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第一話 地獄の請求書ラッシュ

「ただいま帰ったぞ!あと一歩のところで魔王は討伐できなかったが、無数の魔物どもを蹴散らし、王国を救った! 褒美と名誉と、それから経費の精算を要求する!」


轟音と共に私の執務室、という名の書類倉庫の扉が蹴破られ、勇者一行が土足で踏み込んできた。泥と返り血に汚れ、ところどころ破損した鎧は激戦の証だろう。だがその顔は、まるで給料日前の新兵のように期待と欲望に爛々と輝いていた。 私の机の上にドサッと投げ出されたのは、羊皮紙の束。インクの染みと、なぜか油染みが混じり合った、およそ公式書類とは呼び難い代物だった。


「……なんですか、これの山は」


積まれた紙束を前に、私のこめかみがヒクリと引き攣る。


「見ての通り、旅費精算書だ!」


勇者はまるで聖剣を掲げるように、汚れた紙束の頂点を指さし、胸を張った。


「なにせ、あの極悪非道な魔王の城まで行ってきたんだ。道中の経費がすべて王宮持ちなのは、労働者の正当な権利だよな?」



ため息を押し殺し、私は一番上にあった勇者本人の提出書類を手に取った。インクが滲み、揚げ物の油がこびりついて読みにくいが、なんとか解読する。


――【支出項目】酒場代:金貨三十枚 ――【備考】士気の高揚のため。勇者セット(最高級エール一晩中飲み放題、特製ローストドラゴンの丸焼き、看板娘の応援付き)を注文。


「……勇者様。早速ですが、この『女の子付き』というのは、経費として認められません」 「なにぃっ!? おかしいだろう! これは過酷な旅でささくれ立った我々の士気を高めるために、絶対に必要なものだったんだぞ! 彼女たちの『頑張って♡』という声援がなければ、ラストダンジョンの毒沼は越えられなかった!」


「その声援に金貨三十枚ですか。王都の高級酒場で一週間遊び続けてもお釣りが来ますよ」


「プライスレスなものに値段をつけるな、無粋な!」



理屈が通じない。相手をしている時間も無駄なので、私は次の書類、聖職者である僧侶のものに手を伸ばした。恐らく、彼は勇者一行の中で最もまともな人物と見えるし、さすがに勇者の請求書もどきよりはマシだと思っていたが・・・。


――【収入項目】寄付金:金貨八枚 ――【備考】村長より、魔王軍との戦いのため、自発的な寄付の申し出アリ。

――【支出項目】寄付金:金貨五枚 ――【備考】対魔王戦勝祈願のため、由緒正しき我が宗派の総本山へ奉納。


「僧侶様。これは完全にあなたの私費でやってください。信仰は個人の自由です」


「いえ、お待ちください! これは公務です! 我らパーティと、ひいては王国全体の勝利を神に祈る、聖なる儀式です。寄付金が多ければ多いほど、神のご加護も篤くなるというもの。むしろ、王国を挙げて金貨百枚を我が宗派に寄付なさってはどうでしょうか?」


「あなたの個人的な信仰ポイント稼ぎに、国庫を充てることはできません。っていうか、なんで受け取った寄付金より寄付額が少ないんですか?」


「それはあれです、あの、後で寄付するつもりだったんです!一旦酒場に預けましたが、誓って散財はしておりません!」



論外も論外である。これ以上彼の請求書を見ていると精神衛生上よろしくない。



続いて、寡黙な戦士の書類。一見したところ、書類の体裁は整っているが、なぜか紙の枚数が妙に多い。


――【支出項目】鎧の修理代:金貨十五枚 ――【備考】戦闘による損傷。ついでに、故郷の母に贈る壺と、酒場で意気投合した踊り子への首飾り代も含む。

――【支出項目】剣の修理代:金貨五枚 ――【備考】戦闘による損傷。ついでに、故郷の母に贈る特注の花束代とその配送費も含む


「“ついでに”って何ですか、“ついでに”って! 備考欄に堂々と書くことじゃありませんよ! というか、この壺、やけに高額ですね!」


「……母は、花を愛でる人だ。最高の花瓶と花を贈りたかった」


「それは素晴らしい親孝行ですが、自腹でお願いします!あと踊り子!」



最後に、知性派を気取る魔法使いの領収書。枚数も少ないのでまともかと思いきや、これが一番酷かった。


――【支出項目】魔導書代:金貨二十枚 ――【備考】古代魔術の解読資料として購入。書名『きらめきラブポエマー ~君の瞳は王都の星 書き下ろし総集編』

――【支出項目】魔導書代:金貨七枚 ――【備考】道中での魔力鍛錬の息抜きとして購入。書名『爆笑ジョーク500選!王国中が腹を抱えた名作を収録! プレミアム復刻版』


「……これ、ただの恋愛詩集と娯楽詩集ですよね? どっちも先日、王都の本屋で平積みになってましたよ」


「否! 愛の力こそが、この世における最大の魔力なのだ! この詩集に詠われた情熱的な言葉の一つ一つが、古代竜の言語を解読する上で重要なヒントと……」


「なってませんよね? 『君の唇は魅惑の宝庫。魔法なんていらないYO』という一節が、どう古代魔術に繋がるんですか!」


「……そこは、まだ解読中だ」


「金額こそ少ないですけど、娯楽詩集も完全に息抜きの域を超えてますよね?」


「いや、これを読むことで魔力の鍛錬の効率が上がるのだ!」


「『おいおいブラザー、そんなの王城が往生しちゃうぜ!HAHAHA!』これが、ですか・・・。」


「そうとも!愛と笑いは魔物に効く!」



私は両手で頭を抱えた。本気でダメだ、このパーティ。どうやって魔物を倒したんだ。奇跡か?スライムを狩り続けていたのか?


そうこうしているうちに、勇者一行の帰還を聞きつけたのだろう。血相を変えた経理担当の会計官が、胃薬の瓶を片手に部屋へ飛び込んできた。会うたびに胃薬の量が増えているのが心配だが、今回ばかりは私も何粒か分けてもらいたいくらいだ。


彼は机の上の書類を一瞥するなり、


「認められませんぞ、そんなもの! このままでは王国の予算が破綻します!」


と部屋の書類が吹き飛びそうになる声量で一喝し、勇者一行を睨みつけた。


「この書類は一枚たりとも認められん! 却下だ、却下!」


その言葉に、勇者の手が腰の剣にかかる。


「貴様ら、命を懸けて世界を救った勇者一行の労を、紙切れ一枚で踏みにじる気か! 魔王の仲間か!」


「「邪魔しているのはあなた方のそのふざけた領収書です!」」


私と会計官の声が、珍しく綺麗にハモった。

結局、小一時間の問答の末、私は一つの致命的な不備を発見した。


「道中の宿泊費、領収書が一切添付されておりません。」


これでは、彼らが本当にその宿に泊まったのかすら証明できない。

問題なのはここからだ。誰かが領収書を取りに行かねばならない。しかし勇者一行はゴネて石のようにその場から動こうとしない。結局、「もういい!おい新任、今すぐ取ってこい!」という会計官の鶴の一声で、なぜか私が、一行が道中で利用したという宿まで走らされる羽目になった。


書類を作った本人たちを差し置いて、なぜ私が。


夜道を一台の馬車で揺られながら、私は心底うんざりしていた。なぜ文官である私が、ゴブリンの縄張りを抜け、夜盗の噂がある森を越えねばならないのか。 途中、魔物に追いかけられたり、野盗に身ぐるみ剥がれたり、果ては馬車が壊れて岩山を這い上がったりのアクシデントを乗り越え、何とか辿り着いた宿の主人に事情を話すと、主人は大きなため息をついた。


「ああ、あの脳みそまで筋肉でできたご一行ね! 確かに泊まりましたよ」


主人は帳簿にサインをしながら、ボヤキを続ける。 「料金は払ってくれたが、戦士さんはベッドを薪代わりに燃やそうとするし、魔法使いさんは屋根裏で『愛よ、届け!』とか叫びながら呪文の練習を始めるしで、もう大変だったよ! ああ、これ、ついでに備品破損の請求書ね。勇者さんのサイン入りだから」 ……新たな武器を手に入れた。


数日後。目の下に深いクマを作り、疲労困憊で王宮に戻った私は、復讐の鬼と化していた。徹夜で「経費精算マニュアル~勇者パーティ特別版~」全三十八項を作成し、勇者たちの前に叩きつけた。


「まず、酒場代は情報収集の必要性を鑑み、全額カットはいたしません。一律半額カットです。ただし、有益な情報(ダンジョンの地図など)を得られた場合は、その証拠提出を条件に成功報酬を検討します」


「なっ!?」


「寄付金は個人の信仰と切り離し、新たに設立する『王宮基金』で一括管理。用途は戦災孤児への支援などに限定します。それと、道中で得た寄付金は王都に着くまで一切手を付けないでください。」


「酒代、じゃなくて神のご加護が!」


「装備品の修理及び購入は、王宮指定の業者発行の領収書が必須。土産物との合算は不正経費として、三倍の罰金を徴収します」


「ぐっ……!」


「そして魔法使いさん。恋愛詩集など、戦闘に直接関係のない書籍は、すべて“趣味娯楽費”として分類しますので、自費でお願いします」


「愛と笑いの宝庫なのに!」


「ふざけるな! この国は勇者を誰だと思っているんだ!」


烈火のごとく怒る勇者に、私は悪役さながらの冷たい笑みを浮かべてみせた。


「もちろん、多数の魔物を討伐なさった英雄です。ですが、書類上はただの出張職員に過ぎません。次、同じような精算書を提出したら、その書類はすべて私の机の上で“紛失”しますよ」


私は懐から、宿屋の主人にもらった請求書をひらひらと見せつける。


「こっちはわざわざあなた方が泊まった宿まで検分に行ってきたんです。この手間賃と、備品破損の代金、給与から天引きさせていただいてもいいんですよ?」


勇者はがくりと膝をつき、床に手をついて呻いた。


「こ、こんな世界……魔王より、紙切れ一枚の方がずっと強いじゃないか……!」


そうだろうとも。私は心の中で静かに頷いた。 この世界の本当のラスボスは、玉座に鎮座する魔王などではない。 いつだって、机の上に山と積まれた“よく分からん書類”なのだから。

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