第四話 欠陥魔除け製品を回収せよ!
全ての元凶は、王宮技術部が(また)やらかしたことだった。
彼らが誇らしげに発表した新製品、その名も「聖なる魔封じの涙ホーリー・ティアーズ・キャンドル」。火を灯せば、その聖なる煙が悪霊を退散させ、空間を浄化する――はずだった。
実際は、悪霊が逃げ出す前に人間が逃げ出すレベルで煙が立ち上り、玉ねぎを百個同時に切ったかのような強烈な匂いが鼻を突き、催涙作用と笑気作用で笑い泣きが止まらなくなる、とんでもない欠陥品だったのだ。
市中では「晩飯のシチューを食べながら、家族全員で号泣した」「煙で隣の家が見えなくなり、ご近所付き合いに支障が出ている」など、苦情というよりはもはや災害報告が殺到。
緊急対策会議が開かれた結果――責任はなぜか「独創的な発想がすぎた」技術部ではなく、「品質管理と流通を担う」事務局に押し付けられ、その全てが私に丸投げされた。
「七日間で市中に流通したロウソクを全品回収せよ。返金フローも確立し、市民の混乱を最小限に抑えるように」
そうして、書類と封印札の山が私の机を取り囲んだ。ハンコを押す暇すら与えられないほどの書類を何とか処理し、回収窓口を立ち上げた。
だが、私が血反吐を吐く思いで設置した回収窓口に、誰一人としてロウソクを持ってくる者はいなかった。
理由は、実にシンプルだった。一部の市民たちは何をとち狂ったのか、この欠陥品を“超便利グッズ”として愛用しているらしいのだ。
まず俺が向かったのは、王都一番の人気レストラン『ビストロ・爆笑』。いや、以前は『陽気なビストロ』だったはずだが。
中に入ると、店内は真っ白な霧のような煙に包まれ、客たちは全員、滝のような涙を流しながら大笑いしていた。地獄か。
「おや、役人さん! どうです、うちの新名物『感動の晩餐コース』は! このロウソクのおかげで、どんな料理も人生最高の思い出の味になるんですよ!」
店主が鼻を真っ赤にしながら、胸を張って力説する。
「これは感動じゃなく、目に染みる刺激臭です!」
私は机を叩きながら、必死に力説する。
「この煙は、長時間吸引すると頭痛・めまい・軽度の幻覚症状を引き起こす、ただの有害物質です! 安全規格違反品として、即刻全品回収します!」
「冗談じゃない! 返せるか! このおかげで、店の売上は三倍になったんだぞ!」
見れば、奥の客席でカップルが号泣しながら抱き合っている。「君の…涙は…美しい…(嗚咽)」「あなたも…素敵よ…(号泣)」。ロマンチックどころか、完全に阿鼻叫喚の光景だ。
「――問答無用! 封印!」
俺は懐から、事務局特製の「強制執行」のハンコが押された封印札を取り出し、テーブル上のロウソクにバシッ!と叩きつけた。紫の光と共に、白煙がぴたりと途絶える。客席から「えーっ!」「感動のクライマックスが!」と盛大なブーイングが起こる。
店主が巨大な胡椒挽きを手に飛びかかってきたが、私は次々とテーブルを回り、ロウソクを札でベタベタに封印して回収袋へ放り込んでいった。
次に向かったのは、王立大劇場。上演中の演目は、悲劇『王妃エレオノーラの憂鬱』。舞台も客席も、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「役人さん、見てくれたまえ! 我が劇団史上、最高の出来だ! 観客の誰もが、物語の世界に没入して涙している!」
演出家が、自身も号泣しながら胸を張る。
「没入してるのは物語じゃなく煙の世界です! 泣いてるのは悲しいからじゃなく、目が痛いからです!」
私はハンカチで目鼻を覆いながら舞台に駆け上がり、スポットライトの下で煌々と輝きながらもうもうと白煙をまき散らす、問題のロウソク(大道具として使用)を見つけた。
「封印!」バシッ!
「封印!」ベタッ!
「封印!」ドンッ!
札を貼るたびに煙が止まり、最後にはカエルの鳴き声のごとく鳴り響いていた観客のすすり泣きがぴたりと止んだ。あまりに急な静寂の中、舞台上の主演俳優が一人、棒立ちになっている。
「……え、っと……私は……誰だっけ……?」
感動の涙が止まったことで、観客は急に冷静になり、俳優の演技の拙さに気づき始めた。会場は、先ほどとは別の意味で大混乱に陥った。
最後に向かったのは、下町の大衆浴場『極楽の湯』。中はサウナのような、いや、それどころか視界ゼロの霧の牢獄と化していた。
「目が、目がしみる〜! でも、なんだか効く〜!デトックス~!」
客たちは、涙を流しながらも恍惚の表情で湯に浸かっている。
「役人さん、こいつだけは持って行かねえでくれ! これがなきゃ、うちにはもう客は来ねえんだ!」
番頭が泣き叫びながら必死に懇願する。
「なんでも、汗と一緒に悪いものが出ていく『デトックス効果』があるって噂で持ちきりなんだ!それに、煙を浴びてると笑いが止まらなくなるって大評判なんだ!」
「それは涙と鼻水です! 効いてるのは汗腺じゃなく涙腺です!笑いが止まらなくなるのもただの幻覚作用ですから!」
私は湯気で滑る床を慎重に進み、湯船の縁にずらりと並べられたロウソク群に飛び込んだ。
「封印!」バチン!
「封印!」バチン!
「封印ッ!」バチン!
札を叩きつけるたびに、紫の光が走り、濃密な煙が渦を巻いて札に吸い込まれていく。客たちが「俺たちのサウナが終わっちまう!」と泣きながら大合唱するが、私は構わず札を連打し、最後の一本をずぶ濡れになりながら回収袋に詰めた。
だが、私は油断していた。私が欠陥ロウソクを各個撃破している間に、役人に回収されるくらいならと市中に残っていた無数のロウソクが一斉に点火されていたのだ。
王都の目抜き通りは白煙で視界ゼロ。行き交う人々は涙を流しながら右往左往し、馬車はそこかしこで立ち往生。もはやパニックだ。こうなってはもう、なりふり構ってはいられない。
「もう限界だ! 全員、突入!」
私は応援に駆けつけた役所の回収班を率い、札を両手に持って、白煙の中心地へと突撃した。
「封印! 封印! 封印封印封印ッ!」
私はまるで伝説の札使いのように札を乱れ打ちしながら煙の中を走り回った。道端のカフェ、果物を売る屋台、恋人たちが語らう路地裏まで、ありとあらゆるロウソクを見つけては札でベタベタに封印していく。恐らく、その内の半分は普通のロウソクだったのかもしれないが、知ったことではない。
小一時間後、悪戦苦闘の末にやっとのことで煙が晴れた時、町の人々は全員、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたまま、きょとんとした顔で立ち尽くしていた。
そして…
最終的なロウソクの回収率は、95%。
後日、王宮では「市民の安全を迅速に確保した」として、宰相より私に表彰状が下賜された。
しかし、いざ自分の机に戻れば、レストランや劇場、その他大勢の市民から提出された「営業妨害」および「感動体験を奪ったことに対する精神的苦痛」への苦情の書類が、山のように積まれていた。
私は頭を抱えて、深くため息をついた。
「……悪霊なんかより、煙と市民の方が、よっぽど強敵だな」
すると、背後から上司の監察官が無表情で一言、絶望の宣告を告げる。
「お疲れ様。次は、技術部が開発した“一度鳴り出すと、持ち主の願いが叶うまで絶対に鳴り止まないチャイム”のリコールです。すでに王都のあちこちで騒音が問題になっていまして」
私は反論する気力すら失い、アンデッドのようになって机に突っ伏した。
「……まだあるのか!」
ゴツン、と鈍い音を立てて、私の額が書類の山にめり込んだ。




