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第九話:喧騒の中の誓い

# 第九話:喧騒の中の誓い


定期試験という嵐が過ぎ去り、探索者学校は新たな熱気に包まれていた。年に一度の文化祭が、間近に迫っていたからだ。廊下を駆け回る生徒たちの足音、資材を運ぶ威勢のいい掛け声、各クラスから漏れ聞こえる音楽や工具の音。その全てが、祝祭の到来を告げていた。


俺、相模 佑樹(さがみ ゆうき)は、活気づく校舎の喧騒を、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。この平和な日常こそが、自分が守るべきものだ。そう思う一方で、この日常は、巨大な嘘の上に成り立つ砂上の楼閣なのではないかという疑念が、心の奥底で黒い染みのように広がっていく。


「――というわけで、うちのクラスの出し物を決めたいと思う! 何か良い案がある奴はいるか?」

ホームルームで、クラス委員長が声を張り上げる。カフェ、お化け屋敷、演劇……ありふれた、しかし平和な案が飛び交う中、俺は静かに手を挙げた。

「探索者体験コーナー、というのはどうだろう」

俺の提案に、クラス中の視線が集まる。

「ただの出し物じゃない。これは、俺がこの世界と、そこに住む人々とどう向き合うかという、自分自身への問いかけだ」――そんな内なる想いを押し隠し、俺は続けた。

「子供向けの簡単なダンジョンを教室に作って、探索者の装備に触れてもらう。俺たちが、探索者の仕事の魅力を伝えるんだ」

俺の案は、すぐにクラスの賛同を得た。


***


放課後の教室は、文化祭準備の熱気に満ちていた。

「よし、ダンジョンの壁は、この段ボールで作ろう! 健太、手伝え!」

「おうよ! 任せとけ!」

俺と田中 健太(たなか けんた)が力仕事を担当する。汗を流しながら段ボールを組み立てていると、健太がニヤリと笑って言った。

「お前、最近変わったよな。なんか、頼りになるっていうか、前みたいに壁作ってねえ感じ?」

「……うるさい」

軽口を叩きながらも、その言葉が素直に嬉しかった。


「装飾は任せて! モンスターの絵とか描いて、可愛くしてみるね」

白石 遥(しらいし はるか)が、楽しそうに絵筆を走らせる。時折、彼女の視線が俺に向けられていることに、俺は気づいていた。彼女は、俺が時折見せる、遠くを見つめるような寂しげな表情の理由を探っている。その心遣いが、少しだけ胸を締め付けた。


「装備の展示については、俺が家に掛け合ってみよう。安全性を確保した上で、本物の訓練装備を借りられるかもしれん」

神宮寺 亮(じんぐうじ りょう)が、頼もしい提案をしてくれた。

「子供たちに、中途半端なものは見せられない。これは探索者という仕事への敬意だ」

そう語る彼の横顔は、以前の傲慢さが嘘のように、真摯な光を宿していた。

これまでの俺たちでは考えられなかった、完璧なチームワーク。準備は順調に進み、俺たちの教室は、日を追うごとに手作りのダンジョンへと姿を変えていった。


***


そして、文化祭当日。

俺たちの「探索者体験コーナー」は、開場と同時に多くの来場者で賑わった。特に、目を輝かせた子供たちが多かった。

「わー、すごい! これが本物の剣!?」

「お兄ちゃんは、いつもこんなダンジョンで戦ってるの?」

子供たちの純粋な質問に、俺は一つ一つ丁寧に答えていく。

「ああ。でも、これは訓練用だから安全だよ。本物のダンジョンは、もっと危険な場所なんだ。だから、俺たちは毎日厳しい訓練を積んで、みんなを守れるように強くなるんだ」

俺がそう言うと、一人の少年が、憧れの眼差しで俺を見上げた。

「お兄ちゃん、かっこいい! 僕も、大きくなったら探索者になって、お母さんを守るんだ!」


その言葉に、俺はハッとした。脳裏に、十年前に失った両親の姿が蘇る。

ダンジョンブレイクの混乱の中、人々を避難させるために戦い、そして命を落とした両親。彼らもきっと、この少年のような、誰かの未来を守るために戦っていたのだろう。

そうだ。俺が探索者を目指す理由。それは、世界の真実を突き止めるためだけではなかったはずだ。

この、当たり前の日常と、子供たちの笑顔を守りたい。その想いが、俺の原点だったはずだ。

世界の真実を追うことと、目の前の人々を守ること。二つの目的が、俺の中で初めて一つに繋がった。謎を解き明かすのは、この日常を守るため。その確固たる決意が、俺の心を強くする。


「……そうか。頑張れよ」

俺は、少年の頭をそっと撫でた。その時、自分の中で何かが満たされていくような、温かい感覚があった。

「佑樹……」

いつの間にか隣に来ていた遥が、優しい目で見守ってくれていた。俺の表情が、これまで見せたことのないほど穏やかで、力強いものであることに、彼女は気づいていた。

少し離れた場所では、佐藤 恵(さとう めぐみ)先生も、満足げに頷いているのが見えた。

「あの子は、自分の力の使い道を、ようやく見つけたようだな」

その呟きは、喧騒に紛れて誰の耳にも届かなかった。


この文化祭を通じて、俺は自分の進むべき道を再確認した。

強くなる理由、戦う意味。それは、この手で守りたいものがあるからだ。

俺は、自分の成長を確かに実感しながら、賑やかな喧騒の中で、静かに決意を新たにしていた。


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