第9話 取らぬルートのミツ算用
僕達が森を出て家に帰る頃には日が暮れて夜になっていた。
「コラッ!2人とも帰ってくるのが遅いわよ!外はもう真っ暗じゃない!」
マリーは小言で僕達を出迎えたが、クィンビーを見てあまりの驚きに説教どころでは無くなった。そしてハチの巣を一口食べた後は「幸せ…」と、ご機嫌になっていた。
僕は森から持ち帰ったヒーリスを庭に植えた。クィンビーからヒーリスが生息している場所を聞いて何本か採取しておいたのだ。実は僕よりもクィンビーの方がヒーリスを欲しがっていた。この花の密が一番美味しいらしい。
「それじゃ2人とも、明日は早起きしてトマトとナスとキュウリを収穫して街に売りに行くから、今日は早く寝て頂戴ね」
「皆しっかり働くのじゃぞ。妾のハチミツには疲労回復効果もあるゆえ、畑仕事が終わったら食べて行くが良い」
クィンビーのこの言葉に一番嬉しそうなのはマリーだった。マリーのこんなに嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだ。しばらくはマリーの機嫌が悪くなる心配は無さそうだ。僕もレオンも今日の森の探索は大成功だったと喜んだ。
✳✳✳✳ 次の日の朝 ✳✳✳✳✳
朝早く僕達はマリーに叩き起こされ、眠い目を擦りながら野菜の収穫をした。トマト、ナス、キュウリを収穫する。トマトの出来が良くマリーも嬉しそうだ。
それから朝食にパンとハチミツが並んだ。マリーがクィンビーに教わってハチの巣から蜜を取り出したらしい。あの固いパンもハチミツを付けるととたんにご馳走になった。マリーもご満悦である。
しかしクィンビーが朝食の間ずっと僕達の周囲を飛び回っていたのは鬱陶しかった。レオンが「何してんだ?」と聞くと「お前達が妾の所有物だと分かるようにフェロモンを付けているだけじゃ。気にするでない」とクィンビーは得意気に言った。いつから所有物になったのやら。
それから野菜を積んだ荷車を押して街に出掛けた。クィンビーは街に興味は無いと言ってついては来なかった。
村人に見付からないよう、トラブルにならない様念を押しておいたが大丈夫だろうか?
少し心配だが、そうは言っても誰も家に残ることは出来ない。マリーは露店の看板娘だし、レオンは荷車を引くために必要だ。僕やマリーだけだと街に着くのは日が暮れてからということになりかねない。僕は街で金物修理の仕事もこなし、少しでも金を稼ぎたい。街では村のように修理代を値切る必要もない。
「大丈夫じゃ、心配するな。問題を起こすようなことはせぬ。妾も少しやりたいことがあるゆえな。今日は別行動じゃ」
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スクートの街に着くと門の衛兵に銅貨を10枚渡す。5枚は通行料、3枚は露店市場の場所代。2枚は衛兵にだ。2枚の銅貨は衛兵の酒代に消えるだけだがこういう金は必要なのだと子供でも知っている。賄賂と言うよりはチップに近い。衛兵から露店の許可証を受け取ると「ありがとうございます」とマリーは笑顔でお礼を言い僕達は門を潜った。
それから市場に行って露店を始める。荷車に積んだ木の板を組み合わせて台を作り、そこに今朝採ってきた野菜を並べる。
僕は隣でござを敷き、腰を下ろして錬金板を前に置く。錬金板とは錬金術を使う時に必要な魔方陣の刻まれた金属板だ。錬金板の上に素材を置き魔方陣に魔力を込めることで錬金が始まる。
『金物修理いたします』と書かれた簡単な看板も出す。
後は客が来れば良いのだが、銅貨3枚では市場の隅っこだ。客の通りは多くないし、中央市場で買い物を済ませた客が目の前を通っても期待は出来ない。
でも泣き言は言ってられない。マリーは客を集めようと必死に声を出して呼び込みをしている。
「野菜はいかがですかかー!今朝採れたての新鮮なトマト、キュウリ、ナスはいかがですかー!美味しいですよー!」
クィンビーを連れてくれば客寄せに使えるんじゃないか?とも思うが魔族だと騒がれたらそれどころじゃない。まぁ、いつも通りだ。頑張ろう。
昼過ぎになって客足もボチボチと言ったところだ。野菜もまぁまぁ売れている。マリーの高い声は良く通り愛想も良い。こんな市場の隅でも野菜をちゃんと売っている。もっと高く売れる商品でもあれば市場の中央で露店を出すのに。
「おー、来てるなルート。今日もコイツを頼むわ」
「やぁ、ペイルさん。今日もいつもの調整?」
ペイルはBランクの冒険者で、この街の冒険者の中ではトップ層の戦士だ。歳は20代後半くらいの男性でたぶん彼女はいない。以前、たまたまこの露店の前を通った時に僕の錬金板を見て「これ、まさか坊主の錬金板か?」と驚いて試しにと剣の修理を請け負ってからの常連だ。ただ、「凄い凄い」と言いながら錬金板を見るふりしてチラチラ横目でマリーの方を見ていたのを僕は知っている。剣の調整と言ってはしょっちゅうやって来るのもきっとマリー目当てだろう。でも、それでも構わない。別段、悪い人では無さそうだし、金を払ってくれるならマリーも喜ぶ。
「あぁ、今日はコイツをもう少し重くしてくれ。重心は変えずにな。そうだな、80gだ」
「了解、ちょっと待っててね」
後ろの荷車から鉄屑と天秤と分銅を取り出す。そしてペイルから剣を受け取ると錬金板の上に乗せ鉄屑を80g計ってそれも加え、錬金板に手をかざして魔力を込める。すると魔方陣が光り出し、剣と鉄屑が融合していった。完全に融合した剣を確認してペイルに声をかける。マリーと世間話をしていたペイルは名残惜しそうにマリーの元を離れ剣を受け取った。
「どうでしょう、何か気になる点は無いですか」
ペイルは渡された剣の刀身をしばらく見つめた後、ニ、三回素振りをすると満足した表情を浮かべた。
「いや、これで良い。重さも十分、歯こぼれも直っている。相変わらず良い仕事だルート。で、いくらだ?」
「銅貨25枚になります」
「あいよ、それじゃあまたな」
「はい、また宜しくお願いします」
お金を受け取り営業スマイル。
「ペイルさん、毎度ありがとうございました」
マリーもニコッと愛想を振りまいた。ペイルはご機嫌で帰っていった。次は80g減らしてくれと又ここを訪ねて来るだろう。
「お疲れ様、ルート。」
「やったなルート。この調子でドンドンいこう」
「いや、これ結構疲れるんだよ。ドンドンは無理だよ」
「ならハチミツ持ってくりゃ良かったな。食うと元気出るもんな。と言うか、アレも売れたりしないのか?」
何気ないレオンの提案に、マリーは「売るほど無いわ、絶対ダメよ!」と反対していたが、僕はすでにいくらで売れるか皮算用していた。
✳✳✳✳ 錬金板の作り方 ✳✳✳✳
金属板を用意して、専用の魔法ペンに魔力を流し込み、ペン先に高熱を発生させて金属板に魔方陣を刻む。
魔方陣がより正確により綺麗に描ければそれだけ錬金術を使った時の合成や変化にムラや失敗が無くなる。ルートの描いた魔方陣は機械で描いた様に正確だ。
金属板の素材に関しても銅、鉄、ミスリル、金、オリハルコン等が有り、素材が固ければ固いほど魔方陣を刻むのにペン先の熱が必用になり、より多くの魔力を必要とする。
そして、ミスリルを錬金しようとしても銅や鉄の錬金板では不可能で、固い金属を錬金しようとするなら、その金属と同等以上の金属の錬金板が必要になる
ちなみに銅の金属板はほぼ練習用で学校の授業で使われ金の錬金板は富豪のコレクターアイテムで実用的な物では無い。
✳✳✳✳✳✳ おわり ✳✳✳✳✳✳