第8話 ふつつかな蜂ですが
「それで、お前は何なんだ?ただの虫じゃないのは分かるが、まさか魔族か?」
「何なんだと言われても困るのう。妾も産まれた時からこうじゃったから。それともう少し妾を縛ってるこのロープを緩めてくれんか?か弱い妾の体に食い込んで痛いのじゃ」
「ダメだ。お前はさっきもそう言って逃げようとした。信じられん」
1度クィンビーは逃亡しようとしてレオンに捕まっている。
「そっちの聡明そうな童なら分かるじゃろ。妾はもう嘘は付いておらぬ。このままではロープが妾の体を引きちぎって妾は死んでしまうかもしれぬ」
僕は首を振り両手の平を上に上げてお手上げのポーズでそれに応えた。
正直、僕達はこの奇妙な生き物をどうするか判断がつかずに居た。こいつがただの虫ではないことは姿や言葉を話す事でもあきらだ。無闇に離して良いものか、もしレオンが言ったように本当に魔族だったら…。
「どーすりゃ良いんだか…」
「妾を解放するのが一番簡単で良い方法だと思うのじゃ」
「お前が魔族で無いならの話だ」
レオンが時間を気にしている。
村に戻るタイムリミットが近付いている。こういう何も決まらない時間がレオンは苦手だ。結果がどうなろうとやってみて後悔するのがレオンのスタイル。でも、やってみる?何を?クィンビーをここで殺すのか?小さいとは言えこんな人間の女にそっくりな生き物を?彼女は人の言葉で慈悲を請うだろう。それでも僕達に出来るだろうか。しかし、もしクィンビーが魔族ならここで逃がせばこの森に、いずれ村に災いをもたらすかもしれない。
「そう言えばクィンビーって蜂の女王なんだよね?」
「そうじゃ童よ、妾は女王じゃ」
「女王蜂が巣から離れて他の蜂達は平気なの?探しに来る様子もないけど。蜂は女王を物凄く大事にする虫じゃなかったっけ?」
「あ、あああ…。それはじゃな、その、じゃな」
何だ?何か誤魔化そうとしているのか?
「もうタイムオーバーだ。コイツはどこかクモの巣に引っかけて俺達は肉を探す。それでこの話は終わりだ。神様がコイツを生かすか殺すか正しい判断をしてくれるだろう」
レオンは吐き捨てる様に言った。しかし、これはレオンの演技だ。レオンがチラッと僕を見てウインクした。
「わわ、分かった!言うから待っておくれ。そのじゃな、妾は巣から追い出されたのじゃ」
これはちょっと気まずい感じの身の上話か?
「その…新しい女王が産まれてな。妾は女王争いに負けて…。あはは、酷い話じゃろ?妾が作って育てた巣だったのにのう。薄情な子供達じゃ。みんな新しい女王に付きおった。そんなに若い女が良いのか!悔しい!」
何だか、クィンビーが魔族とか村に災いが起こるかもとか考えていたのが馬鹿らしいな。
「それでな、新しい巣を作らないと妾も生きられないじゃろ?それで、新しい巣を作る場所を探してウロウロしてたら、その、クモの巣にな、ほら…な?その…捕まってしもうた…という訳じゃ。妾も女王だと言うのにみっともない話じゃ」
「そうか、分かった」
そう言うとレオンはクィンビーを縛っているロープをほどいた。害は無いだろうとレオンも思ったに違いない。
「おお、解放してくれるか童達よ」
ロープを解かれたクィンビーは嬉しそうに周囲をブンブン飛び回った。
「正直、俺達もお前だけに時間を割くわけにもいかないからな。肉を持って帰らないと。でも今からじゃ結構厳しいかもなぁ」
レオンは自分の影の長さをみて時間を計算していた。帰りも考えると確かに時間はそんなに無い。
「川で魚が釣れるかも。僕は魚を狙ってみるよ」
「じゃあ俺は肉を探してくる。ルート、ゴブリンに注意してな。もし襲われたら大声で叫びながら逃げ回れよ。助けに行くから」
「分かった。レオンも気を付けてね」
そんな僕達の会話を聞いていたクィンビーが話に入ってきた。
「童達は食料が欲しいのか?」
「そうだ。お前のせいで余計な時間使っちまったがな」
「ならば妾の食料を分けてやろう。命を救ってもらった恩もあるしな」
「食料ったって、俺達は蜂みたいに花を食べて生きてる訳じゃないぞ。蜂の食料なんて、なぁルート」
いや、もしクィンビーが言う蜂の食料がハチミツの事なら絶対に欲しい。この世界での甘味は限られている。砂糖は高価だし果物やドライフルーツくらいは王都生活をしていた時に食べたことはあるが、今の村に越してからは甘味とは全く無縁の生活をしていた。
「いや、行こうレオン。僕が想像している食べ物ならマリーもきっと喜ぶはずだ」
「何だ、ルートにはどんな物か分かってるのか?」
「多分、間違いないと思う」
クインビーに連れられてしばらく歩くと一本の大きな樹の前にやって来た。
「ハァ…俺達人間は木なんか食わないんだよクィンビーさん」
レオンが毒づく。
「フッフッフーン、慌てるでない。幹のこの部分に穴が空いてるじゃろう?ここから顔を突っ込んで上を見てみい」
やはり僕の思った通りだ。これは蜂の巣、ハチミツが有るに違いない。
「え、ここに顔を突っ込むのか。…ムカデとか居ないだろうな」
「レオン、僕がやるよ」
顔を樹の洞(樹の幹に空いた空洞)に顔を突っ込んで上を見ると、ハチの巣があった。板状の巣が5枚有る。1枚1枚がまな板くらいの大きさだ。その1枚をナイフで切り出しレオンに差し出した。
「おおお、何だこれ。何でこんなに黄金色をしてるんだ?中は六角形の穴がたくさん。これってハチの巣なのか?食えるのかこれ?毒があるんじゃないか?」
試しに僕がかじってみる。
とんでもなく甘く濃厚な味だ。忘れていた甘味に身体が震える。旨すぎる!
「甘い!」
思わず叫ぶとレオンもハチの巣にかじりついた。それも大口を開けて。
「何じゃこりゃあ!ヤバ過ぎるだろ!」
レオンも叫ぶと2人で巣の半分を平らげた。
「これが妾の食料のハチミツじゃ。驚いたか?甘さとコクがそこらのハチミツとは訳が違う特別製、他のハチ達も知らぬ妾のとっておきじゃ」
「ルート、残りはマリーに持っていこうぜ。しかしこれ結構ベタつくな。袋には入れられないぞ。どうすっか」
「大きい葉っぱを集めて川で洗ってそれに巻いたら持っていけないかな」
「それでいこう。しかしあと半分か、もっと食いたかったぜ」
「童よ、その気持ちは分かるが物事はほどほどが良いのだぞ。足りないくらいが丁度良いのじゃ」
「レオン、中にまだ4枚ある」
「おお、全部貰おうぜ」
2人の会話を聞いてクィンビーが慌てる。
「ちょ、ちょっと待て童達。それは妾の食料じゃぞ。全部持っていかれては妾が飢えてしまう」
「じゃあお前も俺達の家に来いよ。どうせ帰る巣は無いんだろ?」
その言葉を聞いたクィンビーの顔がポッと赤くなった様に見えた。
「…強引じゃの」