096 分岐点 デルリカ1
いったん、長道と康子がダンジョンに入った直後に戻ります。
― 096 分岐点 デルリカ1 ―
一旦時間はさかのぼり、僕がダンジョンに入った直後に戻る。
僕と康子がダンジョンに入るのを離れた場所から見る僕とデルリカ。
なんかシュールな光景だ。
今僕らが立っているのは、この絶壁の谷「淑女王亀裂」を見下ろす場所。
デルリカは僕と手をつないで微笑んでいる。
出会った頃からデルリカはスグに僕と手をつなぎたがるのだが…
今僕は17歳。デルリカは15歳。
いい加減、恥ずかしい気持ちがするので拒否りたいのだよね。
いい機会だし、そろそろデルリカに手をつなぐのは辞めるように説得しようかな。
「なあデルリカさんや。」
「なんですの、お兄ちゃん?」
満面の笑みのデルリカに意を決して伝えてみる。
「あのね、僕は17歳だし、デルリカは15歳でしょ。そろそろ手をつなぐのはどうかな?って思うんだけど、デルリカはどう思う?」
僕を見上げるデルリカの笑顔は変わらない。
でも、僕の手を握るデルリカの力が強まった。
「お兄ちゃん、ワタクシの事がお嫌いになったのですか?」
デルリカの笑顔が、すごく怖い。
なんだろう、さっきと全然変わらない笑顔のはずなのに、邪悪な怖さを感じる。
さらにデルリカの握力で、僕の手が悲鳴を上げ始めた。骨が軋む。
ミシ
「いたたたたた、手が痛いよデルリカ!それ以上いけない!僕の手が砕けそう!ね、ね、落ち着こう。ちょっとデルリカに意見を聞いただけだから!デルリカの事は目に入れても我慢できるくらい大事なのは変わらないから!ただタケシ君という彼氏がいるのに他の男と手をつなぐのはどうかなって心配しただけだから!」
すると、デルリカから邪悪な気配がスーっと消えて、僕の手を砕きそうだった力も弱まった。
ヤバかった。でもそれ以上に僕はちょっと傷ついた。
デルリカが、、、、僕に危害を加えようとするなんて。
「お兄ちゃんは特別枠ですから心配いりませんわ。タケシ君もお兄ちゃん優先でも構わないって言ってくれていますので。」
「そっか、すでに話し合ってたんなら良いけど。でもデルリカ、今僕の手を握り砕こうとしたよね?」
「しておりませんわ。嫌ですわお兄ちゃん。」
ケロっとした顔でなかったことにされた。
でもそのことが逆に僕の心のダメージを与える。
「デルリカ、、、今僕は凄いショックを受けているんだけどな。デルリカが僕を暴力で従えようとして凄く悲しい。しかも適当に誤魔化されたし。」
タブン僕は今すっごい悲しそうな顔をしていると思う。
さすがにデルリカは焦った顔で、しがみ付いてきた。
「違うんですお兄ちゃん!ワタクシはお兄ちゃんに嫌われるくらいなら、手を砕いて屈服させようと思っただけで、悪気はなかったのです。お兄ちゃんが意地悪な事を言うからいけないのですわ。」
デルリカー、それまったく否定になっていないよ。
むしろそれ、全面肯定だよね。
しかも僕のせいにしてきたし。
でも、
必死に目に涙をためて訴えてくるデルリカ可愛いなー。
全然自分が悪いと思っていないのは気になるけど、
お兄ちゃん大好きなデルリカ可愛いなー。
よし許そう。
「暴力を振るわれたら、そのせいで嫌いになるかもしれないから気をつけてね。暴力振るわなくてもデルリカの願いは聞いてあげてるじゃん。」
デルリカはシュンとした顔でコクリと頷く。
「分かりましたわ。もうしません。でもお兄ちゃんもワタクシを突き放すような意地悪は言わないでくださいね。」
「わかったわかった。」
デルリカ可愛いなー。
ほんとお兄ちゃん大好きすぎで困った子だなー。
でもそこが可愛いなー、デルリカ。
頭でも撫でておこう。
この子は未だに頭さえ撫でておけば機嫌が直るんだよな。
ちょろい妹である。
さて、デルリカの手つなぎ癖の是正は諦めるとして、タケシ君を探す。
みると、そっとデルリカの後ろ3メートルくらいの所に立っていた。
相変わらず気配が薄い。
「タケシ君、なんかごめんね。」
すると、遠慮がちに微笑みを返してくれた。
「いいえ、私はデルリカさんのお傍に居られるだけで幸せですので、お気遣いなく。」
タケシ君、15歳とは思えない言葉だ。
前世が初代勇者らしいけど、全然偉そうではないタケシ君には敬意すら感じるな。
もっと自己主張していいだよ、タケシ君。
そんな話をしていると、僕はダンジョンでの出来事を把握する。
分身の情報は、僕全員が共有できるから。
「ぴんぽんぱーん。康子が早速ダンジョンの魔王・土竜王を倒したよ。」
流石のタケシ君も飛び上がるように驚く。
「早いですね!まだ突入して数分ですよ!あ、時間魔法を使ったんですね。」
この速度には、タケシ君ですら良いリアクションしたね。
ま、普通は驚くよね。
デルリカは嬉しそうに手を組む。
「さすがワタクシの康子ですわ。不可能を可能にするのですもの。」
デルリカが上機嫌なので今のうちに距離を取ろう。デルリカに甘えてもらうのは嬉しいけど、ちょっと申し訳ないんだよね。。。
タケシ君にデルリカと手をつながせてあげたい。
そっと離れて近場に腰を下ろすと、丁度大型ゴーレムの淑女子がドスンドスンと近づいてきた。
淑女子はデルリカの影武者として僕が作ったゴーレム。
12メートルの巨体だが、外見は血で汚れたロリータ服を着た少女の外見をしている。
肌は死体をつなぎ合わせたような感じで、顔だちは一応可愛らしい。死体のように青色だけど。
しかもフランス人形のような長い髪にも容赦なく返り血が黒くついていて怖い。
両手に持った斧も血でどす黒い。
『長道様、わたくしは何をすれば宜しいでしょうか?』
「ん?淑女子は決戦の時に戦ってくれれば良いよ。それまで隠れて監視体制に入ってて。」
『わかりましたわ』
いうなり淑女子は、目の前にある『淑女王亀裂』に飛び込んだ。
そうだね、その谷の下で呼ぶまで隠れてくれれば問題なしだよ。
さてと、次にやることは…
ちらりとデルリカを見たらタケシ君と手をつないで岩に腰かけている。恋人気分を満喫しているようだから放置しておくか。
僕はそっと街の方に歩き出した。
街で少しやることがあるから。
街まで2キロほどだから歩くという選択肢はない。
浮遊バイクを<空間収納>から取り出して走り出した。
数分で街に着いたので、街の役場に向かう。
おそらく会議が始まっているはずだ。
会議室にノックもなしに入ると、町の有力者が侵入してきた僕をギロリと見る。
うわ、ノックすればよかった。
ヘルリユも上座から僕を見つける。と、同時に慌てて走ってきた。
この人、かなりの頻度で僕を見つけると走ってくるんだよな。。。
「長道!事態はどうなっている!」
慌てるヘルリユの肩の手を乗せ、まずは落ち着かせる。
「良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」
「またそれか!心臓に悪いからやめてくれ。」
本当に嫌そうな顔されちゃった。
この二択の言い方好きなんだから良いじゃん。
すると、同じく上座の方に座っていたユカエルさんが興味深そうに口を開いた。
「長道坊っちゃん、嫌なニュースから聞きたいね。」
「わかった。西の亀裂の傍に出来たダンジョンだけど、やっぱり魔王の攻撃だった。魔王の名は土竜王。そして土竜王の仲間の魔王もすぐそばに展開しているようです。ダンジョン入った冒険者は、美蛾王という魔王に捕獲されています。」
会議室の人たちが目を見開いてザワつきだす。
そりゃビビるよね。
だが教会代表としてこの場所に居るマリアお母様は余裕の表情である。
「では長道、良い知らせを聞かせてください。」
「はいお母様、土竜王は康子が早速倒しました。これで敵の魔王は残り3人です。それと冒険者を捕獲した美蛾王という魔王は東の森を占領してから、そこで冒険者を苗床にして卵を産むつもりのようですので、冒険者たちは全員生きていると思われます。」
こんどは会議室に嬉しそうな声が増える。
でも補足しなくては。
「でも康子はダンジョンの最下層から上がってくるのに時間がかかりそうですから、帰還は数日後になると思います。」
ヘルリユはその場でへたりこんだ。
「そうか、もう魔王を一体倒したか。康子は凄まじいな。」
「うちの妹達はみんな自慢の妹です。」
そして僕も会議室のヘルリユの隣に座らされた。
会議の参加者が全員が僕を見て静かになる。
ん?なんだろう、この違和感。
なんでみんな僕を見て何かを待っているの?
キョロキョロ周りを見たら、マリアお母様が優しくうなずく。
「では長道、今後の方針を話してください。」
え?
ユカエルさんを見る。
「さあ、長道坊っちゃんの作戦を聞かせておくれよ。あたしは坊っちゃんを信じてるから全力で従うよ。」
ヘルリユを見る。
「長道、どうにかしてくれるという約束を信じているぞ。何でも言ってくれ。」
そして会議室全体を見る。
有力者たちは、みな何かを期待している目だ。
おいおいおい、僕は17歳の一般人だよ。
なんでみんなで頼り切った目で見ているの?可笑しいでしょ。
もう一度マリアお母様を見たら、当たり前のように微笑まれた。
「では長道、この状況を何とかしてください。」
ママン!息子を信じすぎ!
無理って言おうとしたけど、マリアお母様の信用しきった目には逆らえない。
ぐぬぬぬ。
「わかりました。まずは敵の魔王殲滅は、僕の手勢とグロガゾウの街と共存している5人の魔王で行います。人の軍は美蛾王に捕獲された冒険者救出と、邪魔な魔物の排除に全力傾けてください。あと、ボロボロになった敵魔王が逃走を図るときは、人の軍隊で足止めをしてとどめを刺してください。おそらく味方の魔王は逃げる敵魔王を追ってまで殺そうとはしてくれませんので、そこは人の手で行う必要があります。」
有力者の中から不安そうな声が上がる。
「人の軍だけで魔物の軍勢と戦うのは厳しいとおもうが、何か手はあるのかね?」
「前の戦争の時のように、騎乗可能な魔物を借り受けられます。前の戦争で騎乗経験がある人を優先的に雇えば訓練期間もいらないので戦力はかなりあると考えます。敵の魔物はただ暴れるだけの群衆ですが、こちらは統率された動きをする魔物騎兵。おそらく敵の魔物よりも圧倒的に強いはずです。それに大量の魔物を倒すことになりますので、肉や魔物素材がたくさん手に入りグロガゾウ経済にいい影響があると思いますよ。ですので悪い事ばかりではないでしょう。」
ちょっと会議室が明るい雰囲気になったが、ヘルリユはしかめっ面だ。
「だが、それはグロガゾウを縄張りにしている魔王達が確実に力を貸してくれるというのが前提だ。それはどこまで確約できているんだ?」
「あ、それは大丈夫。あの人たち、攻められて怒っていたから敵魔王を倒してくれるよ。人に騎乗用の魔物を貸すのも、人に手伝ってもらうための交換条件だし。」
その言葉にヘルリユがギョッとする。
「交換条件??なんだ!何を要求されるんだ!生贄とか出せないぞ!」
そう、この交換条件に関しては僕も蜘貴王サビアンさんに聞いて驚いた。
同時に納得もした。
「交換条件はこっちにとっても悪くない話だよ。おそらく敵魔王は即席でこのあたりに縄張りを作るはずらしいんだ。その敵の縄張りの中でのかく乱をしてほしいそうだよ。」
僕の頭の作戦だけど、まるで魔王から聞いてきたように反してみる。
技師の才能あるかも。
でも、あんま皆には伝わってないっぽい。
会議室中の人が頭の上に「?」が出ている。
代表してヘルリユが困惑顔で口を開いた。
「それのどこが交換条件になるんだ?」
そんで気づいた。
あ、この人たちはあんま魔王に詳しく無いかもと。
「魔王という存在の特性を知れば納得な話さ。魔王は縄張りの中の魔物を操ることができるんだ。そして魔物は魔王に育てられてレベルが上がると魔族になる。」
ギルドマスターのユカエルさんは目を丸くして立ち上がった。
「ちょっと坊っちゃん、それって本当なのかい?ギルドもつかんでいない凄い情報だよ。」
「うん、魔族を従えていた魔王が言ってたから間違いないですよ。で、この特性のせいで魔王同士の戦いはにらみ合いになる可能性が高いんです。」
「なんでんだい?」
「敵の魔王の縄張りに魔物を送り込んだら、その魔王の配下になってしまうからです。でも魔族はそのかぎりではないので、魔王同士の戦いはお互いの縄張りのギリギリの境界線で、魔族か魔王自身で前に進み、縄張りの境界をジリジリ押し込むのが主な戦い方なんです。ですから魔族を沢山持っている魔王の方が圧倒的に有利になります。普通は。」
ヘルリユはなにか急に納得していた。
「そうか!私が食楽王と突猿王に奪い合いをされたときは、なんで魔物が飛び出してこないのか不思議だったが、もしかしたら私は偶然その境界の上でへたりこんでいたのだろうか?だから魔王同士が私を挟んで主張しあってたのか。」
僕はポンと手を打ってヘルリユに微笑む。
「そのとおり!実はあの時のヘルリユは凄く絶妙な場所に居たんだよ。それこそ30cmでもズレていたらとっくに、どっちかの魔王に連れ去られかねない所にね。」
ブルりと身を震わすヘルリユ。
「うわ、私は強運だったって事か。女神マリユカ様に感謝を。」
僕はユカエルさんを座らせ、ゆったりみんなを見る。
「なので、敵の即席縄張りのなかで暴れる要員として、人間は非常に好都合なんです。なので人が騎乗する魔物は全部人間側でテイム(調教)したものを使います。テイムされた魔物は魔王の支配を受け付けませんから。そしてそのテイム作業は先の戦争でうちの妹達が魔物に施しています。すぐに1500ほどの魔物が使えるという訳です。」
ヘルリユは難しい顔で考え込んだ。
「なるほど、これを見越して先の戦争で我らに魔物を貸したのだな。見返りの要求が無いから不思議に思っていたが、向こうは向こうで我らを対魔王戦の手駒にするつもりだったのか。なるほど魔王は策士だ。」
いや、魔王を買いかぶりすぎだよ。
そんなこと考えて無かったから。だって魔物の貸し出しを考えたの僕だもの。
その僕が何も考えていなかったんだから、、、
ま、いっか。勝手に納得しているヘルリユを混乱させる必要もない。
勘違いを正さないでおこう。
そこで、会議室のドアが勢い良く開いた。
「魔王討伐の会議はここか!我はデスケント第1皇子である。精鋭部隊を連れてはせ参じたぞ!」
うわ、デスケント皇子、到着早!
僕は思わず腰を浮かした。
「デスケント皇子、なんでこんなに早く到着したんですか?連絡したのは2時間くらい前のはずですが?」
するとデスケント皇子は胸を張る。
「三日ほど前にヘブニア皇妃より『武器と精鋭を揃えてグロガゾウに向かいな。なんか精霊たちが騒いでるよ』とアドバイスをいただいたので、大急ぎでこちらに出てきたのだ。街につくなり魔王騒動で驚いたぞ。」
なるほど。
さすが帝国の肝っ玉母ちゃん、ヘブニア皇妃だ。
精霊魔法の使い手だから、魔王の動きを察知したんだろう。
これで役者はそろった。
今回の騒動を利用してデスケント第1皇子が魔王討伐に成功すれば、次期皇帝はデスケント皇子で本決まりするだろう。
そうなればヘルリユが継承権争いに巻き込まれて、また殺されるそうになる事もなくなるはずだから、デスケント第1皇子には是非頑張ってほしい。
体格はたくましいが、爽やかなボンボン皇子だから心配だけど。ガンバですよ皇子。
そのあと2時間ほど作戦会議を進めて、その日はお開きになった。
役所から出ると、もう外は暗くなっている。
出口を出た瞬間、恨めしそうに僕を睨んでいる人と鉢合わせした。
う、デルリカが怒った顔で出口で仁王立ちしてる。
「お・に・い・ちゃ・ん。なんでいつの間にかいなくなってしまいましたの?お兄ちゃんの分もオヤツを用意していましたのに!」
なぜ怒る!あんた僕の事なんて目に入らないくらいタケシ君とラブラブモードだったじゃないの!
後ろから出てきたマリアお母様は、一瞬で何が起きたか理解したようだ。
「デルリカ、長道は1人でいくつも重要な仕事をしているのです。この緊急事態にわがままを言って長道を困らせてはいけませんよ。」
さすがお母様。一瞬で事態を理解してフォローしてくださった。
かえったら肩をもんであげなくちゃ。
デルリカはお母様にたしなめられて不貞腐れた顔になる。
「だって、お兄ちゃんとお菓子を食べたかったのですもの。ワタクシを置いていったお兄ちゃんがいけないのですわ。」
デルリカ甘えん坊だなー
デルリカ可愛いなー
「どのみち、デルリカも僕も『淑女王亀裂』でキャンプだから、このあと時間はたっぷりあるよ。お菓子もこれから一緒に食べよう。だから機嫌直してね。」
マリアお母様はあきれ顔。
「長道は本当に妹に甘いですね。デルリカの我侭を聞きすぎて隙を作ってはいけませんよ。魔王との戦いは遊びではないのですから気を付けてくださいね。」
「はーい、いってきまーす。」
そうは言いつつ、全く心配していないマリアお母様に手をふり、僕とデルリカは『淑女王亀裂』に戻っていった。
およみくださりありがとうございます。
次回、寝袋の中にもぐりこんできたデルリカに、なす術もない長道。




