第十二話 勇者パーティーと行く地獄のコンプラ研修会
全ての始まりは、私の執務室にうず高く積まれた「市民からの苦情」という名の書類の山だった。
「勇者殿が酒場で暴れ、店の備品を破壊」
「僧侶様が『聖なる寄付』と称し、執拗に金品を要求」
「戦士殿が『訓練』と称して城壁の一部を破壊」
「魔法使い様が詠唱した愛のポエムがうるさくて眠れない」
……もはや苦情というより、魔王軍の被害報告書に近い。正直、以前より私に元には彼らの狼藉の数々が報告されていたが、私やリリアが何か言った所で意味が無いのは分かり切っていたので、半ば放置していたのである。
しかし、あまりの惨状を見かねた国王陛下が、ある日、私を玉座の間に呼びつけた。
「書記官よ。勇者一行の活躍は喜ばしいが、最近、民からの評判が芳しくない。英雄とて、社会の一員としての自覚を持つべきである。よって、そなたを講師とし、『第一回・王都勇者向けコンプライアンス研修』の開催を命ずる!」
こうして、私の貴重な三日間は、脳筋集団への無謀な座学指導に費やされることが決定した。魔王討伐より困難な任務の始まりである。
研修当日。王宮の一室に集められた勇者一行は、あからさまに不満そうな顔で席に着いていた。
「なんだよコンプライアンスって。新しいモンスターか?」
と勇者がぼやく横で、リリアが分厚いテキストを全員に配布する。その表紙には、お役所的フォントでこう記されていた。
『英雄のための法令遵守と社会的責任入門』
「それでは、これより研修を始めます」
私が死んだ魚のような目で宣言すると、地獄の研修が幕を開けた。
*
「最初のテーマは、パーティー内における適切な指導、いわゆる『パワハラ』の防止についてです」
私がそう切り出すと、勇者は「パワハラ?パワーでハラスメントを粉砕する、俺の得意技か!」と胸を張った。もう帰りたい。
「ロールプレイング形式で学びましょう。設定は『戦士がオーガの討伐に失敗した』場面です。リーダーとして、勇者様は戦士殿にどう声をかけますか?」
勇者は待ってましたとばかりに立ち上がり、戦士を指差して怒鳴りつけた。
「おい戦士!なぜあのオーガを仕留め損なった!腕がなまってるんじゃないのか!貴様は勇者パーティーの恥さらしだ!この無能!」
その瞬間、リリアが冷静に「アウトです」と書かれた札を掲げる。
「指導の範囲を超えた人格否定は、典型的なパワーハラスメントです。業務改善に繋がらない威圧的言動は、パーティーの士気を著しく低下させます」
「なっ!? これは部下を鼓舞するための愛のムチだぞ!」
「判例によれば、それは通用しません」
リリアの冷静沈着な反論に勇者はぐうの音も出ず、席に沈んだ。やはり、こういう仕事はリリアに任せるに限る。
*
「次は、市民、特に酒場の店員などに対する『セクハラ』についてです」
勇者は「よし、今度こそ俺の魅力を示す番だな!」と再び自信満々に立ち上がる。
「設定は『酒場で看板娘に飲み物を注文する』です。どうぞ」
「おう、姉ちゃん!こっちに来て俺の隣で酒を注げ!魔王を倒す英雄の酌だぞ、光栄に思え!はっはっは!何なら俺と結婚してくれ!何てな!」
リリアが、先ほどよりさらに冷たい視線で「アウトです」の札を突きつけた。
「優越的地位の濫用であり、明確なセクシャルハラスメントです。悪質な場合、勇者免許の剥奪もあり得ます」
「な、なんだと!?俺はただ、ファンサービスをだな……」
「その認識の甘さが問題なのです。相手が不快に思えば、それは全てハラスメント行為となります」
リリアのあまりの正論に、勇者は「俺は……女性とどう話せばいいんだ……」と本気で頭を抱え始めた。まあ、これを機に悔い改めてくれるならこちらとしてもお詫び行脚が減って好都合である。
*
「最後のテーマは、情報管理の重要性についてです。皆さん、業務上知り得た個人情報などを、適切に管理していますか?」
私の問いに、僧侶が「お任せください!」と、やけに分厚い帳簿を取り出した。
「これは私が長年書き溜めた『信徒リスト』です。誰がどんな罪を犯し、どんな悩みを抱え、そしてどれくらいの資産を持っているかが全て記録されています。これを元に、神の教えに基づいて適切な額のお布施を……」
「ストォォォップ!!」
リリアの絶叫が部屋に響いた。
「それは完全な個人情報保護法違反です!プライバシーの侵害!そのリストを今すぐシュレッダーにかけなさい!」
「な、なんと!?これは神聖なる魂の記録簿ですよ!?」
「記録簿だろうと、本人の同意なく個人情報を収集・利用することは固く禁じられています!」
リリアが鬼の形相で帳簿を奪おうとし、僧侶が涙目でそれを死守する攻防が数分間続いた。
研修の最後には、理解度を確認するための筆記テストが実施されたが、結果は言うまでもない。
問:ダンジョンで助けを求める村娘を発見。どう対応すべきか?
勇者の答え:『俺が守る!』と力強く抱きしめる。
問:パーティーの士気を高めるための適切な方法は?
僧侶の答え:酒と金。
……全員、満場一致で赤点だった。
しかし、私がこの悲惨な結果を報告書にまとめて提出すると、国王陛下は「うむ、研修を実施したという事実が大事なのだ。ご苦労であった!」と、なぜかご満悦の様子。どうやら、この研修は国民に対するポーズに過ぎなかったらしい。私の胃痛と引き換えに、プロジェクトは一応の成功として幕を閉じた。
これで平穏が戻る……そう信じていた翌日の昼下がり。
衛兵が血相を変えて私の執務室に駆け込んできた。
「た、大変です、書記官様!勇者様が王都の武器屋で大暴れを!」
報告によれば、勇者は店主に向かってこう叫んでいるという。
「店主!この聖剣が高すぎるのは不当景品類及び不当表示防止法違反だ!俺は昨日、研修で学んだんだぞ!コンプライアンスを遵守しろ!」
……私は、天を仰いだ。
あの脳筋に、中途半端な知識という新たな武器を与えてしまったのは、どうやら私自身だったらしい。机の上に置かれた「第二回コンプライアンス研修計画書(案)」の文字を見つめながら、私の口からは深いため息しか出てこなかった。




