074 長道の物はマリーの物
― 074 長道の物はマリーの物 ―
突然現れた食楽王・マリーさんに、魔族4人が食事の手を止めて警戒をする。
彼女たちにとっては昨日まで敵だった相手だ、臨戦体勢に入るのは当然だろう。
カマキリメイドは、背中に生えたカマキリの腕を広げて威嚇しているし、軍人美人のサソリの二人は身を低くして、針のついた黒い尻尾をマリーさんに向けて構えている。
僕はそっと4人に、手で「丈夫だから」という動きをしてなだめてからマリーさんを見た。
「おはようですマリーさん。まずは朝食でも一緒にどうですか?今用意しますから僕の隣に座ってください。」
「やった、さすが長道です。」
無邪気にニコニコしながら僕の隣に座るマリーさん。その呑気な姿を見て、魔族4人も一応は戦闘姿勢を解いた。
緊張感が漂っているので、まずは場を和ますか。
「マリーさん、こっちの4人は蜘貴王さん配下の魔族の4人です。僕らの友人なので危害を加えたらだめですよ。」
マリーさんは緊張する4人を軽く一瞥すると、スグに興味をなくしたように食事を見る。
「別にかまいませんよー。それより、食べ物をもう一品くらい増やしてほしいのです。」
図々しいな。まあいいけど。
さらに魚のフライとタルタルソースを大量に出す。
「これをサラダと一緒にパンにはさむと美味しいですよ。僕もこの魚フライのサンドは大好きなんです。」
見本を見せるように、パンにサラダ、ハム、魚のフライ、タルタルソースを挟みかぶりついた。
「うん、うまい!」
そこからは魔族とマリーさんの食べ物争奪戦となった。
争奪戦と言っても、それぞれが必死に手に持てるだけ食べ物をキープしながら食べるだけなんだけど。
なんか微笑ましい。
でも、
20人分くらいの食事が、あっという間になくなった。
美女に囲まれた食卓だけど、食事風景は肉食獣と食事している気分だったよ。
食事が終わり、紅茶にジャムを入れてロシアンティーを出して一息つく。
甘い、甘すぎる…
でも、マリーさんとカマキリメイドは大喜びだからいいか。
みんながお茶を飲んでるうちに先に一仕事終えてくるかな。
「じゃあ僕は魔物の泉を設置してきますんで。」
浮遊バイクを出してまたがる。
魔物の発生源は森の東端にでも作るか。
軽くスロットを回して森予定地の中央に向けて走り出す。
ここからだと5kmくらい先だ。
走っていると、後ろから浮遊バイクがついてきていることに気づいた。
『おや?』
振り返ると、マリーさんと魔族4人がみんな来ている。
そっか、見物したいって言ったから見に来たのか。
面白いものでもないのに…
目的地に来たところで、僕は浮遊バイクを止めてよさそうな場所を探した。
…ま、どこでも良いか。
場所を決め、自在杖を取り出すとガリガリと丸く円を描いた。
<鑑定>でみると『地面に書かれた落書き』となっている。
この概念を原始魔法で『魔物の湧き出る泉』と変える。
そして純化魔法で、地面の魔力脈を探して繋げた。
ボコッ
数分で、円を描いた場所が変質して液体になり、ボコボコと泡をふきだしはじめる。
後ろでサソリ魔族の二人が歓声を上げた。
「おお、すごい!本当に魔物の泉が出来上がったぞ。これはすごい!」
見ていると、泉の中からスライムみたいのが這い出てきた。
うわあ、魔物が生まれたところを始めてみた。
自分でも凄いと思う。
するとマリーさんが不満そうに僕に肩を組んできた。
「長道ー、この泉は小さいですよー。これでは最大でも2~3メートルくらいまでの魔物しか生まれません。泉の大きさを3倍くらいにしましょうよ。そうすればドラゴンとかマンティコアとか生まれて楽しいですよ。」
マリーさんはバカっぽいけど、意外にモノを知っているんでその発言は無視できない。
「マリーさん、もしかしてどんな魔物が生まれるかとか、泉の作り方でコントロールできるんですか?」
「できますよー。泉の大きさや形で生まれる魔物の種類は変わりますからねー。大きい泉ほど大きなものが生まれやすいです。穴が小さいのに濃度が濃い泉だと細長い魔物が生まれやすいです。あと、どこに泉があるかも関係ありますねー。湖の底とかに作ると水生の魔物が生まれますし、高い場所に作ると飛ぶ魔物が生まれます。」
「そうなんだー。マリーさんはバカっぽいのに博識ですよねー。いつも感心してしまいます。」
「あははは、もっと褒めても良いんですよー。」
そうなると、ちょっと欲が出てくるな。
つまりあれでしょ。
僕が欲しい魔物が生まれやすい泉を作っても良いんでしょ。
「じゃあマリーさん。美味しい魔物を生み出しやすい泉のアドバイスしてくれませんか?」
マリーさんの目が少し光る。
「ふっふっふ、そうきましたかー。ふーん、長道はそう来ますかー。でも悪くないですよー。じゃあ長辺2.5メートル、短辺1.5メートルほどの楕円形の泉にしてください。長辺の片方には大きな木を生やして、もう片方には池を隣接してください。そして石の壁と花壇で泉を挟むんです。これでバリエーションのある魔物が生まれますよ。うまくいけばオークやコウベ牛鬼も生まれるはずです。」
「オークはおいしいですよね。コウベ牛鬼というのも聞いただけで美味しそう。了解です、そういう風に作りましょう。」
マリーさんの指示通りに魔物の泉を改造した。
よし、これでこの森は僕の食糧庫だ。
「じゃあ、今から森を本格的に作るんで一旦移動しましょう。」
僕が浮遊バイクですぐに移動すると、5人もついてきた。
テントのある場所まで戻ってくると、僕はスグに純化魔法で森予定地をエネルギーに近い物質に変える。
それから魔力を流して原始魔法の進行を早めた。
視界を確保するため、遠い場所から森になるようにコントロールしているから近くは中々変化しない。
でも魔族たちは5km先の変化が見えるようで、口々に「すごい」「森が生まれている」とか言っている。
魔族、視力高すぎ。
するとマリーさんが僕の横で魔法を使う。
「純化魔法なら私も使えますんで手伝いますよー。あと時間魔法で変化の進行速度が速くなるようにしますねー。」
マリーさんが手伝ってくれると、びっくりするほど早い勢いで変化を始めた。
おおおお、あと3日はかかると思った森作成が、今日中に終わりそうだ。
そうして一日かけて二人で魔法をかけ続けた結果、夕方には見事な魔物の森が出来た。
夕日に照らされた目の前の森を感無量の気持ちで見上げる。
すげー、僕は本当はやればできる子だって信じてた。
思わず独り言が漏れる。
「これが僕の支配地の森か…。」
するとマリーさんが無邪気に僕を後ろから抱きしめる。腕ごと抱き着かれたので身動きができない状態になった。
マリーさんは僕よりも背が高いので、僕の足が地面から離れてしまう。
えっと、僕を抱きあがて何がしたいんだろう?
「長道!この森を私によこすのです。私の支配地にします。この森はいい森です。」
「ええええ!そーりゃなーいよー、マリーさーん。」
「もう決めました、長道の意見は聞きませーん。ここは私の支配地しまーす。」
「くそー、この魔王めー。渡さないぞー。」
じたばたしてみたけど、マリーさんにガッシリ後ろからホールドされていて、まさに手も足も出ない。
「さあ、この森の支配権をよこすのです。よこさないと離しませんよー。」
おのれ。
…ま、諦めて渡すか…
よく考えたら、フレンツ公国の進撃を止めるために森を作ったんだから、マリーさんがこの地を守るなら鉄壁だしな。
なんか悔しいけど諦めるか。
普通だったら殺し合いで縄張りを奪い合うんだろうけど、かなり平和的に奪いに来てくれたし。
殺さないでくれているマリーさんの恩情に従おう。
でも素直に渡すのは癪だな。なんか一矢報いないと。
「わ、わかりました。じゃあこの地はマリーさんに渡します。でも、だったら約束していたハンバーグとピザとパフェ100個はなしですからね。これだけのものを奪っておいて、食べ物までもらえると思ってないですよね。」
「えええ、それは困りますよー。もう美味しいものをたくさん食べるお腹になっているんです。もらえないとマリー悲しいなー。」
「森をとられて、長道も悲しいなー。」
どうだ、これが僕に出来る精一杯の仕返しだ。
お読みくださりありがとうございます。




