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白い顔

私は急に目を覚ました。

確か今まで自分の寝ていた布団だと思う。そこは真っ暗で恐らくは夜だった。耳の中に綿が詰まっているようにただ、どおーと篭ったような音が耳腔内で鳴っている。

私はふらつきながらも立ち上がった。頭はまだ目覚めていないのか、何故自分が立ち上がったのかも思い出せない。冷たい布団を出ると更に冷たく感じた。私は肩をすくめる。視界は慣れ始めたのか、真っ暗ではあるもののぼんやりと部屋の輪郭が少しずつ浮かんできた。その中で扉だけがほんの僅かに明るく見えた。私はそれを押し開ける。

ぎいと歯切れの悪い嫌な音が鳴った。

扉の先も明かりは一つもなく、真っ暗であった。窓さえも無く光はどこからも入らない。音だけが私に近く、それは気配の様に塊に思えた。

私は階段を降りて行く。それだけがやはり、僅かに明るく見えたからだ。一段、一段と降りるたび温度が一度下がっていく、そんな感覚がある。

しかし、私は肌寒さも感じなかった。

自分が寝ていた布団の方が、遥かに冷たく感じたからだ。

壁を静かに叩く様な音は、風によるものらしい。煩い訳ではない。私はずっと耳鳴りの様なものを感じていた。

階段を降り切ると少しだけ明るくなった。扉は僅かに開いていて、そこから光が漏れている。

私はその扉の向こうを覗こうかと思った。少しだけ気になる。しかし、見てはいけない所なのではないかという漠然とした感覚が私の中で湧き上がる。風の音はもう聞こえなかった。

バタンと大きな音を立てて上で扉の閉まる音が聞こえた。

私は少しハッとする。

上はただ階段が続き、真っ暗な世界は手触りさえもない。暗闇に手を突っ込むと、手首から先はどこかへ消えてしまうのでは無いかと思える程、闇は濃く先の無いように思えた。

私は私の息遣いを感じる。

私はそのまま視線を僅かに開いた扉へと戻す。

そこには顔があった。

またしても私はどきとする。一瞬心臓が動きを止めて、血が一気に体をめぐるようだった。

僅かに開いた扉のその隙間から、シワの無い若い顔が右頬を床につけて私を見上げている。その顔は髪も無く、眉も無く、ただ眼と鼻や口があるだけの真っ白な顔だった。

「帰った方がいいよ」

その顔は言った。女の声だった。

「どうして?」

私はそう彼女に聞いた。

女は瞬きもしないで私を見上げたまま、どうしてと復唱する。

「ここには来ない方がいいわ」

彼女は私だけを見つめている。僅かに潤いを持つその瞳は薄暗闇の中で光っている。

「今日は月が無いわ。寒いでしょう?」

私は寒さは感じなかった。

しかし、窓も何も無い階段は、月が存在しなくなってしまったように暗い。耳鳴りは今もずっとしている。

「そこは、どんな場所なの」

私は扉の向こうに視線を移した。

「来ない方がいいわ」

彼女は尚もそう言った。

私は彼女の言葉に従うことにした。何も言わず、私は階段を登り始める。何故そうしたのかは分からない。扉から漏れ出る光に、興味が無いわけではなかった。振り返るとそのままの状態で、彼女は私を見ていた。髪も無く、眉も無い。剥かれた頭蓋骨のようにそれは無造作で、生気を感じる事は出来なかった。

この時初めて、私はその顔に恐怖を覚えた。

薄暗闇の中で見えるその顔は、もはや生きた人間のものでは無いように思えた。

階段を登って行く度、気温は一度ずつ下がるように思えた。真っ暗な部屋の中で、私は導かれるように先程まで自分がいた布団へと辿り着いた。冷たい。人肌を知らないのか、もう忘れてしまったのか、その布はこの世の夜を含んで冷たい。

私は死んだように眠った。

そして、当たり前のように冬の冷たい朝を迎えた。


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