咳痰
安いっぽいカーテンを開けると朝焼けの景色まで安いっぽく見えた。鉛のように腹の中で茹だり俺の頭を何度も叩くのは昨日の酒である。馬鹿のように晴れた。それしか出来ぬと言うほどの晴れ方に、俺は片目をつむり微かに滲む視界の中で日増しに伸びる高層マンションを見た。どうやって上げたのかクレーンが二台見え、せこせこと動いている。当然である。もう昼も過ぎていた。朝働き、夜眠るのは良い人間のする事では無い。ただ太陽とは無関係に働く俺のような人間も地球の裏側が朝になるのとなんら変わりなく働いている。夜勤の後、酒を道すがら我慢出来ず飲むと、等間隔に立つ電柱が意味も無くまだ光っている事に腹が立った。俺はその一つを蹴り飛ばしたが、鈍い音が烏の鳴き声に掻き消され、白んで来た空の下で俺は一人つま先の鈍痛に耐えていた。
酒は俺の胃の中で胃酸と混じり合い、寝ている間に垂れた涎が口の端にこびりついていた。枕はキツイ臭いを放ち、俺が人間である事を密かに否定する。何故、このような臭いは黄色をイメージさせるのだろうかと思った。幼気な少女が小さな雨傘と共に飛び跳ねる長靴も黄色のイメージだが、俺の胃液も黄色のイメージであった。俺は水道水を煽るように飲んだ。血管の中までどうと流れるアルコールを薄めるように流し込む。溺れるにはまだ少し必要なコップ二杯分の水を飲みきると、右のこめかみを抑えながら敷かれっぱなしの布団へ潜り込んだ。身体がドロドロに溶けていくように思えた。それでも良いと思えた。肉を柔らかくするのと同じように、アルコールに浸かり切った俺の身体はやがて溶けていくのだろう。今日はまた夜の八時から朝までである。遅めの昼を食い、少し寝て、晩を食えば仕事である。ループするような毎日。日付が形上変わるがいつも同じ顔をしたやつが謙りもせず現れる。へらへらと薄ら笑いを浮かべたそいつの目を俺は見れない。サラリーマンも朝というだけで、同じような日々を生きているのだろう。金を稼ぐということの意味を最近になってわかり始めたような気がする。高層マンションは少しずつ少しずつ、確かに伸びていく。俺は目を擦った。目ヤニが付いていた。今までずっと付いていたのだろう。カーテンを閉めて見たが、安いっぽい布は光を完全に遮断せず、ただじわりと安いっぽい部屋を浮き彫りにさせる。このまま高層マンションが伸びて行けば太陽が遮られてしまうらしい。近くの住民が反対の署名活動をしていたようだが、俺のところには来なかった。伸びるのならどこまでも伸びれば良い。
俺にとってそれは、薄暗がりの中で寝たいだけ眠る事が出来るようになるだけなのだ。




