第十五話 召喚獣に有給休暇!?労使交渉はもうこりごり!
「見ろ、書記官! 俺の新しい相棒、冥府の番犬ケルベロスだ! こいつの三つの頭と鋭い牙があれば、魔王軍の百人や二百人、物の数ではないわ!」
戦士が意気揚々とダンジョンから連れ帰ったのは、三つの頭を持つ地獄の番犬だった。その威容は確かに頼もしい。しかし、彼の「新しい相棒」の扱いは、およそ相棒と呼ぶには過酷すぎた。夜は不眠不休で見張りをさせ、昼は重い荷物を全て背負わせ、食事は自分の食べ残しの骨を与えるのみ。
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その数日後、私の執務室に「王都魔物愛護団体」を名乗るエルフの一団と、労働基準監督署の職員が、厳しい表情で乗り込んできた。
「告発状が正式に受理されました! 貴パーティー所属の戦士殿が、召喚獣ケルベロスに対し、悪質かつ継続的な労働搾取を行っているとのこと! これは昨年施行された『召喚獣労働環境改善法』、通称『魔物労基法』への重大な違反行為です!」
「去年、そんな法律が成立してたんですか!?」
私の悲鳴も虚しく、監督署による騎士団の兵舎への強制立ち入り調査が決定した。調査の結果は散々たるものだった。「休憩時間ゼロの連続24時間勤務」「危険業務手当(高級骨ガム)の未払い」「住環境の劣悪さ(雨漏りする馬小屋)」「上司(戦士)による『ポチ』と呼ぶなどの尊厳を傷つけるパワハラ行為」――違反項目のリストは、羊皮紙三枚分にも及んだ。
かくして、王宮の大規模会議室にて、王国史上初となる「人間と魔獣の団体交渉」が開催される運びとなった。私がなぜか、その調停役である。
交渉は開始早々、泥沼化した。
「グルルルル…(我ら三兄弟は、最低でも週二日の完全休暇を要求する!)」と右の頭が唸れば、
「ワオーン!ワフッ!(賃金、すなわちA5ランクのドラゴンステーキを、一日三食支給することを求める!)」と左の頭が勇ましく吠える。
「クゥーン…クゥーン…(そもそも、あの上司は脳筋すぎてコミュニケーションが成立しない。もっと我々の心情を理解する努力を…)」と真ん中の頭が悲しげに訴えた。
「何を言っているのかさっぱり分からん! ポチは俺の言うことだけ聞いていればいいんだ!」と叫ぶ戦士と、三者三様の要求を突きつけるケルベロスの間で、私は胃薬を水なしで嚥下しながら交渉を続けた。隣ではリリアが、冷静沈着に議事録を取りながら、時折「労働契約法第15条に基づき、使用者は労働者の人格権を尊重する義務があります」と的確な法的助言を挟んでくる。
最終的に、「完全週休二日制の導入」「食事はA5ランクのドラゴンステーキ(ただし週に一度)」「戦士はケルベロスを敬意を込めて『ケルベロス様』と呼ぶこと」などを盛り込んだ、極めて現代的な労働協約が締結された。ケルベロスは三つの頭で満足げに頷いたが、その代償として、戦士の月給の実に8割がケルベロスの食費と福利厚生費(特注の巨大ベッド購入費など)に消えることが決定した。
後日、金欠で泣きついてきた戦士に、私は副業として夜間の城門警備のアルバイトを斡旋しておいた。もちろん、彼のシフトではない日に、ケルベロス様がしっかり休暇を取れることを確認した上で、である。




