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週末特別読み切り 誕生日プレゼント大作戦

待ちに待った休日がやってきた。地獄のコンプライアンス研修やら、水スライムの労使交渉やら、水道料金の徴収業務やらを経て、ついにこの私にも平穏な休日が与えられたのである 。助手のリリアも、私より先に長期休暇を取ったことに罪悪感を覚えていたのか、「今度の休日、王都でランチでもいかがですか」と誘ってくれた。仕事とプライベートはきっちり分けたい性分だが、後輩の健気な誘いを無下にするのも大人気ない。私は快諾し、王都の噴水前で待ち合わせることになった。





約束の時間に少し遅れて、リリアが小走りでやってきた。いつも見ている隙のない制服姿とは全く違う、ふわりとしたワンピースに身を包んでいる。


「先輩! お待たせしてすいません……!」

「服装、変えたんだな。似合ってるじゃないか」

「あ、ありがとうございます!」


褒めた途端、彼女の頰がわずかに赤らむ。仕事中は「歩く王宮法典」と恐れられる彼女も、こうして見ると年頃の女性なのだな、と少し感心した 。


「仕事じゃないんだから、そんなに緊張しなくていい」

「は、はいっ!」


ぎこちない返事をするリリアを連れて向かったのは、王都一と評判のレストラン「陽気なビストロ」。私にとっては、欠陥品のロウソクのせいで客が全員泣き笑いしていた阿鼻叫喚の現場という、あまり思い出したくない記憶が染みついた場所だが 。


「おおっ! 役人さん! あの節はどうも! おかげで店は大繁盛ですよ!」

「やあ店主さん、その節は……まあ、どうも。今日のおすすめは何かな」

「今日は取れたてのドラゴンのテールステーキが入ってます! いつもお世話になってますからね、サービスしときますよ!」


店主のウインクに苦笑いを返しつつ席に着くと、リリアが何やらすねたように黙り込んでいる。


「あれ、ドラゴン嫌いだったか? 今からでも注文を変えられるが」

「そういうことじゃ、ありません」

「えっと……?」

「先輩って、本当に察しが悪いですよね。そのうちご自分の誕生日も忘れちゃうんじゃないですか?」


急に不機嫌になったリリアを前に、私の頭はフル回転を始める。何かまずいことを言ったか? 書類の締め切りは守ったはず。いや、仕事の話ではない。となると、いや待て、誕生日?ま、まさか…


「……もしかして、誕生日か?」


そういえば、彼女の職員名簿にそんな記載があったような……まさか今日だったとは!


「……まあ、ギリギリセーフです。先輩、そういうところですよ」

「すまん! 決して忘れていたわけじゃないんだ!」

「本当ですか?」

「本当だとも! もちろん、プレゼントだって用意してあるさ!」

「えっ! さすが先輩です!」


まずい。とてつもなくまずい。満面の笑みで喜ぶリリアを前に、私の背中を冷や汗が伝う。プレゼントなど用意しているはずがない。このままでは週明けから執務室の空気が氷河期に突入してしまう。


その時、天の助けか、あるいは悪魔の囁きか。


「おお、書記官殿! なんと奇遇な! 神のご加護ですな!」


通りがかったのは、勇者パーティーのあの生臭坊主だった 。正直、こいつらに貸しを作るのは人生最大級のリスクだが、今は緊急事態だ。



私は僧侶を裏路地に引きずり込み、事情を手短に話した。


「なるほど、女性への贈り物ですか。お任せください。こういう時のために、わたくしは信徒の方々から様々な情報を得ております。私が良い品を見繕って、後ほどお届けいたしましょう。ささ、彼女をお待たせしてはいけませんよ!」


こういう時だけは、本当に頼りになる男だ。


リリアのもとに戻り、絶品のステーキを堪能してから、夕景が美しいという街外れの展望台へ向かう。道すがら、通りすがりの商人のふりをした僧侶が、こっそりと私に紙袋を渡してきた。まるで非合法なブツの取引だが、今は文句を言っている場合ではない。


夕陽が王都を茜色に染め始めた頃、私は初めて紙袋の中身を確認した。中から出てきたのは、ハートの意匠が施された可愛らしい髪留めと、それとお揃いのブローチ。


「……あの野郎、やりすぎだろ……!」


ふと気配を感じて振り返ると、ベンチの背後にある茂みから、勇者一行がニヤニヤしながらこちらを窺っている。リリアは既に紙袋に気づき、期待に満ちた瞳でこちらを見つめている。

もう後には引けない。週明けの同僚たちの視線が目に浮かぶが、覚悟を決めるしかない。


「リリア、いつも助かってる。これ、王都の店で選んだんだが……良かったら、受け取ってくれ」

「……! 先輩、これ……!」


後は野となれ山となれだ。


「わあ……! すごく嬉しいです! 先輩、見直しちゃいました!」


意外にも、彼女は大喜びで早速髪留めを付けてみせている。その屈託のない笑顔に、こちらの心臓が妙な音を立てた。


「(た、助かった……のか?)」

「先輩も、ほら!」


そう言って、リリアが私の胸に、お揃いのブローチを付けてくれる。近付いた彼女から、ふわりと花の香りがした。

茂みの中から、勇者たちが満面の笑みでガッツポーズを送ってくる。今日ばかりは、この問題児どもに感謝しなければなるまい。……後でどんな請求書が回ってくるかは考えないことにして。

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