟しての捨て身の攻撃。……その判断は正しいと思います。下手に避けようとするとかえって被弾してしまいますし、何より攻撃の勢いが削がれます。
その証拠にアークデーモンが繰り出す大鎌の一撃は、非常に重いものでした。
「ぐっ……」
銃を捨て、二本のナイフで攻撃を受けましたが、私は大きく後方に弾き飛ばされてしまいました。狭い通路の中であの勢い。とても躱せるものではありませんでした。通路の戦闘は私の方が不利なのかもしれませんが、諦めるわけには参りません。
私は受け身を取り体勢を立て直しますが、その隙きを待ってくれるほど相手は甘くはありません。振るわれる鎌を受け流しますが、明らかに防戦一方。この魔物、伊達にSランクではありません。速さも力も桁外れです。
このままでは、やられます。
……ならば、フェイト様から頂いた奥の手を使わせて頂きましょう。
私は一つ深呼吸して、体中の力を抜き、ナイフに全神経、魔力を集中します。
「ナンダ……モウカンネンシタのか?」
「いえ、勝負はこれからです。私はフェイト様から頂いたこの力であなたを倒します」
そう言い終わった直後、私は姿勢を低くし、アークデーモンに向かって駆け、ナイフを繰り出します。
「ム……サキホドとカワランデハナイか」
そう思うのならどうぞ、そのナイフを受けて下さい。
「ナ、ナニイッ!?」
私のナイフはアークデーモンの繰り出した大鎌の刃を易々と切断、もう一方のナイフで今度はヤツの右手を切断します。
「グオォォ。ナンだ。コノキレアジは! ソノナイフはナンナノだ!」
フェイト様はこれを超振動ブレードと言っていました。人には感知できない程の振動をナイフに与える事で、信じられないような切れ味を実現することができると。おまけに【プロテクション】の魔法効果もナイフに付与されているため、余程の事がない限り刃が欠ける心配もありません。よってこのナイフで切れないものはこの世に存在しないかもしれない、とも言っていました。まさにその通りの結果となっています。
さあ、形勢逆転。武器の性能の差も実力の内。いえ、違いますね。これは仕えている主の能力、器の差です。悪く思わないで下さい。あのお方に敵対したあなた方が悪いのです。
ここからはまさに一方的な展開に。何しろ相手は私のナイフを受けることができないのですから、もう既にアークデーモンの大鎌はナイフに切り刻まれ、原型を留めていません。躱そうにもこの狭い通路です。巨体が邪魔をし、手足を切り刻まれていきます。
「グ……シカタない。ヒトジチモロトモホウムル」
そう言い放ったアークデーモンの口に、魔力が集中するのが分かります。あれは、極大魔法? この狭い通路で? もう敵わぬと見て、捨て身の攻撃に出ましたか。でも、そうはさせません!
私はとっさにナイフを投擲する。投げ放たれたナイフは、吸い込まれるようにアークデーモンの眉間に突き刺さり、その脳を超振動で破壊する。
脳の機能を失った胴体はゆっくりと倒れ、もう二度と動かなくなりました。最後はヒヤッとしましたが、フェイト様のお陰で私は勝つことができました。
さあ、レティシア様をお救いし、地上に脱出しましょう。退路はドミニク達が確保しているはずです。
次回の更新は11/1予定です。
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