059 マザコンっていうかトラウマ
あらすじ
デスシール軍と行動を共にしていたら、フレンツ公国のゴーレム部隊に襲われ、マリアお母様の首が斬ろとされた。
が、死んでいなかったマリアお母様。
― 059 マザコンっていうかトラウマ ―
次の日、僕はマリアお母様の腕を抱いて過ごす。
ふとした瞬間に、真理お母様の頭を抱きかかえた記憶がよみがえると、怖くてマリアお母様に抱き着いてしまうのだ。
あれは怖かった…
手の中で紫色になりながら歪むマリアお母様の顔。
本当に怖かった。
怖かったけど、マリアお母様の頭だから放り投げることもできずに抱き続けたあの時。
僕は気が狂いそうだったんだよね。
その記憶が、ちょっとしたことで蘇る。
だからマリアお母様の腕を抱きしめつづけている。
今はお昼の用意で馬車から降りているけど、マリアお母様から離れられない。
「マリアお母様!生きてる?!」
「生きていますよ。心配いりませんから安心しなさいな。」
「そうですよね、、、生きてますよね。」
こんな事を、もう何度も繰り返している。
ほんとうに怖かった。忘れられそうにない。
少しでも離れると、不安でパニックが起きて手が震えてしまう。
一緒にグロガゾウに向かってる親衛隊の人たちの目があるけど、そんな事は気にしていられない。
心配で、マリアお母様が行くところに一緒にくっついていくしかない。
そんな僕の後ろから、タケシ君と手をつないだデルリカが心配そうについてきている。
「お兄ちゃん、お母様は大丈夫ですから心配いりませんわ。」
「分かっているけど、確認せずにはいられないんだ。」
思い出したら、また体が震えてきた。
首を失ったマリアお母様の体が倒れそうになった時、必死に服を掴んで引っ張った。
僕の腕が非力すぎて、引っ張り戻せず悲鳴を上げるしか出来なかった。
思い出した恐怖で涙が出てくる。マリアお母様の腕を抱きしめ肩に顔をうずめた。
「マリアお母様、生きてますよね。」
「大丈夫ですよ、生きています。心配はいりませんから安心なさいな。」
少し離れた場所からヘルリユがこっちを見ていた。
「長道、、、、これは重症だな。昨日は平気そうに見えたが。」
すると里美がアハハと力なく笑う。
「昨日は、ヒーリアさんとユカエルさんが交互にハグをしていたから、ちょっと気が紛れていたみたいなんだよね。二人が居なくなったら、途端にああなったの。」
ヘルリユは苦しそうな顔になる。
「我らのせいで長道にあのような苦しみを背負わせてしまった。償いの言葉もない。どうすればいいのやら。」
気にするなマイフレンド。
恨んでないから。
すると、僕の腕に誰かが抱き着いてくる。
デルリカだった。
「お兄ちゃん、ワタクシがずっとハグして差し上げますわ。何日でもずっと。ですから安心してくださいませ。」
デルリカー!
かうわうぃなー、デルリカー。
思わず、ギューっと抱きしめる。
デルリカも僕の首を抱きしめてきた。
可愛い、可愛い。優しいなあ、デルリカー。
マリアお母様がそっと僕とデルリカの頭をなでる。
「わたくしは、向こうで一仕事してきますので、デルリカは長道の事を頼みましたよ。」
「はい、お母様。お兄ちゃんはワタクシが支えますわ。」
マリアお母様が去っていく。
だからだろうか。
お母様の代わりと言わんばかりに、デルリカは僕にギュウギュウ抱き着いてくる。
ほんと…この子には頭が上がらないな。
「いつも助けてくれてありがとう、デルリカ。」
後ろから里美が飛びついてきた。
「お兄ちゃん!ギューして欲しいなら言いなよ。私だってギューしてあげるよ。」
「ありがとう、里美。」
康子は、そっと身を寄せてくる。
「お兄様、わたくしもお兄様をお支えしますので遠慮なく我侭を言ってくださいね。」
「康子さん!あざっす。」
うううう、恐怖ではない涙が出てきた。
うちの妹たちは最高だ!
大陸一だ!
世界一だ!
宇宙一だ!
手の震えが止まってる。
マリアお母様が見えなくなってるのに、震えた手はもう落ち着いた。
少し離れたところから、赤毛の女の子が手を組んで心配そうにこっちを見ている。
僕がメイドとして雇ったビレーヌだ。
そいえば、この子もいたんだった。
女子高生型ゴーレムが来た時も戦ってくれていたらしいけど、すっごく忘れていた。
完全に忘れてたのに、僕を心配してくれている。
ちょっと胸が痛んだ。
ああ、僕は自分の事しか考えていないんだな。
それなのにみんな温かいな…
心が感謝で満たされて、恐怖が少しずつ消えていった。
「ありがとう、みんな。たぶんもう大丈夫だよ。」
妹達とビレーヌの笑顔がこっちを見ていた。
あ、タケシ君もいたんだ。気配が薄くて気づかなくてごめん。えっと、あざっす。
見渡すと、後ろでヘルリユはグシグシ泣いている。
驚いて駆け寄った。
「どうしたのヘルリユ。なんかあった?」
首を横に振ってきた。
「ちがうよ。長道たちの兄弟愛が暖かくて涙が出てきたんだ。う、羨ましかったのかもしれない。恥ずかしいところを見せてしまったな、すまない。」
腕で涙を拭いて無理やり笑う姿に胸が痛んだ。
ヘルリユは皇女。
人と触れ合う温かさとは遠い世界の人だ。
親は皇帝だから軽々しく触合えない。
兄姉はライバルだし、母親が違えば敵に等しい。
皇女という立場の為に友人もいなかった。
僕とは正反対な環境かもしれない。
ヘルリユの肩を抱いた。
「羨ましいなら飛び込んで来い!僕らはヘルリユの一人や二人くらい受け入れてやるさ!妹達よ、ヘルリユにハグフォーメーションだ!」
僕が左から肩を抱いているから、里美は右から抱き着いていく。
デルリカは真正面から「えへ」とか言いながら飛びつき、
康子は大きな体で後ろから抱きしめた。
なぜかビレーヌが僕の腰に抱き着てきたが気にしない。
抱き着きたかったら抱き着き給え、ビレーヌ君。
子供に抱き着かれても迷惑じゃないから。
ヘルリユは半泣きで微笑んだ。
「ありがとう。なんか夢が一つ叶ったよ。こういうの夢だったんだ。」
皇女の夢はなんて切ないんだろうか。
でも、喜んでもらえてよかった。
他人の笑顔は、僕の心の恐怖を押しのけてくれるようだ。
もう何も怖くない。
すると、離れたところから誰かが走ってきてるのが見えた。
「私もハグチームに入れくださいでーす。」
170cmくらいの身長に黒く長い髪。
20代前半くらいの外見だが、その姿に不釣り合いなくらいの無邪気な表情の女性。
魔王・『食楽王』マリーだ。
駆け寄ってくるなり、僕らを抱きしめる。
「うわーい、あったかいでーすねー。」
ボヨンと僕の顔に柔らかいものがぶつかった。
あ、あざっすマリーさん。いいハグです。
ハグの中心でヘルリユは慌てた。
「な、なんで『食楽王』がここに?」
楽しそうにハグしたままマリーさんは返事をする。
「グロガゾウに行くんですよー。戦争の最前線になるらしいので、戦場見学に行くのでーす。戦場は楽しいですよー。人間が殺しあって陣地の取り合いをするのです。ドラマが沢山あって見ごたえあるのですよー。」
僕は目を見張る。
「ちょっと、僕らもグロガゾウに行くんですから、変なこと言わないでくださいよ。」
するとマリーさんは相変わらず楽しそうにはしゃぐ。
「長道も行くのですか?じゃあ一緒に見物しましょう!フレンツ公国の軍は、もうかなり近づいてきていますから1週間後には始まりますよー。」
僕らは3日後につく。
親衛隊と一緒に街に入るのは、運がいいのか悪いのか。
しかしヘルリユは体をこわばらせる。
「そんな情報、城には届いていない。だとすると、親衛隊2000が敵より先にグロガゾウに入れるのは幸運だったかもしれない。この情報は貴重だぞ!」
ヘルリユはハグフォーメーションから離れると走り出す。
「長道、ハグありがとう。私はデスケントお兄様と急ぎ軍議を開く。詳細は追って知らせる。」
マリーさんはデルリカを背中から抱いて持ち上げながらヘルリユ皇女を見送っている。
デルリカの足がブラブラしているのが可愛い。
まるで大きな猫を抱いているみたい。
「皇女が戦争するのですねー。楽しみなのです。」
一難去ってまた一難といったところだろうか。
「シャアアア!」
デルリカは抱き上げられたまま、猫みたいに威嚇音を出している。
マリーさんにはまだ懐いていないようだ。
しょうがないのでマリーさんにはビレーヌを差し出して、デルリカは僕が受け取る。
マリーさんの真似をして後ろから抱いて持ち上げると、デルリカの足がブラブラして可愛い。
デルリカ可愛いなー。
猫みたいで可愛い。
「ゴロゴロゴロゴロ」
笑顔で喉を鳴らすデルリカを見て考えを変えた。
デルリカは猫かもしれない。
「そんなわけあるか!」
ベシ!
里美さん、僕の心の声にツッコミを入れるのやめてください。
凄くびっくりしちゃうから。
お読みくださりありがとうございます。
デルリカ→ウェーブのかかったブロンドの少女。貴族っぽいドレスを着ているので人形のように可愛い。街で見かけたら足を止めて振り返ってしまうレベル。
里美→ストレートロングの黒髪で、美少女。美少女子役っぽい雰囲気。愛想がいいのでモテない男の心をわしづかみにする事が多い。
康子→ごつい体にごつい顔をしている。しかしそのごつい顔が柔らかく微笑むと、独特の魅力を発する。女子に人気がある。




