主従の失敗
遅くなりました。
最初の郵便配達で不穏な気配があったものの、他の九件の依頼については特に何事もなく終わり、瞬は昇格試験へと順当に駒を進めた。
ちなみに、郵便配達以外の二件指定依頼は、純粋な肉体労働である建築現場での石運び。少し痴呆の気がある老婆の一日補助である。前者は体力が、後者は忍耐が試されているとミユキは言っていたが、瞬はむしろ雇い主に対する態度とかを観察されたのではないかと思っていた。特に老婆の方はぼけておらず、あれは理不尽なことを言う為の演技であると確信していたからだ。
残り七件の任意依頼も似たようなものだ。城壁内、つまりグランフェリア内でのちょっとした雑用が主な内容である。子守に日曜大工、交通整理や臨時店員など、傭兵というよりは何でも屋というべき依頼内容であった。
「しかし、本当に何でもやるんだな……。傭兵という呼称が正しいのか、疑問に思えてきたぞ」
己がこなした依頼内容を思い出し、ついついそんな言葉が漏れる。
「まあ、城壁内部の委託依頼は何でも屋と言った方が正しいですからね。マスターがそう言いたくなるのも分かります。
ですが、本番はこれからです。そうでなければ、そんなものを渡されないでしょう」
そう言ってミユキが瞬の腰に目をやる。そこには鉄剣が確かな存在を主張していた。
つい先程 傭兵ギルド本部で十件の依頼完遂印が刻まれた木片と引き換えに、受験証とともに渡されたものである。両刃の西洋剣で刃渡りはそれ程長くない。それはRPGでよくあるショートソードを瞬に連想させた。
「まあ、そうだな。しかし、昇格試験とはいえ、鉄製の武器を貸してくれるとは傭兵ギルドは金があるんだな」
瞬としては、某国民的RPGと同じように銅製の剣とかを想像していただけに、驚きであった。
「ご安心を。流石に鉄製の武器を貸与してくれるのは、本部であるここだけでしょう。なにせ、グランフェリアの創始者と傭兵ギルド創始者は同一人物なのです。傭兵ギルドの長はグランフェリアの長と言っても過言ではありませんから」
「なるほど。その気になれば、グランフェリアの富全てを集中して運用できる力があるというわけか」
「ええ、グランフェリアにおいて傭兵ギルドに逆らうということは、グランフェリアへの反逆と同義です。くれぐれもお気をつけ下さい」
「そんなに念を押さなくても大丈夫だって。傭兵ギルドに喧嘩を売るつもりなんてないから」
「そうですか?どうもマスターは本当の意味で傭兵ギルドの理解されていないようですから」
憂い顔でそんなことを言うミユキに、瞬は憮然とする。なにせ、その凄さは十件の依頼をこなすうちに嫌というほどに実感しているからだ。軍事力を一手に管理し、それいてその手は凄まじく長い。グランフェリア内の出来事で、傭兵ギルドの力が及ばないことはないといっても過言ではないだろう。
ミユキからも耳にたこができるほど聞かされているのだ。それなのに、さも分かっていないように言われるのは、流石に心外であった。
「その割には私の言葉をそのまま受け容れていたようですが……」
「何!俺に嘘を教えたのか!?」
この世界で最も信頼する白銀の妖精に嘘をつかれたというのは、かなりの衝撃だった。反射的に瞬の視線と言葉がきつくなったのも致し方ないことだろう。
「いいえ、私はマスターに偽りを申し上げたことはございません。誓って伝えた情報は全て真実です。 ですが、傭兵ギルドの昇格関係では表向きに流布されている情報のみをお伝えしました」
恥じ入ることは何もないと胸を張って答える白銀の妖精に、瞬は嘘がないことを感じ取り、一先ず胸を撫で下ろした。知らず知らずの内に、ミユキは瞬の中で大きな存在になっていたのである。
「表向きの情報のみだと?つまり、裏……真実は別にあるということか?なぜ、そんなことを?」
「マスターが思考停止されているように感じられたからです」
「なに……?」
予想だにしない答に瞬は困惑する。そんな主をどこか沈痛な表情で見ながら、ミユキはさらに言葉を綴る。
「最近のマスターは私の言うことを全て鵜呑みにされて、判断もそれによることが殆どです。マスターの信頼は非常に嬉しいのですが、私の知る情報は基本的に最新のものですが、エティアに降りてきてからはどんどん鮮度が下がっていることをお忘れなく。本来のマスターならば、それを踏まえて裏付をとるぐらいはしたはずです。それに傭兵ギルドの対応や慮外者達が野放しにされていることに疑問も違和感も覚えられることなく、流されましたね。よくよく考えれば、おかしいことは気づけたでしょうに」
具体的に指摘され、瞬は呆然とする。言われてみると、思い当たることがこれでもかというほどに出てくる。ミユキが案内役として優秀過ぎるとはいえ、それに盲目的に従っている事に今更ながらに気づいたからである。
エティアに来た当初は、少なくとも方針や行動は瞬自身が決め、それに合ったプランを提供し修正を加えるのがミユキの役割であったはずだ。それがいつの間にか、彼女の言葉を絶対のものとして動いている己がいる。それは最早「信頼」ではなく、「盲信」である。
「そのとおりだ……。異世界だからというのを理由にして、お前に甘えていた。すまない」
これではどちらが主なのか分かったものではないと項垂れながら、瞬は素直に頭を下げた。
「いえ、私も少々口出しが過ぎました。マスターのおかれた状況を考えれば、私に依存されても仕方のないことではありますから」
「依存か、確かにな。返す言葉もない」
「マスター、落ち込まないで下さい。早期に気づけたのだから良かったではありませんか」
「自力でじゃなくて、お前に指摘されてだぞ。正直、情けなくてたまらん。この軟弱さで、よくも世界を旅するなどいえたものだ。我が事ながら呆れるわ」
心底情けなく思う一方で、瞬は未だ自身の内面に現代日本への未練が燻っていることを自覚した。
瞬は必要なこと以外、エティアの者と会話していないのだ。基本的に話すのはミユキだけで、それ以外で言葉を発するのは食事の注文等、必要最低限だけだ。その証拠に、ここ一週間近く世話になっている宿屋の主人とその娘の名前すら覚えてもいない。そもそも、自発的に知ろうとしていないのだ。彼はそうすることで、ミユキというフィルター越しにエティアを見ていたのだ。それは無意識的にエティアとの繋がりを薄くし、どうにか元の世界へ帰ろうとする願望の現われであったのだ。
「親も兄弟もなくし、天涯孤独の身の上だてのに未練がましいたらないな」
自嘲するが、心は晴れない。瞬は口ではエティアを見たいと言いながら、その実本当の意味では何もみていなかったのであるから。
「マスター……。私には分かりませんが、生まれ故郷への愛着は誰にでもあるものです。未練がましいなどとそんなことはありませんよ。むしろ、それは人である以上当然のことではないでしょうか」
「いや、どんな事情があれ、こちらに来るのを最後に選択したのは俺自身だ。たとえ、それがどんなにくだらない理由であったとしても、俺が自身の欲望に負けてこちらに来たのは間違いないことだからな。
はあ、これならいっそ気づけないまま来た方がましだったかな?」
エティア英雄譚は瞬を鍛え学ばせる為のもの。いわばエティアに来る為のチュートリアルである。瞬はそこで暗殺者としての業を突き詰め貪欲に学び、死と隣り合わせのレベルで鍛え上げたのだが、この世界エティアの常識をはじめとした基礎知識についてはほとんどと言っていいほど学ばなかった。他に学ぶべきことが多かったといえば聞こえはいいが、その実学びたくなかったのではないかと今では思う。瞬はエティアに取り込まれることを本能的に察知し、無意識の内にそれを避けるために、必要な知識を学ぶことを忌避していたのではないだろうか。そんな風にすら思えてくる。
「マスター、それは違います。もし、ご自身の意思で選択されていなかったら、マスターはここを現実と認められたでしょうか?畏れながら、私はそうは思いません。もし、正気でないままこちらに来られていたなら、エティアでどのようなことがあろうとマスターにとっては夢幻の出来事であったでしょう」
「そうだな。正気で来てもこの様だ。そうであっても、なんらおかしくないよな。ああ、もう!本当に情けない!」
頭をくしゃくしゃと乱雑に掻き回す。なんともいえない羞恥が湧き上がって、叫ばずにはいられない。
「マスター、落ちついてください。取り返しのつかないことが起こる前でよかったではありませんか。
改めて、マスター自身の目でエティアをご覧になればよいのです」
「……そうだな。もうやってしまったことは元に戻らない。俺は俺の意思でここへ来たんだ。今更、戻る道はないし、戻る気もない!」
それは血を吐くような宣言であったが、心底からの言葉でもあった。瞬はあえて口に出すことで、未練を断ち切らんとしたのだ。言霊と言うように言葉にするというのは、相応の意味があるのである。思ってもいないことを口にするのには相応の労力がいるように、自分に言い聞かせるという言葉があるように。
「マス「悪い、何も言わないでくれ。とにかくこの話はここまでだ」……はい、承知しました」
どこか沈痛な表情で口を開きかける白銀の妖精。それを遮るように瞬は話は終わりだと宣言する。下手な慰めは欲しくなかったし、何よりもこれは自身で解決しなければならないことだと思ったが故だ。
「それよりも傭兵ギルドの真実とやらを話すとしよう」
「分かりました。では、マスター、私の教えた表向きの情報とこれまでに実地で得た情報を突き合わせるとおかしい点があるのが、お分かりになりますか?」
瞬は少し考えるが、思いのほかあっさり答はでた。
「『木っ端兵』を狙うチンピラ達の存在だ」
グランフェリアを牛耳っていると言っても過言ではない傭兵ギルドが、なぜ未来の戦力候補である『木っ端兵』を潰すような行為を黙認しているのかということである。『木っ端兵』の中には確かに戦力にはならない者も少なくないだろう。しかし、その中には鍛えればものになる者だっていよう。下手をすれば金の卵が混ざっているかもしれないのである。それを市民とは名ばかりのチンピラ達の憂さ晴らしに使わせるなど、馬鹿馬鹿しいにも程があるだろう。大体、本当にそんなことを認めていたら、なり手がいなくなるだろうし、傭兵ギルドの看板にも傷がつこうというものだからだ。
「その通りです。表向きは傭兵ギルドは『木っ端兵』には関わらないことになっていますが、その実手厚い保護がなされているのです。最初の指定依頼がその証です」
「最初の郵便配達が通る道を指定しているのは分かるが、それ以外にもあるのか?」
「勿論、それもありますが、実はあれこそが不届者達をあぶりだす為のものなのです。実はマスターが撒かれた五人の中には傭兵ギルドが派遣した追跡者兼護衛もいたのです。マスターは気づいておられましたか?」
「なに?あの五人の中にか……いや、気づかなかった。あっ、もしかして受取人が妙な顔をしていたのは……」
「はい、護衛まで撒いてしまったからですね」
なるほど、それは警戒されるのも無理はない話である。あの探るような視線はその為だったというわけだ。瞬はようやく納得がいった。
「いや、待てよ。実際には厳しく取り締まっているというのなら、なぜ俺の時はでてきたんだ。連中だって馬鹿じゃない。俺が囮なのは理解していただろうに」
グランフェリアの実質的な支配者といっても過言ではない傭兵ギルドである。その処罰はこの世界での極刑である追放処分すら好きに下せよう。そのリスクを考えれば、なぜ瞬の時に反応したのか。
「えーとですね、それはなんというか……」
珍しくミユキが言い淀む。どこか申し訳なさそうに小さくなる。
「どうした、何かまずいことでもあるのか?」
「いえ、まずいというわけでは……その私のせいなのです。この世界における私達妖精は―――――」
か細い声でようやく答を口にし、決まり悪げに意図的に隠していたある事実について説明を始めるのだった。
質実剛健な傭兵ギルド本部にも、実用性皆無なひたすら豪奢な部屋が存在する。無論、それは無意味なものではない。調度品や内装にふんだんに金をかけられたそこは、国や他都市との交渉にも使われるギルド本部長の執務室なのだ。グランフェリアにおいて、もっとも豪華な空間ともいうべきそこには一人の男がいた。年は二十代後半、顔立ちは欧州系だが黒髪に黒瞳と日本人を思わせる特徴を持った青年である。どこか怜悧で細心な印象を受ける。銀の片眼鏡がそれを一際強調し、同時にその深い知性をうかがわせる。
青年の名はライル・シュガー。この執務室の主たる傭兵ギルド本部長であり、グランフェリア都議会議長を務める実質的なグランフェリアNo.2の地位にある者だ。当然、仕事は山程あり、彼はいつものように自身の執務室に籠って書類の山と格闘していたところ、ノックもなしにドアを開けられたことに気づき顔を上げた。
「ふー、やっと御役御免だ。全く骨が折れたぜ」
そこには得難い兄貴分であり昔なじみの傭兵であるクラウスの姿があった。彼はどこか疲れた様子で、入ってこちらの顔を見るなり、ぼやくしまつである。その様は人生にくたびれたおっさんという風情だが、これでも傭兵ギルド本部が認定した銀ランク傭兵である。その技量と人間性は信頼がおける。
「お疲れ様です、クラウスさん。急な申し出にも限らず、引き受けて頂いて助かりました」
ノックもなしで入るなとか、先触れを出せとか、色々いいたいことはあったが、今回はライルがギルド側の都合でかなりの面倒を押し付けた形である。故に自制して言葉には出さない。
「あー、今は俺達しかいないんだから、その喋り方はやめねえか?お前にそんな風に話されると、どうにも気持ち悪くていけねえ」
何かすわりが悪いのか、ライルの口調に微妙な顔をするクラウス。
「気持ち悪いって、君も大概失礼な男ですね。……まあ、いいか。これでいいか?よければ詳細な報告を頼む」
かつてのライルからすれば似合わないのは百も承知だが、今の職責的には必要だと矯正したものだというのに、酷い言われ様である。まあ、今回は無理を聞いてもらったのだから、それくらいは融通を利かせるかと己を納得させ、昔なじみに合わせる。
「おう、それがよ……って、待て待て。茶の一杯も出してくれねえか?こっちは一仕事してきたところだし、少し長い話になる。腰をすえて話をしてえ」
「ああ、すまない。どうにも気が急いてしまってな。誰か茶を二人分持ってきてくれ」
手元の伝達魔具に手をやり素早く指示を出し、己も執務机から離れてどかっとソファに座り込んだクラウスの対面に座る。
「おめえはあれだな。気安くなると途端に遠慮がなくなっていけねえ。普段の執務時くらい気が利けばいいのによう」
どこか残念なものを観る様な生暖かい視線をよこすクラウス。
「それでは俺が疲れる。あれは必要だから身につけただけだからな。大体、こちらの対応を要求したのはクラウスじゃないか。今更、戻せとか言われても困るな」
それにライルは肩をすくめて、どこ吹く風であった。そんなことは言われるまでもなく理解しているが、彼自身の本質はどっちかといえば今の方なのだから。それは昔なじみのクラウスも百の承知のはずである。
トントンと控え目なノック音が響く。
「お茶をお持ちしました」
「入れ」
ライルの許可にドアが開かれ、入室前に一礼してメイド服を着た美しい金髪の侍女がカートを押して入ってくる。ちなみに侍女がメイド服なのは、傭兵ギルド創始者、つまりシュガー家の始祖がごり押しした結果である。
侍女は完璧な所作で配膳を済ませると、一礼して退室していく。その無駄のない洗練された動きは、優れた容姿もあいまって、見る者を魅了する。ライルは慣れたものだが、クラウスは見とれて夢心地であった。
「クラウス、浸っているところを悪いんだが、報告を頼む。あの妖精つきの坊やはどうだった?」
暇があれば、別に放って置いてもよかったのだが、生憎とライルは多忙極まる。いくら古馴染みの兄貴分であるクラウスであっても、無駄に時間を費やすわけにはいかなかった。
「あ、ああ、すまん。そうだな、結論から言えば灰色だな。黒とも白とも言えん。妖精の献身ぶりからして契約済みなのは間違いない。ただ、紋章者であるという確信は持てなかった」
「そうか……。本職である可能性は?」
実は瞬、傭兵ギルド本部で結構なやらかしをしていた。その為、彼はどこかの間諜ではないかと疑われていたのだ。
「それはないな。あんなに迂闊な本職がいてたまるかよ。あれは田舎の農村からでてきたおのぼりさんそのものだ。都市の常識にも疎いようだし、度々妖精に助けられていたようだからな。あの世間知らずっぷりで他国の間諜ってことはまずないだろうよ」
どこか呆れ顔でクラウスは投げやりに断言した。
「ふむ、だとするとあの身のこなしはどう説明する。足音が全くしないなど……裏の者だと宣言しているようなものではないか」
そう、瞬がやらかしたのはそれだった。彼はエティアに来る前に暗殺者として必要なことを学ぶと共に、様々な技術も叩き込まれている。その中には、足音を立てない歩法や気配を殺す技法なども含まれている。それらは無意識レベルに刻まれ、瞬は意識しないまま普段から足音を立てないで移動していたのだ。それが常態になっていた為、ミユキですら気づけない失敗であった。
普段から、足音を消して移動するような輩が、ギルド職員に警戒されないわけがない。本来、新人一人に護衛がつくことなどないのに、クラウスが急遽派遣されたのは、護衛というよりも監視役だったというわけである。
「体術も極まれば無駄がなくなるもんだし、熟練した狩人は気配を殺すことがうまい。恐らくあいつは仕込まれた技が裏よりだったというだけの話だろうよ。俺の知り合いにも似たようなのがいるから、間違いないと思うぜ。それでも最初に撒かれたのはかなりびびったがな」
「その報告を聞いたからこそ、間諜ではないかと疑ったんだがな……。依頼主や指定依頼の試験官からの評価も概ね平均以上、人格にも問題なしとくれば、これ以上裏を探ったところで何もでてこないか」
「ああ、だと思うぜ。少なくとも俺が見る限り、あいつに裏はない」
クラウスの言葉に、ここ数日の警戒と緊張が無駄になったことを喜ぶべきか悲しむべきか複雑な気分で嘆息し、ライルは紅茶に口をつけた。その独特の風味で内に蟠った苦味を洗い流し、すっぱり切り替えることにする。ライルの処理すべき案件は多いのだ。いつまでも杞憂で終わったことを気にしているわけにはいかないのだから。
「分かった。その件はもういい。では、この街に巣食う下種共の始末は?餌が妖精つきだったんだ。さぞや盛大に食いついたんじゃないか」
妖精を連れた者をいわゆる『妖精つき』と呼び、さらに妖精と契約し妖精魔法を操る者を『妖精騎士』と呼ぶ。妖精はエティアにおいて祝福の存在と言われており、ありがたがられる。現世で言う福の神とか座敷童子のようなものである。
実際、妖精達にはただそこにいるだけで周囲のマナを活性化するという力を持っているのだが、それを知る者はそう多くない。殆どの者はその稀少性や験担ぎが目的で、後は契約することで得られる妖精魔法が目当ての者ばかりである。
そんなわけで、妖精を欲しがる者はけして少なくないのだ。そして、需要があれば、供給しようという者が現れるのが世の常である。無論、妖精に出会うこと自体が難しいのに、安定供給などできるわけがない。
では、どうやって供給するのか?簡単である。あるところから奪えばいいのだ。
当然、違法行為で表には出せない商売だが、妖精はその稀少性から法外な値段がつく。それでも欲しがる者は多く、一生遊んで暮らせる金が手に入るとなれば、狙う者も少なくないのである。ミユキもまたそういった輩に狙われていたわけである。
「ああ、おもしろいように釣れたぜ。なにせ、餌が極上だ。普段、傭兵ギルドの制裁を恐れて穴倉で縮こまっている連中がわんさか出てきたさ。直接的な行為に出ようとした連中は潰した。
まあ、勘のいい野郎はひっかからなかったようだが、結構な数に目星をつけられたぜ」
「流石に根こそぎとはいかないか。まあ、そう都合よくはいくまいよ。それでも充分な収穫だ」
ライルはそう言って、クラウスに支払う報酬は無駄ではないと自分に言い聞かせた。
この手の連中は、どうしたって出てくる者なのだ。グランフェリアの治安維持を一手に引き受ける傭兵ギルドにとって、頭の痛い連中であった。なまじ市民という立場を持っているだけに扱いが難しい。
だが、特定できていればさして怖くない相手でもある。今回、ミユキという餌に見事たかってくれた愚か者達は最早籠の鳥だ。時がくれば、いかように処分できる。そういう意味では、確かに収穫はあったし、クラウスをまわしたのは無駄ではなかったのだから。
「生憎と大物はかからなかったが、末端の連中はかなり把握できた。これで連中に遅れをとるようなことは万が一にもねえ。一先ず安心していいんじゃねえか?」
「そうしたいのは山々だが、妖精の仕入先として一番可能性が高いのは、ここグランフェリアだからな」
グランフェリアは犯罪者も前科者も、国を失った流民ですらも受け入れる。それは、つまるところ犯罪の温床にもなり易いということでもある。それが故に、都市ガードには強権を認めているし、取り締まりも厳しい。市民権による差別も必要あってのものなのだ。
「言いたいことは分かるけどよ、最近少し神経質過ぎやしないか?昔はもっと……」
クラウスとしては、もっと力をぬいたらどうだと軽い気持ちで言ったことだったが、それはライルを激昂させる結果となった。
「先代の方が良かったとでいうつもりか?あの無責任な糞親父のせいで、規律がどれだけ大分緩んでいたと思っている。兄貴と俺が後を継いでから、どれだけ汚職役人の首を切ったか分かるか?今、必死に引き締め直しているが、それでも甘い汁を啜ろうとする輩は後をたたん。全くあの無責任親父はシュガー家の悪しき伝統の体現者だな」
シュガー家の悪しき伝統。それは何代かおきに、必ず盆暗が生まれるというものだ。前ギルド本部長であり都市長を兼任していたライルの亡き父はその典型ともいう人物であった。家族や表向きの顔は良かったのだが、裏では賄賂を受け取り、女遊びに手を出すような欲に塗れた権力者であった。
「……親父さんを恨んでいるのか?」
「ふん、恨むなって方が無理な話だろう?兄貴の母である前妻が死ぬ前から俺の母と関係をもっていたような下種野郎だぞ。挙句、後継問題も優柔不断で決めることができず、自分の負債を俺達に押し付けて無責任に死にやがって……!」
ライルは憤懣やるかたないと言った感じで、手を握る。
他ならぬライル自身が実父の不義の明確な証拠なのだから、色々と救えない。おかげで真実を知った当初は、荒れたものだ。なにせ、尊敬する義父は実父で、後妻に納まった母は不倫相手だったというのだから、そりゃ荒れたくもなるものである。
「だが、おかげでウィルとはうまくやれたんだろう。なら…「あれは俺達が努力したからで、断じて糞親父のおかげじゃない!」…そうだったな、すまねえ」
クラウスは前本部長に恩がある。元々孤児で実よりも後ろ盾もなかったクラウスを可愛がり、後見してくれたのは前本部長なのである。いくら実の息子とはいえ、恩人を悪しき様に言われるとはやめて欲しかったのだが、ライル達当人からすれば言われて当然のことをしているのだ。昔なじみとはいえ、赤の他人のクラウスに口をはさむ権利はない。
「クラウス、あんたが親父に恩があることは知っているし、あんた個人には恩がある。だから、今回は見逃そう。だが、これ以上それに縋って、俺達と親父の問題に口を出そうと言うのなら、容赦はしない」
「すまん、悪かった。もう二度といわねえよ」
ライルの断固たる態度に、クラウスは諦観を抱き素直に頭を下げた。彼は弟分達が亡き恩人を悪しき様に罵るのをやめて欲しかったのだが、それはかなわないであろうことを悟ったのだ。
「わかってくれればいい。俺個人としてはあんたのことは気に入ってるし、心から信頼できる数少ない戦力であるあんたとこんなくだらないことで仲違いしたくないからな」
「ああ、俺もそう願うよ」
クラウスは無念を心中に押し止め、表情を変えないままそう応じて立ち上がる。これ以上、ここにいるのはまずいと判断したからだ。
「もう行くのか?もう少しゆっくりしていってくれてもいいんだぞ」
「俺をサボりの口実に使うんじゃねえよ、傭兵ギルド本部長様」
「ちっ、ばれたか。もう少し休めると思ったんだがな」
クラウスのそれはこの場を退出する為の軽口だったが、ライルの方は図星だったらしい。なかなかいい根性をしている。
「この野郎は……ハア、これが最後の報告書だ」
真面目にこっちが悩んでいるというのに、なんて野郎だ。心中で悪態をつきながら、報告書を手渡す。
「確かに受け取った。報酬は下の財務部で受け取ってくれ。話は通してあるから、ギルド証を見せればすぐだ。直接渡してやりたいところなんだが、財務を通さない金銭のやりとりは全面的に禁止しているんでな。手間をかけてすまないが頼む」
「分かった。それくらいならかまわねえよ」
「緊急依頼、ご苦労だった。あんたにはいつも助けられている」
いっそ嫌いになれるような男ならよかったのだが、これである。ライルもその兄も気持ちのいい男であり、クラウスにとってはいい弟分であった。故に、嫌いにもなれず離れることもできない。恩人への義理と感謝もあいまって、クラウスの苦悩は深まるばかりであった。
「ふん、水臭いこといってんじゃねえよ。じゃあな」
「ああ、また。機会があれば一緒に酒でも飲もう。とびきりのやつを用意しておく」
「ふん、破産してもしらねえぞ」
「できるものなら、させて欲しいものだ」
そんないつもの軽口をたたき合い、二人は別れる。互いに胸に秘めたものをさらけ出せないままに。




