106 美蛾王との決戦
再開です。最終回まで週3回は更新予定。
― 106 美蛾王との決戦 ―
今、森の木々に身を隠しながら美蛾王を見ている。
僕らが森に入ってから、抵抗らしい抵抗がないまま美蛾王が見える場所まで来れた。
ま、そうなるように事前に準備はしたけど、ちょっとあっけなさすぎる。
どのように準備したかというと、たとえばこの森の魔物は全部マリーさんの森に移動させちゃってあるとか。
でも、森に魔物が居ないのに美蛾王が、まだ何もしていないことに呆れてしまった。
魔王にとっては、魔物が居ない=手下が居ない状態で、死活問題のはずなのに。
そこまで考えて、ふと急に気が付いた。
あ、もしかすると本来の美蛾王の手下の魔物達はダンジョンへの配置したり、モンスターピード(魔物暴走)に割り当てたりして、手元にほとんどいないのかもしれない。
とはいえ、簡単に近づけすぎて僕は凄く警戒してしまった。
もしや罠?
そう思いながら皆で隠れながらコッソリ美蛾王を見ると、、、、
ど派手な銀座のホステスみたいな美人が、鼻くそほじくって、ピンって指ではじいている。
うわー、油断しまくってる。うん、本気で気づいてないな。
蛾のような羽を付けた美蛾王は、服も化粧もど派手で装飾品もジャラジャラつけている。
同じ虫系の魔王でも、サビアンさんは気高くて上品な美人さんなのに、美蛾王はその対極にある美人さんといえるかな。
美蛾王の周りには13人の魔族らしき連中がいる。
他に魔物っぽい存在は居ない。
やるなら今かも。
傍に居る里美と康子を見る。
2人は僕の指示を待っている顔だ。
「里美、康子。二人は魔族の対応を頼む。サビアンさんは僕と美蛾王を倒しましょう。その後、美蛾王に掴まっている冒険者を助けます。」
「分かりましたお兄様。」
「おっけーお兄ちゃん」
康子と里美は言うなり飛び出していく。
僕とサビアンさんも目を合わせてから美蛾王に飛び込んだ。
そのとき、美蛾王は明らかに狼狽した。
「え?なんだ?え、蜘貴王?」
こいつ本当にまったく警戒していなかったのか。魔王ってどうしてみんな暢気なんだ?
サビアンさんは木々の森の中をズキュンという音を立てながら、ボールが弾けるような動きで動いて美蛾王を蜘蛛の糸でとらえた。
・・・まさかの瞬間決着。
糸でぐるぐる巻きにされながらも美蛾王は混乱していた。
「ちょっと、なんだいこれは!なんだ?何が起きた?」
僕も素早く美蛾王のそばに駆け寄り<原始魔法>で能力を奪い取る。
「どっこいしょ!」
畑から芋を引っこ抜く要領だ。
うんしょ!
引っこ抜くと、奪った能力の中にブレスがあることを確認した。
<鱗粉ブレス>
よし、ブレスさえ奪えばもう安心だ。これで美蛾王は恐れる存在じゃなくなった。
「サビアンさん、里美と康子を手伝って魔族への攻撃をお願いします。」
「はい、お任せくださいませ。」
みると、康子と里美がすでに4人の魔族を倒していたが、サビアンさんの参加で魔族はあっという間の数を減らしていく。
だってサビアンさん、『バキュン、ビュビュビュ』って風切り音を出して動くほど速いんだよ。
そりゃ、敵の魔族もあっという間のやられるでしょ。
しかもサビアンさんの毒針攻撃は掠っただけで敵を殺すし、蜘糸ブレスは時間差で襲ってきて爆発するし。。。
サビアンさん強すぎ。
そのあと、見た目が猟奇的な状況になった。
倒された血みどろの魔族たちが13人、サビアンさんの蜘蛛の糸で木から逆さにつるされたのだ。
サビアンさんは『いつもの習性でうっかり。おほほ』とか言っていたけど、13体の死体が木からぶら下がっている光景はちょっと怖いかも。
まあ後から来たデスケント皇子がビビってくれると嬉しいな。
っていうか・・・
最終決戦のはずなのに、盛り上がることなく終わったけどいいのだろうか?
個人的には、ラストとして凄い戦いを繰り広げつつ、ピンチを乗り越え勝利する予定だったんだけど。
自分が指揮したことながら、なんな納得いかないな。
最初の土竜王との戦いが、魔族を手に入れたりして一番盛り上がったのってどうなんだろう。
うーん、この展開はありなんだろうか?
そんな事を悩みながら顔を上げると、先ほど力を失った美蛾王も、サビアンさんの張った巨大な蜘蛛の巣に絡められて逆さに吊るされた。
蜘蛛の巣にはまった蛾にしか見えない。
そんな感想を持ってから気づいた。蜘蛛と蛾が一対一で戦えば、この結末は当然だったかと。
しかし、
今回共闘して分かったけど、サビアンさん強すぎるでしょ。
魔王にしては小さい部類だけど、強さがマジ半端ない。
何度思い返しても、最初に戦わないでよかった。。。
あれだな、このあっけなさの理由はサビアンさんが強すぎるせいだ。
さて、あとは僕のやることは冒険者の救出だな。
連中の位置は大体わかっている。
<探査>使えば一発だから。
この森の地下の空間に大量の人間の反応がある。
「みんな、あとは冒険者の救出だよ。ここの地下にある空洞に詰め込まれて入るっぽいから、ぱぱっと助けちゃおう。」
里美は従魔の天狼を呼ぶ。
「フェンリル、地下への入り口が無いか探してほしいけど出来る?」
「ワオオオオォォン」
フェンリルは巨体で軽々飛び上がると、少し離れたところにあった大きな岩を前足で吹き飛ばす。
どかされた石の下には大きな穴が開いていた。
振り返ったフェンリルと目が合う。
「ワオウオウオウワオン、ガウガウ」
明らかに僕の顔を見て何かガウガウ言っている。
ごめん、何を言っているかさっぱりわからない。
まあ雰囲気から察すると『おい、ここから人間の匂いが漏れてきてるぜ。人間はこの下だ!』って言ってるのかな。
そういう前提で返事しておこう。
「ありがとうフェンリル。さすが良い鼻しているね!」
「ワウン!」
嬉しそうに胸を張るフェンリル。
どうやら、的を得た返事が出来たみたいだ。
里美が感心した表情で僕を見る。
「さすがお兄ちゃん、フェンリルの言葉がわかるの?私もわからないのに、すごいね。」
「それほどでもないさ。」
褒められるのは嫌いじゃないけど、今は冒険者たちの救出が先だ。
「よし、穴に入って冒険者を連れ出そう。」
僕らは穴に飛び込む。
するとすぐに、蚕のような状態になった冒険者が目に入った。
顔だけ出ているから、寝袋に入った人みたいな感じ。
ざっと50人くらいかな。
「おーい、助けに来たぞ。返事できる?」
・・・・
返事が無い。
麻痺でもしてるんだろうか。
まあいいか、まずは地上に出してあげよう。
地上からサビアンさんが糸を垂らし、その糸で2~3人まとめて縛って持ち上げてもらう。
ちょっと乱暴な方法だけど、まあ冒険者だから大丈夫でしょう。
そうやって見つけた冒険者たちを次々に地上にあげる。
2時間ほどかけてほぼ全員地上に出し、最後の一人をサビアンさんの糸に結んでいると、ふと顔が見えた。
あ・・・
ジョニー。
よかった、無事が確認できた。
僕のクラスメイトのバカな男子。ジョニーだ。
まだ意識が無いようなので、特別にポーションを口に突っ込んでやった。
「サビアンさーん、これで最後の一人です。」
「わかりましたわ。長道さんも一緒に掴まって上がってきてください。」
おお、それは助かる。
お言葉に甘えて、糸に掴まりジョニーを踏んずけた。
その状態で引っ張り上げてもらい地上に出る。
地上に出たとき、僕はピョンと飛び降りたけどジョニーはサビアンさんに抱えられる。
そのまま、ジョニーを救出した冒険者を寝かせている場所に移動させていると、ジョニーがモゾモゾ動き出した。
「う、う、ここはどこだ?俺は・・・どうなったんだ?」
サビアンさんはそっとジョニーを地面に寝かせつつ、優しく微笑む。
「あなたはダンジョンで美蛾王という魔王に捕まりましたのよ。ですが、長道さんやわたくし達が力を合わせて救出いたしました。もう安心ですわ。」
「あ、あなたは?」
「あら失礼いたしました。わたくしはこの森の魔王、蜘貴王と申します。」
とても上品な一礼をするサビアンさん。
相変わらずサビアンさんは所作が美しいな。
下半身が蜘蛛なのに美しい。
あふれ出る高貴さが素晴らしい。
少し遠くから、沢山の人がコッチに来る音や声が聞こえてきた。
先ほど<念話>を飛ばしたので、カマキリメイドのボリーヌとダレージュが、デスケント皇子連れてきたようだ。
救出した人たちは彼らに任せよう。
「サビアンさん、ここはグロガゾウ軍に任せて僕らは魔物暴走への援軍に行きましょうか。まだ敵が残ってるかどうかは分からないですけどね。」
「ふふふ、そうですわね。紅竜王や淑女王が張り切りしておりましたから、もう全滅しているかもしれませんわね。」
軍が目視で確認できるところまで近づいてきたところで、僕らは残りの魔物を倒すために森の外に移動を始めた。
里美と康子はフェンリルに乗り、僕はサビアンさんに乗せてもらった。
さて、あと一頑張りだ。
お読みくださり、ありがとうございます。




