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序章 異世界転生と書類の山

気がつくと、私は机の上で無数の書類に埋もれていた。


わたしはついさっき、白い光に包まれて死んだ――いや、そんなロマンチックなものではなく、切れかかった蛍光灯の下、あの地獄のような職場で19連勤の末、過労死した記憶まではある。だが目を開けて最初に見たのは、勇者でも魔王でもなく「未処理書類」の塔だった。今にも崩れ落ちそうな書類の山と、ざらざらとした年季の入った書類机。


「……あれ?異世界って、もっとこう……エルフとか美少女とか出てくるんじゃないの?」


誰にともなく呟いた声は、紙に埋もれて消えた。


扉が勢いよく開く。


「そなたが新任の書記官か!」偉そうなおじさんが仁王立ちしている。


「魔王討伐のための許可証、半年も滞っておる!貴様の働き次第で国が滅びるぞ!」


いやいや、いきなりそんな重責を渡されても困るんですけど!?そもそもここはどこ?あなたが王様?ならこんな新人にそんな重要書類触らせるとか正気か?


しかし、文句を言う前にそのおじさん(後から知ったが、この国の大臣だったらしい)は


「いいか、前任者はあまりに仕事が遅いので炭鉱送りにしてやった!貴様もさっさとそこにある書類どもを片付けないと、ツルハシを抱えて穴倉暮らしになるぞ!」


そう言い放つと、扉をバタンと閉め、どこかヘと行ってしまった。


・・・ブラック企業からようやく解放された先にあったのは、労働基準法すら存在しないダークマター職場であった。


とはいえ、ぼやいていても炭鉱送りは回避できない。私は恐る恐る、目の前の山から幾つかの書類を取り出す。幸い、文字は読めるし、言葉も通じる。


兵糧搬送計画書、行軍許可願、勇者旅費精算書……そして気付いてしまった。すべて、押印欄がぽっかり空白。


「……ハンコ無いんですけど!」


大声で扉に向かって叫ぶと


「だからそなたがもらってこい!」


とぶっきらぼうに返事があった。


「いやいや!こんなに?倉庫番から王様まで二十人分!?しかも二部ずつ!?」


頭を抱えながらも、何とか優先順位を付けていると、乱暴に扉が開いた。


「おい!いつになったら俺たちは出発できるんだ!」


勇者一行である。勇者、僧侶、魔法使い、戦士。皆、武器や杖を構えたまま、完全に「出発する気満々」だ。


手間が省けたな、とばかりに私は書類を掲げた。


「兵糧計画書が未提出です。あと旅費の精算書も未完了。出発できるわけないでしょう。」


「なにィィ!?俺は魔王を倒すんだぞ!書類なんぞお前が何とかしろ!」


「その前に経費を倒してください。宿泊費は立替払い不可って書いてます。あと、勇者様ご一行のハンコ、押してもらえないと出発できませんから。」


前任者が相当のんびり仕事を進めるタイプだったのは察していたが、勇者はとっくに我慢の限界に達していたようで、それを聞くなり、剣を抜いて切っ先を向けてきた。


「いい気になるなよ!この木っ端役人!紙切れごときに縛られてたまるか!」


私は冷静に指差した。


「そこに“この書類がなければ兵士一人も動かせません”って書いてあります」


顔を真っ赤にしながら勇者が固まっていると、見かねた僧侶がぼそっと呟く。


「……あの、ハンコ持ってきますね」


こうして私の異世界転生、もとい転職?一日目が始まった。


剣も魔法も使えない。だが、ハンコのために城内を駆けずり回る脚力と、書類を三秒で仕分けるスキルだけは誰にも負けない。


異世界転生?


そんなことよりハンコ下さい!

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