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第十六話 ドラゴンの駐禁切符!?勇者様、私の胃はもう限界です!

「見てくれ書記官! 俺の空飛ぶ愛馬、火竜ヴォルケイノだ! これで魔王城までの移動も一瞬だぜ!」


辺境の火山地帯での任務を終え、意気揚々と王都に凱旋した勇者が、その巨躯を誇らしげに指し示した。彼の背後には、地を揺るがすほどの巨体を持ち、鱗の一枚一枚が黒曜石のように輝く、壮麗かつ凶悪なドラゴンが鎮座していた。その背に乗ったまま、勇者はこともなげに言う。なんでも、任務のついでに巣で昼寝していたところを「物理的に説得して」テイムしたらしい。もはやそれはテイムではなく、ただのカツアゲではないだろうか。



私のそんな危惧をよそに、勇者はヴォルケイノと名付けたその「愛馬」にまたがると、高らかに咆哮を上げた。次の瞬間、ドラゴンは巨大な翼を広げ、轟音と共に王都の空へと舞い上がった。


「うぉぉぉ! 速い! さすがは伝説の火竜だ!」


勇者の歓声は、地上の市民たちの悲鳴にかき消された。王都の上空を許可なく旋回し、急降下や宙返りといったアクロバット飛行を繰り返す巨大な影に、市場はパニックに陥り、洗濯物は突風で遥か彼方へ吹き飛ばされ、馬車の馬は嘶き暴れ出す。


そして、悪夢の極めつけは、勇者が「ヴォルケイノも喉が渇いただろう」と、あろうことか王宮の正面広場に設置された、建国の英雄を讃える巨大な噴水に、水浴び目的でダイナミックに着陸させた瞬間だった。水飛沫が王宮の壁を濡らし、衝撃で英雄像の持つ槍の穂先が欠け飛んだ。私はその光景を執務室の窓から見下ろし、静かに胃薬の瓶を取り出した。



翌朝、私の机には、雪崩を起こさんばかりの羊皮紙の束が積まれていた。差出人は、王都交通局・航空魔獣課。聞き慣れない部署だが、その仕事ぶりは極めて迅速かつ冷徹だった。


「リリア君、読み上げてくれ…」


「はい、先輩」と、私の有能な助手は、分厚い束の一番上を冷静に読み上げる。


「まず『王都航空法・第7条(許可なき高危険度幻獣による低空飛行及び威嚇行為)違反』、次に『無免許運転』、さらに『指定外特別保護区域(王宮広場)におけるA級危険幻獣の無断駐竜(駐車)違反』、そして『公共物(建国の英雄像)破損』と『騒音及び煤煙に関する王都環境条例違反』……以上を総合し、罰金の合計、金貨五千枚、及び賠償金が別途請求される見込みです」


「国家予算が動く金額じゃないか!」


私は金額を見て卒倒しかけた。勇者を執務室に呼びつけて問い詰めると、「免許? ドラゴンに乗るのにそんなものいるのか?」と、彼はこの世の真理に初めて触れたかのような純真な顔をする。この国の勇者は、常識という概念を母の胎内に忘れてきたに違いない。


結局、罰金は王宮の予備費で支払われることになったが(会計官が三日寝込んだ)、勇者は罰として、騎士団が管轄する「竜騎士養成教習所」への強制入学を命じられた。しかし、本当の地獄はここからだった。


「聖剣の振り方なら分かるが、空の標識の意味が皆目見当もつかん! なんだ『グリフォン優先』の標識って! グリフォンと会ったらどうすればいいんだ!?」


勇者は、学科教習で歴史的な赤点を連発。私がリリアと徹夜で作成した「一夜漬けで絶対合格!出る順・王都航空法マスタードリル」を叩き込んでも、追試に落ち続けた。実技教習ではさらに悲惨で、「S字飛行」で管制塔の屋根をかすめ、「縦列駐竜」では隣の訓練用ワイバーンを威嚇してパニックに陥らせるなど、教官の悲鳴が絶える日はなかった。


その間、私はドラゴンの「機体登録」という、前代未聞の事務作業に奔走させられていた。交通局の窓口で、私は生真面目な担当官から矢継ぎ早に指示を受ける。


「こちらの『竜種個体識別登録申請書』に、全二百項目を漏れなくご記入ください。全長、翼長、火炎の最大放射温度、鱗の材質とヴィッカース硬度、そして好物の項目を、ミリ単位、摂氏単位で詳細にお願いします」

「申請には『竜舎証明書』も必要です。王都法に基づき、登録する竜の全長プラス10メートルの敷地を確保し、建築許可を得た上で、その図面を三部提出してください」


王都の一等地にそんな土地があるわけもなく、私は最終的に王宮の予算をなんとか工面し、郊外の土地を買い上げ、巨大な竜舎を建設する羽目になった。ドラゴンの身体測定、通称「竜検」では、全長を測るために王都中の縄職人を集めて巨大なメジャーを作らせ、体重測定では巨大な天秤の片方にヴォルケイノを、もう片方にオークを数十人乗せてようやく釣り合いを取るなど、もはや国家事業の様相を呈していた。


数ヶ月後、勇者は追試に追試を重ねた末、教官が泣きながら合格印を押したことで奇跡的に免許を取得し、ドラゴンも無事に登録された。免許証と登録証を手に「これで俺も真の竜騎士だ!」と喜ぶ勇者。だが、その喜びは、王宮の予算会議で脆くも崩れ去った。


「報告します!」と会計官が顔面蒼白で叫ぶ。


「ヴォルケイノ号の維持費ですが、まず食費としてA5ランクの魔獣の肉を日に3トン。次に、月額の対人・対物飛行保険料が金貨千枚。そして、郊外に建設した竜舎の維持管理費……これらを合計すると、我が国の年間税収の5%を占めることが判明しました!」


会議室は静まり返り、国王陛下も苦渋の表情で決断を下された。

「……やむを得まい。『国家安全保障に関わる緊急出動時以外の、火竜ヴォルケイノ号の飛行を全面的に禁ずる』という新たな条例を、本日付で制定する」


こうして、勇者の空飛ぶ愛馬は、年に一度の軍事パレードで、来賓席の上を儀礼的に一周するためだけに存在する、世界で最も贅沢な宝の持ち腐れとなったのだった。後日、「近所のパン屋までひとっ飛びしてくる!」と翼にまたがろうとする勇者に、私が分厚い『飛行特別許可申請書兼飛行計画報告書』の束を無言で差し出した時の、彼の絶望に満ちた顔を、私は生涯忘れないだろう。

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