068 唐突なイベント発生は三流ゲーム
あらすじ
商業ギルマス・ゴワスはアンデットを連れて教会にお襲い掛かった罪で捕まる。
冤罪だけど。
1つ憂いがなくなったので、戦争を妨害するため、枚の近くにいる魔王に説得行くことにした長道であった。
― 068 唐突なイベント発生は三流ゲーム―
ゴワスがアンデットを連れていた理由を考えると、少し罪悪感を感じるかも。
あいつの手下を殺したのはデルリカで、アンデット化させたのは僕。
その意味では冤罪に近いけど、あいつを確実に追い詰める助けになったので結果オーライかな。
それに、あいつらは本当に僕らを殺す気があったとおもう。
殺人すら躊躇わないほど権力があったんだよね。
ゴワスがなんであんな街の帝王気取りだっただろうか?
それも含めて潰してしまいたいな。
さて、時間がないから僕は分身してイロイロ同時進行で頑張らなきゃ。
ヘルリユ軍の装備整備、
商業ギルド関係者の余罪探し、
役所の腐敗具合調査、
そして僕ら自身の為の新しい武器つくり、
航空装備の研究
などを同時に始めた。
ホント分身は便利。
とくにこういう時間に追われるときは最高。
そして今、さらに別の分身で街の東に居る魔王のもとに向かっている。
ここの魔王である蜘貴王は、縄張りに入ってきた相手を捕まえるタイプらしく、森からあまり出てこない。
出現は大体2年前。
上半身が女性で、へそから下が蜘蛛らしい。
アトラクの女王。それが蜘貴王。
少なくても上半身が人型なら、話しやすそうで希望が持てる。
妹達とビレーヌとタケシ君、それにヒーリアさんの7人で、浮遊バイクを飛ばして森の中を移動中だけど…
魔物と全然エンカウントしない。
なんだろう?こんなことあるのかな?
「みんな、いったん止まるよ。」
浮遊バイクを止めて、みんなを集めた。
「なんか森が静かすぎない?ヒーリアさん、広域で<探査>してもらえる?」
「わかったよ長道坊っちゃん。」
ヒーリアさんが目とつぶり探査して、スグに目を開いた。
「このあたりには魔物は居ないみたいだね。奥の魔王の傍にも少ししかいない。どうしたんだろう?」
「魔王との距離はどのくらい?」
「あと1100メートルくらいかな。」
なんだろう、異常だ。
何か起きているんだろうか?
だったら浮遊バイクで高速で近づいたら警戒させるかもしれない。
「よし、ここからら歩いていこう。タケシ君、<石ころモブ結界>を頼む。」
「わかりました。」
タケシ君が直径10メートルくらいの結界を発動した。
この<石ころモブ結界>とは、道に落ちている石ころくらいにしか気にされなくなる結界だ。
これで近くまで近づけば安心だ。
徒歩で近づいていると、この森がかなり豊かなのが分かった。
魔王に占領されていなければ、恵みも多そうだ。
周りを観察しながら歩いていると、一時間ほどで魔王の前までたどり着いた。
森に魔物が居ないから、あっけなく到着。
目の前は100メートルほど切り開かれた広場みたいになっている。
そこに東屋がたてられており、蜘蛛の魔王はゆったりとくつろいでいた。
金髪縦ロールで、貴族のようなドレスを着ている。
お茶を飲むしぐさも優雅だが、スカートの下から出ているのは蜘蛛の胴体で8本脚がある。
巨大な蜘蛛から女性が生えているという方が良いかな。
人の頭と蜘蛛の頭があるのが不思議な感じ。
蜘蛛の魔王の左右には、背中からカマキリの腕をはやしたメイドが二人ついている。
そこで里美が驚いた顔で足を止めた。
「え?あれは…いえ、そんなことないよね。」
「里美、あの魔王がどうかしたの?」
珍しく動揺した里美が僕の腕をつかむ。
「あの魔王、わたしの前世のお友達にそっくりなの。お兄ちゃん、これどういうこと?」
「僕に聞かれてもわからなけど。話が出来そうだったら、そのことも聞いてみるかい。」
「うん、もしも私が知っている人だったら戦いたくないから、もしも交渉が決裂しても戦う前に確認させてね。」
「なるほどね。僕の人生は神様の娯楽らしいから、唐突にイベントが発生する可能性もあるかも。案外本当に里美の知り合いかもよ。限界まで攻撃はなしでいこう。」
そして再び魔王を見た。
お茶を片手に何か本を読みだしている。
うわー、すごい文化的な魔王だ。
これなら言葉が通じそうだぞ。期待が持てるかも。
しかし、ほんと<石ころモブ結界>は優秀だな。
ここまで近づいても気付かれていない。
「じゃあ<石ころモブ結界>の解除をお願い。ここから本番だよ。」
タケシ君が結界を解く。
同時に、カマキリ腕を背中からはやした、おかっぱ頭のメイド達がこちらに戦闘態勢に入った。
「何者!なぜ人間がここに!」
メイドも言葉が通じるのか。なかなかいい傾向だな。
僕は慎重に歩み出た。
「僕は長道。職業は魔王、称号は『黒竜王』だよ。ちょっと『蜘貴王』さんと話がしたくて来たんだ。スウィーツを手土産に持ってきたけど、よかたっらお一ついかがですか。」
カマキリ腕メイドが飛びかかろうとしてきたけど、蜘貴王が優雅に羽の扇子でメイドを止める。
「ボリーヌ、ダレージュ、おやめなさい。彼らと話をします。お茶を用意しなさい。ここではあまり手に入らない甘味を持ってきてくださったのですから、おもてなし致しましょう。」
甘味の手土産が意外にいい仕事したっぽい。
蜘貴王は立ち上がると優雅に一礼する。
蜘蛛の胴体の上に美人の上半身が付いているので、思ったよりも背が高いな。
「みなさま、大したおもてなしはできませんがこちらへどうぞ。ですが、このような場所にどのような御用でしょうか?」
おや?想像以上に言葉が通じそうだぞ?
促されるまま、蜘貴王の前にあるテーブルに着いた。
その様子を見て蜘貴王は扇子で顔を隠しながらクスクス笑う。
この人、いちいち優雅だな。
「ふふふ。そんな無警戒に従ってくださるとは思いませんでしたわ。面白いお方ですのね。ところでスウィーツをご用意いただいたという事ですが、どのようなものをお持ちいただけたのですか?」
この魔王、もう、スウィーツの事が気になってしょうがないっぽいな。
蜘貴王もテーブルにつく。
蜘蛛の胴体があるので椅子は使わない。それで丁度座ったくらいの高さになる。
「いくつか持ってきましたけど、とりあえずプリンパフェ食べます?」
ガタリと蜘貴王が腰を浮かせた。
「パフェがあるのですか?しかもプリンパフェ!ここの生活は甘味に乏しいもので、それは嬉しいお土産ですわ。」
この魔王もパフェで買収できるのか?
もしかして人類が思っているよりも、魔王はチョロインなんじゃないだろうか。
パフェ賄賂最強説を唱えたくなってきた。
マリーさん対策に<空間収納>に格納していたプリンパフェを出す。
ついでなのでカマキリメイドの分も。
「まあ!これは素晴らしいですわ。では遠慮なくいただくとしましょう。」
パクリ
蜘貴王の顔が満面の笑みになった。
「素晴らしいですわ。このような王都並みの甘味を再び食することが出来るとは!」
そして必死に食べだす。
カマキリメイド達も、恐る恐る一口食べると、火が付いたようにガツガツ食べ始めた。
よし、掴みはOK。
パフェを食べ終えた蜘貴王は上品に布で口を拭くと、先ほどよりも柔らかい表情になっていた。
「長道さん、嬉しいお土産をありがとうございます。いきなり攻撃してこない侵入者は初めてなもので、こちらにおもてなしの用意がありませんの。お許しくださいませ。」
そこで僕は不思議に思った。
「ここに来る人は話をしようとしないんですか?」
「しませんわね。みなさんイキナリ攻撃してくるばかりですわね。こちらから話しかけてもお返事もしてくださらないのですのよ。他の皆さんも長道さんのように、美味しい手土産の1つでも持ってきてくださればよろしいのに。」
やっぱりこの魔王も、戦闘前に話しかけるんだ…
僕の仮説が裏付けられたな。魔王はなぜか話しかけてくるっていう説。
パフェを食べ終わって一息ついたカマキリメイドが、急に驚いた顔になって蜘貴王の後ろに来た。
「大変です、この7人は全員が魔王か勇者です。急いで手勢を呼び戻しましょう!」
そこで蜘貴王は<鑑定>を使ったのか、目を見開いて僕らを見る。
「こ、これは…。先ほどはお話にいらしたとおっしゃいましたよね。わたくしを討伐に来たわけではありませんよね。」
お、ビビってる。よし、最悪の場合は脅しが通じるぞ。
いい傾向だ。
「もちろんです。僕らは街で人に紛れて生活しますので、縄張りの近い蜘貴王さんに挨拶に来たんです。できるだけ争いたくないですし。」
それを聞いて、蜘貴王さんは少し警戒を緩める。
「そうですか。確かに戦う気でしたら最初に不意打ちをする方が確実ですものね…。黒竜王さん達は街に住まわれるのですか。でしたらお互い縄張りを荒らさずに仲良くやって行けそうですわ。ただ最近、異常に強い魔王がやってきましたので警戒が必要ですのよ。お気をつけあそばせ。」
「異常に強い魔王?もしかしてそれって…」
「食楽王です。今も向こうを警戒するためにすべての手下を向かわせておりますの。でもなんで急にこの街に縄張りを移したのでしょうか?たしか国境付近の街道に居たはずですのに。」
お、なんかうまく誘導できそう。
ここからは慎重に言葉を選ばなくちゃ。
「なんでも5日後にグロガゾウの街へフレンツ公国が攻めてくるそうなので、その見物がてら縄張りを移動してきたらしいです。」
すると蜘貴王は美しい貴婦人っぽい顔をゆがめた。
「戦争…、なんとバカらしいのでしょう。わたくしは人の戦争が大嫌いですの。戦争は別の場所でやって欲しいですわ。」
意外な反応だな。
魔王が人の戦争を嫌うとは思わなかった。
でもいい傾向かも。
「でしたら戦争を止めます?戦争が止まれば食楽王も見世物がなくなって国境付近に帰るかもしれませんし。」
蜘貴王は身を乗り出す。
「できますの?」
「簡単です。蜘貴王さんが街の西側に縄張りを移せば戦争は止まります。もしも何か必要でしたら、僕らも手を貸しますよ。戦争が起きたら町に住みにくくなるので、僕らも戦争は止めたいので。」
少し考えてから、蜘貴王は首を横に振る。
「街の西側には森がありませんわ。わたくしは草原では生きていけませんの。」
僕は出してもらったお茶を飲んで考える。
「うーん、でしたら森があれば移動しても良いって事ですか?」
「できますの?数日で森を作るなんて高位の天使にでも頼まないと無理でしてよ。」
「天使?大天使でもいいんですか?」
ふと頭の中に、呑気でおっぱいの大きな大天使の顔が浮かぶ。
でも蜘貴王は扇子で子を隠してめっちゃ笑いだした。
「ほほほほほ、面白いことをお仰いますのね。大天使様でしたら軽々できますわ。ですが大天使様をお味方に出来るのでしたら、わたくしを街の西に配置するよりも、地面を斬り裂いてもらって、深い渓谷でも作ってもらった方がよっぽど軍の侵攻の邪魔になりますわよ。」
地形を変えるか。
それは思いつかなかった。
「なるほど、たしかにそれは良いアイディアですね。うん、それで行きましょう。谷を作りましょう。それなら僕らでも何とかできそうです。蜘貴王さんも手伝ってくれたら、報酬は出しますよ。食べ物でも、魔道具でも、欲しい能力の移植でも。」
そこで蜘貴王は眉をピクリと動かした。
「能力の移植とおっしゃりましたか?そんなこと出来るのでしょうか。」
「できますよ。僕は魔物から能力を奪ってコレクションするのが趣味なんです。いっぱいありますから、欲しい能力があれば譲りますよ。」
そこで明らかに緊張した蜘貴王はゴクリと唾を飲み込む。
「もしかして<変身>を持っておいでですか?それと変身パターンの<人化>を。」
人になりたいのだろうか?
「<変身>も変身パターンの<人化>も持っていますよ。<変身><人化>の能力を得られる魔道具を作って譲るので良いですか?」
身を乗り出して、僕の手を握ってきた。
「できたらその魔道具を先にいただけますか?もしも本当に人化ができましたら、必ず協力いたします。ですので先にその魔道具をお渡しください!」
先払いか。
流石に魔王相手にそこまで気を許せないけど…
でも、この魔王は人間っぽいから、すこしは信頼しても良いのかな。
僕が悩んでいたら、里美が思いつめた顔で蜘貴王の手を横から掴んできた。
「蜘貴王さん、もしかしてあなたは…」
「なんですの?報酬の先払いをお止になりたいのですか?」
「いいえ…、もしかしてあなたの名前は…、サビアンさんというのでは?」
そこで蜘貴王が驚愕した。
まさに驚愕としか表現できない顔だった。
「どうしてわたくしの名前を知っているのですか!王宮に居たころと違い、見た目も10代の若さですのよ。なぜわたくしがサビアンだと分かったのですか?」
正解だったらしい。
すると里美が、目に涙を浮かべながら蜘貴王の手を強く握った。
「まさか、本当にサビアンさんだったなんて。そっか、私が勇者として子供に生まれ変わっているんだから、こういう事もあるよね。私の名前は里美です。60年前の名前はサトミー・マシリト。公爵令嬢サトミーです。」
蜘貴王はフリーズした。
驚愕の顔のまま、白目をむいている。
カマキリメイドが心配そうにオロオロする
「蜘貴王様。お気を確かに!蜘貴王様!」
数秒待ったら、蜘貴王さんが白目から復活する。
「うそ…、本当ですの…。サトミー様が転生されたのですか。う、うれしい。またお会いできるなんて。わたくしは…わたくしは、夢を見ているのでしょうか。サトミー様が魔族との戦いで異世界に飛ばされてしまった時に、わたくしがどれだけ悲しんだことか。どれほど神を恨んだことか…。本当にサトミー様ですの?」
「そうだよ。あなたも本当にサビアン・フィレースさん?」
「はい、サビアン・フィレースです。あのあと結婚してサビアン・グルニエールとなりました。まさかこのような形でサトミー様と再会ができるなんて夢のようですわ。」
そして二人は涙を流しながら抱き合った。
なんだ?
何か、謎の展開が始まったぞ。
60年前のお話?
これは詳しく聞かないといけなさそうだ。
そういえば、里美がこの世界に居た頃の話もよく知らなかったし。
お読みくださりありがとうがとうございます。




