044 荒んだ街フィリア
あらすじ
ヘルリユ皇女を助けて、赴任地のフィリアに向かう長道たち。
― 044 荒んだ街フィリア ―
フィリアに馬車が入ると、その活気にまず驚いた。
このあたりは砂漠というより草原で、山や谷の合間には森もある。
すこし山に近づくと、溶岩石の影響で途端に足場が悪くなった。
草原を歩いていたら、急に青木ヶ原樹海が現れるようなイメージをすれば分かりやすいかも。
青木ヶ原を歩いたことがあるとわかるけど、溶岩が流れて固まった大地は起伏が激しい。
少し歩くとすぐに2~3メートルの壁が現れ、それを超えるとまらすぐに数メートルの起伏がある。
そんな場所、歩くというよりはよじ登って飛び降り、よじ登って飛び降りの連続で、スグに疲れ果ててしまう。
その樹海に守られている場所こそ、紅竜王が拠点としているヘリオス山だ。
ここは3km先にヘリオス山があり、ヘリオスの樹海が200メートル先にある街。
危険だが、上位の魔物を狩れる者にとっては金のなる樹である。
だから発達した。
商人が行きかい、税金を沢山払う街は国も力を入れて支援する。
軍が常備されており、魔物暴走の時に備えて、街を囲む塀も強固だ。
この街に来て最初に連想したのが、活気のあるベトナムの街。
日本人から見たら貧しい建物が建ち並んでいるけど、道の活気は圧倒される。
そんな街だ。
僕らが向かうのは、そんな活気のある地区と、すこし裕福な人が落ち着いて住む場所の境目の教会。
屋敷はちょっと裕福よりの場所に建っているけど、それだけに治安は最悪かもしれない。
もっと明確に裕福層の居住地まで行けば安全かもしれないけど、僕らの屋敷は裕福層でない人が歩いていてもギリギリ不自然ではない場所だった。
馬車でお屋敷に着くと、最初に見えたのは、僕らがこれから住むお屋敷の塀を乗り越えて出てくる男たち。
泥棒か?
前の司祭はまだ屋敷に居るはずだけど…
馬車を屋敷の前に止めて門の呼び鐘をたたく。
ゴンゴン
広い庭があるので、敷地の門から屋敷まで数十メートル離れているけど、下男か下女がいて門番をしているはずなんだよね。
反応がないので再度、呼び鐘を叩く。
ゴンゴン
やはり反応がない。
マリアお母様はバケツヘッド子を呼ぶ。
「バケツヘッド子、塀を越えて中に入ってください。もしも必要でしたら対応は任せます。」
「御意」
メイド服のバケツヘッド子は、白く長い髪の毛をたなびかせて兵を飛び越えた。
すごいジャンプ力。
五分ほど待つと、内側から門が開かれる。
門を開けたのはバケツヘッド子。
「マリアリーゼ様、屋敷の中には死体が三つ。司祭と助祭と下男と思われます。かなり古い死体で干からびておりました。」
「そうですか…。ではご遺体は教会へ移動してください。エプロン子は急いで屋敷の整備を。」
エプロン子がユラリと現れる。
「あらあらまあまあ、では急ぎお屋敷の整備とご遺品の整理をいたしましょう。もうご遺品はあまり残っていないかもしれませんが。」
空間から大量のメイドゴーレムを引っ張り出して、エプロン子はパタパタとお屋敷の中に突撃していった。
マリアお母様は僕らを馬車に戻す。
「先に領主様にご挨拶に行きます。いろいろと詰問しなければいけ無さそうですので。」
マリアお母様の顔が蝋人形みたいに冷たい表情だ。
これは相当怒ってるんじゃないかな。
ここの司祭は、嫌々この地に来た人らしい。
領主が教会を作って司祭の派遣を神殿に依頼してきたから。
それなのに領主は司祭を守らなかった。
みると屋敷には護衛もいない。
司祭を呼ぶだけ呼んで、見殺しにしたのならばこれは領主に殺されたようなもの。
僕だって腹が立つ話だ。
「マリアお母様、僕も領主との話し合いに同席させてください。人物を見てみたいと思います。」
「いいでしょう。もしも、わたくしと長道の両方が腹を立てたときは、相応の制裁を加えましょう。」
「はい、その時は意地の悪い制裁を考えます。」
凍ったようなマリアお母様の顔が一瞬だけニヤリとした気がする。
すぐに馬車で領主の屋敷に向かう。
先触れとしてヒーリアさんが走ってくれた。
ヒーリアさん、走るのめちゃくちゃ速い。
僕らの馬車は、普通の人の小走り程度の速度で走る。
そうやって先触れと時間差を作ることが礼儀らしい。
30分ほどで領主の屋敷に着いた。
着くとすぐに屋敷に通されて、さらに10分ほど待つ。
応接室に居るのはマリアお母様と僕だけ。万が一に備えて妹達とヒーリアさんとダグラス団は外で待っている。
そこで領主が出てきた。正直言うと素早い対応が意外。
でっぷり太ったガマガエルみたいな男。
ラグ・フィリア
ちなみにデスシール騎馬帝国に貴族の階級はない。
領主や族長が土地を束ね、その彼らを支配するのが皇帝デスシードとなる。
ラグ・フィリアはいやらしい笑い方でマリアお母様の手を取ろうとする。
「マリアリーゼ・グラハル司教、よくぞいらしてくださいました。こんなお美しい司教様が来て下さるとは嬉しい限りですな。前任のアーデル司祭はつまらない男でしたので、実に嬉しい事です。」
マリアお母様は差し出されたラグ・フィリア領主の手を払いのけた。
「そのアーデル司祭が死体になっておりました。そのことを先にご報告いたします。」
ラグ・フィリア領主は顔色一つ変えずに、いやらしい笑顔を向け続ける。
「この二か月ほど姿を見ないと思いましたら死んでおりましたか。いやはやお可哀想に。」
「ラグ・フィリア領主。司祭の身の安全を保障することも、教会を開く条件だったはずです。お話が違うのではないですか?このことは神殿に申し立ててこの街から教会を撤退させます。」
領主の顔色が変わった。
「こちらとしましても最低限の警護はつけたはずです。それでも賊の方が強ければ致し方ない事です。義務を果たしている私に言いがかかりとは心外ですな。」
僕はマリアお母様の前に立つ。
「ラグ・フィリア領主、では審問を行います。よろしいですね。」
僕が子供なので、明らかに見下した目で見てきた。
「生意気な。貴様のようなガキが私に審問ができるものならやってみるがいい。」
ラグ領主が手を叩く。
するとならず者が、50人ほど部屋に入ってきた。
そのなかに、先ほど司祭の屋敷の壁を乗り越えて出てきた奴もいる。
そういう事か。
「一つ聞きたいのですが、なぜアーデル司祭を殺したんですか?」
「はあ?ガキの分際で領主にケチをつける気か?では地下の牢屋で礼儀を教えてやらねばならぬな。少年をいたぶるのも楽しいのでな。」
ゾゾゾゾー
「領主、まさかホモ?」
「いやいや、女性がメインだ。少年もたまには良いというだけでな。」
僕は深呼吸をする。
マリアお母様は冷たい顔のままだけど、僕のする事を黙ってみていてくれている。
まかせてくださいマリアお母様。
そして呪文を詠唱するように空に呼びかける。
「冥府の王にして裁判の大天使、大海姫さん。僕のお願いを聞いてください。コイツに裁判を!」
「ガキ!大天使様を呼び出せると思っているのか!すぐに地下に連れ込んでやる。」
ラグ・フィリア領主が僕の手を掴んだところで空中に水の塊が現れた。
その水の塊は2メートルほどに膨れ上がる。
水の塊を割るように、中から銀髪のツインテールの天使があらわれた。
大天使・大海姫だ。
手には鞭を持ち、残虐な笑みを浮かべながら見下ろしている。
『バカな人間達よ、全員有罪だ。』
現れるなり鞭をふるった。
その鞭を振り回すようにしならせると、50人はいたゴロツキどもが、床から現れた影に捕まる。
ズズズズズズズ
彼らは地面から現れた影の中に引き込まれる。
「うわあ、なんだこの影!離せ。」
「た、助けてくれ。助けて…」
「なんだこれは!こんなの聞いてないぞ。領主、助けろ!」
叫びながら、みるみる床に沈んでいき、スグに全員が引き込まれて消えてしまった。
『ひゃっはー。みんな地獄にご案内だ。苦しまずに死ねることを感謝しな。もっとも冥府の地獄で苦しむことになるけどね。』
1テンポ遅れて、残った領主の腰が抜ける。
「ひいいいいいい。」
悲鳴を上げたのはラグ・フィリア領主。
この場に生きているのは、僕ら家族とラグ・フィリア領主だけとなった。
僕は…
じょじょじょじょじょじょ
おしこ漏らしちゃった。
大海姫さんを呼んだことを心の底から後悔しながら。
なにこのいきなりのホラー展開。
リアルホラーとか勘弁してほしい。
怖いよ!いきなりこれはないよ!ビビッて当然だよ!
大海姫さんは慌てた顔で僕の前に来た。
『あわわわ、長道君!そんなにビビるとは思わなかったんだよ。ごめんね。今魔法できれいにしてあげるからちょっと待ってね。』
スグに僕の汚れたズボンは綺麗になったけど、膝の震えは止まらない。
大海姫さんは僕を抱きしめる。
『ほら怖くないよー。長道君には怖いことしないから大丈夫だから落ち着いてー。』
いやいや、怖いんだよ。
その怖い相手にハグされたって怖いよ。
「もう二度と呼ばない。」
僕のその言葉に大海姫さんは、めちゃくちゃ衝撃を受けた顔をする。
『まってまって、落ち着こう長道君。私は長道君の親友だよ。大丈夫、怖くないからね。ほら、長道君が大好きだった私のツインテールを触って落ち着いて。ね、落ち着こう。いつでも呼んでいいんだからね。』
銀髪の長いツインテールを僕にペシペシぶつけてくる。
う、たしかにこのツインテールは…良いものだ。
思わずパシっと掴んでみる。
さすさすと滑らかな感触を楽しむ。
手の平に乗せてフワフワさせて楽しむ。
すこし指に巻いてくるくる楽しむ。
あ、このツインテールいじってると落ち着く。
確かにこのツインテール、好きかも。
僕が至福の表情になったのを確認して、大海姫さんは安堵の顔で肩を抱いてきた。
『長道君、あいつらは司祭殺しだけじゃなく、逆らった領民も殺しまくった悪人だから地獄行きなんだよ。ちょっと刺激的な方法だったけど、冥府の王としてはあいつらを我が国(地獄)に招かないといけなかったんだ。これは今回相手が極悪人だったからで特別な事なの。だから次は安心して呼んでね。』
「うーん、次呼んだらいきなりホラー展開とかしない?」
『約束する。絶対長道君の前で怖いことしないよ。あ、でも緊急で長道君を守るのに必要だったらやるかもだけど、それは良いでしょ。』
「守ってくれるためなら我慢します。けど普段はやめてくださいね。」
『約束するよ。』
ニコニコと機嫌をうかがうような笑顔をする大海姫さん。
出てきたときにしていた悪鬼のような笑顔が嘘のような笑顔だ。
「この領主の審問してるんですけど、大海姫さん的にこの人は有罪?無罪?」
ラグ・フィリア領主は懇願するような目でこっちを見ている。
でも大海姫さんは冷たい目で見おろす。
『有罪だね。教会が言う事を聞かないからって警備の兵をなくしたり。配下が司祭を殺したことを知っていながら見逃したり。マリアちゃんが来たら力ずくで不埒なことをする気でもいたしね。』
なるほど。
だったら罪を償ってもらおう。
「大海姫さん、彼の姿を醜くして、幸運を奪い去り、苦しみながら長生きさせられますか?」
ニヤリと微笑み返してくる。
『それは残酷だね。でもこの地が豊かだと領主は楽できるけどそれはどうする?』
僕は黙ってうなずく。
「それは考えてあります。つまりこの街が財源を失えばいいのでしょ。でしたら簡単です。この街は魔物の素材を売ることで成り立っています。だから魔物が生まれる源を浄化し、魔物を全滅させて、魔王を倒せばいいんです。」
その言葉は大海姫さんを満足させたようだ。
『いいねえ。この地のゆがみを浄化して、なおかつ領主に大ダメージか。さすが長道君は面白いこと考えるよね。そうだ、だったらこれあげるよ。これがあれば魔物討伐も楽々だよ。』
僕の頭を抱きかかえる。
おお、この慎ましいお胸も悪くない。
そう思っていると、ぽんと頭を軽くたたかれた。
「はいできた。N魔法の説明に最新の内容を追加しておいたよ。たぶん役に立つと思うからチェックしておいてね。」
目を瞑り、左手を見てヘルプ画面からN魔法のページをチェックしてみる。
N魔法というのは賢者大魔導士が使いやすい魔法として開発した術式で、一部の人たちしか知らない秘伝の魔法だ。
僕ら兄妹が、幼くして軽々魔法を使える理由は、その教科書が僕のヘルプ画面から読めるから。
目次をチェックすると、N魔法によって物理兵器を作る設計図が沢山追加されていた。
そこには戦車砲やミサイルまであるんだけど…
対魔力封じ用にいくつか作っておくのは便利だと思うけど、すごいな。
そこで気づいた。
「もしかして、N魔法の教科書をくれたのって大海姫さん?」
サムズアップして微笑み返してくる。
『そうだよ。みんな長道君にチートを上げていたから私もプレゼントとしてN魔法入門と、補助用に人工精霊ををあげたんだよ。役に立った?』
「すっげー役に立ってます。もうめっちゃ助かってます。うわー、もう大海姫さんには感謝しまくりです。」
すると、僕の言葉に無邪気に笑って僕の頭をグリグリなでた。
『でしょう、こでれでもう私の事は怖くないでしょ。次からも気軽に呼んでいいからね。』
「わかりました。また困ったら呼びます。」
『遊びで呼んでもいいからねー。』
そう言いながら大海姫さんは水となって消えていった。
なんか怖いんだか、ひょうきんなんだか、よくわからない人だったな。
そこで誰かが僕の足にしがみついてきた。
領主のラグ・フィリアだった。
すでに手足が紫色に変色してきている。
大海姫さんの呪いか。怖いもんだな。
「坊っちゃん、どうか私を助けてください。今までの事はすべて悔い改めて善良に生きますので。」
必死な顔だった。
しかし横からマリアお母様が領主を蹴りとばす。
おえぇ?お母様?
「汚い手で長道に触れることは許しません。あなたは長道の慈悲で助かったのです。それに感謝して残りの人生は苦しみながら善行を積むことですね。死後地獄に落ちたくなければ。」
いうなり僕の手を引いてお母様は屋敷を出て行った。
僕らが普段見る優しいマリアお母様は、きっとマリアリーゼ司教とは別の顔なんだろうな。
さてと。
では次の戦いに備えなければ。
折角新しい物理兵器の設計図も手に入ったから試したいし。
馬車に乗り込むと、僕らは教会に向かった。
お読みくださりありがとうございます。




