第八話 酒乱勇者と地獄の王都博覧会
王宮の私の執務室に、一枚の煌びやかな通達が届いた瞬間、今回の悪夢が始まった。
「『我が国の技術力と文化を内外に示すため、第一回・王都魔導博覧会を開催する。なお、当イベントに関する各種許認可、出店管理、安全監督の事務一切を、貴官に一任する』……ですって」
助手のリリアが、青ざめた顔で読み上げる。机の上には、通達と同時に届けられた、山脈のように分厚い申請書の束。私は思わず額を押さえた。
「また国王陛下の無茶な思いつきか……。出店申請書、食品衛生許可、火気及び魔力使用申請、ゴーレムの臨時稼働届……これじゃあ博覧会じゃない。トラブルのデパートだ」
「計画書の安全対策の欄に『勇者がいるから大丈夫』としか書かれていませんが、これは受理してよろしいのでしょうか」
「もちろん却下だ。今すぐ安全計画書をゼロから作るぞ、リリア君」
数日後、王都の大広場にはあらゆるジャンルのテントとブースが立ち並んでいた。「絶対に懐かないグリフォンの雛、ふれあいコーナー」「食べるとランダムで全身が狼男になるキノコの試食会」「触ると十倍に膨張するスライム体験会」など、危険としか思えない出店がひしめいている。
私とリリアは「安全監督」の腕章を付け、分厚い規約集を片手に会場を巡回し、「そこのブース! 許可なく花火を打ち上げない!」「そこのあなた! 召喚した魔物はリードに繋いでください!」と、片っ端から警告シールを貼って回る。
だが、本当の地獄は、まだ始まったばかりだった。
「よう! 書類屋! 俺たちもブースを出すことにしたぞ!」
満面の笑みで、勇者が胸を張ってやってきた。背後には、もちろんお馴染みの問題児三人組。彼らが掲げた看板には、こう書かれていた。
【英雄の宴亭】
「俺は、戦利品の『無限に酒が湧き出る呪いの樽』で、勇者印のビールを振る舞う!」
「私は、信者の方々に『聖水』と称した神聖なるワインを頒布するのです! お布施はもちろん金貨からです!」
「俺は、秘伝のタレで漬け込んだオーク肉の丸焼きだ! 煙も香りも派手にいこうぜ!」
「私は、禁書に記されたレシピで『飲むと一時的に髪の色が変わる』神秘のカクテルを調合する!」
……嫌な予感が、頭痛となってこめかみを殴りつける。
「ちょっと待ってください! 酒類販売許可は!? 食品衛生管理責任者の資格は!? 火気使用申請書と、呪物の持ち込み許可証は!?」
「細けえことはいいから、ここにハンコを押せ!」と勇者が差し出した、落書きにしか見えない申請書。
リリアが私の前に立ち、六法全書のごとき規約集を開いた。
「王都イベント開催条例、第15条に基づき、無許可での飲食提供は禁止です。まず、こちらの申請書37種類すべてにご記入と押印を」
こうして、私とリリアの許認可地獄が幕を開けた。
案の定と言うべきか、博覧会初日からトラブルが連鎖的に発生した。
戦士が焼いていた肉は、規格外の火力で脂が跳ね、もうもうと立ち上る黒煙が隣のブースを直撃。そこは、高名な織物職人が出店した、一枚金貨百枚は下らないという最高級の魔導絹の店だった。
「うちの繊細なユニコーンシルクが、全部BBQ臭くなっちゃったじゃないか!」
髭面の店主が、泣きながら戦士に掴みかかった。
魔法使いは、青白く発光するカクテル『深淵のアビス』を作って客に提供。しかし、その見た目とネーミングセンスのせいで、観客がざわついた。
「あれは毒か!?」
「いや、きっと強力な呪いのポーションだ!」
「飲むとどうなるんだ!?」
「さあ…異世界のサラリーマンに転生するとか…」
誰も飲もうとせず、ブースは閑古鳥が鳴いた。
「なぜだ!私の配合は完璧の筈!そうか!もっとゴブリンの血液を混ぜればいいのか!」
と最悪なひらめきを得てしまった魔法使いをリリアと二人がかりで押さえつける。
その頃僧侶はと言えば、祈りを捧げながらワイン(聖水)を配っていたが、無料(お布施)とあって信者が殺到。酔っぱらった信者たちが、肩を組んで大声で賛美歌を合唱し始め、近隣の「静かなる魔道具瞑想体験会」ブースから「うるさくて瞑想できん!」と苦情が殺到。
極めつけは、元凶たる勇者だ。自分のブースの酒に飽きたらしく、片っ端から酒をあおって悪酔いした挙句、通りすがりの客に絡みはじめた。
「おい、この国の酒は薄い! 薄すぎるぞ! 俺が魔王と戦った時に飲んだ、炎の巨人の血の酒に比べれば、まるで水だ!」
「勇者様……お客様を脅すのはおやめください!」
私とリリアは会場を走り回り、衛生局や警備兵に平身低頭で頭を下げ、作成したばかりの安全計画書を振りかざし、なんとか営業停止処分だけは回避し続けた。
だが、本当の地獄はその後にやってきた。
会場の端で、魔導具職人たちが、新型の家庭用魔力炉の実演を行っていた。人だかりの中、職人が「従来の三倍のエネルギー効率を誇り…」と説明した瞬間、メーターが振り切れ、魔力炉が火花を散らして暴走を始めたのだ。
「危ない! 過負荷だ!」
火花は、まるで意思を持ったかのように、一直線に勇者ブースの「無限に酒が湧き出る呪いの樽」へ――。
「ひぃぃっ!? あの樽はアルコール度数96パーセントですよ!」
樽に魔力が直撃し、火焔と共にリリアの悲鳴が響く。私はとっさに緊急災害対策マニュアルを開き、叫んだ。
「全員、消火活動開始! 水魔法班、樽を冷却! 僧侶は防護結界! 戦士は樽を安全な場所へ!」
魔法使いが強力な氷結魔法を放ち、僧侶が神々しい防護結界を展開し、戦士が燃え盛る樽をひっくり返そうと走り出す。完璧な連携だ。勇者はというと――
「よし、引火する前に、俺が全部飲み干す!」
「やめてください! あなたの口はポンプじゃありません! ただの自殺行為ですよ!」
私の絶叫も虚しく、酩酊した勇者、もとい酒乱の問題児は樽に口をつけようとする。
……結局、魔法使いの氷塊が運よく樽に直撃し、間一髪で鎮火には成功した。観客は、一連の騒動を最高のエンターテイメントと勘違いしたらしく、「勇者様が燃える酒を飲み干して火を消したぞ!」「すごいショーだった!」と、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
こうして、魔導博覧会は、いくつかのブースを犠牲にしながらも、妙な形で歴史的な大成功を収めてしまった。
数日後、王宮にて。
「いやあ、勇者ブースのパフォーマンスは素晴らしかった! 国威発揚に大いに貢献したぞ!是非とも来年も開催したい!その時はよろしく頼んだ!」
と、国王陛下はご満悦である。
私は事故原因究明報告書と、損害賠償請求書の山を机に積み上げ、無言で深呼吸した。横ではリリアが疲労と絶望からか、ゴブリンのように真っ青な顔をしている。
「……結局、三日間の徹夜で、この書類仕事を全部こちらに押し付けられる形ですか」
「そういうことだな。結局私たちは酒乱勇者と生臭坊主、それと自称発明家の問題児たちの後始末係ってことだ」
二人して、同時に深いため息をついた。その時だった。
「おお書類屋、二人ともお疲れ!博覧会は楽しかったな! 次は『王都一周・空飛ぶ絨毯レース』を企画しようと思うんだが、許可は下りるか!?」
懲りない勇者の声に、私とリリアは、言葉もなく顔を見合わせ、静かに机に突っ伏した。




