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第三話 討伐対象は天然記念物!?

王都の役所に、一枚の羊皮紙でできた依頼書が届いたことから、この地獄は始まった。


「近郊の『やすらぎの森』周辺の村が、森から現れた魔物の群れに襲われて困っている。お手すきの勇者パーティーに討伐を願いたい」


勇者はそれを読み終えるなり、まるで魔王の首でも取ったかのように拳を天に突き上げ、叫んだ。残る勇者パーティーメンバー、もとい問題児たちも


「よし来た! 最近はこの平和にも飽きが来ていたところだ! 全員、準備はいいな! 肩慣らしといくぞ!」

「おう! 久々に俺の剣が血を求めるぜ!」

「荒ぶる魂を浄化し、徳を積む良い機会ですね」

「ちょうど新しく覚えた対消滅魔法のフィールドテストにいいな。森ごと消し飛ばないように加減しないと」


と、完全に村と森を実験台扱いする気満々だ。


……もう既に嫌な予感しかしない。そして、その予感は常に的中するのだ。


案の定だった。村へ向かう街道の手前、森の入り口で、見慣れない恰好、まるで木こりのような制服を身に纏った役人の一団が、我々の前に立ちはだかったのである。


「止まれ! この先、『やすらぎの森』は王国が定める第一級国定魔物保護区である! 『特例討伐許可証』なき者の立ち入り、及び区域内での討伐行為は、王都法第7章32条に基づき固く禁ずる!」


これには勇者だけでなく全員が鳩が豆鉄砲を食らったような顔で目を剥いた。


「な、何を言っているんだ貴様ら! あいつらは村を襲った凶悪な魔物だぞ!お前らは村人がまた襲われてもいいって言うのかよ!?」


と勇者が抗議すると、役人の一人が感情のこもっていない声で淡々と答える。


「その件は承知しております。しかし、依頼書に記載の魔物『モフモフ・グリズリー』は、現在“希少魔物リスト・ランクA”として手厚い保護の対象となっておりますので……」

「人を襲う希少種ってのは何なんだよ! そんなもん、ただの害獣じゃねえか!」


戦士が噛みつくが、役人は眉一つ動かさない。


「それが害獣か否かは、まず専門家を交えた“生態系影響評価に関する有識者会議”を招集し、その答申を待ってから判断せねばなりません。私どもの規則に基づけば、許可を得ていない方は何人たりともこの場を通すことはできません。お引き取りを。」


……私は、頭を抱えてその場にしゃがみ込みたくなった。


その後も必死に縋り付いたものの、「許可が無ければ立ち入りは許可できません」の一言で私たちの嘆願は全て却下された。それでも勇者たちが食い下がったところ、なぜか監督責任者である私だけが、役所に任意同行という名の連行をされることになった。

「王都環境保全課魔物対策室」という、やたら長ったらしい名前の部署に通されると、目の前の机に、まるで呪われた魔導書のように禍々しいオーラを放つ書類の山がずしんと積まれた。


「まずはこちらの『緊急討伐申請書フォーム82-B』にご記入を。討伐理由の正当性、生態系への影響、代替生息地の確保の可能性など、全三百項目を、羽ペンで、黒インクで、楷書で、丁寧にご記入ください。ああ、それから添付資料として『魔物のフンのサンプル』も忘れずに。一項目でも漏れがあれば受理できませんからね。」


「戦う前に書類で俺たちが殺されるぞ!」


いつぞやの勇者の絶叫が、頭の中に虚しく響いた。


それからが本当の地獄だった。

「俺たちも手伝うぞ!」と息巻いた勇者は、被害にあった村人たちを証人として役所に連れてきたが、


「証言書には本人の署名と、村長さんの実印が必要です」

「え? 俺は読み書きができないだ」

「ハンコ? 大根を彫ったやつならあるが」


という有様で、全員まとめて差し戻し。


「大丈夫です!神のご加護の力をお見せしましょう!」と意気込んだ僧侶は、聖なる祈祷書を添えた嘆願書を提出したが、


「宗教関連の申請は、あちらの文化振興課宗教法人係が窓口となります。ただし、これは『異宗派魔物に対する浄化活動』にあたるため、別途『宗教活動許可申請書』と『浄化魔法使用に伴う環境汚染リスク報告書』が必要です」


と、さらに複雑な手続きを要求されて撃沈。その後はお得意の賄賂で何とかしようと試みるも、危うく牢獄行きになりかけ、這う這うの体で役所から撤退していった。


「物理的な証拠が一番だろ!」と豪語した戦士は、斥候が持ち帰った魔物の牙を突きつけ、「これが村を襲った証拠だ!見ろ!人の血と衣服の欠片が付いている!どう見てもあの魔物は害獣だ!」


と叫んだが、「許可なき保護区内からの物品の持ち出しは密猟と見なします」と、牙を「証拠品」として没収された挙句、始末書まで書かされる始末。


業を煮やして「もう我慢できん! 森ごと燃やせば、証拠も魔物も問題も、全部解決するだろ!」


と提案した魔法使いは、


「自然保護法違反及び大量破壊魔法の不法使用教唆の罪で、あなたの魔法使い免許、停止処分にできますよ?」


と役人に真顔で凄まれ、シュンとしていた。


…四人が四人とも、驚くほど役に立たない。いや、むしろこいつらは魔物の仲間なのではないかと思うほどに私の足を引っ張っている。

結局、私が三徹して書類を作ることになってしまった。ダークマタードリンク(と呼ばれている目覚まし効果のある苦い薬草汁)をガブ飲みし、目の下に魔王軍の将軍よりどす黒いクマを作りながら、嘆願書を清書し、目撃証言をまとめ直し、各部署を走り回って「ハンコラリー」を制覇し……ようやく最後の決裁印が押されたのは、依頼書が届いてから丸三日後のことだった。


「前例のないことですが、今回は特例中の特例として許可します。感謝するように」


役人が、虫けらを見るような目で言い放つ。役所の庁舎を出るころには、パーティーの全員が疲労困憊であった。ぼそりと勇者が


「……魔物より、役所の方が、よっぽど強敵だ……」


とつぶやくが、今回ばかりは私も同意せざるを得ない。


こうしてようやく討伐のスタートラインに立ったものの、討伐自体は驚くほどあっけなかった。

三日遅れで現地に到着した時には、村人たちが自力でかなり頑丈な柵を村の外周に築き上げており、それにしびれを切らした魔物は半分以上がどこかへ逃げ去っていた。残った数匹も、三日分の鬱憤を込めた勇者の一撃で、文字通り塵と化した。


「これを最初からやらせろってんだよ!」


怒鳴る勇者を横目に、私は心を無にして、修行僧のごとくひたすらメジャーで死骸のサイズを測り、魔法写真機で証拠写真を撮り、各部位をサンプルとして採取する。すべては、役所に提出するための“希少種駆除完了報告書”に添付するためだ。


王都への帰還後、私の机の上には、新たな書類の山が築かれていた。

「討伐完了証明書(村長の印鑑要)」「希少種駆除後生態系変化観測報告書」「死骸の処分費用請求書」……。

私は深いため息をつき、疲れ果てた顔の勇者たちに告げた。


「いいですか、皆さん。次から保護区で依頼を受けるときは、まず何よりも先に、役所で許可証を取ってください。いいですね?」


「俺はもう二度と保護区には行かん!」


勇者が叫び、戦士と僧侶と魔法使いが激しく頷く。正直、私も彼らに全面的に同意する。こんなのはもうたくさんだ。希少種だか何だか知らないが、私の中ではこれまでで最悪の魔物である。


だが、私は知っている。恐らく、モフモフグリズリーの討伐は早晩マシな部類になるだろうということを。彼らの会話の最中、給仕係がそっと私の机の山の一番上に置いた一枚の新しい依頼書。

私はそれを振るえる手で取り上げ、内容を読み上げる。


「『隣国の王女様がペットとして熱望されている『ふわふわキラキラスライム(超々希少種)』の捕獲依頼(於:第一級厳戒魔物保護区)』……」


勇者たちの顔から、すっと色が消えた。

私は石像のように固まりながら、遠くを見つめるしかなかった。


また、ダークマタードリンクと胃薬を買いに行く必要がありそうだ。

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