第九話 勇者様!ゴブリンの頭蓋骨は課税対象です!
ある晴れた日の午後。私とリリアは息抜きに王都のカフェ「笑う狼カフェ」で穏やかな午後の日差しを楽しんでいた。
「いやあ、たまにはこういうのもいいね」
「私たち、最近働きすぎでしたもん」
「ほんとリリア君が来てくれて助かってるよ」
「先輩も勇者に舐められすぎですって!もっとビシッと――」
ごほん、という咳払いでアフタヌーンティーは突然中断された。
「書記官殿。暇なら頼みたい仕事がございます。」
彼は税務官。確か王宮で何回かすれ違った以外に関わりはないはずだが…
「今は休憩中なんですが」
リリアがびしっと言い放つ。こういう時、押し切られないのは彼女の強みだ。しかし――
「それが、緊急でして。勇者様の件で…」
私とリリアは顔を見合わせ、二人同時に深いため息をついた。
今度は一体何をやらかしたんだ、あの問題児。
「税務官殿がいらっしゃったということは、税務関係ですか」
「はい。勇者様が以前にダンジョンより持ち帰られた品ですが、課税対象となっておりまして、その納付期限がもうすぐなのです」
最悪である。せっかく楽しい午後の休憩を満喫していたのに、あの書類倉庫に逆戻りという訳だ。
「では、戦利品関係の書類を取ってきます…」
と席を立とうとすると、バツが悪そうに税務官が口を開く。
「ええと、それがですね、書類はあるんですが、皆さま戦利品の所在が分からないと…」
「「……」」
数時間後、私とリリアは勇者の家にいた。
「なんですか、このゴミ屋敷…」
流石のリリアもゴミ屋敷には耐性が無いらしく、青白い顔で玄関に立ち尽くしている。
「ゴミ屋敷とはなんだ!俺はどこに何があるか完全に把握している!」
「じゃあなんで戦利品がどこにもないんですか?」
「それはその…一時的にどこかに置いていたら消えていたんだ!」
話にならない。勇者を家の外に放り出し、地獄のゴミ屋敷捜索が始まった。捜索対象は以前にダンジョンの宝箱から回収したというアンティークのコイン。しかし、家中を埋め尽くしたゴミの中からコインを見つけ出すのは余りに過酷な任務であった。
古びて錆びついた金属製のオブジェに、修学旅行先で売っていそうな謎のキーホルダー、そしていつぞやのテイクアウトの紙袋。
「何なんですか!この人!」
流石のリリアも憤りを隠さずにゴミを漁っている。そんな苦闘が数時間。陽が沈んだ頃になってお目当てのコインが見つかった。
「「あ、あった~!」」
すっかり綺麗になった勇者の部屋に二人の声がこだまする。
しかし、勇者の家は序の口に過ぎない。そう、勇者パーティーの全員が様々な戦利品を勝手に持ち帰っており、一週間後の期限までに全ての戦利品を揃えなければいけない。
「おい!俺の家に勝手に踏み込むな!」
「元はと言えばあなたの不申告が原因なんです!反省してください!」
二軒目の戦士の家からはリリアも心得たもので、ずんずんと部屋の奥に踏み込んでいく。
しかしそこは歴戦の問題児である。
「ちょっと!これ、なんでゴーレムの死骸をインテリアにしてるんですか!?」
「いいデザインだろ?書記官殿の分も作ってやろうか?」
「駄目です!ちゃんとダンジョンから持ち出したままの状態じゃないと!」
こんな有様なので、途中からは彼女に代わって私が室内の捜索と家主の説得に当たることになった。
しかし戦士はまだマシなレベルであった。僧侶などは
「ちょっと!何ですかこの金銀財宝は!」
と部屋の床下に隠されていた財宝を問いただせば
「いや、これは神への供物でして、今は”一時的に”我が家で保管してるだけなのです!この後寄付しますから!」
「では、こちらの酒樽は?明らかにダンジョンから持ち出された後に飲み干された形跡がありますが」
「そ、それはあれです!飲み会、じゃなくて、信者と聖なる水を用いて儀式を行いまして!」
という有様である。いや、僧侶はまだいい。一番ひどかったのは魔法使いである。彼の家に踏み込んだ時、怪しげなフラスコがボコボコと音を立てて沸騰し、その中で戦利品の魔物の死骸が次々と鍋にくべられていたのだ。
「ちょ、ちょっと!未申告なのに何やってるんですか!?」
「え?新しいカクテルの調合ですよ!書記官もいかがですか?」
「結構です!リリア君、火を止めて!」
「ああ!私の傑作カクテルがあ!」
これは困ったことになった。インテリアにされたり紛失されるのはまだいい。しかし煮込んで混ぜ合わされると、一体何をどう申告すればいいのか…
そこで私の中で天使が素晴らしいアイデアを出してくれた。
「魔法使いさん。そのカクテル、美味しいですか?」
「そりゃあもう!毎日飲みたいくらいです。」
「では、今この場で飲み干してください」
「え!?いやそれは…」
「毎日飲みたいんですよね?税務官が来る前に全て飲み干してください。一週間で」
泣き叫ぶ魔法使いを残して私たちは彼の家を後にした。
少々気の毒だが、我々としてもこれ以上書類を増やしたくないのである。
そうして迎えた一週間後。魔法使いは絶望しながら何とか例のカクテルを飲み干し、他の三人もどうにか戦利品を全て揃えて税務官を迎えることができた。
「なるほど、魔法使いさんの分以外は全て確認しました。ありがとうございました」
と満足そうに去っていく税務官を眺めながら、私とリリアは生気を失ったスケルトンのように立ち尽くしていた。
「終わった…」
「終わりましたね…」
「お茶でも行こうか…」
「はい…」
と、その時であった。耳慣れぬ足音が私の執務室に迫ってきた。
「書記官!私は王都の役所のものですが、先日の勇者様の酒に酔っての傍若無人について損害報告がこんなに!」
やはり、私とリリアにとって休日というのは夢物語の類のようである。
二人の絶望に満ちたため息が部屋に響き渡った。




