121 さよならビレーヌ
― 121 さよならビレーヌ ―
しばらく呆然としていたら、蜘貴王サビアンさんと水竜王タツキさんがトボトボやってきた。
「あ、サビアンさんとタツキさん。お疲れーっす。」
「長道殿・・・。タツキ様と乗り込んできましたが御覧のとおりです。」
「そのようですね。無駄足になってしまい申し訳ないです。」
僕の言葉にサビアンさんは優しく首を横に振った。
「いいえ、あの状況では当然の行動でした。結果的に無駄とはなりましたが、懐かしい顔にも出会えました。わたくし的にはそれほど無駄ではありませんでしたよ。」
「そう言ってもらえると助かります。」
ホント申し訳ない気持ちでいっぱいです。
すると床に空いた大穴から赤髪の女性がふわりと現れた。
その女性は真っ赤な髪の毛を左側に編んで纏めていて、神官の服を着ている。
一目見てすぐわかった。
この人が準大司教のビレーヌ・ユリスクだと。
だって、僕らのビレーヌとそっくりの女性だったから。
前にサビアンさんが僕らのビレーヌを見たときに、準大司教のビレーヌ様とそっくりだって言っていたもの。
ビレーヌ準大司教は、デルリカ教皇の元につかつかと歩み寄る。
「デルリカ様、問題の魔法陣とその知識を保有するものを消去いたしました。それで・・・・」
話をしながら、ビレーヌ準大司教はデルリカ教皇が抱きしめているデルリカ(妹)に目が行き言葉を詰まらせた。
デルリカ教皇はいたずらっぽく微笑む。
「あら、気づきまして?敵軍を蹂躙しているときに見つけましたのよ。子供ビレーヌも子供ナガミーチも居ますわよ。」
そういいながら僕に視線を向けた。
その視線につられるように、きつい目つきのビレーヌジュ大司教も僕を見る。
うわ、怖っ!
めっちゃ睨まれた。
と思ったら、ビレーヌ準大司教の顔がみるみる紅潮してくる。
え?僕を見て何か怒ってる?
怒ってないですよね?
なに?なに?
想像してほしい、人類最強ランキングで常時トップテンに入っている人が、きつい目つきで顔を真っ赤にさせてこっちを睨んでいるのだ。
あかん、膝が震えてきた。小便漏れそう。
そっと一歩後ずさった。
するとビレーヌ準大司教は体をこっちに向けて一歩踏み出してくる。
ちょっと、なにこれ。完全にロックオンされた?
パニックになりそう。
さらに一歩後ずさる。
向こうも一歩前に出る。しかも肉食獣の捕食直前みたいな姿勢で。
だめだ、冷静になれ僕。
まずは挨拶をしてみよう。あの肉食獣のような姿勢はきっと気のせいだ。
そうだ、まだ慌てる時間じゃじゃない。
挨拶をしよう。
「あ、あの。初めましt」
「うひょお、長道きゅん!」
うぎゃあああ!いきなり飛びつかれた!
しまった、とっくに慌てる時間だったらしい。
まばたきもしていないのに、5メートルは離れたところに居たビレーヌ準大司教が僕の頭を両手でがっしりと鷲掴む。
「ひえええ」
腰抜けた。
めっちゃ目が血走っているよ。
恐怖で僕はその場でぺたりと尻もちをついてしまった。
「長道君!長道キュン!長道たん!」
ビレーヌ準大司教は怪鳥のように叫びながら、尻もちついた僕に覆いかぶさってきた。
「ひいいい」
恐怖で声が出ない。
倒れると同時にビレーヌ準大司教に足でも拘束されてしまい身動きができなくなった。
こ、これは何が起きているの?
周りを見渡したら、ニヤニヤしているデルリカ教皇の顔が目に入る。
『この人、何か知っているな。しかもこうなる事を知っていたのでは?』
デルリカ教皇のニヤニヤのお陰で急に冷静になれた。
冷静になれたので、やっと思考がまわりです。
そもそも僕の仮説では、僕はナガミーチ大司教の子供の可能性が高かった。
で、今僕に抱き着いているのはナガミーチ大司教の妻。
つまり、僕の本当の母親の可能性がある人だ。
となればこの奇行も少しは納得がいく。
考えてみてほしい。
8年も行方不明だった自分の子がいきなり目の前に現れたら、母親はどんな行動に出るだろうか?
さすがにここまで激しい行動をする人は少ないだろうが、気持ちはだれでも理解できると思う。
そう思ったら、急に恐怖はなくなった。
「あの、ビレーヌ準大司教・・・。まずは説明をしてもらえますか?もしかすると僕は・・・あなたの子供なのでしょうか?」
びくりとビレーヌ大司教が顔を上げて僕を見る。
「私の子供・・・。そうですね。そういえなくも無いですね。」
微妙な言い回しだな。
僕は、ナガミーチ大司教と別の女性の間にできた子供なんだろうか?
謎が謎を呼ぶ。
まあいいや。
拘束が緩くなったので、どうにかビレーヌ準大司教を引き離してモゾモゾと身を起こす。
「では、落ち着いたところでお話を聞かせてもらいたいのですが。」
「わかりました。ですが長道君に説明する前に大事な用事を済ませてしまいますね。」
ビュッ
いきなりビレーヌ準大司教が動いた。
風を切る音だけしか認識できなかった。
次の瞬間
僕の従者のビレーヌの首が飛んだ。
「え?」
あまりに意表を突かれて、僕は斬られたビレーヌの首が地面に落ちるのを眺める。
ゴトリと首が落ちると、少し遅れて首のない体が血を吹き出しながら膝をつくように倒れた。
僕は現実が理解できずに落ちたビレーヌの首を見る。
ビレーヌの表情も『え?』と言いそうなポカンとしたものだった。
ビレーヌ準大司教は、落ちたビレーヌの首を拾い上げると困った顔で微笑む。
「このビーレヌは消し去りますね。たとえ一多重存在の分身をしていてもこの攻撃からは逃げきれませんので、これでこのビレーヌは死亡です。」
僕はまだ呆然としていた。
脳が現実を受け入れない。
ビレーヌ準大司教が何か小さい声で唱えると、ビレーヌの死体が光の粒となり消えて行った。
この状況で最初に再起動したのはヒーリアさんだった。
剣を抜き僕をかばうように構える。
「準大司教!アンタ何やってんのさ!何でいきなりその子を殺した!」
すると困り顔のままビレーヌ準大司教はさも当たり前のこと言うように口を開いた。
「魔王になってしまいましたから。」
そういえばデルリカ教皇は、二つの目的があってここに来たといった。
一つは異世界人召喚を止めること。
もう一つは教えてくれなかった。
しかし、これで見当がついた。
教会関係者なら当たり前のことをしに来たんだ。
きっと、この人たちのもう一つの目的は・・・魔王の討伐だ。




