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第七話 ダンジョンは観光地じゃありません!

王宮の私の執務室に、突如として王様直筆の命令書が舞い込んできた瞬間、私はその日の定時退社を諦めた。


「……観光資源? ダンジョンを?」


隣で書類を読み上げていた私の助手、リリアが、冷静沈着な彼女には珍しく顔をひきつらせている。


「『経済振興および、隣国の姫君へのアピールのため、第一級危険指定ダンジョン“慟哭の迷宮”を観光地化する』……だそうです。国王陛下の直筆印が押されています。正式な勅命です」

「この国には観光庁なんて存在しないんだがな。どうやら私たちは何でも屋だと思われているらしい」


添付された『国王特命プロジェクト・わくわくダンジョン観光計画書』と題された紙束には、無茶苦茶な計画の一覧が、脳天気なフォントでずらりとリストアップされていた。


――お土産物開発案(ゴブリンの頭蓋骨を加工したお子様向けキーホルダー、スライムの粘液を瓶詰にした美容スライムジェル)

――飲食提供計画(コウモリの串焼き、巨大キノコのソテー)

――”映え”スポット設置案(伝説の水晶ドラゴンの巣の前でのキラキラ記念撮影会)

――快適なツアーのためのトイレ設置……


「ダンジョンに水洗トイレをどう設置するつもりだ……?浄化槽にスライムでも放り込むか?」

「……バケツと衝立では、確実にクレーム必至ですね、先輩」


あまりに無茶苦茶な計画に、思わずため息が漏れる。


そして数日後。ダンジョンの入り口前には、無理やり設営された受付テントが張られ、観光ガイドの腕章をつけさせられた勇者パーティーが、死んだ魚のような目をして立たされていた。


「よ、ようこそ…死と隣合わせのダンジョンツアーへ!」

「勇者様!もっと明るく!」


勇者がカンペを棒読みで読み上げ、リリアにたしなめられるが、彼女の表情もアンデッドのごとく沈んでいる。


「皆様の道中のご加護を……って、なんで聖職者たる私が観光客にまで祈りを捧げているんですか!これ、お布施はキャッシュバックしますよね?」

「そんなものありません。黙って働いてください」


僧侶が己のアイデンティティを見失い、頭を抱える。


「危ないから黄色い線の内側に下がれ! いや、しかしお客様は神様だと……だが命が…!」


戦士は、安全確保と顧客満足の板挟みで完全に右往左往している。


「見学中は、お静かにお願いします! ……もう私の魔法で黙れせてもいいですかね!?」

「観光客のレビューが悪化するのでやめて下さい」


魔法使いが半泣きで叫ぶ。


そんな彼らの姿に、物見遊山の観光客たちは「面白いわね」「学芸会みたい」と物珍しそうに拍手を送る。私はツアー責任者として、必死に勇者パーティー改め四人の観光ガイドを監督しながら観光客の対応を千手観音のごとくこなしていたが、腹の中では胃薬がキリキリと痛む胃を必死で押さえていた。


そんな前途多難なツアーが始まって間もなく、早速事件は起きた。


「わあ、このスライム、青くてぷるぷるしてる! 可愛い!」


観光客の子供が、母親の手を振り払って駆け出し、通路の隅で静かにしていたスライムの頭を、無邪気に撫でてしまった。次の瞬間、子供は「痛いーっ!」と火がついたように泣き叫ぶ。スライムの弱酸性の粘液で、腕が真っ赤にかぶれてしまったのだ。案の定である。


「なんて危険なツアーなの! 説明不足よ! 訴えてやるわ!」


子供の親が、鬼の形相で声を荒げる。

私は慌ててリリアと目を合わせた。


「リリア! “例の書類”を!」

「はいっ! こちらに!」


リリアは即座にカバンから一枚の羊皮紙を取り出し、クレーマーの目の前に突きつけた。


「お客様、ツアー参加前にこちらの『免責事項に関する同意書』にご署名いただいております。第7項『粘液性モンスターとの不用意な接触による軽微な皮膚疾患は、参加者の自己責任とする』という一文に基づき、治療費は全額自己負担となりますが、よろしいでしょうか?」

「なっ……!」


完璧な理論武装の前に親は言葉を失い、どうにかその場は収まった。しかし、私の机の上に積まれるであろう苦情の書類は確実に倍増するだろう。


だが、本当の地獄はその夜に訪れた。キャンプサイトで夕食を取っていた、その時だった。

本来、勇者たちが事前に間引いて、安全なルートを確保していたはずのモンスターが、どこからか興奮状態で群れを成して押し寄せてきたのだ。原因は、ある貴族の客が「下等な魔物に恵んでやろう」と、面白半分で投げた高級サラミだった。


「モンスターの暴走だ!」


悲鳴が飛び交い、観光客は大パニックに陥る。勇者パーティーが即座に剣を抜き、前に出た。


「全員、俺に続け! ……って、なんで俺たち観光ガイドが、追加料金もなしにモンスターと戦ってるんだよ!」


勇者の魂の叫びが、ダンジョンに木霊した。

僧侶が負傷者に治療の光を放ち、戦士が盾となって客をかばい、魔法使いが強力な火球魔法でモンスターの群れを蹴散らし、道を切り開く。


一方、私とリリアは、戦闘の専門家ではない。我々の武器は、剣でも魔法でもなく、ただ「書類」のみだ。


「リリア! 緊急避難計画書は持ってきているか!」

「もちろん、ここにあります! ええと、マニュアル7ページ、B-3ルートを使用します! ルート上の罠の数は3つ! 解除コードは…!」

「そんな悠長なこと言ってる場合か! とにかく客を押し込め!」


書類を片手に、必死の避難誘導。どう考えても観光業務ではない。だが、我々役所の仕事とは、常に“想定外の責任”を押し付けられるものなのだ。


翌朝。辛うじて大惨事は免れた。勇者一行は装備も体もボロボロになりながらもモンスターを退け、観光客は全員、私とリリアに引きずられるようにして何とか無事に地上へと帰還した。

しかし、私の執務室の机の上には、山のような事故報告書と、改善計画書と、損害賠償請求書が積まれていた。


「こ、これ……今日中に全部、ですか?」


リリアが青ざめた顔で尋ねる。


「そうだ。明日の王様への定例報告会議に間に合わせねばならん」


私とリリアは、そこからダークマタードリンクをお供に徹夜で書類と格闘する羽目になった。


数日後。王様は、我々が血反吐を吐きながら作成した報告書に満足げに目を通すと、高らかに宣言した。


「うむ! モンスターとのスリリングなふれあい(戦闘)もあり、実にエキサイティングなツアーになったそうではないか! よい宣伝になった! ダンジョン観光は、我が国の目玉事業になるぞ!」


……死にかけた観光客と、文字通り死闘を繰り広げた勇者たちを前に、よくもまあそんなことが言えるものだ。


私は、新たに積み上がった書類の山を指差して、リリアに囁いた。


「もういっそ、この国に観光庁を設立するよう、請願書を提出してくれ」

「はい……というか、私たち、もう半分観光庁の職員みたいなものですよね……」

「言っただろう……私たちは何でも屋なんだ」


二人して力なく笑った、その瞬間。オフィスのドアが勢いよく開き、目を輝かせた会計官が駆け込んできた。

「おい、聞いたぞ! 王様から、次のツアー企画の許可が下りたそうだ! 名付けて『地底湖の秘宝を探せ!ドキドキ☆スイミングツアー』だ! 早速、水中メガネと水着の予算申請を頼む!」


「…………」

私とリリアは、言葉もなく顔を見合わせ、同時に、深いため息をついた。机の上で未使用のハンコがカタンと音を立て、虚しく転がった。

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