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ファンタジー世界の暗殺者  作者: 刹那
傭兵ギルド
12/12

後始末

申し訳ありません。眠気でうっかり書きかけの雑記の方を投稿してしまいました。

恐らく字数が一番多くなるので、それで誤解したものと思われます。伏してお詫び申し上げます。こちらが本当の12話となります。

 当然のことながら、昇格試験で襲撃を受けるという事件は、瞬達が想像していた以上に大事件となってしまっていた。襲撃自体では犠牲者はでていないものの、農園に戻った後の待ち構えていたような魔獣の襲撃では多数の犠牲者が出てしまった。魔獣の襲撃が偶然であったとしても、グランフェリアに戻るまでは昇格試験は終わらないのだ。

 大体、遺族からすれば襲撃で死のうと、魔獣に襲われて死のうが、大切な家族を失うことには変わりは無いのだ。結果的に、上位傭兵の監督がありながら昇格試験の最中に犠牲者を出したという前代未聞の不祥事となってしまったのだ。


 しかも、最悪なことに襲撃の下手人は一人として捕まっていない。おかげで処刑して遺族感情を慰めることもできない。さらに犠牲者を多数出した魔獣も行方が分からないままである。まさにふんだり蹴ったりであった。

 唯一、魔獣の襲撃を仕組んだと思わしき魔術師の死亡が確認されたが、瞬の魔獣を操っていたようだという報告は、あまりに荒唐無稽すぎて誰も信用しなかった。魔術師は魔獣の襲撃に便乗して、横から妖精を掻っ攫うのが目的だったとされた。


 問題なのは、生者が一人としていないということだ。『犠牲の羊』にできる者がいない上に、肝心の魔獣も討伐できていないとなると、傭兵ギルドの威信が傷つくことは避けられないからだ。


 だが、それ以上にライル達傭兵ギルド幹部にとって頭を悩ませたのが、監督した試験官であった傭兵達への非難の声だ。「グランフェリアではなく農園に戻ることを選択した判断は間違っていたのではないか?」「銀ランクの傭兵がいながら何たる不手際」などと、結果論ありきの文句や素人考え丸出しの見当外れの批判が殆ど だが、『豪腕』のアッシュが早々と指揮を放棄し殿に残ったことや、本来瞬の護衛に専念すべきクラウスが持ち場を離れて、援軍に向かったことは、傭兵ギルド内でも問題視されたものであり、傭兵達にも全く責任がないとは言えなかったからだ。


 しかし、捨てる者がいれば、拾う神がいるものである。試験官であった傭兵達を積極的に弁護・擁護する者達がいた。驚いたことに、それは実際に危険に晒されながらも、生き残った受験者達であった。彼らは自分達を守るために奮戦した試験官たちの献身を忘れていなかったのだ。

 瞬もこの内の一人である。あの状況下ではクラウスの判断は当然のものだと弁護した。結果的に己は危険に晒されたが、それは結果論でしかないと。


 こうなると、無責任に非難していた者は口を噤むしかない。所詮、安全な場所にいて好き勝手に言うだけの輩なのだから当然である。なにせ、実際に危険に晒された当事者達が弁護しているのだ。どうして彼の主張に否を唱えられよう。その場にいた彼らの言葉以上に説得力のあるものはないのだから。

 結果、傭兵ギルドはその権威をどうにか保ち、傭兵達への非難も最小限に収めることができたのは、僥倖以外のなにものでもなかった。


 その反面、この事件がグランフェリアの秩序に一石を投じたのは間違いなかった。市民達は傭兵ギルドといえど絶対ではないという思いをもったし、闇で蠢動する者達は崩せる余地はあると昏い希望を見出した。グランフェリアと傭兵ギルドが支払ったものは、けして安いものではなかったのである。



 傭兵ギルド本部の本部長の執務室はグランフェリアにおいて最も贅を尽くしたといっても過言ではない。だが、今やそこは書類の海に埋め尽くされて、見る影もない。豪奢な調度品達も一時的に避難させられており、限界まで書類が運びこまれているのだ。

 ここ数日、この部屋の主たるライルは執務室に籠もりきりであった。正確にはそうせざるをえなかた。今回の襲撃を端に発した昇格試験の際の大事件は、ウィルとライルの兄弟がそれぞれ都市長・ギルド本部長に就任して以来の半年間でたまった不満や鬱憤を噴出させる契機となってしまったのだ。先代である亡き父の遺した負の遺産は膨大なもので、それ一切合切排除する為に少々強引な手をとり、そのあおりを受けて無関係の者達を巻き込んでしまったこともあるので、全く身に覚えの無いことではないのが辛いところだった。


 それでも、今負けるわけにはいかない。ここで屈してしまったら、この半年間の苦労が水の泡である。先代のような腐敗蔓延る状態に戻すことなど、断じて容認できなかった。正直、全てを放り出してしまいたい気分だったが、ここで逃げたらこの世の誰よりも嫌悪する先代である亡き父親と一緒ではないかと、ライルは必死に踏み止まってきた。

 もっとも、一人であったなら周囲の圧力に屈していたかもしれない。ライルが最後まで意地をはれたのは同じ悩みを共有する兄ウィルの存在があってこそのものであることも、よく理解していた。


 そうして、兄弟でどうにか事を納める算段をつけ、今は書類の山に埋もれているというわけだ。人好きの刷る外見を持つ兄ウィルには対外交渉を丸投げしてしまったが、代わりにこちらもウィルの業務の一部を代行している。本来、お互いの職分を侵す行為で越権行為どころの話ではなかったが、そうでもしなければ切り抜けるのも困難であったのは周知の事実である。故に兄弟は今回に限り清濁併せ呑むことにしたのだ。


 「はあ、結局今回の昇格試験は過半数が昇格を辞退か……正直、頭が痛いな」


 ライルは一枚の報告書を見て、深々と溜息をついた。そこには今回の昇格試験の合格者及び『昇格辞退者』が列挙されていた。『昇格辞退者』が出るなど、傭兵ギルド創設以来前代未聞のことである。ライルが溜息をつきたくなるのも無理は無かった。


 そもそも、『昇格辞退者』というのは出る筈が無いのだ。昇格したくないなら、昇格試験自体を受けなければいいのだ。ギルドが別段昇格を強制しているわけでもない。昇格しないことでデメリットを被るのは傭兵自身なのだから。実際、昇格できるにも関わらず、まだ早いと自主判断で昇格試験を見送る者もすくなからず存在するのだ。

 つまり、制度の設計上、『昇格辞退者』など生じること事態がありえないのだ。


 しかし、今回ばかりはそれも仕方が無いことである。今回の受験者達は魔獣の脅威をその目で見、己が身で体感したのだから。中には甘く見ていた者も少なからずいただろうが、今となってはそのような輩は一人もいないだろう。彼らは、都市の外に出るというこの意味を骨の髄まで理解したのだ。いや、強制的に嫌というほど理解させられたというべきだろう。

 結果、百人近い受験者の内、犠牲者十名を除いた六割ほどの合格者達が、昇格を辞退にするに至ったというわけである。


 「仕方のないことだと言うのは分かる。わかるがそれでも昇格をのんで欲しかった。変な前例を作らずに済むし、昇格してくれればこちらとしても様々な便宜を図れたのだが」


 本来ありえない前例を作るというのは、正直避けたいのがライルの偽らざる本音であった。この『昇格辞退者』はギルドの記録に残り、いずれ目敏くそれを見つけ出した他都市や他国家から突っ込まれることは間違いないからだ。そして、その度に今回の事件をほじくり返されるのは勘弁して欲しかったのだ。


 「仕方ない。書類上は受験前に辞退したということで処理する。受験資格は保持されるし、待遇も変わることはない。問題はないはずだ」


 無論、詭弁であることは百も承知である。待遇こそ変わらないが事実とは異なるし、今回昇格を辞退した者達は再度の受験を望みはしないだろう。それをするぐらいなら、昇格を受けていたであろうから。

 つまり『昇格辞退者』には何の得もなく、傭兵ギルドが負うリスクを最小限に留めるための措置でしかないのだ。


 褒められた行為でないことは百も承知である。ライルとて不本意極まりない。


 だが、それでもやらねばならない。ライル達兄弟が背負っているのは、一個人の感情や誇りでどうこうできる軽いものではないのだ。彼ら兄弟が背負っているのグランフェリアという都市であり、傭兵ギルドというこの世界の統治システムに組み込まれた重要な自治組織なのだから。


 「ギルド側の処理については、『昇格辞退者』達に説明して多少強引でも納得してもらうほかない。後は見舞金という名目で、口止め料込みで色つけて金を渡すか」


 元より、見舞金は出すつもりだったのっだ。それに上乗せして支払えば、辞退者達も否とはいうまい。なにせ自ら安全な都市から出ることを選択して、傭兵になろうという連中である。大抵の者は金銭的な余裕がないことがほとんどなのだから。


 「さて、問題はこいつだな」


 見ていた報告書から目を離し、次の書類を手に取る。それは妖精つきである黒髪の新人傭兵シュンについて書かれた報告書であった。


 「何が祝福の存在だ。とんだ疫病神じゃないか!」


 ライルはそう吐き捨てずにはいられなかった。それが八つ当たりであることは百も承知だし、都市内の不穏分子の排除に利用さえもしているのだ。文句をつけるのはお門違いなのは理解している。それでも言葉に出さざずにはいられなかったのだ。


 確たる証拠はないが、熟練の傭兵でも判断に迷うような襲撃場所。明らかに意図的に襲撃されなかったクラウス達。そして、トドメの結界内部への魔獣の侵入。それも都合の良すぎるタイミングでだ。後は魔獣が執拗にシュンを追いかけまわしたことなども勘案すれば、情況証拠でしか無いが、今回の事件の原因は間違いなくシュンなのは明らかなのだから。


 当初は、そこをついてあの事件は妖精を狙ったものだという噂を流すことで、シュンに遺族の敵意を向けさせることも考えたのだが、ある事情から断念せざるをえなかった。別に仏心を出したわけではない。明確な証拠がないこともあったが、それ以上にシュンが積極的にライル達の兄貴分であるクラウスを擁護したからだ。


 元々、念の為にと昇格試験にクラウスを捩じ込んだのは、他ならぬライル自身である。万が一の備えだったのだが、まんまと裏をかかれたのは痛恨の極みである。結果的にクラウスは何の役にも立たなかったとも言えるが、それは結果論にすぎない。実際の現場でクラウスが置かれた状況を考えれば、彼の判断は結果的には間違いでも、その時々に限れば正しく十分に頷けるものなのだから。


 噂を流しシュンを的にしてしまえば、クラウスは確実にシュンを庇うだろう。クラウスはあれで義理堅い男だ。擁護してくれた者を見捨てるような真似は絶対にしないと断言できる。そうなれば、クラウスも非難の対象にされかねない。いや、それだけならまだしも、クラウスの傭兵としての能力に疑義などついた日には、悔やんでも悔やみきれないと考え断念したのであった。


 「しかし、魔獣を操るか……公式には一笑に付すほかない情報だったのだがな。まさか、こんなものが出てこようとはな」


 特殊な鍵をかけられた引き出しから、一冊の調査書を引っ張りだす。それには、下手人の中で唯一死亡した主犯格と見られる魔術師の経歴を調査したものだ。通常、傭兵ギルドは来るものは拒まずであり、過去やその経歴を詮索したりしないのが不文律となっている。 

 が、今回は流石に事が大きすぎた。その不文律を破ってでも、詳細を知る必要があったのだ。


 しかも、実際に調べてみれば想像以上の厄ネタであった。他国家の紐付き鼠でもなく、脅威となるような後ろ盾もいないことが判明したのは幸いだったが、禁忌の研究をしたとして追放処分にされているなど思いもしなかったからだ。それも記録に残せない程ヤバイものであったのか、研究内容自体については全く記述がない有り様である。


 「王家の血をひく公爵家の嫡男が問答無用で廃嫡され、追放処分にされるような研究内容。こいつはつまり、与太話でもないってことか」


 シュンのもたらした情報にこの調査結果を加えて、改めて状況を鑑みればそれが真実であった可能性が高い。そう考えれば、巡回警邏を行わせている連中の目を盗んで、結界内に魔獣を侵入させたことなどの説明もつく。


 「特殊な魔法か魔具か、種は分からんが魔獣の行動をある程度制御できるのは魅力的だ。是非ともその方法を教えて貰いたいところだが、死人に口なしか。

 まあ、あの大国が扱いきれないと判断した代物だ。仮に手に入れたとしても手に余った可能性が高い。そう考えれば、これで良かったのかもしれないな」


 魔獣はこの世界において厳然と存在する脅威である。その動きを僅かでも操れるなら、それは如何に有用でどれ程の利益をもたらすか、想像がつかない程である。エティアに住むものならば、誰でも欲しがるような代物だ。


 だが、それだけの価値があるにかかわらず、研究自体を抹消された挙句追放されたのだ。それも市井の民などではない。王位継承権すらもっていた公爵家の嫡男がである。つまり、それには何らかの問題があるのだ。それもあの大国が許容することが出来無い程の大きな問題が。それを考えれば、やはり死んでいてくれて助かったと思うべきであろう。


 それに死因は魔獣によるものである。つまり、操ることはできても、それは完全なものではなく、どこか欠陥があるということだ。下手をすれば自滅するようなもの、危なくて使えるはずがない。無駄な欲をかいて、身を滅ぼしては元も子もないとライルは早々と切り替える


 「誘導したとはいえ、直接手を下してはいないのは助かった。これで無駄な恨みを買わないで済む」


 魔術師が廃嫡され追放処分を受けたと言っても、元公爵家嫡男で王位継承権持ちであったという事実は消えない。将来を嘱望されたエリートだったのだ。少なからず、彼を慕う者は存在するだろう。如何に非が魔術師側にあるとはいえ、傭兵に殺されたのなれば、傭兵ギルドを逆恨みする者が出てきても、なんらおかしくないのだから。


 「報告の必要はあるだろうが、死因が魔獣によるものとだけ説明すればいいだろう。詳細を教えてやる義務はないのだから」


 本来、傭兵ギルドに所属してもいない者の死亡や死因を報告・説明する義務はない。これはライルなりの大国への配慮というものである。故に、実際はシュンに殺されたようなものなどということをわざわざ説明してやる義理はないのだ。


 「何より最悪なのは、こいつもあの糞親父の陰で甘い汁をすすっていた蛆虫野郎だということだ。違法薬物の流通にご禁制品の入手、極めつけは魔獣素材の横流しときた。一つですら追放処分確定ものの違法行為を余すことなく網羅してやがるとはな……。

 この手の輩は粗方掃除したつもりだったが、こいつの場合内容が内容だからな。糞親父も手違いによる紛失や盗難として処理して、取引を資料に残さないとは大した徹底ぶりだ。こういう悪どいことは無意味に悪知恵が働くあたり、本当に救えんな。

 結局、シュンとか言う新人傭兵もこちらの不手際の被害者にすぎない」


 ライルは素の場合、口も態度も悪いが、道理をわきまえない人間ではない。自身の父親の不始末を赤の他人に押し付けるような男ではなかった。それこそ、彼がもっとも忌み嫌う亡き父そのものの所業なのだから。


 「このシュンという小僧には青銅昇格に必要な期間を免除してやるか。奴がクラウスの言う通りの人間なら、一月もたたず青銅に昇格できるはずだ。ああ、それとは別にこいつと妖精の組み合わせを都市内で周知させることにしよう。それで返礼には十分なはずだ」


 故に、たとえ今回の事件の直接の原因であるシュンに対しても、相応の優遇措置を取ることに決めた。傭兵ギルドの傭兵ランク制において、昇格には達成した依頼の数及び報酬の合計金額、及び相応の在位期間が求められる。鉄から青銅ならば二月、青銅から赤胴ならば三月、赤銅から銀ならば最低一年となる。それを最も短い青銅とはいえ、免除するのは十分過ぎる優遇措置と言えよう。

 ちなみにエティアにおいて、一日の長さこそ現世と同じ24時間であるが、一週間は創造神の中でも権威の高い八柱から8日、一月は創造神の数そのままで72日、一年は5ヶ月、すなわち360日とされる。


 「通達は頼ってばかりで悪いが、クラウスに頼むか。本来、俺が直接通達して度量を見せるべきなんだろうが、今は冷静でいられる自信がないからな」


 頭では納得しても、個人の感情として話は別だ。ライルも人間である。流石に今の苦境の引き金を引いた相手に直接対面して、冷静でいられる自信はなかった。


 「さて、次の案件は……」


 決めるべきことは決めた。これ以上、この問題にかかずりあっている暇はない。ライルは早々に己の感情に折り合いをつけて、次の書類へと取り掛かる。

 未だ書類の山は部屋の半分以上を席巻している。ライルの執務室籠もりは、まだまだ当分続きそうであった。


 実のところ、冷静でいられないという以上に、直接対面する暇も惜しいというのも、偽らざるライルの本音であったのだった。




 「青銅ランクへの昇格に必要な在位期間の免除ですか?」


 思いがけないクラウスの言葉に、瞬は驚きに目を見開いた。


 「まあ、ギルド側からの詫び代わりの優遇措置だと思ってくれ」


 ここはグランフェリアの中心街にある酒場『春の木漏れ日亭』の奥に設けられた個室の一室。そこで、瞬はクラウスに話があると誘われて、飲食を共にしていた。なぜだか、アッシュも一緒だが、そこら辺の事情は瞬には分からない。

 そこで聞かされた今回の事件の顛末と後処理。それが、瞬への対応に話が移り、最初に出たのが、予想だにしなかった優遇措置であった。


 「でも、俺だけそんな……いいんですか?」


 聞けば在位期間の免除の優遇措置を受けるのは己だけだと言う。確たる証拠はなく、状況証拠だけでしかないが、ギルド側も瞬が今回の元凶が瞬であることは把握しているはずである。というか、誰よりも瞬がそれを確信している。

 そうである以上、優遇措置どころか、グランフェリアから出て行けと言われるもの覚悟していたのだが。それがどうしてギルド側の詫び、優遇措置なんて話につがるのか瞬には理解できなかった。


 「免除って言っても、別に他の昇格条件まで緩和されるわけじゃねえ。だから、実質的には短縮されるだけだ。短縮自体は、お前みたいに相応の腕と度胸のある奴なら珍しいことじゃねえ。素直に受け取っておけ」


 瞬の困惑を見て取ったのか、それまで黙っていたアッシュが口を挟む。本当になんでもないことのようないいぶりであり、実際そんなに大したことの無い措置のようであった。


 「(そうなのか?)」


 念の為、小声で白銀の妖精に確認する。


 「(はい、一定の功績をあげた傭兵に対する傭兵ギルドが出す褒章としては珍しいものでではありません。それにあちらの傭兵が言うように、必要達成依頼件数や必要報酬合計まで免除されるわけではありませんので、字面程優遇されているわけではありません)」


 当然のように、ミユキは答える。なんというか、この妖精、知らないことの方が少ないようにすら思える万能ぶりであった。一家に一台とか、キャッチコピーができそうなレベルの優秀さである。


 「アッシュの言う通りだ。俺は優遇措置を受けたことはないが、アッシュ自身同じような優遇措置を受けている。大体、お前さんの腕なら遅かれ早かれ、受けることになっただろうからな。

 それにこれはギルド側の都合でもある。高ランクの傭兵は貴重だからな。優秀な奴は早く昇格して欲しいのさ。だから、遠慮はいらん」


 それを補足するようにクラウスがたたみ込むように言う。流石にここまで言われては、瞬としても辞退するわけにはいかない。大人しく甘受することにした。


 「分かりました。でも、どうして俺だけ?」


 「そいつは……「口止め料だ」……アッシュ」


 言い淀むクラウスに、アッシュが憮然とした声で口を挟む。


 「ふん、本当のことだろうが」


 「だがな、もう少し言い様ってものがあるだろう」


 クラウスが咎めるように言うが、アッシュはどこ吹く風であった。


 「口止め料ですか?一体何の?」


 しかし、肝心の瞬にはなんのことやらさっぱりわけが分からない。口止め料と言われても、何か黙っておくべきことがあったかと困惑する。


 「なにがなにやらさっぱりって面だな。おい、お前今回の事件の魔獣の襲撃。あれをギルド側がどう処理したかは聞いたな?」


 「はい、賊の襲撃とは無関係。運悪く偶然に魔獣の襲撃が重なっただけだと」


 「それだ」


 「はい?」


 「本当はそうじゃねえだろうがよ!誰よりもてめえがそれを理解しているはずだ」


 「そ、それは……」


 今回の顛末を説明した時、魔獣を操る魔具若しくは魔法の存在に言及したのだが、それを聞いたギルド職員に一笑に付されたのは記憶に新しい。異世界人である瞬には理解できなかったが、そんなものあるはずがないというのがエティアにおける一般的、常識的な判断であったのだ。


 「正直、魔獣を操るなんて俺様だって眉唾ものだったぜ。だがな、そんなものがあるとすれば、今回の最悪な時期での魔獣の襲撃も説明できちまう。それにな……」


 「待て、その先は俺が言う」


 「ふん、言いづらそうにしてやがったから、代弁してやったっていうのに偉そうな物言いだな」


 アッシュにそれ以上言わせまいと、クラウスは口を挟んだ。顔には苦いものがはっきりと浮かんでおり、これから言うことが彼の本意ではないことをうかがわせた。


 「これから話すことは、本当に他言無用で頼む。もし万が一漏れたら、洒落にならんのでな」


 「分かりました」


 酒場のテーブルで気楽に話すのではなく、わざわざ個室まで借りたのは、このためだったろうと瞬は当たりをつける。つまり、本題はこれからだと言うことだ。

瞬は真剣な表情で頷いて、先を促した。


 「お前さんが自滅させた魔術師なんだが、どうもグランフェリアに来る前は相当の家柄の出だったらしい」


 「それって元は貴族ってことですよね。え、まさかそれ関連で処罰があるとか?」


 予想外の言葉に瞬は動転する。今の彼は『紋章者』であることを隠した一般人。いや、一応傭兵という特権を認められた職業にはついているものの、その立場の強さは貴族などとは比べくもないのだから、無理もない。


 「落ち着けよ。そんな野郎が何もなくてグランフェリアくんだりまで来るわけねえだろ。何もなきゃ自国に引き篭もっているに決まってる。ここに来たってことは、つまり、奴は国元でやらかしたのさ。そうだろう、クラウス?」


 「ああ、安心してくれ。今の奴は貴族でも何でもない。それどころか、貴族籍はおろか名前すら奪われた大罪人だ。大体、ギルドとしては運悪く魔獣に襲われて死んだことになっているからな。だから、それで処罰されることはないさ」


 「そうでしたか。ですが、名前まで奪われるなんて一体何をしたんでしょうか?」


 瞬は二人の言葉に胸を撫で下ろした。最悪『紋章者』であることを明かすことも考えていただけに、心底ほっとしたのだ。

 だが、一方で疑問も湧いてくる。貴族籍どころか名前まで奪われるとは一体どれ程のことをすればいいのか、異世界人である瞬には見当もつかなかった。


 「それがギルドの調査でも詳細は不明らしい。研究者であったことは判明しているのだがな。肝心の研究内容については一切謎のままだ。なんでも記録が一切残されていないらしい。ただ一つ言えることは、これでも刑は軽くなった方らしい」


 「はい!?」


 身分も財産も名前すら奪われての追放処分。軽くなってそれだというのだから、どれ程の罪であったのか……瞬はそら恐ろしくなった。


 「おいおい、軽くなってあれだったのかよ。こりゃいよいよ、信憑性が高くなってきやがったな」


 アッシュもそこまで詳しくは知らなかったようで驚愕を露わにしていた。だが、その一方で、何か納得したように独り頷いている。


 「ああ、本来なら問答無用で処刑されてもおかしくなかったらしい。

 で、だ。ギルド上層部は、この研究内容っていうのが、魔獣についてじゃないかと睨んでいるわけだ。その研究の成果か、副産物なのかは知らんが、それが魔獣を操る術だったのではとな」


 「なるほどな、絶対の禁忌とされる魔獣についての研究、それも操ろうなんてしたら、そりゃ問答無用で処刑されてもおかしくなくねえな」


 得心いった様子のアッシュとは対照的に、瞬は独り無言であった。


 「……」


 顔にこそ出していないが、思った以上のにこの世界の住人と自身の認識の差異の大きさを瞬は痛感していたのだ。己は魔獣と聞いても、それ程の忌避感や危機感を抱かないというのに、クラウスやアッシュの反応はどうだ。どうも魔物よりも嫌悪しているように感じられる。少し認識を改める必要があるようだ。


 「まあ、これだけだったら良かったんだがな……」


 クラウスは今までよりも顔色が悪いというか昏い。心なしか、声も小さくなったように思えた。


 「うん、まだ何かあるのかよ?」


 アッシュは怪訝な顔で尋ねた。後は人々の混乱を防ぐため、魔獣を操る術があるという情報を漏らしたりしないように瞬に口止めするだけのはずであったからだ。


 「本当の問題はここからだ。なあ、おかしいとは思わないか?

 全てを奪われたはずの男が、どうやって研究の成果を試すことができたのか?」


 「ああ、言われてみればそうですね。普通、追放時に没収されてますよね。そんなに危険なものなら残すはずもないですし、まして持ち出しなどされたらことですから」


 実際には自身の肉体に埋め込むという荒業を使って持ちだしたのが、さしもの瞬もそんなことは知る由もなく、クラウスやアッシュとてそんなことは思いもしない。


 「その通りだ。では、どこでどうやって研究を続けられたのか……」


 そこでクラウスは苦し気な表情で言葉を切った。


 「おい、まさか!」


 アッシュがそこで思い当たったのか、弾かれたように顔を上げた。


 「そのまさかだ。このグランフェリアで奴は先代の支援を受けながら、研究を続けていたんだ!今回の事件で使われたと思われる研究成果も、出処はグランフェリアだったというわけだ」


 先代に多大な恩義があるクラウスは断腸の思いで、それ口にした。


 「おい、それじゃあ――――――――」


 アッシュが立ち上がり、詰め寄ろうとするのをクラウスは黙って手で押しとどめた。


 「言わんとする所は分かる。だが、すまん。今は勘弁してくれ。俺も正直、いっぱいいっぱいなんだ。

 シュン、お前は何も気に病む必要はない。とにかく、今は何も言わず黙って受け取ってくれ。この通りだ」


 そう言って、クラウスは深々と頭を下げた。


 ここまでされては瞬も思うところはあっても、受け取らないわけにはいかない。クラウス個人には恩義こそあれ、何の恨みもないのだ。勿論、疑問は多々ある。だが、今はのみこんで素直に受け取ろう。ここで騒いだところで何の利益もないのだから。


 「分かりましたから、頭を上げて下さい。クラウスさんにはお世話になりましたし、俺も藪蛇は御免です。これ以上は聞く気もありませんし、詮索するつもりもありません。今回の一件について、吹聴するようなことも致しません。

 これでよろしいでしょうか?」


 口止めの件も含めて了解したとはっきりと瞬は宣言する。相棒の白銀の妖精は不満気で、何か言いたい様子だったが、あえて無視する。世の中には、知らなくていいことが存在するのだ。


 「ああ、そうか。助かる。でも、いいのか?」


 まさか、すんなり受け入れられるとは思っていなかったのか、ハトが豆鉄砲を食らったような顔のクラウス。どうも半信半疑と言った様子だ。


 「はい、それではこれで失礼します」


 まだ何か言いたげなクラウスを無視し、これ以上いらんことを聞かされてはかなわないと席を立つ。さっさとこの場を立ち去るべきだと瞬は判断したのだ。


 「おい、お前それでいいのかよ!?」


 そんな瞬の背中にアッシュが苛立たしげに声をかけるが、瞬は振り帰ることすらしなかった。


 「少なくとも今は傭兵ギルドとことを構えるわけにはいきません。どうやら、俺の知り得ぬ事情があるようですからね。この街の闇が思いの外深いと知れただけでも、十分な収穫でした。

 お二方、今日は御馳走さまでした」


 瞬は背を向けたままそれだけ言うと、個室から颯爽と出て行く。その様子を熟練の傭兵であるクラウスとアッシュは呆気にとられて、見送った。


 「ありゃあ、大したタマだわ」


 アッシュが呆然としたまま呟く。


 「だろう?」


 クラウスはそう言って、乾いた笑いを漏らした。

 その後、まんまと飲食代を押し付けられたことに気づいたが、二人は顔を合わせて苦笑するほかなかった。




 「よろしかったのですか?」


 看板娘のサーシャともすっかり顔馴染みになった宿の一室。部屋に着くなり、白銀の妖精が口を開いた。


 「なにが?」


 「此度の遠因は少なからず傭兵ギルドにあるとのこと。追求するべきではなかったのですか?」


 どうやらミユキは、責任の所在を有耶無耶にしたままなのが気に入らなかったらしい。常の冷静沈着が崩れ、不満気な様子が見て取れる。


 「現状で、傭兵ギルドを責めたところで、得られるものは何もないさ。むしろ、グランフェリアに居づらくなるという意味ではマイナスしかないだろう?」


 「それはそうかもしれませんが……。マスターの身を危険に晒しておきながら、何の報いも受けないというのは――――――――」


 ミユキはブツブツと不満気に呟く。

 だが、それは瞬を喜ばせるだけだった。この白銀の妖精は自分が狙われたことより、主が不当な扱いをした傭兵ギルドに怒りを覚えているのだ。その健気さを喜ばない主がいようか?


 「ははは、ミユキは可愛いなあ」


 瞬は満面の笑みを浮かべて、健気な従者の頭を撫でる。意識した行動ではない。無意識に手が動いていたのだ。


 「わ、ぷ、マスター、いきなり何を!?

 ――――――――真面目に聞いて下さい!」


 ミユキは主の突然の行動に不意をつかれ、しばらく撫でられるに任せていたが、それでもどうにか立て直し、諫言しようと口を開いた。


 「うん、嫌だったか?」


 ミユキの声に手を止め、心なしか不安げに問いかける瞬。これに嫌と言える者がいようか?少なくともミユキの中にそんな選択肢は存在しなかった。


 「嫌ではないですけど、その突然で驚いたというか……」


 その答に安心したのか、再び瞬の手が動き始める。


 「……」


 「……」


 黙ったまま、一心不乱に撫で続ける瞬にミユキは毒気を抜かれたのか、最早何も言うことなく脱力して撫でられるに任せた。


 結局、瞬が満足するまで十分余撫で続けられたミユキは、どこかぐったりした様子で床についたのだった。


我ながら、何と言うあほなミスを……。

私の日曜日全てを費やした努力はなんだったのか。しかも、忙しさにかまけて気づけたのは二日になってからとか。本当にやらかしてしまいました。重ねてお詫び申し上げます。

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