新しい朝が来た
26世紀記念博が日本で開催された。それは古き良き日本の生活様式や、その時代に流行っていた物を集めた展覧会である。
目玉は2541年に日本へ追突したティピタルという彗星のカケラだ。これにより日本は約26000もの海域と8000人以上の尊い命を失った。その彗星のカケラは自然発光する不思議な物質でできており、当然地球には存在しない物質である。
オークラはそのカケラを一目見ようと、イドジマからモータル電車を使ってはるばるやって来た。三半規管の僅かな違和感と移動時間の約20分と引き換えに、100万キロの距離を走るモータル電車は28世紀の技術である。これによって、人類の移動という概念は道すがらを楽しむものから少し耐えるというものに変わった。これ以上早くも出来るらしいが、人間を破壊せずに運ぶ方法がまだ見つかっていないというのが現状である。
「すみません」
オークラはアメリカの宇宙展示場の前でそう話しかけられた。髪を短く刈った女である。声の高さと化粧をしていなければ女だとは分からなかっただろう。
「なんですか?」
オークラは聞いた。
「あの、乳母の木がある所はわかりますか?」
それは確か展覧会会場の真ん中に生えている木のはずだ。なんでも世界樹を彷彿とさせるほどの巨大な木だという。何故乳母の木と呼ぶのかはわからない。
「えっと、それは確か」
オークラは辺りを見渡した。
「ほらあれですよ。葉が見えているでしょう」
建物に間れて見え難くはなっているが、向こうの方に茂った葉の上部が見えている。
「あれが乳母の木ですか?」
女は眉間にしわを寄せて言った。
「この会場の真ん中に生えている木でしょう?」
女は腑に落ちないように、とりあえず行ってみますとだけ言って木の方向へと歩いて行った。変わった女だなと思った。
会場はとても広かった。第三次大戦ドーム5個分もある敷地は歩くだけで半日はかかってしまう。1日で全ての展示場を見るのは不可能だろう。やっとの思いで着いた彗星のカケラの展示場には、ギョッとする程の列ができていた。あまりにも長い列にオークラは目を回しそうになる。皆、何故そこまでして見たいのかと思ってから、自分もその内の一人である事に気が付いた。
それからどれだけの時間が経っただろうか。牛歩のような列の中でオークラは何度か諦めてしまいそうになった。展示場を出たとき、日が西へ大きく傾いていたので、おそらく2時間以上は並んでいただろう。彗星のカケラは美しかった。確かに光り輝いており、それは赤っぽい光だった。勝手に青色の光を想像していたが、とても美しい赤だったように思う。
帰りの電車の僅かな時間の中でオークラはこんな事を思った。
人類がこの神秘の赤を解き明かすのは、まだまだ先になるだろうと。そしてそれは自分が生きている間には、到底解く事が出来るはずはないと。そう考えてから、オークラは少しだけ安堵した。電車は加速度を増して行く。




