四話 城塞都市レーニア
今俺達はトルカナ村から南に100キロほど移動したところにある、城塞都市レーニアの城門前まできている。あのミノタウロスの口ぶりではまた魔物が侵攻してくる可能性が高い。だから強固な防壁があるレーニアまで移動した方が安全だと考えたからだ。
リューゼの町は魔物の領域に呑み込まれたため、もう壊滅してしまったものと思われる。俺が行って魔物を蹴散らしても良いのだが、戦線を維持できないのでは意味がない。ここは一旦体勢を整えるべきだとオスカーさんが提案してきた。
途中、トルカナ村から避難した村人たちと合流した。母さんはいつもと同じ感じで出迎えてくれたんだけど、この人も結構肝が座ってるよな。母は強しってやつだろうか。
で、レーニアの城門前に来ているわけなんだけど、ほぼ丸一日待たされている状態だ。どうも魔物の襲撃から逃れるために、他の村や町からも避難民が押し寄せているみたいなのだ。城門に向かって長蛇の列ができている。この難民にどう対処するのかで今レーニア内部で揉めているんじゃないだろうか? この調子では当分野宿が続くかもしれない……。
ちなみに城門といっても、日本のお城の城門みたいなものではない。どちらかと言うと中国の三国志とかに出てくるような、巨大な城壁がぐるっと都市全体を覆っているそんな感じだ。城壁の高さは5メートルくらいあると思う。まあ、魔物とかが普通に存在する世界だからな。これくらいの規模の城壁がなければ安心して暮らすことができないのだろう。
また城壁の外は何もないというわけではなく、麦畑が広がっている。農家の人が使っているのであろう小屋もまばらに建っているのが見える。そういえばこの世界に転生してからコメを見ていない。コメはあるのだろうか? 今度探してみるか。
しかしアレだ。ここは異世界転生モノ定番の公爵令嬢が乗った馬車を襲う盗賊をやっつけて、公爵令嬢とお近づきになり、優先的に街に入れてもらえるというご都合主義満載のイベントが発生する場面じゃないのか? ここで何日も待ちぼうけをくらうとか普通過ぎてつまらんぞ?
《なあ、なんとかならないのか? 女神様》
馬車の中で座りながら念話で愚痴る。
《そんな都合のいいイベントが起きるわけないじゃないですか。現実を直視しましょうね》
いや、こうやって女神と念話している事自体が非現実的だと思うんですが。
《そうだな、この世界にゃテンプレもないし、堕女神に期待するのも酷な話だよな》
女神の加護みたいなものもなかったしー。
《だって、仕方ないじゃないですか。邪神に権限を奪われてるんですから。あ、でも邪神を弱らせて力を取り戻すことができれば、テンプレ、ご都合主義、チートなんでもござれになるかもしれませんよ?》
《マジか? なんだかオジサンやる気出てきたぞ》
じー……。
ん? なんか視線を感じるぞ?
「フェイト何をしているの? 怒ったりしたと思ったら、急にニヤついたり。なんか気持ち悪いよ?」
横からディアナが話しかけてきた。げ、顔に出ていたか。今度から念話する時は気をつけねば……確かに傍から見たら変だよな?
「いや、別に何でもない。色々と考え事をしていただけだ」
「そっか、でもフェイトすごいよね。あの魔法とか、一体どうやって覚えたの?」
と、ディアナは目を輝かせて聞いてくる。んー、どこまで話していいものか……。
「いや、ディアナの剣術も大したものだと思うけど、それに魔法も使えてたじゃないか」
と、答えてみたが、ディアナは視線を落とし、つぶやいた。
「でも、結局は魔物に負けちゃった。フェイトを守れるくらい強くなるって決めたのに……」
俺を守るために剣を? んーどういうことなんだろう? 俺そんなに頼りなく見えたかな? あ、そうか、ディアナは俺のお姉さんでありたかったんだっけ。
《あーこれはですね。5年前にディアナさんからの冒険者への誘いを断ったことがあったじゃないですか》
《ああ、あったなそんなこと》
《その時に、ディアナさんは『私がフェイトを守れるくらいに強くなったら、フェイトも一緒に冒険者になってくれるかも』とか、いじらしく考えちゃったわけですよ。たぶんそれの事だと思いますねー》
なに? そうなのか? ええ子やないですかディアナちゃん。そこまでして俺と冒険者したかったのか?
《はぁ、響介さんは罪な男ですねー。中身はおっさんなのにねー》
中身は余計だコラ。というか、なんとかディアナの力になってやりたいんだけどな。そうだ、
《なあ、ディアナも無詠唱できるようになれるのか?》
《んー、できないことはないですね。でも魔力は響介さんほど無いので、連発は無理かもしれません》
なに? できるのか。ならばディアナ魔法剣士化計画発動だな。俺好みに育成しちゃうぞ。
《分かった。サンキュー》
《どういたしまして》
(ディアナちゃんを響介さんに任せて大丈夫かな……)
俺はディアナに向き直り、
「なあ、ディアナ。今より強くなりたいのなら。無詠唱魔法教えてあげようか?」
「え? ほんとに?」
ディアナの顔がぱあっと明るくなり、満面の笑みを見せる。オジサンはちょっとドキッとする。
「お、おう。ちょっとばかり特訓が必要だが、ついてこれるか?」
「うん。がんばる。だからフェイト教えて」
よし、手取り足取り腰取り教えてやるよ。
というわけで、俺はアストレイアから教わった魔術理論をディアナに伝授する事になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……結局レーニアに入れたのは三日後だった。やっと順番が回ってきたのだ。
その間、トビーとオスカーが門番をしている兵士に魔物の群れの件、ミノタウロスの件、魔族の王について話して、領主への取り次ぎを願い出たが、全く相手にされなかったのだ。オスカーの勇名もレーニアまでは届いていないのか、それともその兵士がバカなだけだったのか……。どちらなのか良く分からないが、領主に会うのはかなり難しいかもしれない。
それでオスカーはギルドマスターに話をしてみると言っていた。ギルドマスターとは旧知の仲で、昔一緒に依頼をこなしたことがあったらしい。なるほど、ギルドマスターならある程度領主に対して顔が利くだろう。ちょっと希望が見えてきたな。
はぁ、やっとふかふかのベッドの上で眠れる。いい加減野宿も飽きてきたぜ……と思っていたのだが、案内されたのは仮設のテントが立ち並ぶ広場だった。おーいまじかよ。
まあ、数百人もの難民を受け入れられる宿泊施設って普通に考えて存在するわけがない。仕方ないか。でも、これじゃあ野宿とあまり変わらないな。受け入れてもらえただけでも御の字なのかもしれないが。
「フェイト、さっそくギルドにいくぞ」
オスカーさんとトビーに声をかけられた。
「ああ。分かったすぐ行く」
俺は立ち上がる。
「私も付いて行っていい?」
ディアナが懇願するような目でこちらを見てきた。
「オスカーさん?」
俺はオスカーさんを見て目で返事を促す。
「……まあいい、ディアナも付いてきなさい」
「ありがとう。パパ!」
(本当はフェイトと二人で行きたかったんだけどね……)
レーニアは交易で栄えた町で、途中様々な商店が立ち並び、活気に溢れていた。屋台も多い。冒険者風の装備に身を包んだ集団もちらほら見かける。人口はどれくらいいるんだろうか? 結構多そうだなと考えながら歩いていると、程なくしてギルドらしき建物の前に着いた。建物は田舎のスーパーくらいの大きさでそこそこ大きい、剣と盾が描かれた看板がかけられている。分かりやすいな。
というか、これはアレですよね。ギルドに入るとチンピラ冒険者が「ここはガキの来るところじゃねぇ。帰ってママのおっぱいでも吸ってな」ってな感じで絡まれるんですよね?
《響介さんはテンプレ好きですねー》
《いやー、異世界とギルドとくればやっぱ定番でしょう。アンケート取ったら異世界転生して経験してみたいことTOP3に楽勝で入りますわ》
「これが冒険者ギルド……」
ディアナが目を輝かせている。冒険者になるのが小さい頃からの夢だったからな。無理もないっすね。
「ついでに冒険者登録する? 俺は登録するだけなら別にいいけど」
「ホントに! うん。するする!」
ディアナが俺の手を取り、食い気味に迫ってきた。ち、近いですディアナさん。
「若旦那。あまりギルド前でイチャイチャするのは感心しませんぜ」
トビーの俺に対する呼称が坊主から若旦那に昇格した。まあ、目の前でアレを見せられたら坊主とは呼べなくなるのかもしれないが、若旦那ってのはどうなんだ? オスカーさんを旦那って呼んでるから区別でもしているんだろうか。
ディアナはハッと我に返り、真っ赤になりながら慌てて後ろを向いた。そしてチラチラとこっちを見ている。
ん~、なんだろう、この可愛い生き物。
《いよっ! 若旦那! 憎いねこのー》
《ちゃかすな堕女神!》
その様子を黙って見ていたオスカーさんが口を開く。
「……そろそろ入っていいか?」
「あ、はい。行きましょう、行きましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達はギルドの扉を開けて中に入る。ギルドホールは思ったよりも閑散としていた。まあ、今お昼前だからな。普通の冒険者は朝依頼を受けて昼間活動するので、この時間帯はそんなに人が居ないんだろう。横に目をやると複数のテーブルがあり、そこで酒を飲みながら駄弁っている連中がいる。このギルドは飲食できる店舗が併設しているのだ。
そして、正面には受付カウンターらしきものがあり、何人かのギルド受付嬢が冒険者の対応をしている。
ん? あれ? 受付嬢のうち二人の頭に何か付いている……あ、あれは……ケモミミだ。獣人さんじゃないですか! 獣人と言っても体全体が体毛で覆われているわけではなく、ケモミミと尻尾がついているだけで他は人間と大差ない。この世界に獣人族がいるのは聞いたことがあるが、見たのはこれが始めてだ。獣人って珍しいのかな? うむ、これは是非ともフレンズになりたいぞ。
《響介さんは変態妄想が得意なフレンズなんだね!》
《うるさいぞ堕女神》
オスカーさんは犬の獣人の受付嬢のところに行き、ギルドカードを取り出しながら
「Aランク冒険者のオスカーだ。ギルドマスターのレイモンドに取り次ぎ願いたい」
「え……Aランクのオスカーさんですか? しょ、少々お待ちください」
受付嬢は慌てて奥に駆けていった。ただ、その声が大きかったため、ちょっとギルド内の空気がざわつき始めた。なんか俺達に視線が集っている。
「今、Aランクのオスカーって言ってなかったか?」
「あの剛剣の? まさか、なんでこんなところに? もう引退したって聞いていたんだが」
「俺、フェリシア姐さんのファンだったんだ……一度でいいからあの足で踏まれてみたかったぜ」
ヒソヒソとそんな話声が聴こえる。
引退して10年以上経っていると思うんだけど、オスカーさん夫婦って有名だったんだな。若干一名変態さんがいるみたいですが。
《フェリシアさんのおもちゃが何を言っているんですかね?》
《いいから、黙ってろって》
少し待っていると、先程の受付の子が戻っきた。
「ギルドマスターの部屋にご案内しますのでこちらにどうぞ」
俺たちはギルドマスターの部屋に通された。




