浮羽の湖
私から見れば、それはただの湖だった。
大きい訳でもない。かといって、小さい極端に小さい訳でもない。恐竜の生き残りが姿を現すわけでもないその湖は、浮羽の湖と呼ばれ、人々に親しまれている。この街の唯一の観光名所でもあるらしい。そんなものよりも、大きなショッピングモールでもゴルフ場でも紹介すればいいのに。
何故、浮羽の湖と呼ばれているか。詳しい由来は分かっていない。伝わっている話といえば、この湖は極稀に浮かぶ羽で覆い尽くされるとの話だ。何とも、くだらない言い伝えだろう。羽が溜まった湖ならまだしも、所詮水面が埋め尽くされるだけなのだ。やろうと思えば、人間でさえ実行できる程度の伝承である。
そんな私も、明日にはあの湖の一部となるのだ。おかしなものだ。
私がこの世界から去ろうとする理由は、人からすれば在り来りなものだろう。それでも私からすれば、去年母を失ったことは耐え難いものだった。私は元々父の居ない家庭に育った。しかし、辛いことはなかった。唯一の親である母は、私の為に寝る間も惜しんで働いてくれていた。そんな母の為に自然と私も家事を手伝い、家庭は満ち足りていたものだった。その母が居なくなってしまったのだ。
今、私は祖父母の家に預けられている。祖父母は、私を邪険に扱った訳ではない。ただ、私が母が居た時の安心感と充実感を求めてしまったのだ。そうして、それが無くなってしまった事に対してどうすることも出来ず自殺という極地に考えが至ってしまった。
私はその日、散歩と言って祖父母の家を出た。そうは言っても、祖父母は畑仕事のため返事は返ってこない。これが私の家なら、母は優しく行ってらっしゃいと言ってくれただろう。もう、返ってこない返事は私の中を虚しく響き渡るだけだった。
湖にたどり着いた頃にはもう、辺りは暗かった。観光名所と言われても、こんな湖に夜中にまで来る人はいない。昼頃だと、必ずのように訪れる人はいる。私にはそれが不思議でしかなかった。妙に多く付けられた灯りが湖を照らしていた。
私は近くの茂みの中から湖を覗いた。人は誰も見当たらない。ましてや、水鳥すら見ることがなかった。ただ水面は綺麗でもなく、満ちたわけでもない月を写すだけである。そんな水面は恐ろしかった。私は湖のほとりで二の足を踏む。
突如、無風無音の湖に渡り鳥が群れて近づいてくるのがわかった。不意をつかれた私は茂みに身を隠し、その鳥の群れを見つめた。鳥達は一斉に湖に近づいていく。思えば、渡り鳥の季節でもない。そもそも、それが渡り鳥の群れであるかも分からない。
一羽の鳥が水面に降り立った。また一羽降り立った。鳥達は大きくもない水面を埋め尽くしていく。そして降り立った鳥は、何をする訳でもなくただ水面に力無く浮いている。ただ、その光景が続いていく。やがて、始めにこの水面に降り立った鳥が水面に僅かな羽を残して沈んでいった。ゆっくりと沈んでいく。そうして見えた水面をまた一羽の鳥が隠してしまう。その繰り返しだった。
そんな光景に一筋私は涙を流した。何とも言えない涙だった。確かに酷く悲しい姿だ。いくつもの命が目の前の湖に吸い込まれていくのだ。でも、それ以上に美しかった。理由もわからない、個人的な感性による命の美しさを感じた。と同時に母の姿が目に浮かんだのだ。何も言わず、私は私の家に帰った。
思えば、幻だったのかもしれない。あの後、その景色を見た者は私以外に居なかった。私自身も、あの光景を二度見ることはなかった。また見ることは出来ないだろうし、もう必要はない。空を必死に飛び回った鳥達が眠る墓をわざわざ見世物にすることはないだろう。私の母もあの鳥達のように安らかに逝ったのだ。私にはあの中に入れる資格はない。いつか、私もあの中に沈んでいくのだろう。私は自らの弱さでなく、満足した結果として沈みたい。それ以前に、今沈んでしまったら自らが恥ずかしい。
あの湖は今でも、小さく地味なまま美しく代わり映えしない姿で大きくそこにある。