第十七話 ダンジョンは観光地じゃありません!Vol2
前回の「わくわくダンジョン観光計画」が、モンスターの暴走と死傷者寸前の大惨事を引き起こして頓挫してから数ヶ月 。私の執務室にはようやく平穏が戻り、溜まりに溜まった書類の山も、リリアという有能すぎる助手の活躍もあって、ようやく丘程度の高さになっていた。このままいけば、今週末こそは久々の休日が……。
そんな私の淡い期待は、国王陛下直筆の、やけに煌びやかな羊皮紙でできた命令書によって、いとも容易く粉砕された。
「先輩、新たな勅命です」と、リリアがアンデッドのような無表情でそれを読み上げる。「『先のダンジョン観光計画における反省点を踏まえ、これを宗教的側面から再構築し、より神聖かつ安全な観光体験を提供するものとする。よって、第一級危険指定ダンジョン“慟哭の迷宮”に『聖なる巡礼路』を設置し、王都大聖教団と共同で『神聖なるダンジョン観光ツアー』を試験的に実施せよ。なお、本プロジェクトの最高責任者は、書記官、貴官に一任する』……だそうです」
「またか!」
私の絶叫が、静かな執務室に虚しく響いた。前回あれだけの地獄を見たというのに、この国のトップは全く懲りていないらしい。「宗教的側面から再構築」すれば、危険なダンジョンが突然安全なテーマパークにでもなるとお思いなのだろうか。
数日後、ダンジョンの入り口には、前回の悪夢を思い出させる受付テントが再び設営されていた。私とリリアは、見慣れた「観光ガイド」の腕章を再びつけさせられ、死んだ魚のような目で突っ立っている。今回のツアーの目玉は、新たに任命された「聖なる観光大使」の存在だ。
「おお、迷える子羊たちよ!よくぞお集まりくださいました!この私、神の僕が、皆様を聖なる奇跡の旅路へとご案内いたしましょう!ハレルヤ!」
満面の笑みで信者たちに手を振っているのは、もちろん、あの生臭坊主だった。金ピカの法衣を身にまとい、どこから調達したのか、やけに神々しい後光(魔道具)を背負っている。彼の登場に、参加者である信者たちは「おお、ありがたや!」と熱狂し、早くも涙を流している者までいる。嫌な予感しかしない。
ツアーが始まるや否や、僧侶は観光大使としての才能を遺憾なく発揮し始めた。
「皆様、ご覧ください!あれなるゴブリンは、我々の信仰心を試すために神が遣わされた『聖獣』です!彼らの試練を乗り越えることで、我々はより高みへと至るのです!」
ただのゴブリンの巣穴を前に、僧侶が朗々と解説する。すると、熱心な信者の一人が「おお、我が信仰、今こそ神に示す時!」と叫び、棍棒を持ったゴブリンの群れに向かって無謀にも駆け出してしまった。
「待ちなさい!あれは普通に危険な魔物です!」
私の制止も虚しく、信者はゴブリンに殴りかかられ、返り討ちに遭って泣き叫ぶ羽目になった。戦士が面倒くさそうにゴブリンを蹴散らし、私が駆け寄って「だから言わんこっちゃない」とため息をついていると、僧侶は負傷した信者の肩を叩き、厳かに告げた。
「よくぞ試練に立ち向かいましたな。その勇気、神は見ておいでです。さあ、治療費として、ありがたいお布施を納めなさい」
「ただのマッチポンプ治療費請求じゃないですか!」
次に一行がたどり着いたのは、じめじめした洞窟の奥にある、ただの鍾乳洞だった。しかし、僧侶の手にかかれば、そこは聖地に早変わりする。
「こここそが、伝説の聖人が瞑想の末に悟りを開いたという『奇跡の泉』です!この聖地にて祈りを捧げれば、皆様の願いも天に届きましょう!もちろん、祈りの深さ、すなわちお布施の額に応じて、奇跡の確率は変動いたしますが!」
「確率変動制の奇跡など聞いたことがありません!これは景品表示法違反ですよ!」
とリリアが規約集を片手に叫ぶが、信者たちは我先にと賽銭箱(僧侶が持参したただの木箱)に金貨を投げ入れていた。もはや「聖なるカツアゲ」である。
土産物も、彼のプロデュースによって、いかにも怪しい「聖品」へと生まれ変わっていた。
「さあさあ、お立ち会い!こちらは先ほどの聖獣の頭蓋骨を、我が聖なる力で浄化した『交通安全キーホルダー』ですぞ!一体わずか金貨十枚!」
「そしてこちらが、ダンジョンスライムの粘液から抽出した、奇跡の美容液『聖なる癒しの涙』!これ一本で、お肌も魂も潤います!お値段なんと金貨五十枚!」
私は、以前市中で大問題になった欠陥品のキャンドル「ホーリー・ティアーズ・キャンドル」の悪夢を思い出し、頭を抱えた 。
案の定、トラブルはすぐに起きた。それも以前起きたのとほとんど同じようなトラブルが。
「きゃあ!顔がヒリヒリする!」
「聖なる癒し」を信じて粘液を顔に塗りたくった貴婦人が、真っ赤にかぶれた顔で悲鳴を上げた。スライムの粘液は弱酸性なのだから、当然の結果である。
私はリリアと目配せし、すかさず懐から書類を取り出した。
「奥様、ツアー参加前にこちらの『免責事項に関する包括的同意書』にご署名いただいております!第18項『未承認の聖品使用による軽微な皮膚疾患及び魂の汚染は、全て参加者の自己責任とする』という一文に基づき、治療費は全額自己負担となりますが!」
「な、なんですって!」
貴婦人は言葉を失い、私は心の中で「また苦情の報告書が増える」と涙した。
最終的に、この共同プロジェクトは、案の定、「聖なる」という名目で横領や詐欺行為が横行する、無法地帯と化した。ツアーの最後には、僧侶が「聖なる禊の場」と称したただの地下水脈で信者たちが謎の発疹を起こし、王都保健衛生課への緊急報告義務まで発生する始末だった。
ツアーが(色々な意味で)終わった後、私の執務室には、新たな種類の、そしてこれまでで最も分厚い書類の山が築かれていた。
「『神聖なる物品の販売における品質保証と宗教的効能に関する許可申請書』……」
「『宗教的観光体験における免責事項と、参加者の信仰心の自発性に関する宣誓書ガイドライン』……」
「そして、『ダンジョン内での宗教的行為と、それに付随する一切の営利活動の規制に関する細則』……先輩、これ、どう考えても新しい法律を作るレベルの仕事量ですよ」
リリアが青ざめた顔で呟く。私は、机に突っ伏しながら、遠い目をして答えた。
「ああ、知ってる。どうやら、我々は役人であると同時に、立法府の役割まで担うことになったらしい。……リリア君、今週末の休日申請、二人分まとめて破り捨てておいてくれ」
私の平穏な休日は、またしても聖なる光の彼方へと消えていった。




