第十九話 勇者様!ツケを返してください!
「はあ、ようやく帰れる・・・」
リリアもとうに家路につき、王宮の職員もほとんどが退勤したころ、私は疲労困憊になりながら書類の山との長い長い戦いに終止符を打とうとしていた。
最後の書類にハンコを押し、立ち上がった瞬間。地響きをあげながら大臣が部屋に滑り込んできた。
「なんですか。今から帰るつもりだったんですが」
「それならなおさらちょうどよい!急な仕事が入ってな!ワシも付いていきたいのは山々だが、残念ながらワシも忙しい。よいか、大至急王都の酒場に行って、今日こそ勇者一行のツケを清算させるのだ!」
嵐のようにやってきた大臣は、ばたりと扉を蹴り上げ、風のように去っていった。
「あの勇者ども・・・またか!!」
怒りに顔を紅潮させながら、王都の酒場へと向かう。するとそこには大声でテーブルに乗って歌う勇者と、それを囃し立てる群衆の姿が。
「俺は世界最強だ!俺様の前に立ちふさがるものは誰だ!!」
「いよっ!世界一!!」
「さあさあ勇者様、もう一杯!」
「これで新記録だ!がっはっは!」
そしてそのどんちゃん騒ぎをカウンターの奥から店主が苦虫を嚙み潰したような顔で睨みつけている。
「お世話になっております。王宮から参りました。この度はうちの勇者がご迷惑をおかけしておりますようで、誠に申し訳ありません。」
「いやね、別に騒ぐなとは言いませんよ?でもね、少しばかりツケがね、溜まっているなあと思うわけですよ?」
少し紅潮した頬の店主は、冷静に、しかし厳然たる調子で続ける。
「私としてもこういう手荒なことはしたくないんだけどね、これ以上支払いが滞るなら、王宮にクレームを入れさせてもらいますよ。」
まずい、それだけはまずい。これ以上私の仕事を増やされては過労死してしまう。私は必死に考えを巡らせて、素晴らしい閃きを得た。
「・・・なるほど、ふむふむ。確かにそれなら足りますが、王宮的には良いんですか?」
「まあ、グレーではありますが、うちにクレームを入れられるよりはマシです。」
「そういうことなら、我々も喜んで協力しますよ。書くものを持ってきます。」
「助かります。一番安いいインクとペンで構いません。」
宴もたけなわという所であるが、ちょうど勇者もいい具合に酔っぱらってきた。チャンスは今しかない。私は素早く勇者に駆け寄ってその手に無理やりペンを握らせる。
「んんん?なんだこれ?何を書かせる気だあ?」
「まあまあ勇者様、すぐ終わりますから。」
まるで予防接種の際にごねる幼児をあやすようにして、素早く勇者の手を押さえつけ、私があらかじめ作っていた誓約書に無理やりサインさせる。
[誓約書]
私勇者は、これまでのツケとあまたの損害賠償の延滞のため、これ以降の冒険において、戦利品の10%をそれらの弁済に用いることを無条件に承諾するものです。なお、弁済の期限は特に設けないものとし、全額の弁済が完了するまでといたします。
署名 勇者
グレーというか、ブラック寄りのやり方だが、これも元はと言えば、勇者の狼藉によるもの。悪く思うなよ、と言いおいて、酔って前後不覚になった勇者を家まで背負って送り届けた。
次の日、朝早くに勇者が王宮の執務室へ泣きそうになりながら駆け込んできた。
「ちょっと、おい!木っ端役人!何とかしてくれ!こんな証文、書いた覚えはないんだ!」
その手には昨晩私がサインさせた証文の写しがひらひらと風にはためいている。
「いやあ、とはいってもそのサイン、勇者様のものですよね?第一こっちはあなたのツケの件で毎日クレームを受けててストレスがマックスなんですよ!黙って払っていただくのが筋と思いますが?」
こう言われてはさすがの勇者も引き下がるしかなく、半分泣きながら「俺の・・・俺の財宝が!」とうわごとのように呟きながら執務室から去っていった。
そうして全てが解決し、私はようやく平穏な週末を手に入れられたと思いながら執務室の上を片付けていた。その時、大臣が慌てて扉を蹴り上げて入ってきた。
「どうされました。大丈夫ですか?」
「大丈夫ではない!勇者のやつがとんでもないことをやりおった!」
「勇者?彼はツケを支払うといって帰りましたが」
「それが問題だ!!あいつ、生きた魔物を街中で離しおった!今、王都の中心部でゴブリンが暴れて大騒ぎだ!」
・・・あの野郎、現物支払いとは言ったが、まさか生きた魔物を離すとは・・・。
「それで、私はどうすれば?」
震える声で尋ねると、大臣は絶望の宣告を下した
「勇者の行った行動についての損害報告と、今後の予防策について明日までに提出しろ。それと、各所への謝罪行脚もだ。」
こうして、私の定時退勤の夢は再び破れたのだった。




