七話 誘拐
うう……もう朝か。まぶたが重い。昨日はあのダンテという男の事が気になってあまり眠れなかった。シルヴィア本人を疑っているのではないが、これも何かの罠なのだろうか……。これまでずっと使徒に振り回されっぱなしだったからどうしても不安になってしまう。
「フェイト大丈夫?」
「え? ああ……。ちょっと昨日のことが気になって、なかなか寝付けなくてな」
「そうね。シルヴィアさん大丈夫かな……」
「そうなんだよな。一人で帰してしまったが、あれで良かったのか」
俺がシルヴィアを心配している事を告げると、ディアナは優しく俺に微笑み返してきた。
「ふふ……やっぱりフェイトはフェイトだね。その優しいところ。昔から変わってない」
「なんだよ急に」
「うん。このところフェイトが使徒だとか、邪神と戦うとかいろいろ急展開すぎて……一度は納得したんだけど、やっぱり心配だったんだ」
「それは大丈夫だって。俺は俺だし、ディアナを置いて何処かに行ったりはしない。たとえアストレイアが俺達の仲を引き裂こうとしてもぶん殴って拒否する」
《失礼ですね! 私はそんなことしませんよ》
《いや、単なるモノの例えだって。すまんすまん》
「そっか、そうだよね。うん。フェイトを信じる」
ディアナはそう言いながら、頭を俺の肩に預けてくる。ディアナとこうして、寄り添っていると心が癒やされる。俺はもうディアナ無しでは生きられんかもしれん。
……暫くの間、俺達はお互いの温もりを感じながら、甘々な空気を醸し出していたのだが、その空気は突然開け放たれたドアの音によって消え失せる。
「フェイト様! 大変です」
部屋のドアを開けて飛び込んできたのはアリスンさんだ。俺とディアナは反射的にぱっと離れる。その様子に気付いたアリスンさんは。
「あ! 申し訳ありません! 私はすぐ退出しますので、どうぞ続きを!」
「いや、続きって……アリスンさん。一大事なんでしょ? 何があったか説明してよ」
アリスンさんはまだ、え? いいんですか? みたいな顔をしているが、俺は目で説明を促す。
「わ、分かりました。今朝リビングに行くと、テーブルの上にこのようなものが」
「ん? 書き置き? なになに……なっ!? これは」
「フェイト。何が書いてあったの?」
「レティシアは預かった。返して欲しければ王城に来いってさ。しかもご丁寧にエクリプスの使徒ダンテって書いてやがる」
ダンテのやつ、もう隠れる気はないって事か。
「え! レティシアちゃんが! 早く助けないと!」
「アリスンさん。レティシアは本当に?」
「はい、念のため部屋を確認しましたが、もぬけの殻でした」
「く……ダンテの事で頭が一杯になってて……油断した」
《ごめんなさい……私も気が付かなかったです》
《まあ、済んだことを悔やんでも仕方ない》
「どうするの? フェイト」
「そうだな……人質は無事だからこそ意味がある。レティシアが今すぐ何かされる心配はないと思う。ヤツの目的はあくまで俺。俺が出向くしかないだろう」
相手の一番弱いところを突く。まあ、戦術としては正しいのかもしれないが、俺を相手にする場合は完全な悪手だな。これまで王国相手にということで遠慮していたところがあったが、もうマイアも王国も関係ないや。ダンテは俺を怒らせた。その報いはキチンと受けてもらおう。王城は瓦礫になってしまっても俺はもう知らん。
十中八九罠が待ち受けているだろうが、そんなものは関係ない。何があろうと力でねじ伏せてやる。
「僭越ながらフェイト様」
「どうしたの。アリスンさん」
アリスンさんが意を決したような表情で俺に進言する。
「フェイト様はこのまま王城にお向かいください。私はその間にドミニク達と共にレティシア様をお救い致します」
「え? 大丈夫なの?」
まだアリスンさんの実力を見てないからなんとも言えないけど。
「できるかどうかの問題ではございません。私は敵のやり方が許せないのです。フェイト様の将来の奥方様にこの様な仕打ち。万死に値します」
「しょ、将来の奥方!?」
ちらっとディアナの方を見ると、何を今更みたいな顔をしている。え? 周りからはそういう風に見えてるの? そりゃまあ、最近ちょっといい雰囲気になったりしているような気はするけどもね……。
「使徒の方はフェイト様にお任せします。ですから、是非私にやらせて下さい!」
そう言いながら、懐からナイフを取り出しその柄をギリギリと固く握りしめるアリスンさん。って、そのナイフってアレじゃないですか。ブーメランの様な形状をして、先端の方が少し膨らんだそのフォルム。投げては鉄板をも貫き、ナタの様な切れ味を持つ、殺傷能力抜群のナイフ。
まさしくグルカナイフじゃないですか。
美人にグルカナイフの組み合わせ……確かにカッコイイんだけど、この世界にグルカナイフなんてあったのか。ますますアリスンさんが分からなくなる。
「わ、分かったアリスンさん。そこまで言うのならレティシアの事は任せる」
「あ、ありがとうございます! 早速準備致します」
俺の言葉に、アリスンさんは決意に満ちた表情を見せ、部屋を出て行こうとする。アリスンさんはやると言ったらやる人だ。多分大丈夫だろうと思うけど、相手は人の裏をかくことに長けたやらしーい使徒だからな。アリスンさんがどんな目にあわされるのか……ちょっと心配でもある。まあ、備えあれば憂い無しって言うからな。
「あ、ちょっと待ってアリスンさん。そのナイフに、ある魔法を付与しておきたいんだけど」
「え? これにですか?」
「そうそう。そのナイフはそのままでもかなりの殺傷能力があるけど、この魔法を付与すれば恐らく更に強力になると思う。だから、ちょっと借りていいかな? 使い方も教えるから」
「フェイト様ありがとうございます! フェイト様に頂いた力で必ずご期待に応えてみせます!」
うん。これでアリスンさんは大丈夫だと思う。俺は目の前のダンテに集中するだけだ。
ん? グルカナイフに一体何の魔法を付与したかって? それは後のお楽しみという事で。
《誰に言ってるんですか?》
《あ、いや。なんとなく?》
「私はどうしたらいいの?」
「ディアナは俺と一緒に正面から王城に乗り込む。ついてきてくれ」
「分かったわ!」
そうと決まれば、とりあえずこいつを起こさないとな……。おい、エレーナ。よくこの騒ぎと殺伐とした空気の中で呑気に寝てられるな。しかも腹でてるし、相変わらずマイペースなやつだ。
次回の更新は10/28(土)を予定しています。
よろしくお願いします。




