125 死のブレス
― 125 死のブレス ―
『賢者大魔導士』『マリユカ聖教の大司教』『マリユカ様の遊び相手』
いくつも二つ名を持つ生ける伝説
ナガミーチ・ユリスク
この人の存在を忘れるとか、僕はとんだおバカさんだ。
ナガミーチ大司教は気軽に片手をあげて挨拶してきた。
「オス、おらナガミーチ。この付近にいた魔族は全部遠くの山に転移しておきました。ですので彼らは助けに来てくれませんよ。」
うおおおお、このひと知らないうちに何してくれてんの!
逃げるときに、あの戦力をどうやって使おうか考えてたのに。
いきなり強烈な先制パンチをくらった。
さすが賢者大魔導士。なめてかかれば瞬殺されそうだ。
そして僕は恐る恐る聞かなければいけない。
ビレーヌ準大司教がビレーヌを殺し、デルリカ教皇がデルリカ(妹)を殺そうとしているのだから。
このパターンで行くと・・・
「あの、やっぱり僕の事殺そうとしています?」
「はい、殺します。もう放置できないみたいですから。」
爽やかに殺すって言われちゃったよ!
やっぱ僕も殺す対象なんですね!
ヤバイ。
これはヤバイ。
そうだ、隠し玉のアレを呼び出すか。
「カモン、わがゴーレムの高麗!助けて―!」
シーン
返事が無い、無視されたようだ。
嘘、あの忠実な高麗が無視?嘘でしょ。
するとパニックした僕を見かねたのか、ナガミーチ大司教が頭を掻きながら教えてくれた。
「あ、今は人工精霊は全員、君の命令を聞かないと思いますよ。人工精霊のマスタ権限は僕が持ってますから。」
うわーーーーん。
なんだそりゃ。
なんだよこのご都合主義のバケモノは!
こっちのやりたいこと、知らないうちに無力化してるとか勘弁してよ。
「っというわけなんでスイマセンね。死んでください。」
ナガミーチ大司教が僕に手を伸ばす。
駄目だ!
もう無理。
諦めそうになった。
そこで、横から悲鳴が上がった。
「ダメえええ!長道君を殺すとかやめてください!私たちの子供として育てましょう!」
見ると、さっき血を吐いて倒れたビレーヌさんだった。
え?助けてくれるの?
敵と味方が交錯しすぎてもうわからない。
でも、これは味方扱いで良いのかな?
ベジー〇タみたいな扱いで良い?
ふらふらとナガミーチ大司教の所まで行くと、腕にしがみつき必死に説得に入ってくれた。
「殺さなくてもいいじゃないですか。厳密には期限はないんですから、このまま育てましょう。私たちの子として。」
「そうは言いますけど、世界の危機まで呼んだんですから、もうここが終わりどころですよ。」
「そうだとしても、私の目の前で長道君を殺すとかありえません。若いころのナガミーチ様そっくりなんですよ。尊いのです。とても尊いのですよ!」
「そう言われましても。」
頑張れビレーヌさん。
よくわからないけど頑張れ!
そんな間に、デルリカ(妹)たちがどうなったか振り返ると。
デルリカ教皇がこっち見ながらニヤニヤしていた。
デルリカ(妹)や里美が激しく攻めているのに、軽々さばきながら。
遊ばれてる。うちの妹達、遊ばれちゃってるよ。
まあいい、最強のおごり結構。こっちはチャンスが増えるんだ、ありがたいね。
今のうちにデルリカ(妹)の援護に行こう。
ライフルを取り出し、狙撃するようにデルリカ教皇を撃つ。
パン
キィン
案の定、撃ったら軽々斧で跳ね返された。
でも、諦めないでコツコツ攻めるぞ。
するとデルリカ教皇は嬉しそうに笑い出す。
「ふふふふふ、まだ食いさがってきますの。流石ですわ。では一気に30%まで力を出しますわね。」
キイイイイン
デルリカ教皇が斧をふるった。
もう「ブン」とか「ピュー」みたいな音じゃない。
明らかに聞いたことない音だった。
どんだけ速度が出てるんだ。
次の瞬間、デルリカ(妹)と里美の体が砕け散った。
「え?」
血の霧が吹き飛び、二人の上半身は消失。
少し遅れて残った下半身がばたりと倒れる。
「里美!デルリカ!」
思わず駆け出した。
しかし、僕がたどり着く前にデルリカ教皇が2人に何か唱えると、二人とも光の粒となって消えた。
「う、嘘だ!こんなの嘘だ!」
デルリカ教皇はニヤニヤしながら僕に近づいてくる。
「あとは、長道君を殺せば終了ですわね。」
「させるか!」
飛び出してきたヒーリアさんが剣を振り下ろす。
しかし、その剣をデルリカ教皇は指二本でつまんで止めた。
「あら、まだ頑張ってらしたのね。」
「バケモノめ!長道坊っちゃんはやらせんぞ!」
ヒーリアさんは蹴りを放とうとしたが、そこでボディーにパンチを食らい吹っ飛んだ。
後方の壁に激突し、ぱたりと床に倒れる。
「ヒーリアさん!」
「安心してください、彼女でしたら気絶しただけですわ。」
くそ、ここまでか。
後方には夫婦喧嘩で足が止まっている賢者大魔導士。
前方には音より早く動くデルリカ教皇。
逃げきれない。
無理だ、あきらめるしかない。
絶望で膝から力が抜けそうだ。
そんな時。
ふと昔の記憶がよみがえった。
まだこっちに来たばかりのころの記憶。
幼かった里美が笑顔で僕に言っていた。
『ちなみにお兄ちゃんは妹の私の事が大好きで大好きで、私がいないと泣き叫ぶし、毎日10回以上ハグしないと血反して死ぬほどのシスコンだったんだよ。』
そいえばデルリカも似たようなことを言っていたな。
『お兄ちゃんはワタクシの事が大好きすぎて、ワタクシに1日に10回以上ハグしないと吐血して死ぬ病でしたのに!』
あの言葉は真実だった。
その二人がさっき消えた…
ズキン
心の奥が酷く軋む。
なんであの二人を失わないといけなかったんだ。
僕が、調子に乗って世界を救おうなって言いだしたから。
くそ
やっぱ、諦めるのはなしだ。
今まで本能的に避けていたアレをやるしかない。
仇を取らないといけないから。
デルリカ教皇がニヤニヤしながら僕の肩を掴む。
「もう手は残っていなさそうですわね。」
「それは・・・どうかな。」
僕は<空間収納>から、今までコレクションしていたスキルや能力を一気に取り出す。
今やらないでいつやるんだ。
魔物たちからから奪った能力を、<原始魔法>を使って自分に向けて突き刺した。
「ぐあああああああああああ!」
全身が何度もすりつぶされるような痛みを訴える。
脳がショートしそうに激痛が走り回る。
ヤバイ、能力を一気に詰め込み過ぎた。
目が破裂した。
内臓が一つ一つ引き裂かれる。
骨は何度も砕かれ、筋肉は無理やり引きちぎられた。
だが僕は正気を保った。
もとから「妹も事は目に入れても耐えられるくらい可愛い」と言っていたのは伊達じゃない。
この急激な痛み程度、妹を失った痛みで飲み込んでやる。
この喪失感や怒りに比べたら、この程度は何てことない。
悲しみの心には、苦痛はむしろ救いといえる。
しばらく転げまわっていると、痛みが引いてきた。
ハァハァ
能力の移植が完了したようだな。
僕はゆっくり立ち上がる。
デルリカ教皇もナガミーチ大司教も、ひきつった顔で僕を眺めていた。
余裕ぶっこいてくれてるじゃん。
まずはお礼だな。
「僕が復帰するまで待ってくれてありがとう。お礼にブレスを送りましょう。」
ブオオオオ
僕は全力で口から熱光線を吐いた。
デルリカ教皇は、真正面からそれを受けて吹っ飛ぶ。
吹っ飛んだ先で普通に立ち上がったからダメージは少しだけのようだけど、多少は通じるようだ。
次にナガミーチ大司教に向いた。
すると彼はビレーヌ準大司教を突き飛ばして僕を見た。
「そっか、君はそういう進化をしたんですね。興味深いです。」
うるさい。
またブレスを吐く。
ブオオオオオ
ブレスはナガミーチ大司教を素通りしてしまった。
避けるでもなく、素通りさせるって・・・ほんと滅茶苦茶な人だな。
そこで後ろから女性の声がした。
「長道、そこまでなのです。あなた自分が今どんな姿か気づいてるんですか?」
振り返ると、食楽王マリーさんだった。
この人今までどこにいたんだ?
っていうか僕の姿?
ここは城の中なので、白い大理石の壁にうっすら僕の姿がうつっている。
その姿を見て、はじめはそれが自分の姿だと気づかなかった。
でも、手を動かしたとき気づいた。
今僕の姿は、4メートルはある巨大な黒い男になっていた。
頭からは3本の角が生え、目はドラゴンのように白目部分が黒く、黒目部分が黄色。
手足は黒いうろこに覆われていて、背中からは6枚の立派な羽が生えている。
「うわ、なにこれ、まじ魔王じゃん!」
絶叫すると。マリーさんは僕に近づいてくる。
「長道、私が遊び過ぎたせいでゴメンね。まさかそこまでになるとはお思っていなかったのです。あとでゆっくりお説教うけますから今は眠ってください。」
「何言ってるんですかマリーさん。これから戦わないといけないんです。マリーさんも手を貸してください。」
マリーさんは優しい笑顔で微笑むと、可愛らしく僕に命令した。
「長道、お疲れ様。死になさい。」
その声と同時に、僕は意識がなくなり立てなくなった。
なんとか最後に手を伸ばす。
何に手を伸ばしてるのか自分でもわからない。
その手を誰かが優しくつかんでくれた。
「長道坊っちゃん!あたしを置いていかないでおくれ!」
ヒーリアさん、最期まで・・・ありがとう。頑張って・・・逃げ延び・・・て・・・。




