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アニフタリ

作者: いるマに

 冬の夕方。その日は前日までのカンカン照りが夢であったかのようなざんざん降りであった。灰色の雨が上から下から人々を染めていく。晴れのち曇りというどちらにも付かない上に外れの天気予報に騙された多くは、手に持ったカバンや自らの腕で雨を防ぐ。道にはコンビニなどの店が多く並んでおり、店内や軒先で雨宿りする人もいる。

 そんな中、少女が一人、傘も差さずにとぼりとぼりと濡れた道を進んでいた。セーラー服の上から茶色の上着を着ていて、濡れて透けるなんということはないが、きっと上着を着ていなくてもそれを気にする風でもなかった。ふららららと自宅に着き、ぼそぼそと何か言った後、上着を床に捨ててリビングの真ん中に設置されたソファにバタンとぶっ倒れた。長く伸びた黒髪をさながらウニのように広げて、ピクリとも動かない。

 雨は降り続いている。ガラスが激しく鳴る。

「……帰っていたのか」

 ウニがモゾリと声のした方を見る。ガラリと開いたリビングの戸の前に立ったのは黒縁の眼鏡をかけた長身の青年。頬を膨らませ、ぽふぅと枕にため息を吹きかけると、

「ただいまって言ったもん」

「風邪ひくぞ、風呂沸かしたから入れ」

「……ん」

 帰ってきた時と同じ足取りで風呂場へ向かうウニ。眼鏡がその後ろ姿を見送り、ふと足元を見ると、ウニの靴下に染みついた雨が足跡を残している。何かあったらしいウニにそれを拭けというのも酷だろうということで、面倒だと思いながら片づける眼鏡。

「ただいまーって何してるの」

「おかえり、アイツまた何かあったみたいだ」

 使った雑巾を絞りながら、今帰ってきた金髪の男を見るでもなく答える眼鏡。金髪はああそうとあまり気にしない風に答えながら冷蔵庫から牛乳を取出し、パックから直接飲む。

「んん、怪我は」

「なさそう」

「じゃあ大丈夫でしょ」

 タンスからタオルを引っ張り出し、濡れた髪をガシガシ拭く金髪。どうやらこの男も雨にやられたらしい。眼鏡は雑巾を部屋の外の洗濯機に入れると、一仕事を終えたという感じでソファにぼふっと座った。ウニが拭きもせずに倒れ込んだ場所なので湿っているはずだが、眼鏡に気にした様子はない。金髪は外向けの服からTシャツとジャージに着替え、どかりとカーペットの敷かれた床に腰をおろした。

「お前もアイツが上がったら風呂に入れ、降られたんだろ」

「なんでお兄ちゃんが知ってるの」

 金髪と眼鏡が振り返るとバスタオルを首にかけた風呂上りのウニが湯気を立てながらこちらを見ていた。無造作に降ろされた前髪の間からのぞく目が真っ赤だ。眼鏡はこんな女が天井裏から下りてくるホラー映画をこないだ観たことを思い出しながら、

「……都苗に言ってないよ」

「……ごめん」

「じゃあ風呂入ってくるね」

 金髪がリビングを出ていくと、部屋はくぐもった雨の音に満たされた。眼鏡が付けた灯油ストーブの前に座り、燃える火を眺めるでもなく眺める都苗。眼鏡は、ストーブで乾かすには時間がかかるだろうと心配げに背中を見つめる。間もなく都苗は立ち上がり、ドライヤーを持ち出した。そして、これ以上注意する必要がなくなったとちょっと安心していた眼鏡の所に行き、すっとドライヤーを眼鏡に手渡した。

「乾かして」

 受け取った眼鏡は理由を聞こうか迷ったが、どうせ正当な理由が返ってこないことは知っている。黙って妹に従った。ブォーンと長い髪を梳かしながら、どうしたものか迷う眼鏡に、それを察したかのように都苗が話し出す。

「フラれたんだ」

「……彼氏にか」

「ううん、男友達。もう友達じゃないかも」

 声だけ聴くといつもの明るい都苗に戻ったかのようだが、眼鏡に見えない顔は能面のような無表情を保っている。枕に押し付けたり前髪で隠れたりしてずっと見えていなかったが、実は帰ってきてからずっとこの顔をしている。よほどひどいフラれ方をしたのだろう。

「その友達って、前の男よりも良い男だったのか」

「……よく考えると、全然」

「じゃあなんで」

「だって……弥生兄に……」

「……俺がなんだって」

似てたから、まではドライヤーにかき消されて聞こえなかったらしい。都苗はぷっと吹き出し、なんでもないと言うと弥生からドライヤーを取り返した。

「もういいのか」

「うん、ありがと、お兄ちゃん」

そして金髪のようにガシガシと髪を拭きながらドライヤーをかける。

「やっぱり、全然いい男じゃなかったかも。弥生兄にも文月兄にも敵ってるとこないや」

 髪を振り乱す都苗の顔に、もう能面は付いていない。元気になったならもういいかと弥生は持ってきていた論文に目を落とす。妹の発言は、兄として気にしない。

「あ、都苗、何があったか知らんけど、お前には二人の兄がだな」

「お兄ちゃん、ありがとう、邪魔」

 風呂で色々考えて声をかけたらしい文月は、風呂に入る前と上がってからの豹変ぶりに驚きつつ、ふうとため息をついて金髪の頭をポリポリ掻いた。都苗は文月を躱すと、自室へ引込んでしまった。

「弥生、お前何か言ったの」

「いや、何も」

 それよりもお前が何か言おうとしたろう、うるせぇ黙れなんて会話を扉越しに聞きながら、都苗はキーボードをたたく。書いているのはブログ。タイトルは―――


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