091 ジョニーだってFクラス冒険者
魔王・食楽王マリーが無慈悲に暴れまわった。
グロガゾウの街では、絆を深めるカップルもいれば、脆くも関係が壊れる恋人たちも(かなり沢山)いた。
しかし、魔王の理不尽は天災と同じ。
誰を責めることもできない。
チョコだけを奪われたはずなのに、多くの人の心に傷を残したその事件は「決裂のバレンタイン」として後世に名を遺すのだった。
― 091 ジョニーだってFクラス冒険者 ―
昨日、魔王の蹂躙を受けたグロガゾウの街だが、朝は普通に平和だった。
学校の教室に着くと、ジョニーが上機嫌に寄って来る。
「長道、昨日は最高だったぞ。無駄にモテる奴らが魔王にビビって醜態をさらしまくったからな。中身が無い奴らはモテる価値が無いんだと女子達に思い知らせることができた夜だった。」
詳しく聞くと、どうやらあの後マリーさんは魔王っぽい鎧を着て、アベックに襲い掛かっていたらしい。
『チョコを寄こすか、悲惨な運命をたどるか選ぶのです!』
そういって男達からチョコを強奪していたという。
トリック・オア・トリートか!
どこのハロウィンだ!
そしてこの時に醜態をさらして女子に罵られる男子が続出したらしい。
マリーさんもたまには魔王っぽい事するんだな。
恋人とたちに終焉を与える魔王か。カッコいいな、マリーさんのくせに。
話を全部聞いて、僕は苦笑いが止まらない。
「まあ昨日はマリーさんも機嫌がよかったから良いけど、普段は近づいたら駄目だからね。あの人、手加減が下手なくせに、ふざけてツッコミとかいれてきたりするから。」
そんな僕の言葉にジョニーは真面目な顔になる。
「だけどさ、、、、美人だぞ。しかも良いおっぱいだ。魔王ってみんな美人なのかな?」
出会った魔王を思い出す。
「うーん、言われてみれば女性型の魔王はみんな美人だと思うよ。なんなら学校終わった後に淑女王でも見に行く?夢に出るほど怖いけど。」
「…行くか…いや、それはやめとく。冒険者の先輩達が口をそろえてションベンちびるほど怖いって言ってたからさ。」
「それもそうだね。興味本位で魔王に近づかないのが一番かも。なんせ相手は魔王なんだから。」
そんな話をしていたら、先生が来たので雑談は切上げた。
そして放課後。
僕は、依頼されていたポーションを納入するために冒険者ギルドに行く。
ユカエルさんは僕にばっかりポーションを注文するんだよね。
明らかに癒着。
でも誰も文句を言わない。
じつは、意外にもグロガゾウにはポーションを作れる職人が5人しかいない。
のこりの4人は商業ギルドかグロガゾウ軍に卸しているので住みわけができている感じ。
ギルドに入ると、相変わらず受付嬢が立ち上がり、直立不動になる。
「長道様、ポーションの納入お疲れ様です!ユカエルさんはギルドマスター室に居ますのでお通りください。」
「ありがとう。楽にしてていいよ。」
「恐縮です!」
なんかこの受付嬢に恐れられている気がするんだけど。。。
なんでだろう?
本人に聞きたいところだけど、声をかけると涙目になられてしまうんで、今日も謎を解かないままギルマス室に行く。
「ユカエルさん、ポーション持ってきましたよ。」
ノックもせずにドアを開けたけど、ユカエルさんは満面の笑みで僕を迎え入れてくれた。
「長道坊っちゃん、いつもすまないねえ。今お茶を入れるから掛けておくれ。」
部屋の中には副ギルマスのサクロウさんが、大量の書類に埋もれていた。
サクロウさんは40代のおじさんだが、明らかに文系寄りで事務処理が得意な人だ。
そのサクロウさんが死にそうな顔で書類に向かっているのは珍しい。
「サクロウさん、顔が土色になってますよ。疲労回復ポーションでもどうですか?」
「これは長道殿、お気遣いありがとうございます。」
渡したポーションを一気飲みしたので、見る見る顔色が良くなる。
でも何が起きたんだろう。
「こんな混乱は珍しいですね。何かあったんですか?」
するとサクロウさんは書類の山から脱出して来てソファーに座った。
「いやね、今朝急に西の淑女王の縄張りにダンジョンができたらしいんですよ。そこで早速そのダンジョンに入る冒険者が続出して、その許可や報告に埋もれていたんです。」
僕にとっても驚く内容だ。
「え?西の谷にダンジョン?魔王会議ではそんな話は出て無かったのに。なんで急に…。」
ゾワリと嫌な予感がした。
淑女王というのは僕の妹のデルリカだ。
あのデルリカが、ダンジョンを作ったなら僕に自慢しに来ない訳がない。
下手すると、デルリカも知らないかもしれないぞ。
僕は急いでデルリカに<念話通信>を飛ばした。
『デルリカ、緊急で教えてほしいことがあるんだけど良いかな。』
『あ、お兄ちゃん。急ぎで連絡なんて珍しいですわね。』
『うん、今朝デルリカの縄張りにダンジョンが現れたらしいんだけど、デルリカが作ったの?』
『え?ダンジョン?何のお話ですか?』
『今朝、デルリカの縄張りにダンジョンが現れたんだ。』
<念話>越しでもわかる殺気が流れてきた。
『ワタクシの縄張りで勝手なことをした人が居るという事ですのね。これは許せませんわ・・・。』
僕はできるだけ落ち着いた声で<念話>を送る。
『いいかデルリカ、これに対する対応は必ず僕と一緒にやるんだ。一手でも間違えると取り返しがつかなくなる予感がする。緊急で勇者&魔王会議を招集してくれ。街側の対応を整えたら僕もすぐに会議に参加するから。』
『わかりましたわ。お兄ちゃんもできるだけ急いで来てくださいね。』
念話を切ると、お茶を持ってきたユカエルさんが僕をのぞき込んでいた。
「長道坊っちゃん、てっきり坊っちゃんはダンジョンの事を知っているのかと思ったけど、その慌てぶりを見ると知らなかったのかい?」
「まったく寝耳に水でした。久しぶりに大事件の予感がします。またユカエルさんには無茶なお願いをするかもしれませんから、覚悟だけはしておいてください。」
ユカエルさんは、なぜか嬉しそうにサムズアップしてきた。
「長道坊っちゃんに頼られるのは名誉だよ。あたしに出来ることがあれば何でも言っておくれ。すべてを犠牲にしてでも役に立つよ!」
そっと、サムズアップされた親指に掌を当てて下げさせる。
「いや、犠牲は最小限でお願いしますね。」
ヤル気なのはうれしいけど、この人は本当にすべてを犠牲にしそうで怖いのだ。
一応調査依頼はダグラス団だけに出して、ほかの低レベルな冒険者には近づかないように指示を出してもらう事にした。
「じゃあ、僕はヘルリユ皇女に話に行くので冒険者の静止はお願いしますね。もしも敵の魔王が攻めてきたダンジョンだったら、ダンジョンで人が死ぬほど向こうに有利になりますから。」
「わかったよ。意地でも止めるよ。」
「お願いします。」
よし、次は領主の館に向かう。
ヘルリユはこの街の領主だから、急いで相談しないと。
館に着くと、門番は何も言わずに僕を通してくれる。
しょっちゅう遊びに来るので、最近はフリーパスモードだ。
勝手知ったる他人の家で、速足でヘルリユの執務室に行く。
そしてまたノックもせずにドアを開けた。
「ヘルリユ居る?」
「うわ、びっくりした。相変わらずだな長道。」
くつろいでお茶を飲んでいるところだったようだ。
だがリラックスタイムは終わりだ。
「ヘルリユ、いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」
すっごい嫌そうな顔された。
「長道から悪い知らせとか聞くのは怖いんだが…。じゃあ良い知らせから聞こうか。」
「タブン魔王討伐の遠征に出なくても良くなったと思う。デスケント王子をこの街に呼び寄せてほしい。」
嫌そうな顔だったのに、すっごいう嬉しそうな顔になる。
「それは本当か!たしかにそれはいい知らせだ。なら悪い知らせは何だ?」
「敵の魔王が攻めてきたっぽい。西の渓谷にダンジョンができたから倒しに行くよ。」
良い笑顔だったのに、一瞬で半泣きになる。
ヘルリユは表情豊かだな。
「う、うそだろ!魔王が攻めて来たとか大丈夫なのか?なあ長道!大丈夫なんだよな!」
椅子から立ち上がったヘルリユ皇女は僕の服を掴んで必死な形相だ。
こういう時のヘルリユの扱いは慣れてる。
まずはハグ。
そして肩を組む。
「大丈夫に決まってるでしょ。いいかい、もしも魔王討伐の遠征に行くなら戦力を揃えるのは一苦労だよね。でもここに攻めて来たならむしろ安全だ。」
「そ、そうなのか?なんでなんだ?」
ニヤリと笑みがこぼれてしまう。
「だって、敵の魔王がここに攻めて来たなら、街の周りに陣取った連中が黙っているわけがないじゃん。魔王は縄張りに攻めてきた相手に容赦がないんだから。グロガゾウの周りを縄張りにした魔王たちは間違いなく戦闘態勢に入る。だから遠征するよりもはるかに戦力が多い戦いになるさ。だから安心していいよ。」
ここでやっとヘルリユは表情をゆるめた。
「そうだな。うん、そのとおりだ。では魔王とのパイプは長道に頼みたい。それで私はデスケントお兄様を呼ぶだけでいいのか?」
「あと、皇帝陛下に兵器の供給を頼んでおいて。きっと新兵器を試したくてしょうがないはずだから、沢山貸与してくれるとおもうから。それと街の有力者会議を招集して、有事の宣言をしておいてほしい。戦争をするイメージでまとめてほしい。今はそれくらいかな。」
「わかった、すぐにそうしよう。長道、頼りにしているぞ。」
そこまで話して、僕は領主屋敷を後にした。
また忙しくなりそうだ。
急ぎ足でギルドに寄る。
丁度フロアーでユカエルさんが檄を飛ばしていたので傍に行った。
「ユカエルさん、ヘルリユに話を通したので有力者会議が開かれると思うます。ギルドとして有事における協力体制の準備をしておいてください。戦争の準備と同じで良いと思います。状況によってはまた魔物に騎乗できるように手を打ちます。そのあたりの準備もお願いします。」
「あ、長道坊っちゃん。相変わらず話が速いね。わかった、こっちもその方向で準備するよ。しかし、こんな突発的な状況なのに素早く戦争の準備が動くなんて長道坊っちゃん様様だね。」
「みんなが優秀だからですよ」
よし、じゃあ僕は魔王会議に行くか。
そうおもってギルドを出ようとした。
そのとき、同じクラスの・・・えっと名前を思い出せないけど土下座君が飛び込んできた。
彼ははギルドに飛び込んでくるなり土下座した。
「助けてください、クラスメイトのジョニーが淑女王を見に西の裂け目に行ったら、地面が陥没して下に落ちてしまったんです。だれか助けに行ってください!」
背筋が寒くなった。
嘘だろ。
ふと、ジョニーと交わした朝の会話を思い出す。
まさか、今朝僕が淑女王を見に行こうとかいったから?
僕のせいか?
「ユカエルさん!救助調査はBクラス以上で30分以内に。ジョニーもFクラスとはいえ冒険者だ、スグには死なないと思う。急いで捜索を!」
「わかったよ長道坊っちゃん。」
本当は僕が飛び出したかった。
でもあえてユカエルさんに任せる。
そして教会に走った。
デルリカが緊急魔王会議を招集しているはずだから。
僕の勘が叫ぶ。
魔王会議に急ぐことが、ジョニーの生存確率を高くすると。
お読みくださりありがとうございます。




