090 モテない者たちは魂を売った
異世界も安住の地ではなかった。
何故ならば忌まわしきあの風習がもたらされてしまったから。
その悪魔の風習の名は…バレンタイン。
― 090 モテない者たちは魂を売った ―
次の日
教会の居住区にある僕の部屋で目を覚ます。
最近は忙しかったから、久しぶりに教会の自分の部屋で眠ったな。
さてと、二度寝しようかな。
そう思いつつ寝返りをうったらベッドの横に立って僕を見下ろしている、ビレーヌと目があった。
赤い髪の毛を左肩にまとめた美少女ではあるが、眼力が強くて今でも不意に目が合うとビビる。
「うわ!びっくりした…。おはようビレーヌ。いつからそこに?」
「ほんの一時間ほど前からです。」
結構前からいたんだ。
「どうしたの?」
すると、少し顔を朱に染めながらリボンのついた四角い箱を出してくる。
「本日はヴァレンタインですのでこれをお渡ししたくて。」
はにかむ表情を見ながら、急速に眠たかった頭が覚醒しだした。
「そっか、今日はヴァレンタインだったんだ。毎年ありがとうビレーヌ。」
「いいえ、当然ですわ。」
そっか今日はヴァレンタインか。
昔、日本から来た勇者が広めたイベントだ。
女性が好意を持つ男性にチョコを送るイベント。
このイベントを始めた勇者ヒロはモテモテだったらしい。
しかし、モテない男たちには辛い現実が襲い掛かる地獄のイベントでもある。
昨日、モテない男子ーズが土下座してきた理由がやっとわかった。
焦っていたのか。
でもヴァレンタイン前日に焦っても意味ないと思うんだよな。
そう思いながらベッドから起きると、さっさと着替えて部屋を出た。
着替える間、ビレーヌはずっと部屋に居たけど気にしない。
この人は一度部屋に入ってきたら、僕と一緒じゃないと意地でも出て行かないから、気にしないのが一番だと学習したのですよ。
ビレーヌを従えて食堂に行くと、マリアお母様がニコニコと僕を手招きした。
「おはよう長道、こちらへいらっしゃい。」
「マリアお母様、おはようございます。」
そして、少し大きな箱を差し出してくれた。
「長道、母親からのチョコでは意味が無いでしょうが、よかったらどうぞ。」
僕は全力で首を横に振る。
「いいえ、マリアお母様のチョコがある意味一番楽しみですよ。ありがとうございます!」
貰った箱を早速開くと、まるで芸術品のような彫刻が入っていた。チョコレートだけど。
人形遣いのマリアお母様は、見事な人形チョコを毎年くれるのだ。
今年は、3センチくらいの少女が50人くらいで組体操をしているかのような意匠のチョコだ。
ヤバイ、繊細すぎて食べるのがもったいない。
さすがマリアお母様、細かい製作物はまだまだ僕では足元にも及ばない。
「マリアお母様、食べるのがもったいないです。」
「ふふふ、お菓子なのですから気軽にお食べなさい。」
よし、そっと<空間収納>にしまって保管しよう。
ダグラス団のおじさん4人組に見せびらかせてから食べよっと。
席に着くと妹達がやってきた。
一番手はデルリカだった。
「お兄ちゃん、ヴァレンタインのチョコですわ。」
「ありがとうデルリカ、とっても嬉しいよ。」
しかしデルリカのチョコの箱はココで開けない。
毎年、食事前に箱を開いて後悔するので今年は学習したのだ。
食欲を奪う凄い形のチョコ、それがデルリカのチョコ。
マジでほんとうにデルリカのチョコはヤバイ。SAN値がガリガリ削れる形容しがたい形状をしている。
さすが魔王と言えよう。
つぎに里美が飛びつくように抱き着いてきた。
「お兄ちゃん、私からもチョコだよ。ハート形はお兄ちゃんにしかあげないんだからね。」
上目つかいにチョコを渡す里美、セリフからしぐさから全てがあざとい。
きっと教室では、麦チョコを大量に配るのだろうな、あざといから。
しかし、きっとそれで多くの男子が救われる。
一個でももらえれば男子は救われるのだ。しかもスーパーアイドルの里美からもらえるのだ。
みんな、いい夢見ろよ。
最後に康子が小さな箱を渡してくれた。
「お兄様、日ごろの感謝を込めました。」
「ありがとう康子、康子は料理も上手だから楽しみだ。」
受け取ると、手元で箱が大きくなった錯覚をうける。
あれ?こんな箱大きかったっけ?
180cm以上の身長があり100kg以上ある康子が持っていたことで、ちょっと錯覚が起きたらしい。
康子は世紀末覇者のような体格だが、姉妹の中では一番女子力が高い。
食べるのが楽しみだ。
朝食を食べると、デザートにチョコアイスが出てきた。
みると、メイドゴーレムのエプロン子と、騎士ゴーレムのバケツヘッド子が微笑んでいた。
「さあさあ坊ちゃま、物のついでではございますがチョコアイスでございますよ。バケツヘッド子が珍しく手伝ったのでございますので、少々味は落ちますが男子たるもの文句を言うのは禁止でございますよ。」
バケツヘッド子が心外だというような顔でエプロン子を睨んでいる。
文句なんて言うわけがない。
「ありがとうエプロン子。それにバケツヘッド子も慣れない料理をしてくれてありがとう。とてもうれしいよ。」
そしてパクリと一口食べた。
・・・
ビキーン!何かが脳天を貫いた。
グハ!マズいを通り越して胃袋に衝撃が走った。
うぐぐ、うそだろ、アイス+チョコという黄金合体なのに、どうやったらこんなヤバイ味が出せるんだ。
チョコをマズくするのは美味しくするのよりも難しいんだぞ。
バケツへど子は期待をした目で僕を見ている。
エプロン子とマリアお母様が、どこか同情の眼付なのは気のせいではないだろう。
ううう、うおおおお!
がんばれ僕!
いつも僕らのために働いてくれているバケツヘッド子のために男になれ!
さらに一気にバクバクたべた。
強い精神力で、無理やり喉の奥に押し込む。
チョコアイスを本能が喉から押し返してくるとか初めてだ。
だが、、、、ぐおおおおおおおおお!
ゴクリ。
はぁ、はぁ、よし、胃の奥からこみ上げるものを堪えるように微笑みを作る。
「ありがとうバケツヘッド子。お、お、おいしかったよ。。。」
普段無表情なバケツヘッド子が柔らかく笑顔になった。
「お坊ちゃまに喜んでいただき、このバケツヘッド子は幸せ者にございます!」
そういうと、一礼して警備の仕事のため部屋を出て行った。
それと同時に僕は真っ白になってガックリ全身の力が抜ける。
エプロン子はいつになく真面目な顔になると、珍しく丁寧に頭を下げてきた。
「長道お坊ちゃま、バケツヘッド子の想いを受け取ていただきありがとうございます。お坊ちゃまのお優しさに感謝を。お見事でございました。」
ふっ、良いよ。バケツヘッド子が喜んでくれたなら…。うっ、戻しそう。
ふらふらしながら僕は学校に行く。
康子がそっと支えてくれるので何とか歩ける。
そうだ康子のチョコで中和しよう。
急いでチョコを出して食べながら歩く。
実は僕はチョコが好きではない。
でも康子のチョコはおいしい。
ミルクが多いのだろうか?
「康子のチョコは他のよりおいしいんだけど、どんな秘密があるの?」
すると照れくさそうに微笑んだ。
「実はチーズを入れています。一緒に混ぜるミルクもクリームになるほどホイップしているんですよ。ですが私くらいパワーが無いとチーズとミルクをシルクのようにホイップするのは難しいでしょうから、ほかの女性には難しいかもしれません。」
「なるほど!この美味しさの秘密は康子のパワーなんだね。やっぱ料理もパワーか。」
そう考えると、エプロン子の料理が美味しいのも納得がいった。
エプロン子はゴーレムなので人間の何倍もパワーがある。
なるほど、だから一流の料理人は腕の太い男性が多いんだな。
納得納得。
康子のチョコで何とか体調を取り戻した僕は、教室に着くころには普通に元気モード。
妹の愛情チョコは偉大だな。
そして窓際の自分の席に座る。
すると、悪友のジョニーが憂鬱そうに近寄ってきた。
「長道、チョコ貰ったか?俺はまだ0個だぜ。」
「やあジョニー、僕は6個かな。全部家族だけど。」
ジョニーはあきれ顔だった。
「お前、まさか母親のチョコもカウントしているのか?」
「そうだよ。お母様のチョコが一番重要だからね。」
「おいおい、それじゃマザコンって言われるぞ。」
変なことをいう奴だな。
「僕はマザコンだけど、そしてシスコンだよ。男の子はみんなマザコンでシスコンでしょ。」
その言葉は、不思議とクラス中に響き渡り、教室が急に静かになった。
そして、目を丸くして僕を見るクラスメイト達。
遠くの方で、僕をバカにしたような男子の声がした。
「なんだよ長道、お前は母ちゃん大好き君か?あはははは。」
「当たり前じゃん。普通はお母様の事が大好きなものでしょ。」
またクラスが静かになった。
小声で「まじかよ」「堂々とし過ぎだろ」「マザコンとか恥ずかしくないのかよ。」とかの声が聞こえる。
あれ?僕、変な事言った?
近くにいるデルリカや里美をみると、2人も不思議そうな顔をしている。
だよねー、普通はマザコンでシスコンだよね。
その沈黙を破ったのはジョニーだった。
「そっか、わかったぞ。長道、家族のチョコはカウントに入れてはダメだ。これは社会の規則なんだ。それがヴァレンタイン。残酷な男たちの公開処刑場なんだ。だからな、家族に逃げちゃだめだ。良いな。だからマザコンだとか言ってごまかすな。たとえ敗北しても男たちの友情は壊れない。だからな、悲しい言い訳をしなくていいんだぞ。」
その言葉でクラス中が僕に哀れみの目を向けてくる。
え?モテないから母親チョコを本命扱いして言い訳してると思われた?
心外だな。僕は正真正銘マザコンでシスコンなのに。
重い空気から、いたたまれない空気なった。
だが、別の男子が僕をかばうように立ちはだかる。
彼は最近よく見る人、えっと…名前思い出せないけど、土下座の人だ。
「まてみんな!俺の調査によると長道師匠はこのあと30以上のチョコをもらうはずだ!その時思い知るがいい。つまり、マザコンの方がモテるという事実に。」
土下座君・・・
君は一体なんで僕をかばうんだ?
友達だったっけ?
すると、嬉しそうにデルリカと里美がチョコの破片を土下座君に渡しだした。
「土下座君、お兄ちゃんのいいところわかってるじゃん。私の義理チョコを多めにあげちゃうよ。」
「土下座さん、お兄ちゃんを見る目があるのはご立派ですわ。この地面に落ちたチョコを差し上げましてよ。」
土下座君は、土下座するような姿勢で両手を差し出し、2人からチョコをゲットした。
確か土下座君は里美の大ファン。さらにデルリカをみると赤面するほどシャイ。そしてモテない。
なるほど、チョコを射るにはまず兄を射よか。オヌシ、策士よのー。
そしたら、クラス中の男子が急に僕を褒めだした。
お前たち、バカだろ。露骨すぎるだろ!
男子はソワソワしながら僕を絶賛する。
なぜかビレーヌが嬉しそうに義理チョコを振る舞いだした。
まあ委員長だから、差別をなくすために義理チョコを配る予定だったみたいだから予定通りなんだろうけど嬉しそうだ。
里美も、僕を褒めた奴から順に麦チョコを3粒ずつくらい配る。
義理チョコをもらうために僕を褒める男子たち。
男って、、、、悲しい生き物やね、、、、
僕はお母様と妹達がいてよかった。ガツガツしなくて済むもんね。
そんな混乱をしながらも、その日の授業が終わった。
帰ろうとしたら、またモテない男子ーズは50人ほどついてくる。
まさか、僕と一緒に居て里美からチョコをもらったことで味を占めたんだろうか?
振り返り彼らに向き合った。
「えっと、僕について来てどうするつもりなの?たぶん僕と一緒にい居てもヴァレンタインの足しにはならないと思うけど。」
代表して土下座君が土下座してきた。
「長道師匠、自分たちは今年のヴァレンタインは捨てたのだ。来年のヴァレンタインを本番とするために今年のヴァレンタインは師匠を観察して技を盗みたいと考えているのだ!」
技なんてないし。
「まあ、好きにしていいけど、、、」
なんか、あまりに彼らが哀れになったので好きにさせることにした。
モテたいなら、別の努力をした方が良いと思うんだけどな。
そう思っていたら、人化したカマキリメイド二人がいきなり飛びついてきた。
「長道殿!ヴァレンタインだぞ!」「好きな男子にチョコを上げると一か月後に三倍に育って返ってくるって聞いたぞ!」
2人は僕に飛びついてるなり、僕のカバンにチョコをねじ込む。
そして僕をよじ登ろうとしてきた。
この二人は何故僕によじ登ろうとするのか?
魔族7不思議の1つだ。
カマキリメイドの後ろから落ち着いた貴族風の女性が歩いてくる。
人化した蜘貴王サビアンさんだ。巻いた金髪がよく似合う。
外見は20歳くらいに見えるが、90歳以上なのは秘密さ。
「長道さん、本日はヴァレンタインですのでお世話になっている長道さんにチョコをお持ちしたのですよ。仕事があってこれなかったタリューシャとサチューシャの分もあずかってまいりましたわ。」
タリューシャとサチューシャというのはサビアンさんの配下のサソリ型魔族。
僕はチョコを受け取ると、カマキリメイドのボリーヌ、ダレージュを引きはがしてサビアンさんに返す。
「ありがとございます。来月はとっておきを用意して持っていきますね。」
「あらあら、それは楽しみですわ。長道さんの用意するデザートは全てが王城並みですので。」
サビアンさんは、元気に手を振るカマキリメイドを連れて戻っていった。
いきなり5個ももらってしまった。
この様子を見ていた50人の中からジョニーが飛び出してきた。あ、ジョニーもこの集団い居たんだ。
「長道!可愛い後輩からチョコをもらうのは分かるけど、あんな美人貴族令嬢からチョコをもらうってどういうことだよ。」
説明するの面倒くさいから適当に答えておこう。
「同じ趣味の仲間だよ。」
「なんの趣味だ!」
身を乗り出された。凄いくいつきだな。面倒だなー。
「里美ファンクラブとか」
うん嘘は言ってない。サビアンさんは里美と仲良しだし。
すると、背後の50人も妙に納得していた。
それで納得するのか!里美凄いな。
まあ良いや、工房に帰ろう。
そう思って歩きだす。
それから数分後。
街に入ると、そこからは地獄だった。
街の冒険者の女性が、僕を見つけると駆け寄ってきてチョコを渡すのだから。
「長道坊っちゃん、わたしはジャニス!覚えてる?また鎧の新調する予定だから安くしてね。」
「ぼっちゃん!新しくワイバーンを捕まえたら私に声をかけてね。」
「この間はありがとうね。あのポーションがなかったら死ぬところだったよ。」
「坊っちゃん、マリアリーゼ司教様にもよろしくね」
3歩歩くと呼び止められる勢いだ。
前の戦争のあと、冒険者や軍部に僕は特別視されている。
高性能な武器や防具を作り、お偉いさんともパイプを持ってる。
しかも魔王と連絡が取れて、魔物の領域のどこにどんな素材があるかほぼ把握しているので、よく頼られる。
さらに、この街の司教の息子だ。
みんなめっちゃ愛想笑いしてくれる。
工房に着くまでのあいだに、数百個のチョコ貰った。
工房に着くと、中にギルドマスターのユカエルさんと、ダークエルフのヒーリアさんが待っていた。
僕を見るなり、ユカエルさんが抱き着いてくる。
頬ずりしてくるので、全力で押し返した。
「ぼっちゃーん、チョコ持ってきたよ。他の連中と違って北方のベルセック領産の高級品だよー。」
「わかったから離れてください。クラスメイトの前で恥ずかしいから。」
無理やり引きはがすと、こんどはヒーリアさんが僕の肩を抱いてくる
「長道坊っちゃん、ずんだ餅持ってきたよ。坊っちゃんはこれの方が好きだろ。」
「おおお!さすがヒーリアさん!わかってるではないですか!さすが心の姉。ナイスです。」
そうそう、前に『ヴァレンタインンはあえてのチョコ以外が欲しい』と言ったのを覚えていてくれたんだ。
さすがヒーリアさん、頼りになる。
この光景を50人の男子ーズは呆然としながら見ていた。
うん気まずい。
「えっと、みんなも入んなよ。お茶くらいだすから。お菓子はたくさんあるし。」
チョコがね。
工房は大型の機械も作れるように広いので50人くらいなら入れる。
みんなが入ると、どこからともなく椅子が並べられていた。
みると、人工精霊の高麗とデーク南郷だ。
この二人は僕の人工精霊で、特に生産系のスキルに強いのでいつも助かっている。
2人ともメイド姿だ。
そして、黙って僕にお菓子の包みを渡すと一礼して去っていった。
2人が僕に渡したのは、『ういろう』と『芋ようかん』。
律儀な人たちだ。人じゃないけど。
全員にお茶が回ると、今日貰ったチョコを山のように積み上げて出す。
「じゃあ、折角だしチョコパーティでもしようか。食べないと勿体ないから適当に取って食べて。」
大事な人に貰った分は保存して持っているけど、道を歩いている時に貰った義理チョコは人にあげてもいいよね。
いや、まじで食べきれないから。
だが、男子たちは誰も席を立とうとしない。
拳を握り締め、目を固くつぶっている。
すこしすると、土下座君が土下座してきた。
「モテ師匠、モテとはなんでしょうか!」
哲学か!
その言葉に、ユカエルさんが足を組んで答えた。
「少年、長道坊っちゃんがモテる理由を知りたいかい?」
「はい!是非ご教授ください!」
ちなみにユカエルさんもこの街の美人冒険者四天王の一人。
エロっぽいお姉さんが好きな人には絶大な人気を誇っている。
ユカエルさんの実年齢が60才過ぎでも、見た目が若ければ男にとっては関係ないらしい。いや年齢を知らないだけか?
そのユカエルさんがイタズラな微笑みを土下座君に向ける。
「簡単さ。長道坊っちゃんは母も、妹も、クラスメートも、お婆ちゃんも、ブスも、王族も、魔王でさえも差別しない。差別しないから自然体だ。だからすぐに女性の方から距離を縮めてくるのさ。近くによれば努力家で、自己犠牲的な優しい坊っちゃんの良さが見えるから大好きになる。あんたたちは無意識に美人には良い顔をして、ブスや老人を避けたりしていないか?それじゃ長道坊っちゃんの域には届かないよ。女の気を惹こうとしてる間はダメだね。女が気を惹きたくなるような男におなり。」
50人の少年たちは、その言葉にみな椅子からおりて膝をついた。
土下座君は血を吐くように声を出す。
「僕らは、、、女性にモテたいと思うあまり、逆に人を愛する気持ちを失っていたのか。。。」
大げさな。
『自分も他人もみんなハッピーがいいよね』くらいの気持ちで良いと思うよ。
なんとも変てこな光景だ。
脚を組んで女王様のように座るユカエルさんに向かって地面にうなだれる50人の少年達。
そこに気まずそうな顔のヘルリユ皇女が入ってきた。
「な、長道。その、、、取り込中か?」
まあ、入りにくいよね。
「気にしないでいいよ。どうしたのヘルリユ?」
すると少しむくれた顔をしてきた。
「どうしたのじゃないだろ!ヴァレンタインだぞ、普段から多大な世話になっている親友にチョコを持ってきたに決まってるだろう。」
「あ、そうだよね。ありがとうヘルリユ。ヘルリユがくれるチョコは大事に<空間収納>にしまっておこう。後でゆっくり食べさせてもらうよ。」
「そうか。それよりこれは?」
不気味なものを見るように、うなだれる少年たちを見るヘルリユ皇女。
「あれ?なにか悩みがあるみたいだからそっとしておこう。そうだ、食事していく?」
ヘルリユを工房に入れて座らせる。
そして、再びチョコの山を見た。
みんな、うなだれてないでチョコの山を食べてくれないかな。
だって…
僕は、、、、
チョコ嫌いなんだよね。
皮肉な話だ。
チョコが欲しい人のところにはチョコがいかず、チョコなんて欲しくない僕の所に集まるなんて。
きっと夜には四大天使もチョコ持ってくるんだろうな。
今のうちに、チーズが乗ったお煎餅が良いですって祈っておこうかな。
ダン!
扉が乱暴に開かれた。
誰だ!また誰かチョコを持ってきたのか!
勘弁してくれ!
そう思って開いた扉を見たら・・・・
食楽王・マリーさんだった。
「長道!チョコをいっぱい貰ったことはお見通しなのですよ!奪いに来ました、貰ったチョコを寄こすのです!」
いうなり、置いてあったチョコの山に飛びつき、遠慮なく包装紙をバリバリ破いて大量のチョコを食べ始めた。
ふぅー、大事な人に貰ったチョコやお菓子は<空間収納>に隠しておいて正解だった。
だって絶対来ると思ったもん。
そりゃ絶対に奪いに来るに決まっているから。
みんなで、マリーさんを無言で眺めた。
だって数百個はあるチョコを、バリバリ食べ続けるんだもの。
30分ほどで、人の高さくらいに積まれたチョコは全てマリーさんのお腹に収まった。
みな呆然と眺めていたけど、すべて食べ終わったマリーさんはぺロリと口の周りを舐めて、恐ろしいこと言った。
「長道、もっとよこすのです!」
するとジョニーがマリーさんに駆け寄る。
「もしやあなたは、我らモテない男たちを救うために現れたヴァレンタインチョコ消滅の神ですか?」
おいジョニー!
頭大丈夫か?
でも、その言葉にうなだれた少年たちは、急に希望の目でマリーさんを眺める。
まるで崇拝されるように見られて気を良くしたのか、マリーさんは女神のようなポーズをとった。
「わたしは最強の魔王である食楽王・マリーなのです。ヴァレンタインのチョコを人間どもから奪うために現れたのですよ。さあ、愛に飢えた若者たちよ、チョコをもっていそうな奴を見つけ、マリーに生贄として捧げるのです。ヴァレンタインのチョコ殲滅の願い、確かに聞き届けたのです!愛を手にした者たちは、欲張らずにチョコは手放しマリーによこすのです!」
「「「「「おおおお!」」」」」
ジョニー達は走り出す。
「食楽王様、学校でモテている奴はチェックしてあります。チョコ強奪に向かいましょう!」
「よし、案内するのです!」
そして、目を血走らせた50人の少年達と共にマリーさんは夕方の街に消えて行った。
今夜、グロガゾウの街は魔王に蹂躙されるだろう。
しかし、それにより多くの若者の心も救われる。
モテない者たちに幸あれ。
お読みくださり、ありがとうございます。




