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ファンタジー世界の暗殺者  作者: 刹那
傭兵ギルド
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先人の功績と失敗  前編

 歩き通しの精神的な疲れと笑われる恥辱でヘトヘトになっていたところを容赦のない説教でトドメを刺された瞬は、出された夕食に手をつける余裕もなく、ベットに沈んだ。当然ながら、食事代は無駄になり、返ってこない。貴重な路銀を早くも無駄に浪費するという、早速やらかしてしまっている瞬であった。


 一食抜いたせいで腹ペコな瞬は、まだ寝ていたいと訴える体に活を入れ、起きた。窓から外を見れば、日はすでに高く昇っていた。どうやら、想像以上に眠っていたらしい。


 「マスター、起きられたのですか?」


 参ったなあと頭を掻いているところに、ミユキの声がかかる。後ろには食事を載せた盆を持つ赤い髪の少女を連れている。


 「ああ、今起きたところだ。それって昼食だよな?ということは、やっぱり今は昼か。丸二食も無駄にしちまったのか……」


 宿代に食事代は含まれていない。泊まる際、三日分を朝食と夕食ありで払い込んでいるのだ。夕食だけならともかく、朝食まで無駄にしたと思うと流石にへこむものがあった。


 「いえ、朝食分を昼食に差し替えてもらったんです。あらかじめ、宿の主人には伝えてありましたから」


 なんとも、手回しのいいことだと瞬は感心したが、同時に己が昼まで眠りこけることを見抜かれていたと思うと、名状しがたい気分になった。


 「あの、お食事をお持ちしました」


 待つのに痺れをきらしたのか、少女が口を挟んだ。


 「ああ、手間をかけてすまない。ありがとう、そこに置いておいてくれ」


 脇の丸テーブルをさすと、少女はそこに盆ごと置いた。食事からほのかな湯気が立ち上り、作りたてであることが分かった。途端、睡眠欲より食欲が圧倒したのか、瞬の腹の虫がグーとなった。思わず赤面する瞬。


 「クスッ……、失礼しました。食べ終わったら、下の受付で母に盆ごと渡して頂ければ結構ですので。

うち自慢の料理です。お口にあったら、幸いです」


 ではと一礼して、ドアを閉めて去って行く少女。なんともいたたまれない気分になるが、覆水盆に返らず。やってしまったことはなしにならないのである。昨日といい、今日といい、この世界に来てからこんなばっかだと箸を握った。そうして、ご飯を掻き込んだところで、唐突にありえないことに気づいた。


 ―――――なぜ、己は現代日本ではない異世界で、白米をそれも箸で食べているのだ!?


 「いったい、これはどういう!?」


 今までにない動揺から大きな声を出しそうになるが、あわやのところで白銀の妖精が口を塞いだ。


 「落ち着いて下さいマスター。宿の人間が何事かと思いますよ」


 「ああ、すまん。それよりこれはどういうことだ?説明してくれ」


 落ち着き払ったミユキに微妙におもしろくないものを感じながら、食事を指し示す瞬。なぜ今まで起こさなかったのかとか、色々言いたいことはあったが、今は何よりも目の前の食事が問題であった。


 「マスターは不思議になりませんでしたか?絶対王政か封建制による君主制国家が大半の中で一都市であるグランフェリアが自治を認められているのが。その理由がお分かりになりますか?」


 「流民や犯罪者の受け皿だからだろう?国としても受け入れにくし、扱い辛い連中を引き受けてくれるならということじゃないのか?」


 流民ぶっちゃけその殆どが難民である。国で受け容れようにも、定住させるには居住スペースが限られるエティアでは、無制限に受け容れるわけにはいかない。治安の問題もあるし、職にも限りがあるのだから。流民は国にとっても頭の痛い問題なのだ。犯罪者や前科者については説明するまでもないだろう。


 「もちろん、それもありあますが、それ以上にこのグランフェリアが元は何の価値もない原野だったというのが最大の理由です。要するに元々は領有する価値もなかった土地なわけです」


 「はっ、ここがか?」


 昨日見たこの街の賑わいからは、にわかには信じられなかった。瞬の声が半信半疑になったのも、仕方がないだろう。


 「今より遡ること三百年、マスターと同様に招かれた外来人がおりました。その人物はマスターの世界で言う中二病というやつだったらしく、紋章者であったのですが色々やらかしまして……。当時、所属していた国から追放同然にここに領地を与えられて、無理やり独立させられたのです」


 いくら神の使いであっても、国の益にならないものをおいてい置けるほど、エティアの国々に余裕はないのだから当然である。


 「ほう、そんなことがあったのか。まあ、いくら神の使いといってもあまりにも目に余るようならそうなるよな」


 「ええ、この時流石に身一つで放り出されたわけではなかったのですが、なにもない原野ですからね。当初は途方に暮れたようです。ですが、ある日野営するしかない状況に我慢できなくなったようで、ないなら作ればいいじゃないかと開き直って、不恰好ながら家を作り出しました」


 「おお、凄いじゃないか!」


 なにもない原野を押し付けられてやけになることなく、住居を作り出したのだ。魔物という明確な脅威があるこの世界でである。不恰好であろうと、それは賞賛に値しよう。瞬はどん底だった先人の評価を上方修正した。


 「ええ、ですが本当に凄いのはここからです。紋章者ですから、元々力が有り余っていた彼は、ここら一帯の魔物を根こそぎ狩り尽し、近隣の街で売り飛ばして財貨を得ました。その財貨を持って、食い詰めた職人や跡継ぎになれぬ者達を招き、村を形成しました。

 そして、一定の安定を得た彼はここぞとばかりに己の欲望を全開にします。どうも食生活に非常に不満があったらしく、「味噌汁が飲みたい!醤油をよこせ!」と喚いたらしいです。ちなみに米は炊くという調理法こそされていませんでしたが、普通に存在していたようです」


 「うげっ……」


 味噌と醤油、間違いなく日本人である。同郷の人間が国から追放されるようなことをやらかしたと聞いて、瞬は苦い表情にならざるを得なかった。再び先人の評価はどん底に。同郷人であることが分かってさらなるマイナスつきである。


 「集められた村人達にとって、彼は恩人であり村を護ってくれる英雄でしたから、その希望はできる限り叶えたいと考えたのでしょう。村人達は彼から聞き出した原料である大豆を育て始めました。原料は知ってても連作障害とか知らなくて、最初は苦労したそうですよ。それでも村人達は諦めず、二十年近くかけて、醤油らしきものと味噌らしきものを完成させました。その頃には村は街になり、柵は石垣になっていましたが。今の完成系に至るまでは、それからさらに百年以上かかったそうですよ。近隣諸国にも広まり、今や醤油と味噌はグランフェリアの特産品です」


 そういって指差す先には、紛う事なき味噌汁と醤油をベースに使った煮付けがあった。試しに口にしてみれば、馴染み深い味が口の中に広がる。微妙な差異はあるが間違いなく醤油と味噌であると認めることができた。先人達の途方もない苦労の上に出来上がったと聞くと、馴染み深いものでもなんだか凄いものに思えてくるから、不思議なものである。


 それはさておき、一口だけのつもりが箸が止まらない。もう二度と食べられないのではと覚悟していたものだけに、二食抜いた空腹も手伝って、止まることができなかったのだ。ながら食いは褒められた行為ではないが、話はまだまだ続きそうなので、冷める前に食べるだけだと言い訳になっていない言い訳をして食べ続ける。


 「でも、それは奴が凄いんじゃなくて、村人が凄いんじゃないか?」


 「いえ、それは違います。一応食用にできる醤油もどきも味噌もどきも完成しない間、誰が村の財政を支えたと思いますか?追放された外来人です。彼は自らを『冒険者』と名乗り、『ギルド』なる組織を作り上げ傭兵達を纏め上げて、魔物を狩って財貨を稼いだのです」


 「『冒険者』に『ギルド』って、結局追放されても中二病は治らなかったのよ……」


 そこまでいくと、最早処置なしである。瞬の口から乾いた笑いが漏れる。


 「マスターが何を言われているのか、いまいち理解できませんが。その組織が今日の『傭兵ギルド』の原型となりました。追放されるまではともかく、それ以降の功績は中々大したものだと思いますよ」


 結局、死ぬまで直らなかったんだろうなあと瞬はは思いながら、ここまでやり遂げれば、なるほど大したものだと納得する。だが、一方で微妙にひっかかることもあったので、聞いてみることにした。


 「なるほど、大したものだ。……うん?……傭兵ギルド?冒険者ギルドじゃないのか?」


 「エティアの民には『冒険』という概念が理解できなかったのです。マスターの国の言葉で、確か危険を冒すと書くのですよね?一歩、城壁の外に出れば、常に命の危険があるこの世界において、それは余りにも身近で理解し難いものだったのです」


 「ああ、なるほど。そうか、そもそも冒険という概念がないのか!」


 予想外のミユキの言葉だったが、咀嚼し直せば納得できる話である。そもそも、冒険とは日常とかけ離れた状況の中で、なんらかの目的のために危険に満ちた体験の中に身を置くことを言う。言うなれば、それは必要もないのに命を危険に晒す行為に他ならない。平和ボケした現代日本人が憧れる一種の贅沢行為なのだ。魔物という明確な外敵が日常に危険溢れるこのエティアにおいて、それは特別視するものでもなんでもなく、日常に存在するものなのだ。故に『冒険』という言葉自体生まれないし、理解できないというわけだ。


 なにせ、村や町を行き来する行商人にとっては日常茶飯事だし、基本村内、町内で完結する村人であっても、他の村や町にいる親類縁者を尋ねることもあるのだ。騎士や領主階級など尚更である。要するに、なんら特別なものではないということだ。


 「ええ、そう思っていただいて問題ないかと。基本、何でも屋みたいなことをしていたそうですが、主な収入源は魔物の討伐でしたので、最終的に傭兵という名称に落ちつきました。

 そして、それまでは傭兵団が主流で当たり外れが激しかった為、傭兵を育成から派遣まで一元的に管理し、ランク付けによって傭兵の質を保証してくれるどこの国にも属さない完全中立の傭兵ギルドという組織は、近隣の各国には魅力的に映りました。各国はこぞって、兵の育成と傭兵の派遣を求め、その代価として支援を行いました。それが今ある傭兵ギルドとなったわけです」


 間違いなく偉業といえようが、当の本人は、名称的にさぞ無念だったに違いないと、瞬は内心で苦笑した。余談だが、傭兵ギルドの名がきっかけになって、いわゆる業界団体はギルドと名乗るが通例となっていたりする。またこの男の追放前の行いが原因で、外来者にはミユキのような案内役をつけるようになった。これは偏に外来者の為ではなく、エティアの民に迷惑をかけることを防ぐ為である。地味に多大な影響を与えていた。


 「もしかして、今日これから行く予定なのは、その傭兵ギルドか?」


 「ええ、その通りです。グランフェリアに限らず、都市での市民権を手に入れるのは傭兵になるのが一番の近道ですからね。但し、都市防衛の際に従軍義務が発生しますけど。それにマスターに課せられている義務を考えれば、やはり傭兵が一番だと思います」


 基本的にエテイアで何をしようが外来者の自由であるが、72柱から力を与えられている関係上、その代価として、すべからくある義務を課せられているのだ。


 「義務か、確か一定数の魔物狩だったか?」


 「はい、これはマスターだけでなく、外来者全てに課せられている義務です」


 「魔物って72柱が作ったわけじゃないんだよな?」


 「はい、いつの間にか存在していたそうです。それも種類も数も年を経るごとに増えているそうです」


 この世界の創造神ある72柱が作った覚えのない生物。それが魔物である。彼らは例外なくエティアの生物に牙を剥き、生態系を乱す。エティアに生きる全ての者の共通の敵であった。


 「一年につき十体がノルマだったか。それで抑止になるのか?」


 「十体は、これ以上魔物を増やさない為の最低数です。殆どの方はそれ以上を狩りますし、紋章者である外来者だけでなく、この世界にいる加護持ちには同様の義務が課せられていますから、大丈夫なそうですよ」


 「なるほどな……ごちそうさまでした」


 話しているうちに食べ終わった瞬はいつもどおり手を合わせる。まあ、話の主人公は中々にあれな人物であったようだが、この世界に醤油と味噌をもたらした彼の偉業には心から感謝するとしよう。


 「それも彼が広めたものの一つですね。忘れていましたが箸も同様です。もっとも、箸の方は普通に使われるのは、ここくらいのものでしょうけど」


 そんな豆知識を言って、上機嫌で話を締めくくるミユキ。長い説明ができたことが嬉しいらしい。どうやら瞬に説明したり、解説したりするのが好きらしい。


 「さて、想像以上に話し込んでしまったな」


 「そうですね。でも、必要なことだと思いましたから。それとも不要でしたか?」


 どこか不安げに聞いて来るミユキに、瞬は滅相もないと首をブンブンと振った。


 「いやいや、勉強になったよ。今更な疑問なんだが、それだけの知識どこで学んだんだ?」


 グランフェリアの成立の歴史や金銭の価値など、ミユキはやけに詳しい。助かってはいるが、どこから得たものなのか、少し疑問に思ったのだ。


 「基本的な情報は作られた際に与えられております。が、私が些か以上に詳しいのは、マスターのせいですよ」


 「俺、何かしたっけ?」


 ジト目でこちらを睨んで来るミユキに、己が何かしたかと首をかしげる瞬。本気で思い当たることがなかったからだ。


 「お忘れですかマスター。マスターは学ぶことが多すぎて、こちらの常識や歴史等については全て後回しにされたではないですか!結局、それらを学ぶことで三年を費やし、常識や歴史にまで手は出なかったわけですけど、私はマスターが学んでいる間、逆にそれをみっちり仕込まれたんですよ!」


 「あー、なるほど。そういうことか」


 納得いったとポンと手を叩く瞬。しかし、それは白銀の妖精の怒りを誘うだけだった。


 「なるほどじゃありません!いいですか!そもそもですね―――――」


 昨日にも劣らない勢いで説教が開始される。漆黒と白銀の主従が今日の予定である傭兵ギルドへ向かうのには、まだまだ時間がかかりそうである。

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