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第六話 助手登場!仕事も倍増!

王宮の私の執務室に積み上がった羊皮紙の書類の山は、もはや小さな丘を通り越し、局地的な山脈を形成していた。いつものことながら、今日も私はこの紙の雪崩に押し潰される寸前である。


「本日付で、当執務室勤務を命じられました。リリアと申します。書記官様の事務処理の補助をさせていただきます!」


唐突に、しかし一点の淀みもないクリアな声と共に現れたのは、財務省から派遣されてきたという、一人の若い女官だった。寸分の乱れもなく磨かれた眼鏡の奥には、強い意志を宿した真面目そうな瞳。きっちりと結い上げられた髪は、一筋のほつれすらない。彼女こそ、財務省で「歩く王宮法典」の異名で恐れられる、若きエリート、リリアその人であった。これが魔法使いお気に入りのラブコメなら運命の出会いに胸をときめかせるところだが、連日の勇者の無茶ぶりに、私の精神は完全に麻痺している。この際、仕事を減らしてくれるならスライムの手も借りたい気分だ。


「ああ、君が…。助かるよ」


これで少しは、この書類地獄から解放されるだろう。だが、そんな私の淡い希望は、一刻も経たずして木っ端微塵に打ち砕かれることになる。


「おーい! 書類屋! 今週分の厄介事を持ってきたぞ!」


バァン!と、ドアを蹴破らんばかりの勢いで乱入してきたのは、お馴染み、歩く問題児こと勇者パーティーである。リリアの目が、初めて見る珍しい魔物でも観察するかのように、すっと細められた。まあ、私からすればこいつらは魔物より恐ろしい。


「まずは俺からだ!」


と勇者が叫ぶ。彼は胸を張り、勝利した将軍のようなドヤ顔で、一枚の企画書を机に叩きつけた。


「来る魔王討伐の前祝いとして、王都広場で『第一回・勇者印ビール祭り』を開催したい! 早急に許可してくれ!」


私は頭を抱えた。前祝い? まだ魔王はピンピンしている。討伐計画どころか、魔王城までのルート選定すら終わっていないというのに。


「……これを、まさか公費でやるつもりですか?酒盛りを?」

「もちろんだ! 国民の士気を最高潮に高める、重要な軍事行動の一環だ!さあ、承認のハンコを押してくれ!」


その時だった。私の隣で、リリアがぴしっと背筋を伸ばし、氷のように冷たい声で言い放った。


「却下します。王宮予算法施行規則、第九条に基づき、目的の不明瞭な祭事への公費支出は認められておりません。どうしても開催したいのであれば、寄付金を募るか、自費でどうぞ」

「なっ!?」


勇者は一瞬たじろいだ。この新人助手、なかなか肝が据わっている。


続いて、僧侶が胡散臭い笑みを浮かべながら書類を持ち出す。


「これは信者の皆様から寄付された浄財で執り行う“神聖なる宴会”の計画書です。もちろん、純粋な宗教行事ですから、酒税も会場費も免税対象となりますよね?」

「宴会を宗教行事という名目でごまかすな!」


と私は机を叩いた。リリアも負けじと追撃する。


「却下です。宗教法人法、第十五条にて、宗教活動とは『祭祀、教化及び育成』を指します。ただの酒盛りは、寄付金の目的外流用にあたり、最悪の場合、法人資格剥奪の対象となります」


僧侶は「最近の若者は信仰心が足りん!」とぶつぶつ文句を言っていたが、リリアの「何か不服でも?」と言いたげな冷徹な視線に、黙り込むしかなかった。


三人目は戦士だ。節くれだった腕で、すでに半分ぐしゃぐしゃになった書類を差し出す。


「新しい鎧を隣国から輸入したいんだが、どうもその輸入元が“武器密輸の容疑で去年一斉摘発された商会”らしくてな。まあ、細かいことは気にするな!」


「気にするに決まっているだろう!」


私は即座に却下印を叩きつけた。リリアは、どこからともなく取り出した分厚いファイルを開き、真剣な表情で追加する。


「王都国際交易法、第二十二条。犯罪歴のある商会との取引は、国家安全保障上の観点から全面禁止です。代替業者リストをお渡ししますので、そちらからお探しください」

「でも、あそこの鎧が一番安くて頑丈なんだよ!」

「国民の命より、安物の鎧の方が大事なのですか!」


リリアの正論に、戦士は「ぐぬぬ…」と唸りながら、すごすごと退いた。


最後に、魔法使いがもじもじと、まるで恋文でも出すかのように書類を差し出す。


「あの…現在、王立図書館で禁書指定されている魔導書『魅惑の古代呪文ポエム』を、研究用に“特例貸出”していただきたく…」

「……禁書は、禁書だから禁書なんですが」


私は力なく言った。


「どうしても研究に必要なんだ! いや、決して個人的な趣味や、その、夜な夜な詠唱して楽しむとか、そういうことでは…」

「特例貸出申請そのものが、禁書管理法により提出を禁じられています」


リリアがきっぱりと、しかし慈悲のかけらもない声で言い切る。魔法使いは顔を真っ赤にして、書類をマントの影に引っ込めた。


こうして、勇者パーティーが持ち込んだ四つの要求は、リリアという鉄壁の防衛ラインの前に、ことごとく粉砕された。


「おのれ、石頭の役人め! 俺たちは国を救う英雄だぞ!」


勇者が最後の抵抗とばかりに吠えるが、リリアは一歩も引かない。眼鏡をクイと押し上げ、彼女は言った。


「英雄であるならば、まずその国の法律と規則ルールを守ってください。それが、英雄の最低条件です」


部屋に、完全な沈黙が流れる。やがて、勇者が「……ぐぅの音も出ない」と言葉を失い、四人は嵐が去ったかのように、しぶしぶと退室していった。それにしても、私が却下すると延々とゴネるくせに、新人のリリア相手にはさっさと引き下がるというのは、なんとも複雑な気持ちである。


静寂が戻ると同時に、私の机の上には山のような「要再提出・修正」のハンコが押された書類だけが残された。リリアはにこりと、実に清々しい笑みを浮かべ、てきぱきと筆を取る。


「さて、先輩。訂正箇所の指導と、代替案の作成に取りかかりましょうか!」


私は、机に突っ伏した。


「……なあ、リリア君。これ、結局、俺たちの仕事が倍増してないか?」

「ですが、一人で悩むより、二人で処理した方が遥かに効率的ですよ!」


その一点の曇りもない笑顔に、ほんの少しだけ、救われる気がした。


だが、次の瞬間。廊下の向こうから勇者の大声が響いてくる。


「おい、書類屋! 次は討伐遠征の旅費! 前借り申請に来たぞー!」


私とリリアは、顔を見合わせ、同時に、深いため息をついた。苦労を分かち合う同盟は、この瞬間に王宮の片隅、書類倉庫と化した私の執務室で結ばれた。

Copyright(C)2025-秋山水酔亭

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