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第1話 人生終了


「おっ、やっぱりここに居た。先輩、同席良いっすか?」


「いや、もう座ってるじゃんか小林」


 小林は笑いながらメニュー表を眺める。


「おばちゃん、冷やし中華おねがーい」


「あいよー」


 何処にでもある街のラーメン屋。

 おじさんとおばちゃんの2人で切り盛りしてもう30年になるらしい。

 少し寂れてはいるが昼飯時でも変に混まないで静かなので俺は気に入っている。


「先輩、今日は野菜炒めすか。あれ、昨日もそうじゃなかったすか?」


「今週はずっとこれだ。もうすぐ健康診断があるだろ。それまでは毎日これでいくつもりだ。健康に気を使って意識的に野菜を採るように心がけてる」


「いやー、色々間違ってる気がしますよ先輩」


「はい、こちら冷やし中華と醤油ラーメンね」


 そう言って店のおばちゃんが冷やし中華と醤油ラーメンをテーブルに並べた。


「醤油ラーメン?」


「俺のだ」


「先輩、健康診断近いから気を使ってるんすよね?」


「ふん!」

 

 今夜はやることがある。

 晩飯の時間も削るつもりだ。

 残業も今日は絶対やらん!

 

 俺の名前は石田 一哉かずや、34歳。ふたご座のO型。独身で彼女無し友達無しのボッチだ。

 公立の小中学校に通い平凡な高校大学に進学し、平凡な会社に入った。

 何か他人に自慢できる特技や資格が有るわけでもない。

 中肉中背。いや…最近少し腹が出てきたかもしれない。

 そんな何処にでも居る平凡な人間。

 それが俺。

 小林に言わせると俺は取っつきにくいオーラみたいなものが出ているらしいが。


 「顔かなぁ、もう少し笑ってみたらどうっすか?」


 とか小林は先輩の俺に向かって笑いながら平気で言ってくる。でも悔しいが腹は立たない。

 コイツの笑顔は男の俺から見ても可愛く見えるし言い方に嫌味が無い。いじられても悪い気がしない。

 

 俺の事を先輩と呼んでくるコイツは小林 たかし。多分、27歳だったはず。

 生年月日や血液型なんて知らん。以前話に出た事があるかもだが、そんなもんいちいち覚えてなどいない。

 同じ会社の後輩で、昼休みに俺がいつも利用しているラーメン屋に時々現れては一緒に飯を食っていく。

 もう少し言うと、コイツとはたまに飲みに行くこともある。

 数少ない、いや、唯一と言っていい俺の飲み仲間だ。

 だからと言って俺と同類のボッチと言うわけではない。会社の仲間と上手くやってるようだし大学時代からの彼女は居るし友人も多いらしい。

 スラッとした体格で顔も悪くない。

 明るく社交的でもある。

 会社でも有能。

 そして、俺と同じ意外な趣味もある。


「先輩先輩、明日土曜で休みじゃないですか」


「そうだな」


「それじゃ今夜飲みに行きましょうよ!」


「無理だな、今夜は予定がある」


「え…先輩に予定?もしかして彼女出来たんすか!?」


「そんなわけ有るか。だが今夜はダメだ。今日から1週間大事なイベントがある。1日も欠かす訳にはいかない」


「いやそれ絶対ソシャゲの事っすよね…」


「大事な事だ」


「えー、俺と酒飲みながら語るのも大事な事じゃないっすか?今期のアニメは何が覇権になるか語り合いましょうよー。オールで盛り上がりましょうよー」


「お前との飲みは期間限定な訳じゃないし、さっきも言ったが健康診断も近い。また今度な」


「そうすか?…分かりましたよ。了解です。今日は諦めます。次は絶対ですよ」


「あぁ、イベントと健康診断が終わったら俺には予定は何もない。いつでも良いぞ」


「先輩。俺、色々悲しいです」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「ハァ、ハァ、ハァ。クソッ…本格的に降ってきやがった」


 ザザァーーー…


 駅からの帰り道、俺はゲリラ豪雨に見舞われた。

 駅を降りた時はポツポツだったのにクソッ!

 久しぶりに走るが年齢と運動不足で足が重く肺は悲鳴を上げている。

 頭上を鞄で覆うが意味はない。

 スーツも靴の中ももう全身ビショ濡れだ。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 でも後少し、あの交差点を渡れば俺のアパートは目と鼻の先だ。信号は青!

 もう自分でも走ってるのか歩いてるのか分からなくなってきていた。

 

「なっ、点滅始めやがった」


 歩行者用の青信号が点滅を始めた。


「赤にならなきゃセーフ!」


 いや、本来アウトである。

 しかし、足を止めるわけにはいかない。

 負けられない戦いがここにある!


「ハァ、ハァ、ハァ」


 横断歩道に足を踏み入れた。

 歩行者用の信号はまだ青色が点滅している。

 俺の勝ちだ!

 俺の頭はもう剣聖エリザベスの事でいっぱいになっていた。


 今日から始まるイベントには剣聖エリザベスの英雄進化が実装される。

 今の俺が生きる意味、理由、力。

 それがソシャゲ「プリンセスウォーリア」に登場する剣聖エリザベスだ。

 その姿を初めて見た時から今までのソシャゲのキャラクター達とは違う「美」を感じていた。

 金色で長いストレートの髪。切れ長の目に美しい碧眼、スッと通った鼻すじと引き締まった口元。柔らかくもシュッとした輪郭。

 長い手足、細い指、白い肌。

 スラッとした身体に白い鎧を着て細身の剣を右手に構えている。

 今まで色んなソシャゲを遊んできたが、月に何万円も課金したのは初めてだった。ボーナスも使った。フィギュアやアクスタも買った。

 それを色んな角度から写メを撮ってスマホに保存している。

 もちろん、ゲーム画面のエリザベスのスクショも大量にある。


 好きなタイプと聞かれたらそれまでは「俺にも分からん」と適当に答えていたが、エリザベスを見てからは「剣聖エリザベス」と答えるようになった。

 これで通じない馬鹿は置いていく。

 と言っても、そんな質問を俺にしたのは社会に出てからは小林だけだった。

 そして、小林にはちゃんと通じた。

 

 その剣聖エリザベスが今日、英雄進化を遂げるのだ。

 進化に必要な素材『賢者の石』も既に用意してある。スタミナ回復の為にジェムも買った。

 後はこのイベントで追加されたストーリーを堪能し、イベントステージを周回するだけ。

 イベントアイテムを規定数揃える毎に英雄エリザベスは強くなる。

 エリザベスと出会ってからこの日を2年間待ち続けた。

 他のキャラクターが次々進化を遂げていく中、ずっとその日を夢見ていた。

 それが今日報われるのだ。

 

 もっと動け、俺の足!メロスよりも早く!!




 キキーーーッ!


 


 「え?」


 



 ドンッ!……ガッシャーン!


 

 「キャァアアァァアッ!」


 何処からか女性の悲鳴。


 プー~ーー~~ーー~~~ーー


 ガードレールに衝突した車のクラクションの音が鳴り止まない。

 何で俺は倒れているんだ?

 俺もあの車にぶつかったのか?

 分からない、何が起きた?


 身体から体温が流れていく

 指一本も動かない

 意識が遠退く

 

 うぅ…エリザベス、助けて…

 

 そして今日、俺の人生は終った。




 

 

 

 

 

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