一話 プロローグ
初めての投稿ですがよろしくお願いします。
俺の名前はフェイト。今日で10歳になる。
エレクトラ王国の片田舎、トルカナ村で暮らす、ごく普通の少年だ。
……いや、訂正する。ごく普通というわけじゃなかった。俺には他人にはないモノがある。
それは……前世の記憶があることだ。
そう、俺はいわゆる転生者なのだ。
前世での名前は川本響介。
日本のブラック企業に務める平凡なサラリーマンだった。一応彼女は居たのだが、仕事が忙しすぎて疎遠になり、別れを告げられてしまう事になる。
そして、失恋と激務で心身ともに疲れ果て、フラフラと街を歩いていたらトラックに轢かれてあっけなく35歳の生涯を終えてしまったのだ。
まったく、我ながら情けない人生だった。でも、あまり楽しい生活を送っていたというわけではなかったので、前世の未練はそれほどない。
まあ、強いて言えば、俺を轢いたトラックのドライバーには悪いことしたなぁってくらいだろうか。完全に俺の不注意だったしな。
元彼女は俺のことなんか忘れて別の男とよろしくやってるんでしょうな。……あれ? なんか目から汗が出てきた。はぁ、なんだかんだで結構未練たらたらじゃないですか俺。
両親は悲しんだだろうか……。まあ、今となっては確かめる手段なんてないんですけどね。
とりあえず、今更前世のことをあれこれ考えても仕方がないのでここまでにしておくが、死んだと思って気がついたら俺は生まれ変わっていたというわけだ。
生まれ変わったと言っても生まれ落ちた瞬間から前世の記憶があったワケではない。どれくらい前だったか……はっきりとは覚えていないが五歳くらいの時、ふっと頭の中に前世の記憶が走馬灯のように高速再生され、甦ってきたのだ。
うん、でもこれには正直助かったな。もし、生まれた瞬間から35歳のオッサンの記憶と意識があったら色々とヤバイじゃないですか。おむつ替えとか羞恥で耐えられないし、授乳とかどうすんのよ?
俺の母さん(名前はレナ)は顔立ちが整ってて、亜麻色の長い髪がよく似合う美人さんです。肌も白磁の様に透き通っていてスタイルもいい。それになによりもあの豊満なお胸がすごいんです。アレを向けられて35歳おっさんの理性が保てるワケがないですよ。絶対赤ん坊らしからぬ反応をして気味悪がられたと思う。いや~ざんね……じゃなかった、助かった。
で、前世の記憶が戻った後、色々と今の自分が置かれている状況について考察してみた。
最初ここは地球のどこかだと思っていたのだが、どうも様子がおかしい。文明のレベルが明らかに低いのだ。夜もロウソクの灯りだけで、電灯の類はない。水も井戸や川から汲んで来て溜め置きして使っている。食料についてはほとんど自給自足に近い。主に畑で取れた野菜や穀物、そして村周辺の森で小動物を狩って食べている。工場などで作られた加工食品の様なものは、これまで見たことがない。
たしかに村はド田舎で人口も少なく、寂れている感じではあるのだが、アマゾンの奥地の秘境というわけでもない。ちゃんと都市へ接続されている街道はあるのだ。それなのにここまで生活インフラが整っていないのはどうもおかしい。
文明が一旦滅びた未来に転生したのか? それとも過去? もしくは……俺としては胸躍るもうひとつの可能性が浮かび上がってくるわけなのだが。
ここってもしかして異世界なんじゃないの? って思い始めたある日、それを裏付ける決定的な出来事に遭遇する。
魔法だ。
母さんが魔法を使ったのだ。
俺が落として割れてしまった食器に触れた時、破片で手を切ってしまった。その時だ。
「まあ、フェイト! 大変、ちょっとまってね。すぐ治すから。大地に流るる聖なる水よ、汝の傷を癒せ【アクアヒール】」
母さんが呪文を唱えた直後、俺の手を暖かく柔らかい水のようなものが包み込んだかと思うと、次の瞬間、切り傷がきれいさっぱり消えてしまった。
物理的にはありえない。科学では説明のつかない現象。
愕然とした。ここはやはり地球ではない。
魔法が存在する異世界だと確信した瞬間だった。
俺は前世ではオタク……という程ではないにせよ、それなりにマンガやラノベ、アニメが好きでそこそこ嗜んでいた。異世界転生か……ラノベの定番じゃないですかヤダー。でもまさか、自分が当事者になろうとは夢にも思わなかったけどな。
この世界……えっとプライアスって言うんだったか。プライアスの魔法は、火、水、風、土、光の5つの属性があり、それぞれ初級、中級、上級、超級、伝説級のレベルの魔法があるそうだ。中級以上は適正や素質が無いと使うことはできないそうだが、大体の者なら訓練次第で初級までならなんとかなるらしい。
母さんが使った【アクアヒール】は水属性の初級魔法。もしかしたら俺にも魔法が使えるようになるかもしれない。
そう考えるとワクワクした。興奮した。その場で『魔法キタコレ!』『異世界転生キター!!』って叫びそうになった。しかし、母さんの前でそんなことを叫ぶワケにはいかない。あぶないあぶない、なんとか踏みとどまることができた。
それにしても……ねえ。魔法がある世界に転生できたのはラッキーだったと思うんだけど、呪文詠唱ってやっぱ必要なのかな? やらなきゃダメなんですかね?
魔法が当たり前のこの世界に生まれた人にとっては平気なのかもしれないが、前世を地球で過ごした俺にとってはかなりハードル高い。やっぱり恥ずかしいですよね? いい年こいたオッサンが中二全開の魔法詠唱なんて……業が深すぎんぞ。
まあ転生して見た目は子供なんだけどね。
魔力を鍛えるより先に中二レベルを引き上げる方が先だろうか……とかアホな事を考え、期待に胸を弾ませながら月日が流れていったわけです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
で、冒頭に戻る。
俺にも魔法が使えるようになるかもしれないって思ってた時期がありました。でもね、それが全然サッパリです。10歳になってもまだ一向に魔法が使える気配がありません。
これって……絶対おかしいよね?
異世界転生とチートは普通セットじゃないんですか? 定番ですよね? テンプレですよね? じゃあ俺は何のために転生したんだ? 溢れ出る魔力とか、最初からアホみたいにレベルが高いとか、そんなのが当然あると思ってたんだけど……俺を異世界に転生させた神様! 居るのならなんとかしてくださいよ!
と、神に祈っても当然反応があるわけでもなく……。
こうなったら、仕方ない。神がいないのなら自分でなんとかするしかない。
俺は覚悟を決めた。恥ずかしさをこらえて、呪文を何度も詠唱してみた。けれどもウンともスンとも言わない。
やはりアレなのか。異世界人にとって魔法は当たり前の存在。一方で地球人にとって魔法はただのファンタジー世界のシロモノでしかない。
そうか。だからなのか。俺は魔法が発動しない原因を異世界人と地球人の魔法に対する認識ギャップのせいだと考えた。恐らく俺の前世の地球人としての記憶が魔法の発動の邪魔をしているのだ。 そうに違いない。絶対そうだ。
ならばどうするか……開き開き直って、突き抜けるまでだ!
「くっくっく……。この俺が右手の封印を解くことになろうとはな……、なかなかやるじゃないか」
と、言いながら俺は右手に巻かれた包帯をほどく。包帯の下から黒竜っぽいらくが……じゃない、紋様が姿を現し、俺は急に苦しみだした。
「ぐっ……くぅ。もう後戻りはできんぞ。巻き方を忘れちまったからな。それに、手加減もできん、気の毒だがくらえ! 炎の精霊よ、我が手に集い来たりて、敵を射よ! 【ファイヤアロー】」
とやってみたが、当然のごとく何も起こらなかった……。あたりを静寂が支配する。
誰も見ていなかったから良かったものの、見られていたら大惨事である。ネタも古いし。あぶないあぶない。少々突き抜けるベクトルを間違ったのかもしれない……。
それから自分なりにあれこれ試行錯誤(?)してみたものの、いまだに何の成果もない。母さんは「まだ焦らなくても大丈夫よ」って言うけども、せっかくの異世界だし、早く魔法使いたいじゃないですか。もしかして俺には魔法の素質が無いのだろうかと諦めかけ、意気消沈しつつ迎えた10歳の誕生日……それが今日なのである。
この世界では誕生日を祝う風習は基本無いのだが、成人が15歳となってる為なのか、5の倍数である5歳と10歳の節目にはちょっとしたお祝いをする。
我が家はお世辞にも裕福とは言えない。理由は父さんが自分が幼い頃亡くなったからだ。狩り行ったきり帰ってこなかったと母さんからは聞いている。魔物に襲われたのかもしれない。物心付く前の話なので、父さんの記憶はほとんどない。母さんの話ではかなりのイケメンだったとの事で、その馴れ初めとか、惚気話をこれまで飽きるくらい聞いていて、もうウンザリしている。
願わくはそのイケメン遺伝子が自分にも受け継がれていれば良いのだが……鏡などで自分の姿を見る限り、黒髪、黒目で結構顔形は整っている方だと思うのだけど。どうなのかな?
ちょっと話が逸れたが、一家の大黒柱が不在では貧しいのも当たり前。日本みたいに生活保護などの社会保障が無いこの世界では生活が成り立たないくらいだ。
でも、そこは村人達の援助、とくにお隣の冒険者一家の支援があってなんとか生活ができている状態となっている。まあ、こんな母さんみたいな美人の未亡人、普通放っとかないよね。だが、女手ひとつで俺をここまで育ててくれた事は確かだ。母さんには本当に感謝している。
で、話を戻すけど、10歳の今日。ささやかながらも誕生日のお祝いパーティが開かれたわけだ。
「フェイト。10歳の誕生日おめでとう!」
「ありがとう。ディアナ」
ディアナとはそのお隣の冒険者一家の娘さんだ。幼い頃からお隣さんとは家族同然の付き合いをしていて、ディアナは10歳の誕生日のお祝いにも来てくれた。
いわゆる幼馴染ってヤツだな。
長い赤髪をポニーテールにまとめて、体も鍛えているため細く引き締まり、スタイルも良い。将来はかなりの美人さんになるだろう。
「早いものねぇ。フェイトが10歳になるなんて」
「そうね! この間ゴブリン見ておしっこ漏らしてたのに」
「いや、ちょっとまって、漏らしてなんかないし。それにディアナも同じ10歳だよね? 10歳でゴブリン狩れるディアナが異常なだけなんだからね?」
ディアナの両親は凄腕の冒険者だったらしく、当然ディアナも幼少から剣の手ほどきを受けている。10歳でゴブリンを蹴散らせる程にだ。地球の前世の記憶があり、魔物に対する耐性がない俺には少々厳しい話である。でも断じて漏らしてなどいない。
「私はフェイトよりも半年も先に生まれたんだから、私がお姉さんなのよ? 背も私の方が高いし」
「ハイハイ、ディアナはお姉さんでしたね。ゴブリンやっつけられる姉さんすごいな~、憧れちゃうな~」
「えへへ~、もっとほめてほめて」
どうもディアナは俺を弟扱いしてくる。一人娘だし、幼い頃から俺を弟のように見ていたからだと思うが、中身が35+10歳のおっさんの俺からすると、やりにくいったらありゃしない。というか、ゴブリン倒したことを褒められて喜ぶって、女の子としてどうよ? おじさん悲しくなっちゃうよ? 背はポニーテールのせいで高く見えるだけなんじゃないの?
「でもな、いつか俺も魔法を使えるようになってディアナを見返してやるんだからな!」
「え~、でもまだ全然使えるような気配ないよね?」
「ぐ……、いずれチート能力が目覚めて使えるようになるんだよ!」
「チート? フェイトの話には時々良くわからない言葉が出てくるけど、チートって何なのよ?」
「チートはチートだよ。企業秘密だ」
「キギョウヒミツ? またわからない言葉が出てきた……」
「要は今に見ていろってこと。そのうちギャフンと言わせてやるから」
「言わないわよギャフンなんて」
噛み合っているようで噛み合ってない二人のやり取り。母さんはその様子を微笑みながら眺めているのだった。
少々出てくるネタが古いかもしれませんがご容赦を。
女神は次回出てきます。