第五話 魔物の死体は粗大ごみではありません!
いつも通りのダンジョンの討伐任務を終えた勇者一行と私は、汗もぬぐわずに王都の門を意気揚々とくぐっていた。
太陽の光が、彼らの鎧を誇らしげに照らし出す。勇者は胸を張り、戦士は戦利品の巨大な斧を肩に担ぎ、僧侶は天に感謝の祈りを捧げ、魔法使いは指先で魔物から獲得した魔石を得意げに躍らせている。
私の中では彼らは王都一の問題児だが、こうして凱旋しているといっぱしの冒険者パーティーに見えてくるのだから不思議なものである。
「ふっ、魔王軍の残党など、この俺たちの敵ではなかったな! 財宝も手に入れた! これで任務完了、今夜は酒盛りだ!」
……と、勇者が勝利宣言を終えた、その瞬間だった。
「ちょっと待ったーー!」
王都の真ん中にまるで罪人を断罪するかのような鋭い声が響いた。
現れたのは、生真面目そうな眼鏡をかけ、襟付きの制服を着込んだ王都環境保全課の職員たち。分厚いバインダーを小脇に抱え、勇者たちに冷ややかな視線を投げかけてくる。
「ダンジョン『慟哭の洞窟』における、戦闘行為後の原状回復義務違反を確認しました。魔物の死体放置、使用済み罠の残骸、戦闘により飛散した魔石の欠片、その他の遺留物――すべて王都法に定める“戦闘由来産業廃棄物”に該当します」
職員は、カチャリと眼鏡の位置を直しながら事務的な口調で冷淡に告げる。
「速やかなる分別収集と、所定の書式に則った処理報告書の提出を要求します。これを怠った場合、あなた方の勇者パーティライセンスは一時停止となり、次の探索許可は下りません」
勇者たちが、見事なまでに一斉に固まった。
「はぁ!? 俺たちの仕事は魔物を倒すことだろ! 後片付けまでやれってのか!」
「勇者様。残念ながら、王都条例第11条では“戦闘後の清掃及び環境回復措置を含めて討伐任務とする”と明確に定義されていますね」
私が冷静に条例集をめくりながら答えると、パーティーの面々の顔が絶望に歪んだ。
「……ああ主よ、なぜ私たちに、このようなゴミ掃除の試練をお与えになるのですか。寄付金だって最近は横領していないのに」
と僧侶が嘆く。この生臭坊主、聖職者のくせにゴミ掃除は嫌らしい。
「信じられないな。私は火球を撃っただけだ。ゴミを残した覚えはないぞ。強いて言うなら読みかけの恋愛詩集を置いてきただけだ」
魔法使いは天を仰いで杖を握りしめている。確かその恋愛詩集とやらは王都の書店で投げ売りされていたから、役所の基準に照らせばゴミも同然である。
「……いや、俺は何もしてねえぞ? 俺が首を刎ねたオーガの死体も、白骨化すればダンジョンのインテリアみたいなものだろう。」
なるほど。どうやら今日の主犯格はこいつらしい。この戦士、故郷の母親に花を贈ったりはできるくせに、ゴミ掃除はできないと来ている。どいつもこいつも、これまでに幾度となく私の休日とエールをおじゃんにした罪は重い。この機会にしっかりと反省してもらおう。まあ、せいぜい後悔することだ。
……と、他人事のように思っていたのだが、職員が冷徹な声で淡々と絶望の宣告を下す。
「ああ、それと書記官さん、当然ながらあなたも監督責任者として一緒に清掃に参加して頂きます」
こうして、私と勇者たちは栄光の凱旋のはずが、その足で再び薄暗いダンジョンへと逆戻りさせられることになった。祝勝会の予約も、私の休日ももちろんキャンセルである。
*
翌朝、まだ太陽も満足にのぼりきらない明け方。ダンジョンの入り口で、私は市役所から支給された、やたらと丈夫なゴミ袋を全員に広げて見せた。
「赤色の袋は『生物由来・可燃性魔物死骸』、青色は『金属及び木製・不燃性罠残骸』、緑色は『魔石及び鉱物由来・資源ゴミ』です。一枚でも間違えると、罰則として反省文の提出が求められますので、くれぐれも注意してください」
「これ……粗大ゴミじゃないのか!?」
勇者が巨大なオーガの死体を引きずりながら呻く。
「生物由来は“燃える”扱いです。ただし、角と牙は“不燃性骨格部位”として青袋に分別してください」
私は冷静に答え、手元のチェックリストに“オーガ(胴体)、搬出中”と記入した。
「クソッ、俺の武勇を競うべきこの腕で、杭抜き作業をする羽目になるとは!」
その横で、戦士は自分で仕掛けた落とし穴の底に突き刺さった杭を、必死で引き抜いていた。
「労災事故防止のため、トラップの原状回復はAランクの必須業務です。安全第一でお願いします」
「見ろ! この魔石の純度、まだ研究価値がある! 捨てるなど、人類の損失だ!」
魔法使いは砕けた魔石の欠片を拾い集め、目を輝かせて言った。
「残念ですが、直径三センチ以下の規格外魔石は、すべて“廃棄物”と規定されています。研究目的での持ち出しを希望される場合は、申請書三枚、推薦状二通、そして四箇所の部署からの押印が必要です」
「……魔王より、役所の方が人の魔力を吸い取るな」
僧侶は死体の山に向かって厳かに祈りを捧げ、持参した野の花を添えていた。
「ゴミの分別より、まずは彼らの魂を弔う供養を優先すべきです! これぞ人としての道!」
「大変結構ですが、供養は副次業務、すなわちボランティア活動と見なされます。報告書には、業務内容として“宗教的儀式”ではなく、“死骸の適切な腐敗防止措置”と記録してください」
*
「このゴブリンの骨はどっちだ!? 燃えるのか!? 不燃なのか!?」
ようやくオーガの死体を片付け終わった勇者が焼け焦げたゴブリンの骨を抱えている。
「生前が可燃性でも、焼骨処理後は不燃性廃棄物です! 袋を分けてください!」
その横では戦士が巨大な宝箱を担ぎ出しているが、よくよく見てみると、明らかに中身が入っていないであろうものまで運び出そうとしている。
「おい! これはどう見ても財宝だ! ゴミじゃないだろ!」
「中身がないなら、ただの木箱です!粗大ゴミとして、収集日の月曜朝八時までに王都の広場前の指定の場所へ。ああ、それと、役所の売店で“粗大ゴミ処理シール”を購入して、見える位置に貼ってください」
「シールって何だ!? なんで金払って捨てなきゃならねえんだ!」
その横では魔法使いがうっかり自分が設置した魔法の罠を再起動させてしまい、自分のゴミ袋ごと天井から逆さ吊りにされて情けない声を上げている。
「助けてくれ! 私が産業廃棄物ごと処分されてしまう!」
「だからマニュアルに“罠の完全解除を確認する前に、半径五メートル以内にゴミ袋を置くな”と書いてあるでしょう!」
私は頭を抱えながら、長い棒で罠のスイッチをオフにして逆さ吊りになった魔法使いを助け出した。これではどちらが魔法使いか分からない。
*
数多のゴミ袋を撃破し、やっとの思いでダンジョンの最奥にたどり着くと、通路を完全に塞ぐように、巨大なスライムの死骸が、ぶよぶよと鎮座していた。
勇者は待ってましたとばかりに剣を構える。
「よし、こいつは俺に任せろ! この聖剣で一刀両断にして――」
「待ってください!」
私は規則の束を振りかざし、血相を変えて叫んだ。
「この規則によれば、スライメは固体ではなく“高粘度液体廃棄物”扱いです! 規定のドラム缶に密閉して回収すること、と書いてあります!」
全員が、絶句した。
戦士が、震える声で尋ねる。
「……まさか、バケツで汲むのか?」
「はい。支給されたスコップとバケツで、こちらのドラム缶に一滴残らず詰め替えてください。もし地面にこぼした場合、土壌汚染と見なされ、再発防止策報告書の提出が義務付けられます」
結局、四人の勇者パーティーとその巻き添えを食った文官一人は、汗と涙とスライムの粘液にまみれながら、半日かけてドラム缶にぬるぬるの液体をすくい入れた。
*
早朝から作業を始め、日が暮れ始めた頃、ようやくダンジョンは戦闘前よりも綺麗になった。
私は報告書の最終ページに「処理完了」と記入し、勇者たち全員に署名と押印(親指の朱肉)をさせた。
ダンジョンの入り口で待っていた環境課職員が、ダンジョンを隅々まで厳しくチェックしたのち、無表情に頷く。
「結構。確認しました。……これで、次の探索許可が下ります」
勇者は、その場に聖剣を投げ出し、力なく空を仰いだ。
「魔王より……役所の方が……強ぇ……」
戦士も肩で息をしながらうめいた。
「俺の勇名を、後世の吟遊詩人はこう歌うだろう……“英雄、ゴミ袋を轟かす”と……」
私は、分厚くなった書類の束を抱えつつ、心の中で静かに呟いた。
――結局、私の仕事ってなんだっけ?書記官って王宮勤めのホワイト職業だと思っていたけども、勘違いだったんだな。
*
前日の疲れも癒えず、アンデッドのごとく出勤した翌日。机の上に、新しい依頼書が置かれていた。
机の前で仁王立ちしていた会計官が、労いの言葉も無く、依頼書のタイトルを読み上げる。
「えーと……『次回探索予定ダンジョン:リサイクル対象の“瓶”“缶”系の魔物、及び“古紙”に分類される古代の巻物が多数存在する遺跡』……」
私は思わず机に突っ伏した。
「……もう嫌だぁぁぁぁ!」




