第八話:証明と新たなる誓い
# 第八話:証明と新たなる誓い
第一回定期試験の期間がやってきた。これまでの訓練の成果が問われる、最初の関門だ。
まず行われたのは、筆記試験。シン、と静まり返った大教室に、数百本のペンがカリカリと紙を擦る音だけが響き渡る。誰もが緊張した面持ちで、必死に記憶をたぐり寄せていた。
「問五、ダンジョンブレイク発生のメカニズムについて、現在提唱されている主要な学説を三つ挙げ、それぞれの問題点を述べよ」
(……学説、ね)
俺、相模 佑樹は、ペンを走らせながら思考する。周囲の生徒たちが、教科書に載っていたであろう解答を必死に書き出しているのが気配で分かる。魔力の飽和、次元の歪み――どれも現象を後付けで説明しているに過ぎない、空虚な理論だ。
これを書けば、優等生としての評価は得られるだろう。だが、あの図書館で見てしまった世界の『歪み』を知ってしまった今、そんな嘘を答案に記すことは、自分自身への裏切りに他ならなかった。
(危険思想と見なされるかもしれない。それでも――)
俺は、真実から目を背けられない。俺は教科書通りの解答を無視し、自分だけの仮説を答案用紙に書き連ねていった。
「――ダンジョンとは、高次元存在による一種の『リソース採掘場』であり、モンスターはその資源を守るための『防衛プログラム』に過ぎない。そして、ダンジョンブレイクは、システムの飽和を防ぐための定期的な『データ削除』、あるいは『採掘効率』を調整するための意図的な事象ではないか」
常識からかけ離れた、あまりにも突飛な仮説。書き終えた瞬間、俺は自分がとんでもないことをしたのだと自覚し、背筋が凍るのを感じた。
後日、答案が返却された時、この問題の解答欄には、大きな赤丸と共に、佐藤 恵先生の細い文字が添えられていた。
「その仮説を証明できる者は、おそらくこの世界の誰でもない。だが、もし証明できたなら、それは世界の真理に触れるということだ。――気をつけろ、相模。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
その警告とも取れる言葉に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。結果、俺の筆記試験の成績は、学年トップの神宮寺 亮に次ぐ、第二位だった。
***
そして、実技試験の日。試験内容は、班対抗の模擬戦トーナメントだった。
「第一回戦、第8班、入場!」
アナウンスと共に、俺たちは訓練場の中央へと歩みを進める。対戦相手は、Bランクの生徒で固められた、統率の取れたエリート班だ。観客席からは、俺たち、特に俺と神宮寺に向けられた、期待と好奇の入り混じった大きな歓声が上がっていた。
「相模、指示を頼む」
神宮寺が、信頼を込めた目で俺を見る。
「ああ。遥は後方支援、健太は神宮寺のサポート。俺は全体を見て、機を見て動く」
「「「了解!」」」
白石 遥と田中 健太の力強い返事が、頼もしく響く。俺たちの間には、もう迷いはない。
「始め!」
合図と共に、相手チームが教科書通りの完璧な連携で襲いかかってくる。だが、その全ての動きは、俺の『真理の瞳』によって筒抜けだった。
「健太、三歩前へ! 盾を構えろ!」
「おうよ!」
健太が指示通りに動いた直後、その場所に相手の前衛の強烈な一撃が叩き込まれ、火花が散る。健太は衝撃に耐え、相手の体勢を崩した。
「神宮寺、右から来るぞ! フェイントをかけて、中央の魔術師を狙え!」
「言われるまでもない!」
神宮寺が、獣のような俊敏さで敵陣に切り込む。
相手の魔術師が慌てて詠唱を始める。強力な火球魔法『ファイア・ランス』だ。
(見える……!)
俺の目には、魔法が完成するまでのプロセス――術者の魔力が魔法陣を形成し、世界の法則にアクセスして炎という事象を励起する、その全ての流れが、色とりどりの光の線として見えていた。そして、その魔法陣の中心に、一つだけ、ひときわ歪な輝きを放つ『結び目』があった。
「――分解」
俺は、その『結び目』に向け、意識を集中させる。
次の瞬間、完成しかけていた魔法陣が、まるで回路が焼き切れたかのように「ブツン」という鈍い音を立てて火花を散らし、霧散した。エネルギーの奔流は行き場を失い、ただの熱として虚空に消える。
「なっ……!? ばかな、詠唱破棄だと!?」
魔法が不発に終わり、呆然とする魔術師。その隙を、神宮寺は見逃さない。彼の剣が、相手の魔術師を捉え、勝負は決した。
観客席が、どよめきと沈黙に包まれる。教師陣さえも、「今の現象は何だ?」「魔力干渉か?いや、レベルが違う…」と、何が起こったのか理解できず、驚愕の表情を浮かべていた。
結果、俺たちは一度も危なげなくトーナメントを勝ち進み、決勝戦でも圧勝。見事、優勝を果たした。
***
試験後の夕暮れ。俺は一人、訓練場の片隅で木剣を振っていた。
今日の勝利に浮かれる気にはなれなかった。俺の力は、まだ不安定で、制御しきれていない。
「――相模」
声をかけられ振り返ると、神宮寺が立っていた。
「今日の指揮、そしてあの魔法の無効化……見事だった」
「お前たちの動きが良かったからだ」
「謙遜するな。……筆記試験の結果も見た。お前の力は、ただ強いだけではない。世界の理そのものに干渉する、本来人間が持ってはいけない類いの力だ。それはあまりにも異質で、危険すぎる。一歩間違えれば、お前は世界そのものの敵になりかねない」
彼は、まっすぐに俺の目を見て言った。
「だからこそ、俺がお前を監視する。お前が道を誤り、世界を壊す怪物になるのなら、俺が全力でお前を止める。それが、お前に救われた俺の責務であり、ライバルとしての誓いだ」
それは、嫉妬や焦りからくる言葉ではなかった。一人の好敵手に対する、心からの敬意と闘争心。
「……望むところだ。俺が道を踏み外したら、その時はお前が止めに来い」
俺がそう答えると、神宮寺は満足そうに笑った。
その二人のやり取りを、遥が少し離れた場所から、息を殺して見守っていた。
二人が見ている世界は、もう私には分からない場所にあるのかもしれない。でも、それでも私は、佑樹の隣にいたい。彼が背負うものが何であれ、支えになりたい。
彼の力への不安と、彼を支えたいという強い想い。その狭間で、彼女の心は揺れていた。
(佑樹、あなたは一体、どこへ行こうとしているの……?)
夕日に照らされた二人の背中を見つめながら、彼女はそう、小さく呟き、唇を噛み締めた。